029 感動の再会?
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
高いわりにレベルの低い部屋とまずい食事にショックを受ける。
あの昼食の洗礼を受けた後、夕食もここで買おうという猛者は、当たり前だが俺たちの中には居なかった。
持ってきた干し肉とパン、それにディンドルの実で味覚の洗濯をして待っていると、大分夜も更けた頃、部屋の扉をノックする音が響いた。
扉を開けると、そこにいたのは夕紀、それに――
「はる――」
「悠っ!!」
「那月!」
夕紀を半ば押しのけるようにして悠に飛びついたのは、那月。
那月も人間のままで殆ど外見的に差はないのだが、夕紀以上に痩せてしまっている気がする。
そんな那月と悠の抱き合う様子はまさに『感動の再会!』って場面なんだが、その後ろでは夕紀が腕を広げかけた状態で固まっているぞ?
なんだか可哀想なので、半ば冗談で俺が手を広げてカモン! とやってみたのだが――。
「尚!」
おや、予想外。
素直に飛び込んできた。
冗談に乗ってくれたのかと思ったのだが、もしかして、泣いてる……?
ちょっと困ってトーヤに目をやると、何か頷いていたので、素直に抱き寄せて背中を撫でる。
「ううぇぇ……」
それが良かったのか悪かったのか、夕紀は更に俺にしがみついて本格的に泣き出してしまった。
純日本人の俺としてはこういうスキンシップは正直照れくさいのだが、こういう状況だからありだよな?
――と思っていたのだが、なんだか、ハルカと那月が口元に笑みを浮かべて、こっちを見ているんだが。
お前たち、さっきまで感動の再会で涙流してなかった?
って、トーヤもニヤニヤするな!
夕紀には申し訳ないが、肩をポンポンと叩き、涙目で顔を上げた彼女に周りの様子を示す。
少し不思議そうに俺の示す方向に視線をやった夕紀だったが、その途端、自分の行動に思い至ったのか、慌てて離れて顔を真っ赤にした。
「くっ、うっ――、な、那月! いきなり押しのけるとか酷くない?」
気恥ずかしさを誤魔化すためか、夕紀が那月を指さし、いきなりそんなことを言い出すが、そこまで恥ずかしがることもないと思うんだがなぁ。
異世界という何の基盤もない、不安定な状態に女の子二人だけで放り出されたのだ。
友達に抱きつくぐらい、許容範囲だろ。笑っちゃダメ。
特にトーヤ、コイツは有罪。
ハルカと那月は微笑ましいレベルだったが、トーヤの笑いは冷やかし成分が入っていた。
「え~、そうですか? 夕紀はすでに悠と会ってたわけですし、譲ってくれても良いでしょう?」
「あたしもあの時は殆ど会話できなかったよ! 悠に口止め? されたから」
夕紀としてはあの時に『感動の再会』をやりたかったのだろうが、声を上げようとした瞬間にハルカに機先を制されたからなぁ。
まぁ、あの状況でやられると、色々面倒事がやって来そうだったし、俺としてもハルカが間違っているとは言えないのだが。
そんなこともあり不満そうに那月に文句を言う夕紀だったが、ニッコリと笑った那月の次の言葉で再び絶句してしまった。
「それに、そのおかげで尚くんに抱きつけたわけですし?」
「なっ――!?」
「いや、それは俺に責任も――」
冗談っぽくとはいえ、『カモン!』ってやってしまったわけだし?
位置的にも、トーヤは俺の少し後ろにいたからなぁ。
そんなこともあってフォローを入れようとした俺の言葉を遮るように、再び夕紀が露骨に話を変えた。
「そ、そんなの、別に嬉しく――そ、それよりもっ! 悠は何であの時、誤魔化すようなことしたの? むしろ悠から飛びついてきて、抱き締めてくれても良かったんじゃない?」
「私が? そんなキャラじゃないし」
しれっとそんなことを言うハルカに、夕紀は憤慨したように握りしめた手を上下に振る。
「キャラじゃなくても! あたしたち、親友だよね!?」
「ええ、あそこにいたのが那月だったら危なかったわね」
ふぅ、とでも言うように、わざとらしく額の汗を拭う仕草をするハルカ。
完全にからかいモードである。
「なんで!? 実はあたしと那月、悠との友情レベルに差があったの!?」
「いいえ。単に、夕紀はしぶとそうだから? 那月は、ほら、蒲柳の質?」
「ぐぁー、悠がそんな風に思っていただなんて! 今、明かされる衝撃の真実!! むしろ那月は柳に風でしょ!」
そんなことを言いながら頭を抱える夕紀を見て、俺たちは思わず失笑した。
「うんうん、元気そうね」
「だな。心配だったんだが……でも、2人とも少し痩せたか?」
「えぇ。どうしても食事が口に合わなくて……」
そう言ってちょっと疲れたように吐露する那月に、トーヤが大きく頷く。
「ああ、解る。オレもここの料理は無理」
「あたしも、図らずもダイエット成功ね。この環境だとリバウンドの心配もなさそうだけど、ちっとも喜べないわ」
そんな事を言う夕紀も元々太っていないのだから、痩せても不健康なだけだよな。
「あの料理じゃねぇ……。ま、取りあえず2人とも座りましょ――っと、その前に『浄化』」
悠がさらっと『浄化』を使い、全員をすっきりと綺麗にする。
今日は戦闘もなかったので、俺たちはさほど汚れていなかったが、夕紀たちは文字通りの意味で垢抜けた。
「えっ? 何この便利な魔法!」
夕紀と那月が互いを見つめ、驚きに目を見開く。
「光魔法 Lv.2の『浄化』。色々と便利な魔法よ」
最初は一人ずつかけていたこの魔法も、事あるごとに使っていた結果、今では全員一度に、更に言えば夕紀たちが増えて5人になっても、一緒にかけられるようになっていた。
本来の用途は『邪悪なる者の浄化』らしいのだが、少なくとも冒険者の中で、その用途で使われる機会はかなり少ないんじゃないだろうか?
