311 休息と探索 (3)
前回のあらすじ ----------------------------------
森の中では、不意打ちを狙う魔物が多く出現した。
そんな感じで森を進んでいた俺たちだったが、やがて昼を迎えた頃、ついに森が途切れ、俺たちの目の前に現れたのは、切り立った岩山だった。
「やっと、不意打ちエリアは終わりか……結構疲れたな」
「お疲れ様です。魔力は大丈夫ですか?」
「正直に言えば、しばらく休みたいな」
トレントによってかなりの魔力を消費させられたこともあるが、それ以外にも精神的にかなり疲れた。
シャドウ・バイパーやトレントなど、いずれも感知が難しい敵。
それが何時襲ってくるか判らない状況で、【索敵】に注意を向け続けているのは、なかなかにしんどいのだ。
トーヤがいれば、ある程度分担できる部分があるのだが、二人だけだからなぁ。
「一先ずは、お昼ご飯を食べて休みましょう。『聖域』を使っておけば、多少は気が抜けますよね?」
「だな」
俺たちは森から出ると、崖から少し離れた場所に腰を下ろし、『聖域』を使ってから昼食の準備を始めた。
周囲に怪しげな木は無いし、トレントもシャドウ・バイパーも気にする必要は無いが、用心するに越したことはない。
一応、崖にロック・スパイダーが張り付いていたりしないことは確認しているのだが……思えばこの階層、森に限らず不意打ち狙いの敵ばっかだな?
って事は、不意打ちエリアは終わりじゃなく、今後も続くのか?
嫌だなぁ。疲れそう。
「さて、ナオくん、何を食べますか? やはり、温かい物が良いですよね」
「あー、とりあえず、何か甘い物が食べたい。ディンドルでも食べるか?」
「ディンドルですね。――はい、どうぞ」
疲れた時には甘い物。
庶民から見れば『何と贅沢な!』とか言われそうだが、俺とナツキは一つずつ、ディンドルを平らげる。
まぁ、この実一個で、ちょっと良いお店のランチ一食分よりも高いのだから、贅沢と言えば贅沢である。
だからといって、節約するつもりは毛頭無いが。
大した娯楽も無いのだから、美味い物ぐらい自由に食べたい。
それが買った物ではなく、自分で採った物ならなおさらである。
「ケーキも残ってますけど、食べますか?」
「ケーキか……」
ストライク・オックスのミルクが手に入るようになって以降、ナツキたちはバターや生クリームも作るようになっていた。
それらがあるおかげで、お菓子も色々と食べられるようにはなったのだが、さすがに菓子を昼食代わりにするのはちょっと厳しい。
「……いや、普通のご飯にしよう。肉でも食べるか」
「解りました」
再びナツキが出してくれたパンと肉でお昼を終え、俺は寝台を取りだしてそこにゆったりと横になった。
ナツキの方は、軽く火を熾し、そこにお茶っ葉と水を入れたヤカンを掛けている。
完全に休息モード。
このまま夕方ぐらいまでは、魔力の回復に専念したいところである。
「そう言えばさ、ナツキ。バターとかは作っているのに、チーズは作らないんだな?」
「チーズ、ですか? 私たちも食べたいとは思っているんですが、フレッシュチーズならともかく、本格的なチーズは、少しハードルが高いんですよね」
少し気になっていたことを聞いてみれば、そんな答えが返ってきた。
「あぁ、やっぱ難しいのか。作り方は知っているのか?」
「大まかには、ですが。でも、それで上手くできるほど、簡単ではないでしょうね。【調理】スキルがあったとしても」
「時間も掛かるだろうしなぁ。――クレヴィリーには売ってたんじゃないか? 買わなかったのか?」
俺とユキが入った食堂では、チーズが使われた料理があったわけで。
俺のイメージするチーズとは少し違ったが、あれはあれでなかなかに美味かった。
ほぼ液体だっただけに、どのような形で売られているのかは解らないが、店で出ている以上、存在はしているはずである。
だが、俺の疑問に対してナツキから返ってきたのは、苦笑だった。
「売ってはいましたが、それが私たちの口に合うかどうかは別問題でして。大半の物は、トーヤくん、メアリちゃん、ミーティアちゃんが無理という事で、買わなかったんです。匂いがきつすぎて」
「……あぁ、外国の物とか、匂いがきついって聞くもんな。そんな感じか?」
「大半の物はそれ以上ですね、私の感想としては。一部、食べられそうな物は買ってきましたが……」
俺も、あまり匂いのきついチーズはダメだし、鼻が良い獣人だともっと厳しいだろう。
考えてみればチーズって、カビと一緒に食べる物もあるわけで、なかなかにリスキーな食べ物である。
「今のところ、隠し味的に入れるだけですね。少しだけなら、美味しく食べられますから。あまり気になりませんよね?」
「入ってたのか。ナツキたちの作る料理はいつも美味しいぞ? 感謝してる」
