320 醸す (2)
前回のあらすじ ----------------------------------
ハルカたちは、将来的に引退した時に備え、酒造りに関わるのも良いかも、と話す。
トーヤはナオに呼ばれ、工事の手伝いに向かう。
トーヤたちが庭に出たところで、ナツキたちは揃って台所へと移動、味噌造りに取りかかった。
「ハルカは、お味噌の種類って、知ってますか?」
「種類って、白味噌とか赤味噌とか?」
「あ、そっちじゃ無くて、米味噌、麦味噌、豆味噌の事です」
「あ、聞いた事ある。原料が違うのよね? 米味噌は米と大豆、麦味噌は麦と大豆、豆味噌は……大豆だけ?」
「はい、基本的にはその通りです」
実際には、これに加えて麹菌と塩が必要となる。
「……あれ? 待って。なら、お米を手に入れなくても、麦味噌と豆味噌は造れた?」
もしかして、もっと早くお味噌が食べられたかもと言うハルカに、ナツキは曖昧な笑みを浮かべる。
「どうでしょうか? 麦や豆から麹菌が培養できたかどうかは……」
「あ、そうよね。麹菌が必要だものね」
「頑張れば何とかなったかもしれませんが、インスピール・ソースがありましたからね」
本物には及ばないが、それなりに似たような味が出せたインスピール・ソース。
それが無ければ、ハルカたちも食への不満から努力したのだろうが、それなりに満足できていただけに、コストと時間を浪費しかねない麹の研究は、棚上げになっていたのだ。
「だよね。今回造るのは米味噌?」
「でも良いですが、今回は当家の味噌をベースにしようと思っています」
「ナツキの所は違うの?」
「はい。当家は米と麦を同量使って麹を造ります。大豆は米や麦の半量ですね。ちょっと少なめです」
「へー、そうなんだ? 普通がどうなのかは、良く知らないけど」
「麹の半分以上は入れる事が多いと思いますよ? それによって味が変わってきますので、少量ずつ、何種類か仕込んでみましょう」
「どれくらい造るの?」
「とりあえず、米と麦は二〇キロずつ水に浸して準備してあります。麦の方はハルカとミーティアちゃん、お願いできますか?」
「解ったの」
「お米の方は私とメアリちゃんでやりますから……お手伝い、お願いします」
「はい。えっと……普通に蒸し器で蒸せば良いんですよね?」
四人で手分けしても一人一〇キロ。
一度に蒸せるはずも無く、それぞれが蒸し器を用意して、鍋に入るぐらいの量――おおよそ二キロぐらいを入れて蒸し始める。
「ナツキ、蒸し時間は?」
「そのへんは感覚ですね。食べてみて、芯が無いぐらいまで蒸してください」
「了解。そうよね、大きさも違うものね」
麦の方はナツキの知る物と大差無いが、米の方はそのままでは大きすぎるため、四つ割りにした物。過去の経験はあまり役に立たない。
時々味見をしつつ、待つ事暫し。
「これぐらいで問題ないでしょう。この木箱の中に広げてください」
そう言いながらマジックバッグからナツキが取りだしたのは、大きめのお盆ぐらいの薄い木箱。
一〇個以上がテーブルの上に積み上げられる。
「……ナツキ、いつの間に作ってもらったの?」
「お米が手に入った後、ラファンに戻ってからですよ? 必要になるのは判ってましたからね」
少し驚いた様子を見せたハルカに、ナツキは平然と応える。
なかなかに用意周到である。
「木箱の上に広げたら、次のを蒸している間に、麹菌を混ぜておきます。普通ならきちんと温度を測るんですが……この麹菌なら、手で問題なく触れる温度になれば大丈夫です。ひとつまみぐらい振り掛けて、良くかき混ぜてください」
「まぜまぜ~、美味しいご飯、楽しみなの~♪」
尻尾をフリフリ楽しそうにかき混ぜるミーティアの様子を、ハルカとナツキは微笑ましそうに眺めているが、姉はそんな彼女に苦言を呈する。
「ミー、しっかりと混ぜないとダメですよ。大事なご飯、失敗して無駄になったら、大変です」
「大丈夫なの。ミーは、ちゃんとできてるの!」
だがそんな姉の苦言にも、ミーティアは胸を張ってそう応えた。
そして事実、ミーティアはナツキの手さばきをしっかりと観察して、やや拙いながらも同じように混ぜている。
「メアリちゃん、あまり気にしなくても大丈夫ですよ。少し多いぐらいに麹菌を混ぜていますから、失敗する事はほぼ無いと思います」
「むぅ……そうですか? でも、ナツキさんたちはちょっと優しすぎです。ミーの事、もっと厳しく叱っても良いんですよ?」
宥めるように言ったナツキに、メアリは少し不満そうにそんな事を言うが、ナツキとハルカは顔を見合わせて困ったように笑う。
「正直、メアリはもちろん、ミーティアも叱るような事が無いのよね」
「ですね。二人に困らせられた事はありませんし」
ハルカたちの言葉を聞き、ミーティアは「ふふんっ!」と鼻息も荒く胸を張る。
「そうなの! ミーは良い子なの」
「こらっ! ミー! そういう所がダメなの!」
手では麹を混ぜているからか、メアリの尻尾がぴゅんと動いて、叱るようにミーティアの背中を叩く。
「ふふ、大丈夫ですよ。ミーティアちゃんも、メアリちゃんも良い子ですから」
「私たちからすれば、もう少し我が儘を言っても良いと思っているぐらいだしね。メアリも含めて」
「私たち、すでに十分に良くして頂いてますから、これ以上は……」
「そうなの。良い子だから我が儘はダメなの。与えられるのが当たり前と思って、感謝の心を忘れた時点で、人としてクズなの!」
