306 一時帰還へ (3)
前回のあらすじ ----------------------------------
転移が使えなかったハルカたちは、その場で夜を明かすことにする。
「敵だ!!」
響いたトーヤの声に、即座に反応したのはハルカだった。
「ユキ! 『隔離領域』!」
「う、うぇ? あ、『隔離領域』」
半ば寝ぼけながらではあったが、ユキの魔法はきちんと発動し、ハルカたちのテントを障壁が包み込む。
その直後、『カッカッ』と何かが当たる音が、テントの中にまで聞こえてきた。
「出るわよ!」
「りょ、了解!」
「「はい(なの)!」」
武器を掴んでテントから飛び出たハルカたちが見たのは、遠くを見据えて、厳しい顔で武器を構えるトーヤの姿。
だが、そんなトーヤも、しばらくすると息をフッと吐いて、身体の力を抜いた。
「大丈夫らしい。反応は無い」
「そう……というか、なに?」
「ほれ、それを見ろ。あとついでに、その壁の向こう側も」
トーヤが指さした場所にあったのは、地面の上でビチビチと跳ねているフライング・ガー。
場所的に、先ほどユキが張った障壁にぶつかり、地面に落下したのだろう。
「あ! こっちにもいっぱい刺さってるの!」
驚きと喜びが混ざったような声で、壁の後ろに回ったミーティアが言葉を発する。
「うわっ、ホントだ……。二〇匹以上いるよ……」
それに対し、同様に見に行ったユキの方は、『うげげっ』とでもいうような声である。
「これって、トーヤさんが気付かなかったら、かなり危なかったんじゃ……」
「ついでに言えば、ハルカの反応が早かったから、だな。良く、即座に対応できたな?」
「えぇ、ちょっと眠りが浅かったから……。ユキもすぐに魔法を使ってくれたしね」
「そうか。おかげで、高価なテントも守れたわけだな」
何故眠りが浅かったかなど、訊くまでもないことで、トーヤはそれ以上は言わず、ユキの方へと視線を向けた。
「お前が作った土壁の存在も、かなり助かったぞ。見ての通り」
「うん……。風よけのつもりだったけど、予想外の効果だったね」
咄嗟の『隔離領域』によって守られたテントに対し、トーヤのいた場所はその範囲外。
いくらトーヤが、事前に飛んで来るのを察知できたとしても、薄暗い中で二〇匹以上のフライング・ガーに対処することは難しかっただろう。
「死にはしなかったと思うが、怪我はしてたよなぁ、これが無ければ」
「まさか、夜に襲撃があるとはね……。いえ、普通の魔物ならおかしくは無いんだけど」
「かなり悪質だよね~。昼間の経験があるから、通路や岩棚は安全と思っちゃうもん」
「ええ。油断が無かったとは言わないけど、疲れて休んでいるところで、不意打ちとか……」
壁を上り下りしなければ、空からの襲撃は無いと思わせておいて、夜になったら飛んで来る。
しかも、多少は羽ばたき音がするアローヘッド・イーグルに比べ、一切羽ばたかないフライング・ガーは、僅かな風切り音がする以外、ほぼ無音。
夜に発見するのは、困難を極める。
「……こうなったら、しっかりと光を浮かべておいた方が良いかしら?」
「明るかったら、キラキラ光るの!」
テントから飛び出した時、素早くハルカが発動した『光』の魔法。
その光を、ミーティアが拾ったフライング・ガーの魚体で反射させる。
凄く目立つわけでは無いが、青魚の事を“光り物”を言うように、それなりにキラリと光り、発見する助けになる事は間違いないだろう。
「そうね。滝の方向、少し離れた場所に『光』を浮かべておきましょう。幸い、飛んで来る方向は固定されているようだし」
「これで逆方向から飛んできたら、最悪だよな」
やや茶化すように言ったトーヤに、ハルカが顔をしかめる。
「止めて。本当になりそうだから」
「いくら何でも、それは無いよ~。滝の上から飛んできた、ならまだ納得できるけど、反対側って空だよ? 突然、空中に生まれ落ちでもしない限り――」
あはは、と笑い、トーヤの言葉を否定したユキだったが、途中で沈黙して考え込んでしまう。
「ダンジョン、なんだよね、ここ」
「そこまで理不尽じゃないでしょ。そんな事言ったら、今突然、頭上にダールズ・ベアーが出現する恐怖に怯えないといけないじゃない」
