321 醸す (3)
前回のあらすじ ----------------------------------
ハルカたちは味噌と醤油を色々な割合で仕込む。
酒蔵作り、二日目。
地下室の壁面は八割方、作り終わっていたが、中心部分の土の運び出しは、一階部分が終わったかどうか。
ただ、昨日の二倍以上に作業員が増員されたため、順調にいけば、今日中に終わりそうなのが怖い。
どんだけ酒造りに力を入れているのかと。
トーヤの方は、『今日こそ完成させる!』と、朝早くからトミーの所に向かってしまった。
作業効率のアップが目的だったはずだが……猫車ができる前に、工事が終わらないか?
むしろ、トーヤの体力をここで発揮してくれた方が、効率が上がりそうなのだが。
「工事、順調ですね。普段から、こんな感じなんですか?」
「バカヤロウ。おめぇらがいるから、滅茶苦茶早ぇぞ?」
穴を掘るだけなら人を増やせばいいだけだが、壁面の処理に関してはそう単純ではない。
普通はブロックを積み上げて、しっかりと固めてと、そちらにかなりの時間が取られてしまうらしい。
今回はそれを全て俺とユキの魔法で処理しているので、効率が全く違うようだ。
「やはり魔法は凄ぇよなぁ……何時でも待ってっからな?」
「はは……できればその状況にはなりたくないですね。せいぜい、バイトぐらいで」
再度誘ってくるシモンさんに、俺は苦笑を返す。
本格的に雇われるって事は、冒険者ができない状態になってるって事だからなぁ。
「儂としては、バイトでもかまわねぇよ。けど、お前ら、金には困ってねぇよな」
「ま、そうですね、今のところ」
「やるとしても、よほど暇な時か、妊娠期間か」
「……その話、まだ続けます?」
あの後、とりあえずはユキやナツキと結婚する予定は無いとは伝えたのだが、シモンさんは『ガハハ!』と笑って、俺の背中をバシバシと叩くだけ。
その後ボソリと、『人生、案外ままならねぇぞ?』と呟いていたのが、妙に耳に残ったのだった。
シモンさんとそんな事を話しながら、作業を進めていると、トーヤが家の門から入ってくるのが見えた。
猫車は持っていないが、その代わりに大きめの物を入れるためのマジックバッグを手に持っている。
間に合わないと思っていたのだが、もしかして、早くも猫車ができたのだろうか?
「トーヤ、できたのか?」
「おう。とりあえず、一つだけな」
そう言いながらマジックバッグから取りだしたのは、俺の知る猫車とそう違いがない物。
あ、タイヤ部分が違うか。何かは良く判らないが、ゴムタイヤではないな。
「コイツが、昨日言っていた猫車ってヤツか? 土砂を運搬する物ってぇ話だったが……」
「はい。結構便利だと思うんですよ」
「ふむ……確かに楽そうではあるか?」
シモンさんは猫車を検分しながら、興味深そうに頷く。
「へぇ、良くできてるじゃん。昨日の今日で」
ユキも近づいてきて褒めるが、トーヤの方は少々不満そうな表情を浮かべて、首を振った。
「いや、そうでもない。パイプが無いから、結構手間が掛かるんだよ」
「……そう言えば、骨組みってパイプを曲げて作ってあったな」
工事現場で使われている物を思い出してみれば、確かにパイプが使われていた。
工業製品としてパイプが生産されていれば、それを曲げるだけで作れるわけだが……うわっ、これ、鉄板を手作業で丸めてるのか? 面倒くさ!
「なかなか手間が掛かってるんだよ、これ。売り出す事を考えると、もうちょっと楽に作りたいところだが、鉄棒を使うと重くなりすぎるし、強度と軽さ、両立しようとするとなぁ」
「軽くて強い素材か……あ、そう言えばあれがあったな。トレントの木材。あれなら強度があって軽い――」
「バカヤロウ! そんなもん、誰が買うってんだ! ――と言うか、お前ら、トレントを手に入れたのか?」
「え、えぇ、ダンジョン内で」
突然シモンさんに怒鳴られ、俺が戸惑いつつも肯定すると、シモンさんは深くため息をついた。
「トレントの値段を知ってんのか? お前たちが持ち込む銘木の何倍も高ぇんだぞ?」
あー、そうだよな、高いよな。
骨組みだけに使うなら、そこまでの量は必要なさそうにも思うが……そう言えば、ハルカの使っている弓もトレントの枝をベースにした物だったな。
あれのお値段が、金貨八〇枚。
弓に適した場所の選別や、それの加工にコストがかかるとしても、トレント素材自体、決して安いお値段では無いだろう。
少なくとも、トレントを使った工事用品を現場で気軽に使うなど、考えにくい。
「確かにちょっと無理そうですね」
「ちょっとじゃねぇよ! そんなもん、使ってたら盗まれるわ!」
「ですか。ちなみにシモンさん、トレントの木材、買いますか?」
呆れたように言うシモンさんに俺は頷き、この機会にと提案してみたのだが、シモンさんは深く唸る。
「……う~む、う~む、欲しくねぇと言ったら嘘になる。だが無理だな。買えねぇ……つーか、買っても使えねぇ」
「使えない、ですか? それは、技術的に?」
「馬鹿にしてんじゃねぇぞ! 儂にかかれば、トレントぐらい、自在に加工してやるわ! そうじゃねぇよ、ウチは家具工房だぞ? トレントで作った家具なんぞ、誰が買うってんだ」
「あぁ、なるほど……」
銘木を使った家具ですら、貴族が買うような高級品なのだ。
それよりも更に高いトレントを使った家具の値段は、一体どれぐらいになるのだろう?