「「「………」」」
間違ってはいないが、なかなかに過激なミーティアの物言いに、揃って無言になる年長組。
「……え~と、ミー? どこでそういう事覚えてくるの?」
「お父さんが言ってたの」
「お父さん……」
平然と応えたミーティアに、メアリが疲れたようにそう呟く。
「そう言えば、『お金を持ってる良い人がいたら、養ってもらえ』というのも……」
「えっと……他所のご家庭の教育方針に口を出すのはどうかと思いますが、もう少し言葉を選んだほうが……」
「い、いえ、私は聞いてないので、たぶんお父さんも、ミーティアが覚えているのは予想外なんじゃないかと……」
「ミーティアはイリアス様の授業でも、物覚えが良かったわね……物心が付く前の話なのかしら?」
焦った様に手を振るメアリに、ハルカは小首を傾げる。
メアリたちの父親からすれば、酒の席でポロリと漏らした程度の事だったのかもしれないが、記憶力が良いミーティアは、そんな言葉でもしっかりと覚えているのだろう。
幸いなのは、そこまでおかしな事は言っていないという事か。
「子供は、親が思う以上に小さい時の事も覚えていたりしますからね」
「そう、かしら?」
「えぇ。私だと、二歳ぐらいの事はある程度覚えていますからね。時系列はともかく、イベントとしては」
「私は……三歳ぐらいからしか覚えてない、かな? でも……うん、赤ん坊でも子供の前では変な事を言わないようにしないと」
「おや、ハルカ。ご予定が?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて言うナツキに、ハルカが慌てて首を振る。
「無いけど! た、たぶん。うん、大丈夫、よ?」
と言いつつも、少し自信なさげなハルカに、ナツキはニコニコと微笑みながら頷く。
「へぇ、そうですか? でも、必要ならサポートしますから、ご安心を」
「そ、それは……う、うん。――って、そうじゃなく。麹菌はもう十分に混ざったんじゃないかなっ!?」
「ふふっ。ええ、そうですね。後はこれを加速庫の中に入れておきます。私の知っている麹菌なら、一日、二日掛けて醸すんですが、これは常識が通用しませんからね……。しかも、加速庫までありますから、こちらも様子を見ながらですね」
そんな感じに同じ作業を五度ほど繰り返すナツキたち。
そして、最後の作業を終えたところで、最初に加速庫に入れた麹を取りだしたナツキだったが……。
「……なんか、見た目はすでに良い感じ、ですね?」
「な、なんだか……すごいですね」
「カビちゃってるの……」
知らなければ、見た目は完全にカビただけの食べ物。
少し不安そうなメアリたちの様子も当然だろう。
「こんな感じで良いの?」
「はい、大体こんな感じだと思います」
全体的に薄黄色の綿のような物がわっさりとまぶされ、米同士が引っ付き、もろもろとした塊ができている。
ナツキはそれを適当に手で解しながら、その硬さや匂い、更に味を確認して頷く。
「問題無さそうです。早速味噌にしていきましょう」
「えっと……豆を煮るんだっけ?」
「はい。煮た豆を潰して使います。普通の煮豆よりも柔らかく、指でぐにゅっと潰れるぐらいまで軟らかく煮ます」
すでに下準備はしていたようで、ナツキは保存庫の中から水に浸かった豆を取り出した。
これは『できるだけ大豆に近い物を』と、ナツキたちが市場で探してきた豆で、見た目は色が少し濃い以外は大豆とほぼ同じ。味の方も、ナツキたちが食べた感想としては『品種の違い程度?』というもので、かなり大豆に近い。
それを大鍋に移し、軟らかくなったところで登場したのはミンサー。
「手作業でも良いですが、せっかく便利な物があるのでこれを使います。上から注いでいきますので、出てきた物を受け止めてください」
肉屋が使っている物と違い、ハルカたちのミンサーは全自動。
上から入れるだけで、自動的に磨り潰された物が出てくる仕組み。
「なんか、このうにょうにょと出てくるのって――」
「おっと、それ以上はダメよ、ミーティア」
「むぐむぐっ」
何かを口にしようとしたミーティアの口をハルカが素早く塞ぎ、唇に人差し指を当ててニッコリと笑った。
いつもよりも迫力のあるその笑顔に、ミーティアも口を押さえられたまま、コクコクと頷き、口を噤んだので、彼女が何を言おうとしたのかは謎である。
「これが美味しい食べ物になるなんて、不思議です」
「それは私も同じね」
「ハルカさんもですか?」
「えぇ。でも大丈夫よ。ナツキがしっかりと美味しい物を作ってくれるから」
「いえ、原料が違うので、私も少し不安なんですが……。とりあえず、割合を変えて色々作ってみますけど」
なかなかに他人任せなことを言うハルカにナツキは苦笑しつつ、机の上に壺をたくさん並べる。
大きさとしては二リットルほど。
これは風呂桶同様に、すべてユキとナオが魔法で作った物である。
更にその横には塩の山。
味噌造りには材料の一割ぐらいの塩が必要なので、これも結構な量がある。
「私が計量していきますので、メアリとミーティアはそれらをよく混ぜて、隙間無く壷に詰めてください。ハルカは壷に分量を書いて、メアリたちに渡してください」
そうやって何十種類もの味噌を仕込んだナツキたちだったが、それではまだ半分。
更にほぼ同様の工程を辿って、同じぐらいの量、醤油も仕込み、やっとその日の作業は終わったのだった。