「そんな事があったら、圧死するな、オレたち」
一般的なダールズ・ベアーの体重でも七トンオーバー。
トーヤたちのレベルが上がっていると言っても、そんな重量が、唐突に頭上から降ってくれば、支えられるはずもない。
「ま、万が一、逆から飛んできても、土壁を背にしておけば大丈夫でしょ。トーヤ、良いタイミングだし、見張りを交代するわ。明日も大変だから、寝て」
「そうか? じゃあ頼む」
「えぇ、任せて。ユキたちもね」
「ミーも――」
「ミーは寝なさい。お姉ちゃんに任せて」
パッと手を挙げたミーティアに、メアリがその手を下ろさせながらテントへと背中を押す。
「でも……」
「ミーティア、明日以降も見張りは必要になるわ。だから、今日は寝なさい」
「解ったの……」
ハルカに諭され、ミーティアは耳を少ししょんぼりさせながら頷いた。
「うん。それじゃ、もう寝て。特にユキは魔力の回復、しないといけないんだから。さっきのでまた使ったでしょ?」
「なんだよねー。それじゃ、ハルカとメアリ、あとはよろしく~」
そう言い置いてテントの中へ戻っていくユキたちを見送り、ハルカたちは焚き火の横に腰を下ろすと、その中に薪を追加したのだった。
◇ ◇ ◇
翌日。
ハルカたちは平穏な朝を迎えていた。
「結構真面目に警戒してたのに、何も無かったわね」
「良いじゃないですか、ハルカさん。安全だったんですから」
若干不満そうなハルカに、メアリは苦笑を浮かべるが、悪戯っぽく笑ったハルカの次の台詞に、言葉を詰まらせる。
「でも、メアリは少し残念じゃないの? お魚の追加、無いわけだし?」
「うっ! た、確かにフライング・ガーは美味しかったですけど!」
少し頬を染めるメアリだったが、その味を思い出したのか、少し沈黙して、チラチラとハルカの顔を窺いながら、遠慮がちに口を開く。
「……朝食もあれにしませんか?」
「ぷっ。え、えぇ、別に構わないわよ。焼きましょうか?」
「はい!」
思わず噴き出してそう応えたハルカに、メアリは嬉しそうに頷く。
そしてハルカたちが魚を焼き始めてしばらく。
その匂いに誘われたのか、最初に顔を出したのはトーヤ。
その後にすぐに続いたのがミーティアで、ユキが出てきたのはその数分後。
少々寝足りないのか、あくびをしながら起き出してくる。
「おはよぅ~」
「おはよう。ユキ、魔力は?」
「ん~、何とか?」
腕組みをしたユキは、自分の魔力を測るように首を捻りながら、そう答えた。
「そう、良かったわ。ユキには頑張ってもらわないといけないんだから」
「あぁ、やっぱりあたしが頑張る事になるんだ?」
「昨夜の事があるからね。『隔離領域』で背中を守ってないと、不安じゃない」
「だよねー。そんな気がしてた」
少し肩を落としつつも、ユキは納得したように頷く。
上から下に降りる場合、ロープを使って一気に降りる事もできるが、壁を登ろうと思えば、当然その何倍も時間が掛かる。
特に今回は、昨夜の襲撃に加えて、岩壁の崩壊も経験しているのだ。
場所の選定にも慎重を期さざるを得ない。
そんな状況でのファーストアタックが誰かと言えば、ユキ以外にはいないだろう。
ユキが登り切ってしまえば、あとは縄梯子を使って素早く登る事もできるのだから。
「ユキお姉ちゃん! 早く、早く!」
「ご飯、できてますよ」
「はいはい、今行くねー」
待ちきれない様子のミーティアたちに苦笑しつつ、ユキは焚き火の側に腰を下ろした。
朝食後、警戒しつつ上へのアタックを開始したユキだったが、幸いな事にフライング・ガーやアローヘッド・イーグルが攻撃を仕掛けてくる事は無かった。
だからといって、昨夜の事を考えれば、『隔離領域』を使わず登るというのも危険性が高い。
慎重に足場を確保しつつ一つ上の岩棚へと至れば、その時点ですでにユキの魔力はほぼ枯渇。
休息を挟まずに先に進む事は難しかった。
半日ほど休めば魔力も回復するが、昼夜問わずに行動できるはずもなく、安全性を考えれば一日に登れるのは二段ほど。
ハルカたちが二一層を脱出するまでには更に二度の野営を挟む事になる。
