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318 仕込みと休息 (4)

前回のあらすじ ----------------------------------

酒蔵作りにシモンが来訪。その地下室作りに、ナオとユキも魔法で協力する。

「あ、おい――!」


 俺の言葉を遮って言った、ユキのとんでもない言葉。

 だが、それを聞いたシモンさんは、予想外にも平然と頷いた。


「なんだ。なら心配する必要もねぇか。なら、子供ができた後、冒険に行けない期間のバイト程度でもかまわねぇぞ?」


「……いや、おかしいでしょ、シモンさん」


「ん? なにがだ?」


「なにって、結婚相手が三人とか」


「そうか? お前らぐらい稼いでいれば、普通だろう? 儂ら職人でも、稼げる奴は複数の嫁がいるからな。儂も二人いるぞ?」


「………」


 初耳である。

 ……いや、そもそもシモンさんの家庭事情なんて、聞いた事はなかったのだが。

 しかし、貴族じゃなくても複数の嫁がいるとか……一般的な話なのか?


「シモンさん、複数人と結婚するのって、普通なのか?」

「稼げる奴はそうじゃねぇか? 結婚できる男はなかなか少ないからな」

「だよね? やっぱり、甲斐性がある男は頑張らないとね!」


 シモンさんの言葉を聞いて、ユキは嬉しそうに笑う。


 結婚できる男が少ない――簡単に言えば、家族を養えるだけの稼ぎがある男が少ない、と言う事らしい。


 例えば農家。


 農地をもらえるのは長子だけで、次男以降はその下働きだったり、家から放逐されたり。


 職人に関しても、それはほぼ同じ。


 放逐された子供たちは、運が良ければ街で安定した仕事にありつけるのだが、大半は冒険者になって日雇いの仕事をしたり、俺たちのような本当の意味での“冒険者”になったり。


