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317 仕込みと休息 (3)

前回のあらすじ ----------------------------------

トーヤが戻ってくると、何故かシモンを連れていた。

シモンはナオたちを急かし、酒蔵作りに取りかかった。

「はぁ……。それでシモンさん、どんな感じに掘れば良いんだ? 単に掘るだけなら、簡単ではあるんだが……」


 それで簡単に地下室ができるほど、単純では無いだろう。


 壁面の処理や一階の床を支えるための柱なんかも必要だし、土台や基礎なんかのことも考えないといけない。


「ふむ。お前たちの魔法でどれだけの事ができるかなんだが……壁面をきっちりと固める事はできるか?」


 顎に手を当てて首を捻り、少し考えていったシモンさんの言葉に、ユキが気軽に頷く。


「問題ないよ~。ね、ナオ」

「……まぁ、硬さによるが、普通のブロックぐらいならな」


 風呂釜のようなガラス質にするのは魔力的にも厳しいが、この辺りの土を普通に硬く固めて石のようにするだけであれば、そこまで魔力は必要ない。


 ダンジョン前の土壁の事を思えば、よほど楽な仕事である。


「まぁ、それも深さ次第なんだが……シモンさん、どれぐらいの深さにするんですか?」


「そうだな。最初は地下一階を考えとったんだが、できるなら地下二階、いや、三階にできたらありがてぇな」


 なかなかに無茶を言う。


「いや、三階って、シモンさん、それって、滅茶苦茶深いよ? 何メートルいるの?」

「なに、一二メートルほども掘ってくれれば、十分だな」

「一二メートルって……」


 それで三階って、天井高くないですか?


 床と天井の厚みを考えても、三・五メートルを超えるだろうし、かなりの高さである。


 普通の部屋ではなく、酒蔵だからなのかもしれないが、そこまで深く掘ると、さすがに俺たちの魔力も厳しい。


「そもそも、シモンさん。そんなに深く掘ったら、出る事もできなくなるんですが?」

「足場を組むに決まってるじゃねぇか。儂らがどうやって作業すると思っとるんだ?」


 シモンさんに少し呆れたように言われ、俺とユキは顔を見合わせて頷いた。


「あ、そうだよね。穴掘って壁を固めたら終わりじゃないよね?」


「それならできるか。あとは……地下水とかは?」


「この辺なら問題はねぇよ。幸い、昔の村があった辺りだからな。水の出る深さは把握してる。ほれ、お前らの家の裏にある井戸、あれも深いだろう?」


「あー、確かに……?」


 俺たちの場合、魔法で水が出せるので、あまり井戸を覗き込む機会も無いのだが、確かにかなり深かったように思う。


「そのへんの事は儂ら、プロに任せときゃ良いんだよ。お前らは、穴さえ掘ってくれればな」


「ですか。わかりました」


「さて。そろそろ、他の奴らも道具や木材を持って来るはずだ。門の前で待つぞ」


 シモンさんに促され、門の前で待つこと暫し。

 荷車を引いた()()がやって来た。

 ちょっとした小屋を作る程度のつもりだったのに、予想以上の大人数。


 訊いてみれば、地上部分も二階建てにするつもりらしく、工事もかなり大がかりになりそうなんだが……これって酒造りに失敗したらどうするんだろうか?


 絶対に大赤字だよな?

 ま、まぁ、俺たちが頼んだわけじゃないから、大丈夫、だよな?


「親方! 揃えてきました!」


 門の前に荷車を止め、進み出てきたのはシモンさんの工房の若者。


 他の人たちも若い人が多いのだが、これは最初に行うのが力仕事が多いから、なのか?