ハルカの弓の値段を思えば、下手をすれば家が建つような値段になるんじゃなかろうか。
せっかくだから、俺たちの家具を作ってもらうって手もあるが、そんな高級家具が必要なのかと言われれば……要らないよな。
今使っている家具も、十分に良い物だし。
なんと言っても、全部無垢板。
合板にシートを貼り付けただけ、みたいなまがい物は存在しない。
「売るなら、ガンツの所だろうな。武器の素材としては使えるからな」
「けど、それって、あんまり量は売れないよね?」
「売れねぇな。そもそも、そんな高級な武器を使う冒険者がこの町にいるか? お前らぐらいじゃねぇか?」
「だよねー。結構苦労して伐採してきたのに――ナオとナツキが」
うん、最初だけな。
擬態に手を焼きはしたが、伐採自体はさほど難しくは無かった。
まぁ、硬い木なので、枝打ちが大変ではあったが。
帰った後、俺とナツキの使っていた鉈などは、トーヤによって研ぎ直されているのだが、トーヤ曰く、『もうちょっと良いヤツに変えた方が良いかもな』とのこと。
実際、使っていた俺たちもそれは感じていたので、今後も伐採するのなら、買い換えを検討すべきだろう。
「自分たちの武器を更新したらどうだ? 槍の柄としても使えるぞ? ……まぁ、普通は勿体ねぇから使わねぇんだが」
「なるほど、擬鉄木よりも良いですか?」
「良いな。つか、トレントで作りゃ、単なる木剣ですら、並の鉄の剣以上だぜ?」
「マジで? うわー、俺の木剣、作り直してもらおうかな」
「何のためにだよ……」
驚きに目を見張るトーヤに、俺はため息をつく。
こちらに来て最初に買った武器である木剣。
あれは未だ捨てられる事も無く、活躍していたりする。――ただし、訓練で。
それをそんな、ある意味凶悪な武器に変更する意味があるのかと言えば、まず無いだろう。
いや、訓練で大怪我しかねないとか、むしろ害悪である。
「となると、大半は死蔵か……。この町なら売れると思ったんだけどな」
「すまねぇな。ウチの顧客層はもうちょい下なんだよ。別の町に売りに行くか、代官の奴にでも相談するか……いや、待てよ? それもありか?」
申し訳なさそうに言ったシモンさんだったが、その途中、考えるように顎に手を当てて唸る。
「シモンさん?」
「いや、チョイと考えがあってな。金に困ってねぇなら、しばらく売らずに持っていてくれるか?」
「それは構いませんが……」
少し前に銘木を売ったおかげで、資金的には余裕があるからな。
「儂の方で代官に話を持って行ってみる。それの如何によっては買い取れるかもしれねぇからな」
「そうですか? ならお願いします」
ここで売れないのなら、ネーナス子爵領内で販売する事は望み薄。
となると、他の貴族の領地まで出向く必要があるわけで、それはなかなかに面倒である。
「おう。けど、ま、今はこっちの酒蔵だな。美味い酒ができれば、代官の舌の滑りも良くなるだろうさ」
「そうでしたね。それではもうちょっと頑張りましょうか」
そうして工事を再開した俺たちだったが、途中から忘れられていた猫車もかなり活躍した。
最初はトーヤが使って見せ、後から他の職人たちにも使ってもらったのだが、畚よりもたくさんの土砂を一度に運べる上、疲れも少なくて済むと大好評。
難点は、歩きなら普通に踏み越えられるような段差や隙間に、板を渡すなどの対処が必要な事だったが、それを考慮してもかなりの効率アップに繋がったようだ。
シモンさんも値段次第では買うと言っていたが、作製にはかなりの手間が掛かっているわけで。
猫車でお金儲けができるかは、今後のトミーの工夫次第だろう。