「光魔法にこんな便利な魔法があったなんて……。私は何であの時、レベル2にしなかったのでしょう」
ガックリと落ち込む那月に聞いてみると、光魔法はレベル1で持っているらしい。
「そのおかげで、多少の怪我や明かりには不安がなかったのですが、お風呂は……」
「洗濯にも苦労したよね。お金がないから、着替えも1つしかないし」
揃ってため息をつく2人。
気持ちは解る。
俺もハルカの魔法がなかったら、挫折していたかもしれない。
だって、猪の解体してベタベタになった手も、激しい運動で汗まみれになった身体や服も、一瞬で綺麗になるんだぜ?
唯一の不満はさっぱり感に乏しいところだが、そこまで言ったら罰が当たる。
「だよなぁ。この世界、1パック3枚入り千円の下着も売ってないし、服も高いし」
「だよね! ホント物価が――って、知哉、あたしはそんな安物の下着、履いてないからね!?」
「夕紀、あなたは何おかしな主張してるのよ。それより座りなさい。夕食は食べた?」
ハルカが夕紀の頭をペシリとはたいてベッドに座らせてから訊ねると、2人は揃って微妙な顔になった。
「食べることは食べたけど……」
「味が味ですので……」
「だと思った。これ、食べて良いわよ」
そう言ってハルカが手渡したのは、干し肉がたくさん入った袋とパンが入った袋。
干し肉は非常食も兼ねているのでかなりの量があるが、パンの方は『微睡みの熊』で買える物で日持ちしないため、3人で食べれば2日で無くなる程度の量しか持ってきていない。
昼も食べたので、夕紀たちが食べればなくなりそうだが、こちらに来てずっとあのレベルの食事を食べ続けていたと考えれば、パンぐらいいくらでも分けてやりたくなる。
「干し肉? はむ……な、なにゅ! これぇ! すっごく、むぐ、お、おいひいんだけど!」
「夕紀、お行儀が悪いわよ。那月を見習ったら?」
「………」
そんな那月はひたすら無言で干し肉を囓っている。
ちょっとハムスターっぽくて可愛い。
「いや、それでもあたしはこの感動を伝えずにはいられない! この世界にもこんな美味しい物があったなんて!」
「それ私たちの自家製だから」
「あ、そうなんだ」
やや大げさなほどのリアクションで干し肉を囓りつつ、目尻に涙を浮かべていた夕紀だったが、ハルカの言葉でちょっと意気消沈した。
「でも、そっちのパンは私たちの定宿で買ってきた物ね」
「パン……? あむあむ。ふ、普通。普通だけど、普通に美味しい……」
あそこのパンはクセが無くて食べやすいのだが、日本で食べた『美味しいパン屋さんのパン』の様にそれだけで食べても美味しい、と言うようなパンではない。
大した特徴のない、ある意味『無味乾燥』にも近いのだが、他の料理の味を邪魔しないとも言え、それ自身の味で食べにくい黒パンなどに比べると、十分に『美味しい』と評価できるのだ。
那月もパンと干し肉を交互に、美味しそうに食べている。
こうして改めて那月を見ると、彼女の頬も少しだけ痩けているような印象を受ける。
「那月、大丈夫か?」
「ええ、ありがとうございます、尚くん。でも、正直なところ、【頑強】や【病気耐性】、【毒耐性】のスキルがなかったら、危なかったかも知れません」
そう言ってちょっと儚げに微笑む那月は、元の世界では少し病弱なところがあった。
さっきハルカが『蒲柳の質』と言っていたが、そこまでではなくても、少なくとも俺たち5人の中で体質的に一番弱いのが誰かと言えば、彼女であるのは間違いないだろう。
そんなこともあってキャラメイクの時に、それらのスキルを取ったのかも知れないが……あの料理、少なくとも毒ではないよな? 不味いけど。
「程々にお腹が膨れたら、デザートもあるからね」
「デザァーート! そんな夢のような言葉が再び聞けるなんて!」
「……夕紀、あなたどんな食生活を――、ってアレよね。ごめんなさい」
叫んだ夕紀の視線は、すでにハルカの手元、皮を剥かれているディンドルに釘付けである。
口と手はしっかりと動いているが。
手早くディンドルを剥いたハルカがお皿を差し出すと、慌てて口の中の物を飲み込んだ2人は一切れずつ手に取りそれを口にした。
「甘い……」
「ええ、甘いですね……」
「甘露。甘露だわ。これこそが……」
ほぼマジ泣きである。
でも気持ちは解る。
俺もさっき、あの食事のあとで食べたらめちゃくちゃ美味しく感じたもの。
「……もう1つ、食べても良い?」
