300 空からの襲撃 (1)
前回のあらすじ ----------------------------------
トーヤが崖を下り始めたところ、鳥や滝から跳んできた魚から襲撃を受ける
宙に浮かぶトーヤ。
その脇をすり抜けるように、岩壁に突き刺さる空飛ぶダツ。
一部はナツキが振り抜いた薙刀によって弾かれたが、それでもその数、一〇匹以上。
二〇センチはありそうな尖った吻が、半分以上、岩壁の中へと潜り込み、その状態でビチビチと動いている。
「ぐぅっ!」
宙に浮かんでいたトーヤが、揺り戻しで岩壁に叩きつけられ、うめき声を漏らす。
「トーヤお兄ちゃん!」
「だ、大丈夫ですか!? トーヤさん!」
「大丈夫……じゃねぇ。マジいてぇ……」
縄梯子から大きく横に飛び、空飛ぶダツの集団を避けたトーヤではあったが、すべてを避けることはできなかったらしい。
見ればその右肩に、一匹のダツが突き刺さっていた。
その状態のまま、ビチビチと動くダツによって傷は広がり、そこから血が噴き出す。
左手で握っている命綱と右手で掴んでいる岩で、何とか岩壁にしがみついた状態になっているトーヤではあるが、かなり痛みが強いのか、顔を歪めてうめき声を漏らす。
「ぐぅ……つか、色々ヤベェ。具体的に言うと、ロープが」
ナツキが下に向かって振り抜いた薙刀。
その目的はロープにダツが突き刺さるのを阻止する事にあったらしい。
無事にその目的は達成されていたが、突き刺さっているダツの吻にロープが擦れる事まではどうしようもできず、現在進行形でロープが磨り減っている。
「ナオ! 新しいロープ!」
「おう! メアリとミーティアはロープを身体に巻いて、そっちの壁際に座っていてくれ!」
「「はい(なの)!」」
メアリたちだけではなく、俺やナツキ、ユキもロープを身体に巻き付けて、トーヤの元へ真っ直ぐに垂らす。
そのロープに付いたカラビナを、トーヤが自分のハーネスに取り付けた事を確認して、少し息をつく。
あって良かった、カラビナ。
この状態で普通に結べとか、無理があるからな。
「トーヤ、登れそう?」
「……すまん、右腕の握力が、ヤバい」
「そう……」
応えたハルカは、俺たちの状況と少し脇にぶら下がったままの縄梯子を見比べ、悩むような表情を浮かべた。
その間、俺とユキは地面に窪みを作り、足を掛けてずり落ちないように細工をする。
トーヤの体重を考えると、正直、こちらが五人いても心許ないのだ。
「どうする? 引っ張り上げるか?」
「……失敗したわね。滑車を用意しておくべきだったわ」
重量の問題もあるが、ハルカの視線が向いているのは、ロープが崖の縁に掛かっている部分。
このまま引っ張れば、擦れてしまう事は間違いない。
木を切る時に使っている物はあるが、あの形状の滑車をこの状態で使うのは難しいだろう。
「――あ! ローラーがあっただろ! あれを挟んだらどうだ?」
「ナオ、ナイス!」
ハルカがパチンと指を鳴らし、巨木をマジックバッグから出し入れする時に使っているローラーを取り出し、崖とロープの間に挟んだ。
「これで、擦れる心配はなくなったわね。いける?」
「問題ないでしょう。いきましょう」
トーヤが重いとは言っても、俺たちには【筋力増強】のスキルがあるのだ。
足を踏ん張る事さえできれば、引き上げる事ができる重量である。
全員でロープを引っ張れば、程なくトーヤの身体が上がってきた。
「助かった……クソッ」
「あ、ちょっと待って!」
地面に足を着けて息を吐いたトーヤは、苛立ちを隠そうともせずに肩からダツを抜こうとしたが、それをハルカが慌てて止めた。
「私がやるから、まずは、そこに座りなさい」
「……あぁ、すまん」
ハルカは、素直に地面に腰を下ろしたトーヤの後ろに回り、布で傷口を押さえつつ、未だに動いているダツを掴むと、一気に引き抜く。
