305 一時帰還へ (2)
前回のあらすじ ----------------------------------
落下したナオたちから、笛の合図を受け取ったハルカたちはひとまず落ち着く。
だが、しばらく待ってもナオたちが転移で戻ってくる事は無かった。
「転移できないって……魔力が足りないって事じゃないのよね?」
「うん。それとの違いは判るから。転移ポイントの位置は認識できるけど、届かないというか……あ、ある意味では魔力が足りないのかも?」
「つまり、どういう事?」
少しイライラしたように先を促すハルカに、ユキは少し考えて答えた。
「えっと、解りやすく言うなら、普段の転移が無風状態とするなら、今転移しようとした時には、向かい風二〇メートルって感じ? 大量の魔力を使えば何とかなるかもだけど、かなりキツい、かな」
「うーむ、通信のジャミングみたいなものか?」
「そんな感じかも? 一つ上の岩棚ぐらいなら届きそうだけど、この状況で、転移ポイント無しに跳ぶのは怖いかな。万が一にも数メートルずれたら、真っ逆さまだから」
岩棚部分はある程度の広さがあるが、それ以外の通路部分は二メートルもないわけで。
ユキの言うとおり、五人を同時に転移させて少しでもずれれば、誰かが落下する確率は決して低いとは言えないだろう。
「確実なのは、岩壁を登っていく事だろうが、その岩壁が崩落したわけだしな……どうする、ハルカ?」
「――え?」
「おいおい、しっかりしてくれよ? お前はオレたちの冷静担当だろ?」
「えぇ、解ってる。解ってるけど……」
そう言いながらも、不安そうに目を泳がせるハルカに、メアリとミーティアが意外そうな表情を浮かべる。
「こんな、ハルカお姉ちゃんは珍しいの……」
「いつも冷静ですからね」
「あー、うん、ハルカ、地味にナオに依存しているからな」
「冷静担当の双璧、ナツキもいないしね」
「そうそう。残っているのは、オレたち賑やかし担当」
「だよねーって、誰が賑やかし担当やねん!」
トーヤのボケに、ビシリッとツッコんだユキに、ハルカも少し頬を緩める。
「そうね。しっかりしないとね。まずは……一度戻りましょう」
少し考えてハルカの出した結論に、ミーティアが目を丸くする。
「ナオお兄ちゃんたちの方に行かなくても良いのです?」
「元々、ここに降りた後は引き返す予定だった。つまり、先に進める余力が無かったという事。更に二人がいない状態では余計に進めないわ」
「冷静に考えればそうなるよな」
言外に、ナオとナツキの安全を考えなければ、と匂わせるトーヤにハルカは努めて表情を変えずに頷く。
「二人の持つ食料は、十分にあるわ。間違っても飢え死には無い。ナオがいれば【索敵】と時空魔法による防御ができるし、ナツキの治癒魔法で怪我に関しても不安は少ない。私たちが一度態勢を立て直すだけの余裕はあるわ」
確証の無い希望的観測なのだが、敢えてそれを指摘する者はいない。
「ま、二人の頑張りに期待するしかないよな。オレたちはオレたちで、対応が必要な状況だし……どうする? この岩壁を登るのか?」
「できそう?」
ハルカの問いに、トーヤは頷きつつも、少し顔をしかめて辺りを見回す。
「やれと言われればやるが……ちょっと暗くなってきたな」
「明るさだけなら、『光』で対応できるけど、どう考えても良い的、よね」
「うん。暗くなると別の魔物が、という危険性もあるわけだし」
冷静に考えて、崩落した後の岩壁を薄暗く手元も不確かな状態で登るのは、かなり危険である。
その事はハルカも理解しているのだろう。
すぐに頷いて、別の案を出す。
「今日の所は野営するしかないでしょうね。幸いと言って良いのかは判らないけど、快適テントは私のマジックバッグに入っているし」
魔道具であるテントの中に入ってしまえば、風や気温、湿度を気にせずに身体を休める事ができる。
