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S004 夕紀と那月 04

前回のあらすじ ------------------------------------------------------

多少買い出しを行い、冒険者ギルドに仕事を探しに行く。

宿での住み込みの仕事を紹介される。

ギルドの登録料を忘れていたおかげで、所持金がピンチ。

「ふーん、あんたら2人かい。……悪くはないね」


 求人票を持って訪れたあたしたちを出迎えてくれたのは、でっぷりと太ったおばさんだった。多分50は超えているだろう。

 ……いや、どうかな? 外国人、しかも異世界の人の年齢は測りづらい。少なくとも私の目からそれぐらいに見える女性。


「条件は聞いてるね?」

「はい」


「それで今日から働くかい? 賃金は出ないが、夕食と部屋は貸してやるよ?」

「それでお願いします」


 じゃないと、野宿決定である。


「後は……そうだねぇ、休みは事前に言えば取れるが、その場合は宿賃と食事代を払ってもらう。仕事が終わった後なら、売りも自由だが、ウチの宿で客を取ったら上納金を忘れんじゃないよ」

「やりませんから!」


 どうしてこの世界のおばさんは、すぐに売春させようとするの!?


 ……いや、解らなくもないんだけど。


 この世界の宿の給仕は娼婦も兼ねていたりするし、日本でも江戸時代ぐらいまでは宿場町の宿に普通に居たみたいだからねぇ。

 それに、1日の賃金が100レアだと全くお金が貯まらないんだから、そんな副業でもしないとやっていけないのも頷ける。


 頷けるけど、それを私たちがやるかどうかは別問題。

 娼婦になるぐらいなら、あたしなら多少無謀でも街の外に出て魔物狩りをするし、那月なら舌をかんで死にかねない。

 ――いや、違うか。あたし以上の鬼となって魔物を殺しまくるな、絶対。それだけの腕はあるんだから。


 それを選ばなかったのは、まだ命の危険を考慮する余裕があるから、というだけ。本当に余裕がなくなれば躊躇はしないと思う。

 でも、できれば安全にステップを踏んでいきたいよね?


 そんな感じで、私たちの異世界生活1日目は終わった。


    ◇    ◇    ◇


 『異世界生活1日目は終わった』と言ったな?


 それは嘘だ!


 そこから寝るまでの方がキツかった。滅茶苦茶キツかった。


 仕事としてはレストランのウェイトレスをイメージしていたんだけど、この世界はとにかく客のマナーが悪い。


 全く遠慮無くお尻を触ろうとしてくるし、あたしたちを『買おう』とする男の多いこと。

 もちろん、即座に断ったけど。

 「3千でどう?」とか舐めてるの?

 いや、いくらなら売るってわけじゃないんだけど、安値を付けられるとそれはそれで腹が立つ。


 ホント、那月に【体術】を教えてもらっていて助かったよ。

 那月みたいにすべてをかわすような曲芸じみたことはできなかったけど、大半は防ぐことができたし。


 でも、時間が経つにつれ、営業スマイルを浮かべていた那月の顔がだんだん無表情になっていくのが怖かった。

 何時、那月の肘が男の顔に叩き込まれるのかと。


 実績あり、なんだよねぇ。実は。

 見た目は楚々(そそ)として穏やかそうに見えるし、事実基本的(・・・)にはそうで、元の世界では身体も弱かったんだけど、一線を越えるとかなりヤバい。

 表情も変えずにかなりエグい攻撃を……うん、詳細は省くけどね。


 まぁ、そんな色々と大変な給仕の仕事だったけど、本当の試練はその後に待っていた。

 与えられた部屋が那月と2人部屋なのは全く問題ない。


 問題は出された食事。

 待遇の悪さからどんな食事が出るのか戦々恐々としていたところに、出てきたのは店で出していた料理の残り。


 少し拍子抜けしたけど、よく考えたら出している料理はすべて大鍋料理なので、あえて別の料理を作る手間を掛ける必要も無いか。全部売り切れたときにどうなるのかが少し心配だけどね。


 この料理の値段が70レアで、朝食と昼食に同レベルの物……は出そうにないから40レアずつと考えれば、食費だけで一日150レア。

 この宿の場合、2人1部屋で1泊すれば、1人あたりの料金が400レア。


 賃金を含めればトータル650レアか……。一日給仕の仕事をすると考えると少し安い?

 6,500円相当と考えれば、労働時間は10時間ぐらいだし、時給650円。法外に安いわけでもない。

 いや、もちろん安いけど、身元不詳の人物を雇うことを考えれば、ね。

 まぁ、マシなところに就職できたんじゃないかな?

 

 と、思えたのも、料理を一口、口に含むまでだった。


 ナニコレ。


 これって、料理って言って良いの?

 料理に対する冒涜的なナニカじゃないの?


 あたしたちに対する嫌がらせ――じゃないよね。これ、普通に店に出していたし、お客さんも普通に食べていたから。


 隣を見ると、那月がスプーンをくわえたまま固まっている。

 顔色が若干青くなり、額には脂汗が。喉の動きを見るに、必死で吐き出さないようにこらえていると思われる。


 正直、これが日本のレストランで出てきたら、金返せと叫ぶどころか、慰謝料払えと訴訟を起こしても勝てるんじゃないだろうか?


