309 休息と探索 (1)
前回のあらすじ ----------------------------------
川を下っていたナオたちは、鉄砲水によって更に流される。
落ち着いたところで川から上がり、森に入って野営をする。
「……ナオくん、ナオくん、起きてください」
「……あ、あぁ、交代の時間か?」
「はい。大丈夫ですか? もし回復が足りないようなら、もう少し寝てもらっても……」
「いや、問題ない。結構な時間、寝たみたいだしな」
俺が眠りに就く前は、周囲にまだ多少明るさが残っていたが、今は完全に真っ暗。
時間的には真夜中、で良いのだろうか?
ダンジョンだけにそのあたり、良く判らない部分はあるのだが、少なくとも俺の感覚としては、十分な睡眠が取れていた。
俺が布団から這い出すと、すぐにナツキは、いそいそとその布団の中に潜り込んでしまった。
「ふぅ、温かいです」
「……いや、自分の布団、あるだろ?」
ホッと息をつくナツキに、思わずツッコむ。
「良いじゃないですか。せっかくナオくんが温めてくれているんですから。それに、匂いを嗅ぐわけでも無いですし?」
「いや、止めてくれよ!? それはなんか恥ずかしいから!」
まぁ、実際のところ、誰が使った布団でも、毎回『浄化』をかけているので、大して気にする必要は無いのだが……何となくの、気分である。
「それじゃ、ナオくん、よろしくお願いしますね。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
すでに寝る体勢に入ったナツキに俺は挨拶を返し、焚き火の側に腰を下ろす。
そして【索敵】の反応にしっかりと意識を向けてみれば、夜になったからか、小さな反応がポツポツと確認できる。
まだ距離はあるし、危機感を覚えるほどの脅威でも無いのだが、暢気に構えていられるほど、俺はこの森のことを知らない。
とりあえずの用心として、『聖域』で周囲を囲んでおく。
ちなみに、『隔離領域』と『聖域』の違いを簡単に言うなら、物理的な壁と魔法的な壁だろうか。
いや、どちらも魔法で作った壁ではあるんだが、『効果として』な。
前者は空気も含めてすべての物を遮断するが、後者は術者に対して害のある物を遮断する。
とは言っても、そのあたりは結構曖昧で、術者の認識と技量にも影響される。
例えば自然現象として落石があった場合に『聖域』で防げるかと言えば、普通は無理。
その事を考えれば、『隔離領域』の方が安心度は高いのだが、消費魔力や酸欠の危険性なども考えれば、必ずしもそちらの方が優れているとも言い難く。
状況に応じて使い分けが必要ってところだろう。
「しかし……こうして見ていると、ダンジョン内だと思えないな……」
一五層から二〇層までは、自然っぽく見えてもどこか不自然な部分があったのだが、この階層の場合、言われなければダンジョン内だとは気付けないだろう。
耳を澄ませば、僅かながら虫の声も聞こえ、風も吹いている。
注意して観察を続ければ、どこか不自然なところも見つかるのかもしれないが、今のところ、俺に判るようなものはない。
焚き火を見つめながら、【索敵】の反応に意識を集中して静かに時間を過ごす。
そして、ナツキと見張りを交代して三時間ほどは経っただろうか。
【索敵】の反応に、気になる物が見え始めていた。
そこまで強い反応ではないのだが、何らかの意図を持って動いていると思われる物が八個ほど。
俺たちのいる場所を半円形に囲むようにして近づいてきていた。
「ナツキ」
眠るナツキの隣に行き、軽く肩を叩きながら小さく声を掛けると、ナツキはすぐに目を開け、軽く目を擦りながら身体を起こした。
「……何か、ありましたか?」
「敵が来ている、かもしれない」
「私には……まだ感じられませんが、ナオくんがそう言うなら、警戒が必要ですね」
ナツキが布団から出たところで、俺は布団と寝台をマジックバッグの中へ片付ける。
あとは、武器さえ持てば準備は完了。
さすがに何時襲われるか判らない状況で、鎖帷子を脱いだりはしていないので、目さえ覚めれば、すぐに対応は可能なのだ。
ちょっと寝づらいのが難点だが、さすがにもう慣れてしまった。プレート・メイルなんかに比べれば、よほどマシだと思うしな。
「何だと思いますか?」
「判らないな。少なくとも、これまで出会ったことが無い魔物だとは思うが……」
【索敵】の反応的には、かなり近くまで来ているはずなのだが、姿は疎か、音すら聞こえない。
「ナツキ、見えるか? あの辺りにいるはずなんだが」
俺が指さす場所にナツキが目を凝らす。
「いえ……あっ、いました! 猫です!」
その言葉とほぼ同時に、暗闇の中から影が分離するように、いくつも飛び出した。
真っ黒いその姿は正に猫。
普通のイエネコよりも一回りほどは大きいが、尻尾を入れても五〇センチほどだろうか。
そんな魔物が木の上や茂みの中から、一斉に飛びかかってくる。
しかし、使ってて良かった『聖域』。
跳ね返すまではいかないが、その障壁の部分で何かに引っかかるように勢いが殺され、俺たちの所までは届かない。
そして、空中で一瞬動きが止められる状況というのは、長物を使う俺たちからすれば良い的である。
この時点で飛びかかってきた八匹のうち四匹は、首を切り裂かれて地面で藻掻くだけになっていた。
「シャドウ・マーゲイ、【隠密】持ちだ」
「真っ黒で【隠密】持ち。暗闇で襲われると、かなり危険ですね」