難点は外で見張りをする人が、濡れた身体で風を身体に受ける事になり、なかなかにキツい事だが……。
「気休めだけど、ユキ、土壁でも立ててくれる? 多少でも風が防げるでしょうし」
「はーい。ちょうど、さっき落ちてきて岩が転がっているから、これを使って作っちゃうね」
「トーヤはユキを手伝って。メアリは焚き火を、ミーティアは私とテントを立てましょう」
だいぶ立ち直ったらしく、テキパキと指示を出すハルカにトーヤたちは安堵しつつ、野営の準備を進めていく。
「トーヤ、その岩はこっちに。この線に沿って並べて」
「おう。よいせっ!」
一定時間で消える『土壁』に対し、『土操作』で変形させた土はそのままの形で残る。
どちらが良いかは状況次第なのだが、今回ユキが使っているのは後者の方で、トーヤに並べさせた岩を少し変形させて、壁に作り直している。
そうしている一番の理由は、魔力の残りが少ないためだろう。
一瞬で作れる『土壁』ではあるが、一晩維持するために必要な魔力はかなりのものであり、今回の状況ではなかなかに厳しい。
「えっと……ハルカさん、火を付けてもらえますか」
「あ、そうね。『着火』」
そんな感じで魔法を活用しつつ、ハルカたちは比較的短時間で野営の準備を整えたのだった。
「炎があって、温かいと、なんだか落ち着くね」
「そうね。これでお腹が膨らめば……フライング・ガー、焼いてみる?」
「……いいの?」
状況を考えてか、口には出さないものの、魚が気になる様子のミーティアにハルカが訊ねれば、ミーティアは控えめながら、嬉しそうな表情を見える。
「どうせ食事は必要だから。ユキ、手伝って」
「了解~。これは、網が良いかな?」
ユキはちょいちょいと石を並べて、そこに熾火を入れると、マジックバッグから取りだした網をその上に載せる。
その網の上に内臓を取り出して洗ったフライング・ガーを並べて、塩を振る。
「こうやって見ると、完全にちょっと長めのトビウオよね」
「うん……って、ハルカ、トビウオ料理した事あるの?」
「ええ。たまに売ってたわよ? 頻繁に見かける魚じゃないけど」
普段スーパーで見かける丸身の魚と言えば、アジやサンマなどが一般的だろうが、ハルカの利用していたスーパーでは時折、トビウオやイナダ(小さいブリ)なども売られていたので、比較的料理する系女子高生だったハルカには、それらの魚を捌いて料理した経験も当然あった。
その時のトビウオと比べると、『若干、身がしっかりしているかも?』という印象こそあったが、その差は『誤差と言われれば誤差かも?』という程度でしかなかった。
「青魚っぽいよね、どう見ても」
「滝から飛んできたけど、捌いた感じは完全にそうよね」
焼けていく魚を見ながら、ハルカとユキは首を捻る。
外見は完全に青魚だが、ハルカたちの知る青魚は海の魚であり、普通、川に生息はしていないのだ。
「でも、美味しそうなの!」
「はい。良い匂いです」
「かなり脂が乗ってるよな。普段食べてる川魚とはまた違う感じで美味そうじゃね?」
「美味しければそれで良い、とは思うけどね。――うん、そろそろ良いわね。食べましょうか」
炭火で綺麗に焼けた魚をハルカが一人ずつに配ると、待ちきれないように即座に齧りついたのがミーティア。
「いただきます! はぐっ! お、美味しいの~」
「こ、これは、なかなか……」
「おぉ、味があるな、この魚!」
中骨すら気にした様子も無く、バリバリと食べる獣人たちに対し、ハルカとユキはマイ箸を取りだして、身を解しながら食べている。
とは言っても、別に彼女たちが上品ぶっているわけでは無く、小骨などを取り分けて食べるには、そちらの方が都合が良いからなのだが。
「ちょっとだけ臭みがあるから、そこは青魚っぽいね」
「白身の魚に比べると、どうしてもね」
冷静に評価する二人に対し、尻尾も残さず丸ごと食べた獣人二人は、単純だった。
「そうか? オレはそんなに気にならないけど」