 つまり、長子以外がまともな仕事に就く事は、なかなかに難しいという事である。

 そして、まともな仕事に就いていなければ、結婚は難しいわけで……。


 男女が一対一の割合で生まれるとするならば、婚活競争、なかなかに激しそうである。


 男に比べ、女が一人で生きて行くには厳しい社会だけに。


 差別とかそういう話では無く、簡単にありつける仕事の多くは肉体労働が多いだけに、体力的に劣る女の方が稼ぎにくいのだ。


 もちろん、女だからこそできる仕事もあるのだが……それはまぁ、別枠で良いだろう。


「まぁ、女冒険者の中には、若い男を複数囲うようなのもいるが――」


 なるほど。稼げるなら、逆もありなのか。


「ユキはそういうタイプじゃねぇよな」


 シモンさんはそう言いながらユキを見て、首を振る。

 そしてユキの方も、すぐにキッパリと首を振って否定した。


「うん、それは無いね」


「だろうな。まぁ、そのタイプは子供は産めねぇしな」


「そうなんですか?」


「冒険者なんぞ、子供ができたら稼げねぇだろう? そうなれば破綻する関係だ。男が稼ぐのとは違うからな」


「ですよね。ヒモですもんね」


 妊娠期間中、収入ゼロはなぁ……。


 産休制度などがしっかりしていて社会福祉がある社会であれば、男女逆もありなのだろうが、この社会では、働くのも出産も全部女性ってのは無理があるか。


 そもそも、お産なんて文字通りに命懸けの行為なのだ。

 特に冒険者なんて、子供を産んですぐに働けるわけもない。


 『保育園に落ちた!』とか言う以前に、保育園が無いし、粉ミルクなんて売ってないので、母乳も必要。当然、お手軽な紙おむつとかも存在しない。


 これで男女逆というのはなかなかに厳しいだろう。


 俺がそんな事を考えていると、シモンさんが少し同情するような笑みを浮かべ、ポンポンと俺の背中を叩いた。


「ま、そういう事なら、儂が言う必要はねぇな。ナオ、三人はなかなかに大変だぞ? 金だけの問題じゃねぇからな。頑張るんだぞ!」


「え……」


「困ったら相談に来い。儂もそれなりに経験を積んでっからな!」


「――あっ!」


 一瞬何のことか判らず、俺が戸惑っている間に、シモンさんは作業員に指示を出すために離れて行く。


 それを見送った俺を、ユキがにんまりと笑みを浮かべて見上げる。


「頑張ってね、ナオ」

「……ユキ、地味に外堀を埋めていってないか?」


 何か機会がある度に。

 そう指摘した俺に、ユキはとんでもないとばかりに首を振る。


「そんな事、無いよ?」

「そうか?」

「うん。ガッツリと、派手に埋めているから。内堀も含めて」

「おい!」

「はっはっは。気が付いた時には、ナオ城は丸裸なのだ!」


 ばーん、と手を突き出して、そんな事を宣言するユキ。

 マジ、油断ならない。


「さあさあ、十分休んだでしょ。作業を続けよう!」


「いや、俺としては何が内堀で、何が外堀なのかも気になるんだが?」


「気にしない、気にしない。判らないって事は、まだ効果が無いって事なんだよ。効果が無いって事は、気にしても意味が無い事なんだよ、うん」


「そ、そういうものか……?」


 なんか誤魔化されている気がするが、すでにユキは足場を伝い、穴の中へ降りてしまっていた。


 俺は首を捻りつつもユキの後に続いて、作業を再開したのだった。


    ◇    ◇    ◇


「まさか、代官まで関わってくるとはね」


 作業を始めたナオたちと別れ、家の中へと戻ったハルカたちは、居間に集まって一息つきつつ、先ほどの事を話し合っていた。


「ですね。と言うか、ハルカ、ナオくんを放置して良かったんですか? ハルカだって少しは手伝えますよね?」


 ナツキは頷きつつも、窓から見えるナオたちに目をやりながら、ハルカに訊ねる。

 ハルカの方も少しばつが悪そうな表情を浮かべつつも、首を振る。


「そりゃ少しはね。でも、私は土魔法、得意じゃないし、相談したい事があったからね」


「代官の事ですか?」


「そう、それ」


「オレとしては、ちょっと晩酌するために、趣味で酒を造るぐらいの想像だったんだが……なんかでっかい建物を建てそうな感じだよな」


 トーヤたちが見たのは、シモンが縄張りをしているところだけだが、それだけでも建坪は判るわけで、ちょっとした小屋なんかではない事は一目瞭然だった。


「お酒造り、失敗すると……ちょっと不安ね」


「はい。あの代官なら、おそらく無茶は言わないと思いますが。私たちとネーナス子爵家の関係も、把握していると思いますし」


 ハルカたちが代官に対して酒に関してプレゼンをし、資金を出してもらったとかいうならともかく、現状、ハルカたちと代官の間には何の関係も無く、シモンが酒の事を話したというだけのこと。


 それだけで彼女たちに不利益がもたらされるなど、普通はあり得ないが、酒に関する利権は決して小さい物ではない。


 酒に掛かる税金や販売の許認可権。


 事業としてこの町で酒造りが出来るようになれば、それはかなり大きな利益を生むわけで、それに目がくらんだ代官が、ハルカたちに対して無茶を言わないとは言い切れないだろう。


「ハルカお姉ちゃん、イリアス様が困ったら頼って良いって言ってたの!」

「あ、はい! 何時でも連絡して構わないって、おっしゃってました」


 胸を張って、笑顔でそんな事を言うミーティアたちに、ハルカたちは苦笑を浮かべる。


「それはありがたい申し出だけど、できれば頼らずに済ませたいところよね」


「ですね。ミーティアちゃんとイリアス様の間で収まる事ならともかく、ネーナス子爵が関わってくると、どうしても貸し借りの問題になりますし」


 現状、ハルカたちとネーナス子爵の関係は、ハルカたちが誘拐事件の解決に尽力した見返りに、ネーナス子爵が面倒な貴族からの干渉を防ぐというもの。


 その関係性を崩すようなことは、ハルカたちとしてもあまり嬉しい事ではない。


「お酒造りが上手くいけば良いんだけど……いや、上手くいっても困るのかな? お米が無いんだから」


「シモンさんは、代官が考える事って言ってたが……」


「私たちにとって最も都合が良いのは、この周辺で米が作られるようになる事ですが、どうでしょうね?」


「農地自体が少ないからね。川も傍に無いから、水田を作るなら溜め池か、川から水を引いてくるか、かなりの工事が必要よね」


「ですがハルカ、もしかすると私たちの購入したお米、陸稲という可能性もありますよ?」


「……そっか、水稲とは限らないのか。それなら水の心配は無いけど……逆に連作障害の問題は発生するわね」


 一般的に農作物の多くは、同じ場所で続けて栽培すると、連作障害で育成不良が発生する。


 その点、水稲は水を流す事でその連作障害を回避し、ノーフォーク農法なんて事をしなくても、毎年同じ場所で栽培する事を可能にしている。


 実は水田とは、かなり優秀な農法なのだ。

 もちろん、豊富な水があってこそ可能という欠点もあるのだが。


「ま、米の輸入、栽培に関しては私たちがどうこうできる事じゃないわね。……美味しいお酒ができたら、それを餌にして、米の栽培を唆すぐらいで」


「言い方は悪いですが、それは良いアイデアですね。安定してお米が食べられるようになりますし」


 ハルカたちが買ってきた米は、それこそ年単位で食べられるだけの量があるのだが、それだけと言えばそれだけ。食べきってしまえば、また買いに行かなければいけないし、酒造りに使うのであれば、その量は一気に減少するだろう。


 もっとも、仮に代官が米作りを決断したとしても、その結果が出るのは早くても数年後。


 どちらにしても、米が無くなるのはほぼ確実である。


「でも……そうね、せっかく麹菌が手に入ったんだし、日本酒に限らず、私たちで新しいお酒を作ってみるのもありなのかしら?」


「いやいや、ハルカ、新しいお酒なんか、そう簡単に作れないだろ?」


 意外な事を言い出したハルカを見て、トーヤが少し呆れたように言うが、ハルカは首を振る。


「そうでもないわよ? お酒なんて、極論すればデンプンか、糖があれば作れるんだから。結構意外な物から造られているお酒ってあるしね。例えば……トーヤ、テキーラって知ってる?」


「あぁ、確かメキシコの酒だったよな?」


「えぇ。あれって、何から作られるか知ってる?」


「……ん? あのあたりだと……ジャガイモとか?」


 南米に近いということからのイメージなのだろうが、メキシコの農産物と言えばタコスの原料にもなるトウモロコシである。


 そして当然、テキーラの原材料はジャガイモでは無い。


「いいえ。リュウゼツランよ」

時系列が解りづらかったようなので、補足を。

後半の話し合いは「317 仕込みと休息 (3)」のナオたちの作業中に行われています。

次話でナオがトーヤを呼びに来ていますが、それが317の中程に繋がります。


なので、318の後半と319は、317の前半の別場面になります。

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― 新着の感想 ―
日本お酒は焼酎もあるのだけど出て来ませんね。ウィスキーやジン、ウォッもいいですよね。
[良い点] 序盤から楽しく読ませていただきました。 [一言] ユキの絡みについていけないため、ここでギブアップです。不快過ぎました。 ダンジョンの攻略とかは楽しめたのですが、申し訳ありません。
[一言] 急遽異世界もやしもんに急展開ですね…… …… タイトルも…… ……
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