「ぐっ」
「『治癒』、『浄化』」
痛みに呻いたトーヤの肩を押さえ、即座にハルカが魔法で傷を癒やす。
「……ふぅ。あんがと。今回ばかりは、ちょっと命の危険を感じたな」
身体の力を抜いたトーヤは、座り込んだまま背後に手を突いて息をつく。
そんなトーヤの肩当てをユキが取り外し、その状態を確認して、呆れたような声を上げる。
「怖っ! この革を貫くって、どんだけ……さすがに鎖帷子の方は無事だけど、間を抜けちゃったかぁ……」
ロープやローラーを片付けていた俺も、トーヤの様子を見に近づいてみれば、確かに肩当てやその下に着ていた服に穴が空いている。
鎖帷子の方に損傷は無いが、吻の先端が鎖の隙間を抜けてトーヤの肩を傷つけたのだろう。
だが、俺たちが使っているのは、ガンツさん謹製の、それなりに細かく編まれた鎖帷子。
その構造上、突き刺し攻撃を苦手としているとは言え、普通の槍程度なら先が少し刺さる程度でしかなく、かなり細い針のような武器で無ければあまり危険性は無いはずだったのだが……今回は正にそんな攻撃だったという事だろう。
一応、そういう攻撃に備え、重要部分はダールズ・ベアーの革で作った防具で守っていたのだが、それすらもあっさりと貫かれてしまっては意味が無い。
かなり丈夫な革だと思っていたのだが……。
「肩当てがあって、この状態かよ……マジでシャレにならねぇな」
トーヤも穴の空いた肩当てを見て、ため息をつく。
「岩にも突き刺さってるしな。どんだけ丈夫なんだか……」
半ば呆れて、ハルカが放り捨てたダツを見れば、ちょうどナツキが拾い上げて、顔をしかめたところだった。
「しかも、この吻は、なかなかに凶悪ですね」
「どれどれ……うわぁ」
「痛そうなの……」
ミーティアと共に、ナツキの持つダツの吻を見れば、ナツキの言う事がすぐに解った。
長く鋭い吻。
その全体に細かな返しが付いていて、一度刺さると抜けにくくなっていたのだ。
「あれだけ暴れていても抜けなかったのは、このせいか」
「あぁ、かなり痛かったぞ、これ」
ビチビチと暴れるだけで内部を傷つけ、無理をして引き抜けば、傷口は酷い状態になる。
治癒魔法があるから良いようなものの、自然治癒を待つのであれば、これではかなりの時間が掛かるだろうし、傷跡も残ってしまう事だろう。
「どれどれ……“フライング・ガー”、水面から飛び出し、吻で突き刺し攻撃を行う。突き刺さされた場合、傷口がぐちゃぐちゃになるため、止血手段を持たない場合は大量の出血を伴う事になりかねない、だと」
鑑定結果を口にしつつ、既に実感済みのトーヤが顔をしかめる。
即座に治癒してもらえたから良いようなものの、ハルカがいなければ右腕が使えないトーヤの戦闘力は、がた落ちだっただろう。
「【看破】だと、【飛行】と【刺突】スキルが見えるな。正にそのままだが」
一種の地形効果かもしれないが、この場面であの攻撃はちょいズルい。
「ちなみに、食べられるみたいだよ? 吻の部分も売れるみたいだね」
「……とりあえず、絞めてしまいましょうか」
ユキの追加情報に微妙な表情になったナツキがサックリと頭を切り落とし、血抜きをする。
頭が無くなると、少し細長いトビウオなんだが……美味いのだろうか?
「美味しいの?」
俺と同じ感想を持ったのはミーティアだった。
俺たちの顔を見上げ、キョトキョトと首を傾げるが、それの解答を俺たちは持っていない。
「ミーティアちゃん、家に帰ったら食べてみましょうね。あごだしとか作れるかもしれませんし」
「あごだし? 良く解らないけど、楽しみなの!」
さっきの危機的状況からは、すでに頭を切り替えたのか、ミーティアは嬉しそうにニッコリと笑う。
あごだしは干したトビウオから取る出汁だったか?