「いえいえ。そう言って頂けると、頑張ってる甲斐もあります。――さ、お茶が入りましたよ」
差し出されたお茶を受け取り、一口。
温かいお茶に癒やされつつ、ナツキに「ありがとう」と礼を言う。
そしてその後も、俺はナツキと雑談をしながら、のんびりと休息を取り、魔力の回復に努めたのだった。
夕方、概ね俺の魔力が回復したところで、俺たちは焚き火や寝台などを片付け、転移する準備を始めた。
完全回復とはいかないが、ここからなら余裕を持って転移もできる――。
「ん? 転移ポイントが増えている……?」
意識を集中して転移ポイントを探った俺は、朝とは違う反応に眉をひそめる。
「どうかしたんですか?」
「いや、今朝の段階で、転移ポイントは二つだったんだが、それが増えているんだよ。普通なら、増やすほどの距離でもないんだが……」
二一層の入口に設置した物に加え、もう一つ設置された転移ポイントは、俺たちの帰還の目印のためと思っていたのだが、更に増えた転移ポイントに関しては意味が解らない。
敢えて置く意味が無いほど、二つ目の転移ポイントと距離が近すぎるのだ。
「何故……?」
転移ポイントを作るのにだってお金は掛かるのだ。
必要以上に設置することは完全な無駄遣いである。
ハルカがそんな無駄なことをするとは思えないので、何かしらの意味があるのだろうが……。
「それも戻ってみれば解りますよ。まずは合流を急ぎましょう」
「おっと、そうだな。それじゃナツキ」
「はい」
俺はナツキの手を握り、転移ポイントを探る。
大して距離は違わないし、新しく設置された方が良いよな。
ハルカたちもそちらにいる可能性が高いわけだし。
「『領域転移』。…………おや?」
いつも通りに発動した魔法。
……いや、正確には発動しようとしたのに、発動しなかった魔法。
その事に俺は首を傾げる。
「どうかした……んですよね、転移できていませんし」
「あぁ、なんか、転移が使えない? 途中で阻害されるような……。すまん、原因は良く判らん」
転移ポイントの位置は把握できるのに、そこまでラインが繋がらないというか……ん? もしかして、転移ポイントの数が増えているのは、これが原因か?
遠くまで転移できないから、数を増やして対処している?
「――ナオくんが転移できないなら、当然、ユキも無理ですよね。その予想、間違ってないかもしれません。近場なら、転移可能なんですか?」
「たぶん、問題ない」
一応は実験と、一〇メートルほど離れた場所に転移してみるが……。
「ヤバい……微妙にずれてる」
転移の目標としていた、ひょろりと生えていた草。
本来であれば、その真上に転移するはずだったのだが、実際に転移したのはそのすぐ隣。
ズレとしては二〇センチにも満たないが、最初の頃ならいざ知らず、最近の転移でズレることなんて無かったわけで……。
「これ、下手に使うと危ないかもしれない。ユキ、失敗して崖から真っ逆さま、とかなってなければ良いんだが……」
「そこは……大丈夫だと、期待しましょう。ユキだって、普段通りに使えないと解れば、警戒するでしょうし」
「だよな?」
朝から今までの間で、転移ポイント設置数が増えている以上、生存している事に間違いが無いのは、安心材料か。
「問題は私たちの方です。転移ができないとなれば、なんとか自力で戻る必要があるわけですが……」
そう言いながらちょっと困ったようにナツキが見上げるのは、目の前に聳える岩山。
九〇度とは言わないが、八〇度ぐらいはありそうな斜面は、山登りではなくロッククライミングである。
一応、【登攀】のスキルは得たわけだし、天辺が見えているのなら登るのもありなのだろうが、上を見上げて見えるのは雲。
どれぐらいの高さがあるのか、さっぱり判らない。
どうやっても、一日じゃ登れないだろうし、体力が保つはずもない。
ロッククライマーが岩壁にテントを張って、キャンプをしているのは見た事あるが、もちろん俺たちにできるようなことではないわけで。
宙ぶらりんの状態で寝るとか、どんな罰ゲームなのかと。
そもそも魔物が飛んで来かねないこの場所で、そんな事をできるとは思えないしな。
「この岩山、登るのはちょっとなぁ……」
「はい。危険すぎます。登れそうな場所でもないか探すべきでしょうが……」
ナツキは言葉を濁し、辺りを見回すと空を見てため息をついた。
「今日のところはここまで、でしょうか。これまでに襲ってきた魔物のことを考えると、薄暗くなってから行動するのは――」
「無しだな。確実に怪我をする」
昼間でも【隠密】や【擬態】を見破るのには神経を使うのだ。
夜にそんな事をするなんて、考えたくもない。
「では、片付けたところですが、再び、野営の準備、しましょうか」
俺とナツキは顔を見合わせ、揃ってため息をついた。