「あぁ。少なくとも夜、この森は歩きたくないな」
などと話しながら、槍を突き出している俺だが、敵はなかなかに素早い上に、的も小さく、攻撃も当たりにくい。
だが、やはり『聖域』は便利である。
ナツキと共に死角をフォローしつつ、攻撃を加えていけば、『聖域』の範囲で逃げられる場所など限られている。
それで障壁部分に触れてしまえばしめたもの。
動きが鈍った瞬間にサックリと処理。
全部のシャドウ・マーゲイが動かなくなるまでに、大した時間は必要なかった。
「ふぅ。思ったよりも素早かったな?」
「はい。『聖域』が無ければ、ちょっと面倒だったと思います」
「あぁ、防衛戦には想像以上に便利だよな、『聖域』って」
これが『隔離領域』の場合、自分の攻撃も障壁にぶつかってしまうのだが、『聖域』にはそれがない。
それでいて、魔物の行動を一瞬でも阻害するのだから、戦いやすさは段違いである。
最初、木の上から跳びかかってきた物もいたように、茂みの中や木の上などに隠れつつ、攻撃をされていればもう少し苦戦しただろう。
逆に言えば、それを阻害する『聖域』との相性は、俺たちからすればとても良く、シャドウ・マーゲイからすれば最悪だ。
「わぁ……見てください。この爪、凄く鋭いですよ? これで顔や首を狙われたら、致命的ですね」
「げっ。不釣り合いすぎるな、この爪……」
見た目は少し大きめの猫なのに、その手足に付いている爪は、二センチほどもあり、かなり鋭い。
こんなのが突然、暗闇に紛れて木の上から襲ってきたら……頸動脈でも切られたら、死ぬ危険性はかなり高いだろう。
「よし、夜の移動は絶対に止めよう。万が一、【索敵】で見落としでもしたら、シャレにならん」
「はい。正面から戦えばさほどでも無いですが、不意打ちは危険ですね」
その後もしばらくの間、警戒していた俺たちだったが、第二波が来る様子は無く、ナツキには寝てもらう事にした。
当然俺は、そのまま見張りを続け……結局、何事も無く朝を迎えるのだった。
◇ ◇ ◇
「ナオくん、どうですか?」
「ん~、二人なら、何とか、いけるか? しばらく動けなくなるかもしれないが」
翌朝、朝食を食べて野営場所を引き払った俺たちは、転移で戻るべく、ハルカたちが設置しているであろう転移ポイントを探っていた。
確認できたのは二つ。
遠い方が二一層の入口、少し近い方がハルカたちが新たに設置した転移ポイントだろう。
距離的には結構ギリギリだが、今回転移するのは俺とナツキだけ。
少し近い方なら、なんとかなりそうな気はするのだが、魔力消費は厳しそうな感じ。
「……止めておきましょう。そこにいるのがハルカたちなら安心ですが、もし移動していた場合、そして逆に魔物がいた場合、とても危険です」
「たぶん、転移ポイントの所で待っていると思うが……確実とは言えないか」
ハルカたちが俺たちを見捨てるとは思わないが、魔物に襲われてやむなく転移ポイントの場所を離れている可能性など、想定外も考慮すべきだろう。
「幸い、ナオくんのおかげで方向は判るわけですし、歩ける範囲は歩いて近づきましょう。それでどうですか?」
「あぁ、問題ない。昨日のシャドウ・マーゲイも、この時間帯なら、そう怖くないしな」
もちろん、別の魔物が出てくる事も考える必要はあるが、今のところ、【索敵】に引っかかる対象はいない。
フルメンバーなら、多少の魔物ぐらい出てきてもお金になる、とか思えるのだが、二人だけの現状では、できれば出てきて欲しくないところである。
「方向は……こっちだな」
転移ポイントの場所を頼りに、俺たちは歩き出す。
考えてみれば転移ポイント、地味に便利だよな。
見通しが利かないこんな森の中でも、不安を感じずに歩く事ができるわけだから。
上手く配置していけば、道に迷う心配も減るし、ユキの【マッピング】スキルと組み合わせれば更に有用。
まぁ、どの転移ポイントか区別がつくわけではないので、配置しすぎればわけが判らなくなるだろうが。
「――っ! ちょっとストップ!」
なんだか嫌な予感がして、俺は慌ててナツキを呼び止めた。
「どうかしましたか?」
「なーんか、その木のあたり、俺の【索敵】に引っかかるものが……。敵の反応とも言えないんだが、ほんのりと……何かいるようにも見えないんだが」
喩えるならば、無害な動物に近いと言えば良いのだろうか。
だが、その木の周辺に何か小動物がいるようにも見えないし、そもそも反応はもっと体積が大きい物に感じられて――。
「良く判らん。透明な魔物? ゴースト的な」
「以前出会ったシャドウ・ゴーストは目視できましたが……しかし、無視するのは避けたいですね。初めての場所だけに。適当に攻撃してみますか? 木の上から何か降ってくるかもしれませんし」
「だな。こういうのは、トーヤ向きなんだが……」
ガンガン、というタイプの攻撃ができるのは、俺たちの中ではトーヤとメアリ。
俺やナツキの武器は突き刺したり、切り裂いたり。
とりあえず、『石弾』をぶつけてみるが……。
「反応、無いな?」
「はい。何か落ちてきた様子もありません」
拳大の石が木にぶつかり、軽く幹を揺すったが、それだけ。
何の変化も見られない。
「……気のせい、なのか?」
それでも一応と、俺は枝を落とす時などに使っている斧をマジックバッグから取り出し、それを持って木の方へと近づく。
「これで叩けば、何か落ちてくるかも――」
「ナオくん! 上です!!」