その間、夜の襲撃については続いていたが、魔力の余っているハルカが土壁を作っておく事で対処。夜の間に飛んできたフライング・ガーは、翌朝ミーティアによって、『お魚♪ お魚♪』と回収されるだけである。
そして三日目、ついにハルカたちは二〇層へと続く階段へと辿り着いた。
「何とか、ここまで戻って来られたな」
「えぇ、なんとかね。ロック・スパイダーが復活していたのが、地味に面倒だったわね」
この一年で、ハルカたちも【索敵】スキルを覚え、トーヤの【索敵】はレベル3にまで上がっていたが、やはりナオに比べると低い。
身を隠しているロック・スパイダーを発見する事はできるものの、やはり気付くのは直前になってしまい、驚かされる事も多かったのだ。
「あたしたちも、少しは鍛えるべきかなぁ?」
「ユキはコピーして覚えたのよね? 今は?」
「……レベル2」
「高くないけど、サボってるとも言い難い、微妙なレベルね」
レベル1までであれば、【スキルコピー】で比較的容易に覚えられるユキではあるが、それ以上に上げようと思えば、それなりに努力が必要なのは言うまでも無い。
ナオやトーヤに任せておけば安心な状況で、一応でもレベルが上がっているのだから、決して怠けていたとは言えないだろう。
「そんな事言うけど、ハルカはどうなの?」
「私? 私はレベル1」
「ハルカの方が低いじゃん!」
「コピーの有る無し、解るわよね? 第一、あんまり鍛えたら、ナオの出番が無くなるし? 配慮よ、配慮」
「むぅ……」
しれっと言うハルカに、ユキは唸るのみ。
実際の所、動物的感覚のあるトーヤやコピーが可能なユキに比べ、ハルカが【索敵】スキルを得る事は難しい。
難しいのだが、現状ではナツキも【索敵 Lv.1】を持っているので、真面目に冒険者をしていれば、それなりに得られるスキルではある。
「あの……以前から少し気になってたんですが、レベルとかって、何ですか?」
「えっと……」
メアリからそう訊ねられたハルカは、トーヤとユキに視線を向け、彼らが頷くのを確認して口を開いた。
「私たちって、アドヴァストリス様の加護のおかげで、自分の持っている技術の巧拙が数値として判るのよ」
ハルカの言葉に、メアリとミーティアは揃って首をかしげる。
「それって……頑張って剣の練習をしたら、レベル1がレベル2になった、と判るって事ですか?」
「まぁ、そういう事ね」
実際にはそこまで単純な物では無く、自分の持っている能力すべてを把握できるというメリットもあるわけだが、ハルカは概ね間違っていないと頷いた。
だが、ミーティアたちにとっては、それだけでも十分に驚くに値する事だったようだ。
「それって、とっても便利なの!」
「わ、私たちも頑張ってお祈りしたら、加護を頂けるでしょうか!?」
目を輝かせる二人に、ユキは視線を逸らして言葉を濁す。
「あー、それはどうかなぁ? そのへんは、神様の御心次第、かも?」
「そ、そうですよね。不純な気持ちがあったら、加護なんてもらえませんよね! 真摯にお祈りしてみます!」
あの神様的に、真摯かどうかは関係ないんじゃ、などと思ったユキではあったが、そんな事を言えるはずも無く、曖昧に頷くのみ。
「まぁ、今はそれより、早く戻ろうぜ? しっかり準備して、ナオたちを助けに行かないとな?」
「あ、そうですよね。すみません、そんな事、気にしている場合じゃなかったです」
しょんぼりと少し顔を伏せたメアリの頭を、ハルカが微笑みながら撫でた。
「いいえ、気になるのは当然だと思うから。これからも気になった事があれば、気軽に聞いて良いからね?」
「はい、解りました」
その立場からか、遠慮がちなところがあるメアリと、あまり遠慮していないようでやはり空気は読むミーティア。
そんな二人が、素直に疑問を口に出すようになったのは良い変化かも、とハルカたちは頷き合った。
「それじゃ、20層に戻るか」
「えぇ、そうね」
トーヤを先頭に、五人は階段を上り始める。
その最後を歩くハルカは、階段に足を掛けたところで一度振り返り、崖の下に目を向ける。
そこにあるのは、霧によって閉ざされ、底すら判らない深い谷。
「ナオ、ナツキ、急いで戻ってくるからね……」
ハルカはそう呟くと、後ろ髪を引かれる思いを振り切るように階段を駆け上がった。