遠慮がちにそう言う夕紀に、ハルカは笑って答えた。
「食べられるだけ食べても良いわよ。たくさんあるから」
「悠、あなたは神かっ!」
「――本当にあなたたちの食生活が推察できて、私の方こそ泣けてくるわね」
そう言いながらも手を動かし、ハルカはどんどんディンドルを剥いて皿の上に盛っていく。
片っ端からそれを食べる2人だが、さすがに1人2、3個分ほど食べたらお腹いっぱいになったのか、手が止まった。
「ふぅ~~。ありがとう、悠。あなたと友達で良かった!」
「良い台詞を、すっごい微妙な場面で口にするわね、夕紀……」
満面の笑みでそう言った夕紀だったが、言われたハルカは微妙な表情で苦笑する。
「悠、あなたと出会えたことが、私の人生で最大の財産です」
基本黙々と、何とか上品と分類できる仕草で食べていた那月も、良い笑顔でそんなことを言う。
「那月も乗らないっ」
ハルカが那月の頭にペシリと突っ込みを入れ、残ったディンドルに手を伸ばす。
「あ、じゃあ、オレも。ナオは?」
「なら、一切れ」
ちょうど3切れ残っていたので、1人1つずつ食べる。
――うん、美味い。
美味いけど、ここ最近、ほぼ毎日食べているので、さすがに別の果物も食べたくなるよな。
高いから買わないけど。
「ゴメンね、3人とも。結構遠慮なく食べちゃったけど……結構高いよね、これ。果物なんて贅沢品だし」
「そうね、市場価格なら1つ500レアかしら」
「「ご、ごひゃく!?」」
「そんな高級果物、パクパク食べたらまずかったんじゃないですか?」
「いや、那月。あなた、これより高級な果物、普通に分けてくれてたでしょ」
「あれは頂き物でしたし。うちでも普段からあんな物を買っているわけではありませんよ?」
実は那月の家は結構な資産家だったので、俺たちもその恩恵に与り、昼食の時に持ってきたデザートを分けてもらったり、ちょっと良いお菓子をお裾分けしてもらったりしていた。
そういう家だとお中元やお歳暮の時期には、一度にたくさんの贈り物が届く関係で、自分の家だけで消費するのは難しいらしい。
基本、送られてくるのは食べ物なので賞味期限はあるし、それぞれにお返しをしないといけないしで、那月の家としては『あまりありがたくない』のだとか。
まぁ、ああいうギフトって無駄に高いし、同じレベルでお返しをするなら、高くて必要の無いものを買わされてるようなものだよなぁ。
「第一、今は状況が全然違いますから。最初の所持金、1,000レアでしたよね?」
「そうね。最初は厳しかったわねぇ……」
遠い目をするハルカに、俺たちもあの時のことを思い出す。
必要最低限の雑貨を買うと着替えも買えず、武器はトーヤの持つ木剣1つのみ。
全く余裕のないスタートだった。
那月たちもきっと同じように苦労したのだろう。
「ま、このディンドル――この果物の事ね。これは、私たちが自分で採取してきた物だから大丈夫よ。お礼は取ってくることを提案したトーヤに言ってね。あ、トーヤは知哉の事ね」
「そうなんですか? 知哉くん、ありがとうございます」
「いや、オレは提案しただけで、実際に採ったのはナオだから。あと、オレのことはトーヤでよろしく。ギルドにそれで登録してるから」
「解りました。尚くんもありがとうございます。これって、採るの大変なんですか?」
「樹高が50メートルはあるし、実が生るのはその先端だから、元の世界ならかなり大変だな」
「50メートル!? そんな木、日本にはないですよね」
「え、尚、そんな木に登ったの? 近代的なザイルとかカラビナとかも無しに?」
那月と夕紀が驚いて俺の顔をマジマジと見つめる。
俺も普通なら、危険だし無理と考えるだろうから、その気持ちは解る。
「ああ。ほら、俺とハルカ、エルフだろ? そのおかげか案外苦労しなかった。なぁ?」
「そうね。50メートルという言葉から感じられるイメージよりは、かなり楽だったわね」
「へぇ、やっぱり種族って影響するんだ?」
「するみたいだな。種族特性みたいな物は感じられるから」
エルフで言えば平衡感覚、トーヤの獣人で言えば、索敵もないのに判別できる超感覚。
キャラメイク時にポイントを消費するだけあって、利点が多い。
もちろん、バンパイアハーフみたいなキワモノ種族には強烈なデメリットがあったが、それは少数派だろう。
但し、地域によっては種族差別があるらしいので、一概に人間以外を選ぶのが吉、とは限らないのではあるが。