 しかしここは異世界。

 これを食わねば死ぬ。

 お金無いから。

 水は……よし、美味くはないが普通に飲める。


 あたしは意を決して息を吸い込むと、鼻をつまんでひたすら料理を詰め込み、必死で咀嚼、水で流し込む。

 味なんか感じたくない。


 それを繰り返すこと数度、人生に於いて1、2を争うほどの早食いを披露したあたしは、水で口の中をすすぐと、大きく息を吐いて鼻をつまんでいた手を離した。


「うぐっ!」


 ヤバい!

 これはヤバい!


 慌てて再び鼻をつまむ。

 ずっと鼻をつまんでいたからか、強烈な匂いが。

 うん、当分は口で息をしよう。


「見事です。夕紀」


 いや、そんな『よくぞ宿敵を討ち果たした!』みたいな顔されても。

 客観的に見たら、あたし、すっごい間抜けな姿をさらしてるよ?


「私もそれ、やるしかないのでしょうか……」

「耐えられるならそのまま食べれば良いと思うけど、臭いをカットするだけでも吐き気だけは抑えられる、かも?」


 料理の香りというのは存外重要なんだよね。


 例えば、『辛さ』というのは『味覚』ではなくて『痛覚』なんだけど、鼻をつまんでショウガを食べてみたらそれがよく解る。

 ただ痛いだけで、何の価値も無くなってしまうのだから。


 その時に鼻をつまんでいた手を離すと、ふわりと匂いが際立ち、ただの痛みが全く別の『味』へと変化する。


 ちなみに、今あたしが経験したのがその逆である。


 超不味い料理が、鼻をつまんでいた手を離すことで、料理と呼ぶのも烏滸おこがましい冒涜的なナニカへと変化したのだ。


 これが料理の深淵というヤツなのだろーか。


「そうですよね。食べるしかないですよね。お金がないんですから。まさか私の人生で、こんな経験をすることがあるとは」


 そうだよね。那月の家は比較的裕福だし、少なくとも食べるのに困るような事はまず無かったはず。あのまま生きていたら。

 そもそも今の日本なら、贅沢さえしなければ僅かなお金で食事ができる。


 昔、『貧乏人は麦を食え』と言って批判された政治家がいたけど、今ならブランドを気にしなければ麦よりも安く米が買えるんだから。

 尤も、あの発言は『麦は身体に良いんだから、それを食べれば病気になりにくいし、医療費もかからずに済む』という意味だったらしいけど。彼自身、身体が弱くて麦を食べていたという話だし。


 マスコミに都合良く切り取られて……いや、正確には『貧乏人』とは言ってないから、都合良く『翻訳』されて報道されちゃったわけだね。


 今なら玄米かな?

 麦よりも入手性が良くて、比較的安く手に入る。

 『栄養価を残して精米した高級なお米』と違って、まるごと栄養価が残っていて安い。

 食味が受け入れられるなら、一番良いと思うんだよね。


 今なら、適当に炊いた玄米ご飯でも、大喜びで食べられる自信があるよ。うん。

 五穀米なんかも、昔は白米の代用品だったのに、今となっては白米より高いんだから……。


 ――おっと、あまりに食事が不味かったから、現実逃避してしまった。


 恐る恐る鼻をつまんでいた手を離すと……あ、何とか大丈夫になった。

 まだちょっと気になるけど、ずっと口で息をしているのは辛い。

 那月の方は、まだ頑張ってる。


「那月、食べ終わっても、しばらくは鼻をつまんでいた方が良いよ? 下手したら離した瞬間、リバースするから」


 涙目で嚥下えんかしつつ、頷く那月。

 かなりしんどそう。


 どちらかと言えば繊細な味付けを好む那月からすれば、この料理はあたし以上にキツいだろうなぁ。


 頑張って咀嚼してるけど、早く飲み込もうとする物だから、きっと胃に悪いだろう。お腹壊さないと良いんだけど。


 きっと、【頑強 Lv.4】、【病気耐性】、【毒耐性】のコンボが仕事してくれるよね?

 あたしは【頑強】がレベル1だから、少し不安。


 ……いやいや、よく考えたら、これ、普通の料理だった。


 店の客は普通に食べているんだから、味以外は問題ないはずなんだよ。

 決して、【頑強】やら【毒耐性】が仕事するような物じゃない。

 ない、よね……?


「お疲れ様」

「はい……正直、食事でここまで消耗するとは思いませんでした」

「予想外だったよね。お客さんは普通に入っていただけに」


「まさか、この世界ではこの味が標準なのでしょうか?」

「え、何、その怖い想像……」


 でも、ここが不味いなら、お客さんがあんなに入るとは思えない。

 料理以外の売りがあったとしても、最低でも標準よりも少し不味い程度の味がなければ、お客さんも離れていくはず。

 にもかかわらず、この料理を注文して普通に食べていたわけで……。


「えぇ~~、あたし、この世界で生きていく自信が無くなってきたんだけど」

「奇遇ですね。私もです。あのような料理……料理? 料理っぽいナニカ? 料理かも知れない物……」


「那月、料理がゲシュタルト崩壊してるよ。まだあたしたちが知っているのは、この小さな町だけ。希望はあるよ。それに、この街にも美味しい料理、存在してるかも知れないし」


「そう、ですね。諦めるのはまだ早いです。今はお金がありませんが、きっと美味しい物、食べに行きましょう」

「うん。それを目指して頑張るよ!」


 そう言ってあたしたちは互いの手を握りしめ、決意を新たにする。

 けれど――結局、あたしたちが美味しい物に出会えるのは、ハルカたちの合流を待つことになるのだった。

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