298 二一層 (1)
前回のあらすじ ----------------------------------
全員が重課金ボーナスをもらうが、いずれもちょっと微妙な恩恵だった。
さて、準備が整ったことで、二一層に挑むことにした俺たちではあったが、その前にシモンさんから、少しアルバイトのお仕事が入った。
曰く、『あまり多くなくて良いから、銘木の供給をしてくれんか?』との事。
昨年、俺たちが頑張って供給したおかげで、ラファンの銘木不足はかなり解消されて、買い取り価格も落ち着いてきたようなのだが、今冬になって新たな銘木の供給が止まると、再度値上がりしかねない、という事らしい。
単純に俺たちの利益だけを考えるのであれば、価格が落ち着いている今供給するより、再び高騰した時に切りに行く方が良いのだが……シモンさんの頼みだしな。
俺たちって、微妙に木こりを敵に回している部分があるので、力関係が木こりよりも上の職人たちからは、良く思われていた方が安心。
木こりたちが南の森で切ってくる木とは、価格帯で棲み分けができているとは思うのだが、同じように木を切っているのに俺たちだけガッポガッポと儲けていたら、妬まれるのも仕方ない部分はある。
もっとも、北の森に平然と入る俺たちとの実力差は理解しているのか、直接的に何かされるわけではないのだが……味方は多い方が良い。
そんな事もあり、ある程度の量、銘木を流すことになったのだ。
「冒険者でも、木を切ったりもするんですね」
「メアリたちが入ってからはしたこと無かったな。直接切りに行く冒険者は少ないが、このラファンだと、むしろ木こりの護衛が主な仕事だぞ?」
ガシガシと木を切り倒していく俺たちを見て、メアリが少し意外そうにそんな事を言ったので、俺はこの町の現状を教えてやる。
むしろ俺たちのようにダンジョンに入る方が例外。
だが、そんな事はメアリたちも知っていたようで、ミーティアは深く頷く。
「知ってるの! 孤児院の子たちが言ってたの!」
「はい。護衛はしても、木を切ることは無い、と言っていたので」
「普通の冒険者っつうか、南の森で切った木じゃ、難しいだろうな。オレたちの場合、直接職人に売ってるからな」
「伝が無いと、難しいわよね。そもそも普通の木なら、売れなかっただろうし」
「ついでに言えば、普通は簡単には持ち帰れない。だからまぁ、俺たちはちょっと例外だな」
「銘木は儲かるからね! ガッポガッポだよ、ガッポガッポ!」
ユキが『うへへ』と笑いながら、そんな事を言って、両手をワシャワシャと動かす。
「おい、その動きは何だ?」
「ん? 金貨をこう、ジャラジャラとやるポーズ?」
「……いや、確かにそれぐらい貰えるが……メアリたちに変な事を吹き込むな」
メアリとミーティアも感心したように頷いてるし。
「ち、ちなみに、この木だと、一本でどれぐらいに?」
「う~ん、値下がりはしたけど、金貨二〇〇枚ぐらいにはなるかも……?」
「にひゃく! す、すごいの!」
「そ、それは、力が入りますね!」
二人して、手にした斧をギュッと力強く握りしめている。
「あー、力を入れるのは良いが、怪我はしないようにな?」
切り倒すのは難しいので、枝打ちを手伝ってもらっているのだが、力んで足でもやってしまったら危ないので、一応注意。
気持ちは解らないでもないが。
これでも当初の半額ぐらいまで下がっているのだが、この一年で俺たちも成長している。
切り倒す速度もアップしているので、時間当たりでの稼ぎという面で言えば、あまり差は無いだろう。
「ま、今年は一週間ほどで終える予定だけどね」
「え? 何でですか? こんなに稼げるのに?」
「そんなに切っても、買い取ってくれる人がいませんから。もっと安くても良いなら、売れるのでしょうが、そうしてしまうと色々と問題も出てきますからね」
「色々?」
不思議そうに小首を傾げるミーティアに、ナツキは頷いて、説明する。
「普通の木と銘木、かなりの価格差がなければ、普通の木こりは困ってしまうんですよ、木が売れなくなって」
現状の価格では、普通の木材で十分な時に間違っても銘木を使おうとは思わないだろう。
だが、仮に価格差が二倍、三倍程度であれば、『ちょっと贅沢して銘木を』という人が出てこないとも限らない。
商品にもよるだろうが、商品価格に占める素材の価格割合は必ずしも高くないのだから、仮に木材が二倍になっても、商品価格が二倍になるわけではないのだから。
つまり、そんな事をしてしまうと、俺たちは儲からない上に、木こりと完全に対立してしまう。
職人からしても、銘木の希少価値が無くなってしまうのだから、歓迎できる事でもない。
誰も幸せにならない選択肢を選ぶ意味なんて無いだろう。
「ま、一週間でも滅茶苦茶儲かることは間違いない。メアリ、ミーティア、頑張って枝打ちするぞ!」
「「はい(なの)!」」
◇ ◇ ◇
一週間でずいぶんと懐に余裕ができた俺たちは、少しだけ準備を充実させてダンジョンを訪れていた。
その充実させた準備というのは、組み立て式の門というか、柵というか、そんな物。
ダンジョン前の広場、そこを囲って所有権の主張をしっかりしておこう、という趣旨である。