「いつものお魚も美味しいけど、これも美味しいの!」
そしてメアリもまた、口から尻尾を飛び出させたまま、コクコクと頷いている。
「もちろん美味しいよ? でも、あたしとしては、干してみたいかな。丸干しみたいに。あごだしってのがあるんだから、そっちの方が臭みとか無くなりそう」
「私もトビウオの干物って、食べた事、無いわね。上手く干せるのかしら?」
「昔テレビで、サンマをまるごと干す干物を見た事あるから、大丈夫じゃないかな?」
「まるごとって、そのまま? 開きもせず?」
「そう。ちなみに、内臓もそのままだった。それを焼いて食べるんだって」
ちなみに、あごだしに使う“あご”は、トビウオを焼き乾しにした物であり、そのまま干したりはしない。
“煮干し”もその名の通り、カタクチイワシなどを煮てから干した物。
塩水に浸けてから干すだけの、アジの開きなどとは作り方が違うので、要注意である。
テレビでは重要な部分がカットされていたりするので、安易に信じるのは止めておいた方が賢明である。
「まぁ、そのへんは落ち着いてからよね。今日のところは……後はおにぎりとスープぐらいで良い?」
「オレはもう一匹欲しい!」
「ミーも!」
「わ、私も……」
「はいはい。ユキは?」
「あたしはもう良いかな? スープとおにぎりだけちょうだい」
「そう。私もそれで良いか」
ハルカはマジックバッグから取りだしたおにぎりを網の上に並べ、魚の処理を始める。
その横で、ユキがスープを配り、おにぎりに醤油っぽいソースを塗ると、香ばしい匂いが周囲に漂い始める。
「……そのまま食べるのも楽で良いけど、こうして簡単な調理をするのも良いわね」
「うん、気が紛れると言うか、落ち着くと言うか……」
「ま、ハルカが落ち着いてくれて、オレとしては助かるぜ。こうして美味い料理も食えるしな?」
ニヤリと笑うトーヤに、ハルカは苦笑を浮かべ、焼き上がった魚をトーヤたちに差し出した。
「そうね。幸い、ナオの方にもナツキという料理番がいるから安心ね」
「これで状態が判ればなぁ。……ハルカ、その長い耳で、ナオと通信できたりしねぇ? ピピピって」
「私の耳はアンテナじゃないわよ。笛を使って連絡を取り合っても良いけど、時間が掛かりすぎるし、敵を引き寄せる危険性を考えれば、現実的じゃないわよね」
「二回の後、何も聞こえてないから、問題は起きてないって事なんだよね?」
「そうね。基本的には各自で対応、って事になってるから」
まさか本当に必要になるとは思っていなかったハルカたちではあるが、一人はぐれた場合や、何らかの理由で分断された場合などの行動指針についても、話し合いは行っていた。
今回のケースで言えば、一人ではぐれたわけではなく、直ちに命の危険がある状況ではない事が判っているため、それぞれが生還のために努力するというのが取り決めた方針。
災害救助ではタイムリミットが四八時間とか、七二時間とか言われるが、彼らの場合、少なくとも動ける状況にあれば、マジックバッグもあるため、それは当てはまらない。
「ま、水も食料もある。ナツキの魔法で衛生、怪我、病気も心配ない。一年以上経っても生きていそうな安心感はあるよな」
トーヤの言葉通り、そっち方面で『生存が絶望視』という事は無いのだが、ハルカは少し不満げに口を曲げる。
「私、そんなに掛けるつもり無いわよ?」
「わーってるって。焦る必要は無いって、だけだよ。それこそ、必要であればレベル上げに励める程度にな」
「まぁ……そうね。今は、私たちが無事に戻る方が先決よね。トーヤ、悪いけど最初の見張りお願いできる?」
「おう。次はハルカで良いんだよな?」
「えぇ。ユキは魔力回復のためにも、休ませたいし」
「ゴメンねー。あんまり残ってないから」
「気にするな。体力専門。それがオレだからな!」
申し訳なさそうなユキに、トーヤはそう言って笑うと、サムズアップした。