そう言われると、俺も少し楽しみになってきた。
「こっちの吻は……投げ槍でも作ったら、凶悪そうよね」
ナツキから、切り落とした頭の方を受け取ったハルカが、トーヤの血で濡れたそれを『浄化』で綺麗にして、軽く指で弾きながらそんな事を言うと、ユキが頷いて肯定する。
「うん、たぶん使い道はそれ。後は矢とか、そのへんみたいだね」
「なるほど、それは作ってみても良いかも」
「かなり丈夫な事は間違いないよね、これ。加工無しで岩を穿つんだから」
ハルカから吻を受け取り、ユキが自分の小太刀でカチカチと叩きながら、呆れたような声を出す。
俺たちが用意してきた杭も、そのまま打ち込むのには苦労するほど堅いのがこの辺りの岩壁。
そこに突き刺さっているのだから、鋭さのみならず、その強度もなかなかにとんでもない。
「ま、色々と使い勝手は良いという事ね。――それじゃ、残りも回収しましょうか」
そう言いながらハルカが指さしたのは、崖の方向。
そこにいるのは、岩壁に突き刺さったままになっている空飛ぶダツ、改め、フライング・ガー。
吻を岩壁に埋めたまま、ピチピチしているが、これって生き物としては欠陥だよな?
攻撃にミスったら、自分ではどうしようも無くなるとか。
魔物故に、そのへんの合理性を考えるだけ無意味なのか、それとも一部の蜂のように、死なば諸共的な心意気で突き刺しに来ているのか……。
「それは、考えたくなかった。……ちなみに、回収に行くのは?」
探るように言ったトーヤに、無情にも声を掛けたのはハルカだった。
「トーヤ、適任は誰だと思う?」
「オレですね。えぇ、解っていましたとも!」
半ばやけくそで声を上げたトーヤは、崖下を見下ろして顔をしかめる。
「結構、広範囲に突き刺さってるな……下り始めたら、また飛んでくるとかは?」
「可能性が無いとは言えないわね。その時は……」
「その時は?」
「出汁の材料が増えて嬉しいな?」
「嬉しくねぇ!」
可愛く小首を傾げたハルカに、トーヤは激しく抗議。
「でも、トーヤくん、あごだしって高級なんですよ?」
「高級でも嬉しくねぇよ!?」
「トーヤは出汁じゃなくて、素干しを焼いて食べたいの? そっちでも良いよ?」
「違う! 刺されると超痛いの! 結構、シャレにならないレベルで!」
だよね。
解ってた。俺たち全員。
見るからに、かなーり、痛そうだったから。
「まぁまぁ、今回はできる限りの対応をするから」
「……具体的には?」
半信半疑のトーヤにオレは、対応策を説明する。
まずは、『隔離領域』。
トーヤの背後に張っておけば、フライング・ガーでも容易には貫けないだろう。
え? さっきも使っておけば良かったって?
それは無理。
魔力消費も結構重いし、今フライング・ガーが突き刺さっている辺りならともかく、下の岩棚までは魔法の効果範囲が届かないから。
俺が降りる時に自分の背後に張る、と言う使い方ならともかく。
そして迎撃。
炎魔法では質量が足りないので、今度使うのは『衝撃』と『石弾』。
これであれば、当たりさえすれば弾き飛ばす事ができるだろう。
「問題は、死体の回収できない所なんだよな。さっきの鷹も未回収になったし」
「いや、そこは我慢してくれよ!?」
トーヤに当たりそうな物だけを攻撃できれば良いんだが……ちょっと難易度、高そうである。
自分に向かってきているなら判断できるが、場所がずれているからな。
「あ。ちなみに、さっきの鷹は“アローヘッド・イーグル”だったよ。羽が矢羽根として優秀、肉は普通」
「そんな鳥だったのか。ほとんど見る余裕、無かったが」
背中を向けていて観察ができなかったトーヤの代わりに、ユキが情報を口にした。
「あの飛び方を見ると、何となく解る気はするな」
「名前もそうですよね。語源はそちらじゃないとは思いますが」
「ま、そんなわけだから、回収できなくても、あまり惜しくはないかな?」
「私としては、矢羽根が少し気になるけど……無理するほどでは無いわね」
少し惜しそうに、アローヘッド・イーグルが落ちて行った崖の下に視線を向けるハルカだが、当然、死体など見えるはずもない。
「獲物よりも、安全優先! 頼むぞ、ホントに……」
「大丈夫、大丈夫。きっちり守るから、ガンバレ!」
摩耗した部分を避けて結び直したロープをハーネスに固定し、再び縄梯子に足を掛けたトーヤに魔法を掛けつつ、激励する。
これでも一応、申し訳ないとは思っているのだ。
「ナオからの声援とか……萎える」
とか言いつつも、文句を言わずに行くトーヤ。
さすがである。