後は、そのうちダンジョン前に建物でも建てようか、という話も出ているので、それの下準備でもある。
ダンジョンの入口には門を作り、広場は柵で囲み、一応は魔物の侵入を阻止できれば良いな、と言うことなのだが……この辺の魔物だと、相手がその気なら簡単な柵程度では止められそうにないんだよな……。
本格的に建物を建てることになれば、魔法使い組で頑張って、土壁でも作るべきかもしれない。
「さすがにここまでやれば、『気付かずに入りました』って事は無いわね」
「そうですね。でも、ここまで来る冒険者っているんですか?」
「少なくとも、今ラファンにいる冒険者であれば、可能性は低いわね」
「それでもやるんですか?」
ハルカの答えに、訊ねたメアリは不思議そうに首を捻る。
だが、『せっかくもらったんだから、何となく所有権を主張したい!』という、気持ち以外にも理由が無いわけではないのだ。
「必要かどうかで言うと、少し微妙なんだが、別の町から高ランクの冒険者が来ないとは限らないからな」
俺たちが懸念しているのは、ダイアス男爵へと贈ったレッド・ストライク・オックスのミルク。
一部の貴族には需要があるらしいあのミルクの価値は、実際の取引価格以上の部分があるらしい。
そんな物を、どちらかと言えば落ち目な状態にあるネーナス子爵が用意したことは、貴族社会にある程度の話題を提供することになる。
そして、貴族がその気になって調べれば、その提供元を辿ることはそう難しくない。
特にあのパーティーには、俺とハルカも顔を出していたわけであるし。
このあたりに関しては、ディオラさんからも少し注意を受けている。
「それで、俺たちに採集依頼でも来れば、良いんだが……」
「簡単に集められるのかとか思われて、勝手に侵入されると、困るわよね」
「特に、高ランクの冒険者とか派遣されたら、困るよねー」
「私たちの所有地だから、自由に撃退しても良いと言われても、できる実力が無ければ意味が無いですからね」
「オレたちが殺されても、知る人はいないわけだからなぁ」
目撃者がいないという事は、他の場所でも似たようなものだが、他の人が入ってこないダンジョン内であれば確実。
俺たちを皆殺しにしてしまえば、高い確率で完全犯罪が成立する。
もちろん、レッド・ストライク・オックスのミルク程度でそんな事をするなんて、俺たちの価値観からすれば考えられないが、パン一つのために人を殺す、そういう事もあり得る世界だからなぁ。
「そ、それは怖いです……」
「お兄ちゃんたちなら、大丈夫なの!」
不安そうな表情になるメアリと、根拠も無く、自信満々に言い切るミーティア。
信頼してくれるのは嬉しいが、俺たちはそこまで強くない。
なので、万が一の時には不意打ちで殺すことも考慮して、予防線を張っているのだ。
『これを無視して入ってきたら、殺されても文句は言えないよね?』と。
「ま、杞憂よ。ここまで来て、レッド・ストライク・オックスの所まで行けるような冒険者が、そんな事をする意味なんて無いから」
俺たちの事を考えれば判るとおり、そんな危ない事をせずとも十分に稼げる実力があるわけだからな。
しかしそれも、普通に考えるならば、である。
貴族絡みのしがらみやら、その他のなんやかやがあると断言はできない。
だが、それについてメアリたちに言うつもりは無い。
怖がらせるだけで、大して意味が無いのだから。
「さて、それはそれとして。入りましょうか。今回の目的は二一層なんだから」
「そうだな。他の物の在庫はそれなりに残っているから、サックリ行こうか」
「はい。と言っても、ナオくんとユキに頼ることになるんですが」
「それがあたしたちの仕事だしね。それじゃ行こっか」
一息ついてダンジョンに入った俺たちは、転移と休憩を繰り返し、二〇層のボス部屋の奥へ到着。
長い階段を降りて二一層に向かう。
そして見えてくる、巨大な滝。
「……何度見ても、とんでもないな」
「地球にあれば、自然遺産レベルですね、確実に」
「うん……って、今日は観光じゃないよ。先に進まないと。さすがにここじゃ野営はできそうに無いし」
「そうよね。ここで寝泊まりするのは、さすがに……」
音が凄い事は勿論だが、常に細かな水しぶきが飛んでくるし、風も吹いている。
快適なテントはあるが、見張りをしている人には関係ないわけで、いくら【頑強】であっても、濡れた状態で何時間も風に吹かれていたら、風邪もひくだろう。
「まずは、ここに転移ポイントを埋めておくか。崖を上がれなくなった時のために」
「そうね。それがあれば安心ね」
と言うことで、階段を下りたところに穴を掘り、堀り。
転移ポイントを設置して埋め戻す。
「動作は……問題なし。――ん? なぁ、ユキ。二〇層の転移ポイント、感知できるか?」
「え? すぐ上なんだし――あれ? ダメ。壊れた?」
「いや、それはないだろ。一番新しいんだぞ?」
更に言えば、一九層に設置した転移ポイントも感知できていない。
転移できるかは別にして、感知距離だけはかなり伸びているのだから、万が一、二〇層の転移ポイントが故障していても、そちらは感知できるはずである。
……そう、普通であれば。