「おう。運び込め! ――良いよな?」


「うん、構わないよ。でも、壁とかに派手にぶつかったりはしないようにね? 防犯設備、備えてるから、ちょっと危ないかも?」


「お、おう。お前ら、聞いたな!?」


「は、はい! 気を付けます!」


 家の外壁を指さしながら答えたユキに、シモンさんと若者たちがちょっと鼻白みながらも頷く。


 だが実際、壁を乗り越えようとしたり、破壊したりしようとすると防犯装置が作動するので、ちょっとじゃなく危ない。


 もっとも、この辺りの治安は思ったよりも悪くないようで、これまでにその装置が活躍した事は無いのだが。


「死ぬ事は無いから大丈夫だよ~。……たぶん」


 安心させるようにニッコリと笑って言うユキではあったが、それは逆効果である。


 事実、若干ビクビクしながら門を通った彼らは、荷車を引きながら、できるだけ壁に近づかないように歩いているのだから。


「それじゃ、頼むぞ」


「解りました……が、どんな感じにやりましょうか? 全面、ごっそりと?」


「魔力が保つならやってくれ。だが、できんのか、そんな事?」


「あー、無理、だよね? ナオ」


「少なくとも一日では無理だな」


「だろうな。とりあえず、壁面沿いを削って固めてくれ。内側は儂らが掘って土を運び出す。そもそも、その予定だったからな」


 人力でこれだけの穴を掘るとか、ちょっとシャレにならない気もするが、重機が無いこの世界、それが普通と言えば普通なのだろう。


 そもそもこちらの人って、俺たちの世界の人よりも体力があるし、俺が想像するよりはまだマシなのかもしれない。


「それじゃ、やっていくか」


 最初に幅一メートル、長さ三メートルほどの溝を一気に一二メートルまで掘り下げる。


 そこに足場を組んでもらい、その深さでじわじわと左右に溝の長さを広げていく。


 右を掘り進めたら、次は左に、という感じに、足場の作製と穴掘り、効率よく交互に作業を進め、たまに休憩。


 その間、真ん中部分では他の作業員たちがショベルを使って土を掘り出し、もっこで運び出しているのだが……うん、なかなかに大変そうだ。


 ちなみに、完全な力仕事なので、トーヤも呼んできて参加させている。


「シモンさん、これってどのくらい掛かるんですか?」


 単純に、五×一〇×一二メートルと考えれば、六〇〇立方メートル。

 仮に比重一でも六〇万キロ。

 畚一つが三〇キロと考えても、二万回も穴の中を往復しないといけない。

 しかも、掘れば掘るほど移動距離も増えるわけで……。


「そうだな……このペースだと、数日はかかるか。もうちょい、人を増やすべきかもしれねぇな」


 作業している人たちを見て、シモンさんは首をかしげるが――。

 いや、数日って……どんだけ酷使するのかと。

 人数を倍に増やしても、とても終わりそうに無いんですけど?


「大丈夫なんですか? その……資金とかは?」


 本当は『そんなブラックで、従業員は逃げませんか?』と言いたいところだけど、職場から逃げ出したりすると、人生が半分ぐらい終わってしまうこの世界、俺は言葉を濁す。


「気にする必要はねぇよ。お前たちのおかげで、儂もかなり儲けたからな。還元だな」


 昨年来、俺たちが持ち込んだ銘木はシモンさんを経由して、この町の他の工房へと流れている。


 シモンさんは決して暴利をむさぼったわけではないようだが、元々が高級木材な上に、数も多く、かなりの利益が積み上がったらしい。


 聞けば、今働いている若者たちの多くは、他の工房の若手たちで、シモンさんが吸い上げた利益をそれらの工房に還元する意味もあるようだ。


 支払う賃金も、相場よりも高めにしているらしく、彼らの頑張りはそれの影響もあるようだ。


「ふぅ~。けど、もうちょっと効率化はしたいところだぜ」


 息を吐きながら、俺とシモンさんが話しているところにやって来たのは、ショベルを担いだトーヤ。その格好、とても似合っている。


 働きも人一倍。さすが獣人である。


「そのショベルのおかげで、だいぶ効率化してんだぞ? 作ったのはお前なんだよな?」


「まぁな。けど……そうだな、あの畚、あれが良くねぇな。……猫車でも作るか?」


「あぁん? なんだ、それは?」


「土砂を効率よく運搬する道具なんだが……」


 猫車とは一輪の手押し車の事で、工事現場でよく見かけるあれである。


 基本的に二人で運搬する畚に比べ、一人でより多くの土砂が運べ、持ち上げる必要も無いので疲れにくい。


 土砂運搬の手段としては、かなり有効な道具である。

 欠点を上げるとするなら、スロープを作らなければ使えないところだろうか。


「よしっ! トミーに作らせよう! なんか、商売のアイデアが欲しいつってたし!」

「あ、おいっ!」


 言うが早いか、トーヤはショベルをそのへんの地面に突き刺すと、そのまま走り去っていった。


 間違いなくトミーの所に行ったんだろうが、今から発注したところで、この工事には間に合わないと思うぞ?


「あれ? トーヤ、どうしたの?」


 ちょうど穴の下から上がってきたユキが、走り去るトーヤの背中を見て、小首を傾げた。


「トミーに猫車を作ってもらうんだと」


「あー、確かにあったら便利かもね。でも、今から行っても……」


「うん、だよな? シモンさん、すみません」


「猫車は判らんが、かまわねぇよ。そもそも儂らが作ると言ったんだからな。あやつが抜けても問題はねぇ」


「……それだと、俺たちは?」


「お前らは代替がきかねぇだろうが! 魔法は便利だよな。……お前たち、仕事に困ったら雇ってやるからこい」


「えぇっ!? あたしたち、冒険者なんだけど? シモンさん」


「何時までも続けられる仕事じゃねぇだろう? 特にユキ、お前は結婚して子供を産まねぇといけねぇだろうが」


「あ、あはは……」


 シモンさんの言葉に、ユキは苦笑を浮かべて、俺の方をチラリと見る。

 う、うーむ……。


 現代日本であれば即座に『セクハラだ!』と言われそうなシモンさんの言葉であるが、この世界では至極真っ当な発言だったりする。


 冒険者がちょっと特殊なだけで、一般的にはユキぐらいの年齢であれば、普通に結婚して、家庭を持っている。


 そして結婚したなら、家を残すため、子供を産む事を求められるのが当然。


 昔の日本でも、子供を産めないと石女うまずめなどと言われて離縁されたらしいが、そんな時代なのである。


 まぁ、現実問題として子供がいなければ、農家なら農地が、職人なら工房が維持できなくなるし、老後の事を考えれば、それも必然なのだろう。


 そういえば、ヤスエは結婚したんだよなぁ。

 子供とか、できたんだろうか?

 なんだか、同級生に子供がいるかも、とか、なんか不思議な気分である。


「ん? なんだ。ユキはナオと良い仲なのか? てっきり、ナオはハルカとくっついているのかと思ってたんだが」


「えぇ。俺はハルカと――」


「あたしとナツキ、纏めて面倒を見てくれる予定なんだよね?」

 

 

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