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[Web版] 異世界転移、地雷付き。  作者: いつきみずほ
第九章 一周年と……
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295 月下の逢瀬

前回のあらすじ ----------------------------------

アエラやイシュカに挨拶。

メアリとミーティアに鎖帷子を贈る。

 昼過ぎから始まったパーティーは、日が落ちる頃にお開きとなった。


 まるで欠食児童であるかのように食べまくっていた子供たちも、さすがに半日も食べれば満腹になったのだろう。


 テーブルの上の料理はまだ残っていたが、終わり頃には手を伸ばす子供はほとんどいなくなっていた。


 イシュカさんは『これで二食分浮きました』とか笑顔で言っていたので、本当にお昼ご飯は欠食だったらしい。


 せっかくなので、残った料理も渡してお引き取り頂いた。


 職人三人は用意していた酒を飲み干しても、しっかりとした足取りで帰って行ったが、ディオラさんの方は、やはり『酔っていない』と言いつつも、なんだか怪しかったので、トーヤを付けて送り返す。


 俺とハルカ、それにナツキは後片付け。


 メアリとミーティアも手伝うと言ったのだが、はしゃぎすぎたのか、眠たそうな様子が見て取れたので、寝るように言って部屋に帰した。


 実際、片付けと言っても、あまり手間は掛からないしな。


 食べられる物は全てイシュカさんに押しつけたので、残飯をコンポストに放り込んでしまえば、後はハルカとナツキが『浄化ピュリフィケイト』を使うだけ。食器洗いも不要なのだ。


 そのまま食器とテーブルを片付ければ終わりである。

 そしてあらかたの作業が終わった時に、俺はハルカに声を掛けた。

 ――今夜、少し時間をもらえるか、と。


    ◇    ◇    ◇


 日が完全に落ちた頃。

 俺は玄関の前に立って、ハルカのことを待っていた。

 月明かりの下、夜の冷たい空気を大きく吸い込み、深呼吸をする。

 やがて静かに玄関の扉が開く。

 そこから出てきたハルカが、俺の隣に立った。


「待たせた、かしら?」

「いいや。空を見ていたからな」


 空には雲も無く、満月に近い月が静かに光を落としている。

 この一年で少しは見慣れた星々も輝いているが、明るい月の光に隠されて影が薄い。


「月が、綺麗だな」

「……なに? 『死んでも良いわ』と答えれば良いの?」


 思わず漏らした俺の言葉に、ハルカが微笑みを浮かべて応じた。

 そんなハルカに俺もまた、笑みを返す。


「ふっ、違うさ。単にそう思っただけだ」

「月じゃないけどね、厳密に言うと」

「そうだな。しかも二つあるしな」


 そう、実のところ、俺たちのいるこの世界には月が――正確には衛星が二つあった。


 ただし、二つの衛星が同時に見えることは無く、見た目も、大きさもほとんど違わないため、教えられるまで気付かなかったのだが。


 いや、正しくは『大きさが違って見えるな?』とは思っていたのだが、地球で見ていた月だって、『今日の月は大きく見える』とか普通に経験していたので、まさか本当に違う衛星だとは思わなかったのだ。


「今日は、大きい方の月だから、明るいわね」


「少しだけな。だが、今日はその事に感謝したい気分だ。――おかげで、ハルカの綺麗な顔がよく見える」


 月明かりに煌々と照らされたハルカの碧眼が、少し意外そうに瞬いた。


「どうしたの? らしくないけど」

「たまには良いだろう? そういう気分なんだ」

「そう、ね。私も女だし、嬉しくないとは言わないわよ?」


 俺に肩を預けるように立ち、ハルカもまた、俺の隣で空を見上げる。


「こちらに来て、一年経ったな」

「そうね。今日、その事を祝うパーティーをしたからね」

「だから、ちょうど良い機会かと思ってな」

「……何の?」


 不思議そうに俺を見上げるハルカの前に、俺は小さな木箱を差し出し、蓋を開ける。

 その中には二つの指輪が並べられていた。

 月光に静かに輝く指輪を見て、ハルカが息をのむ。


「……これは、エンゲージリング、という事で良いのかしら?」


「あぁ。今はまだ無理だが、色々落ち着いて、のんびりと暮らせるようになったら……俺と結婚、してくれるか?」


「えぇ、良いわよ」


 かなりの勇気を振り絞り、俺が押し出した言葉に対して、ハルカはサラリと答えを返した。


 僅かな躊躇も無く返ってきた言葉に、俺は暫し言葉を忘れる。


「……あっさり答えたな」

「あら、悩んだ方が良かったの?」

「いや、じらされたら、それはそれで嫌だが……俺の決意が、その、な?」


 これでも結構悩んだのだ。

 今言うべきなのか。

 なんと言うべきかなのか。

 どういう場面で言えば良いのか。


 だから、ハルカからあまりにも普通に返答されてしまい、何というか拍子抜けしてしまったのだ。


 そんな俺の心情を理解してか、ハルカは優しげに微笑む。


「正直に言うと、日本にいた時から、何時いつかそうなりたいと思っていたからね」


「そうなのか……?」


「気付いていなかった? ――そんな事、無いわよね?」


「ま、な……」


 いくら幼馴染みとは言え、日が落ちても俺の部屋に居座るとか、ちょいちょい料理を作ってくれるとか、思春期を過ぎた()()()幼馴染みがやるはずもない。


 実際、トーヤもほぼ同じ頃からの幼馴染みだが、ハルカはそんな事をやっていないわけで。


 これで『気付いていませんでした』とか言ってしまうと、俺は難聴系主人公を超える逸材になってしまう。


「でも、できればもうちょっとロマンチックな、プロポーズの言葉を聞きたかったところだけど」


「それは、俺に期待しても無理な部分だな」


「うん、解ってる。そういう、飾らない部分も嫌いじゃないわよ?」


「それは……ありがとう。俺の事を理解してくれて」


 まったく考えなかったわけじゃなかったのだが、下手に取り繕って失敗するよりも、素直に言えば良いかな、と思ったのだ。


 それぐらい、俺たちの間には共に過ごした時間がある。


「それじゃ、せっかくだから、ナオがはめてくれる?」

「解った」


 俺は指輪を手に取ると、ハルカが差し出した左手、その薬指にそっと指輪を嵌めた。


 スッと入った指輪は俺が手を離すと、ハルカの指にフィットするサイズへと形を変える。


「あら、ピッタリ……じゃ、ないわね。これ、ユキ?」


「あぁ。ユキが『アジャスト』を付加してくれた。『せっかくだから、今日渡せたら良いよね』、とか言ってな」


 本来の予定であれば、指輪本体ができるのも、もう少し先になるはずだったのだが、俺の知らない間にユキが職人を急かして、納期を短縮。


 その上で、『アジャスト』の付加も頑張ってくれて、今この指輪が揃っているのだ。


 ちょいちょい罠を仕掛けるユキではあるが、色々とお世話になっていることは否定できず、なんとも憎めない奴ではある。


「それじゃ、ナオには私が嵌めようかな」


 ハルカはもう一つの指輪を手に取り、俺の指に嵌めると、俺の左手と自分の左手を重ねるように握り、並んだ指輪を見て嬉しそうに笑う。


「うん。お揃いだね」

「ペアリングだからな」


 当たり前の事を口にした俺に、ハルカが少し不満そうに口を尖らせる。


「むー、もう少しだけ、素敵な言葉が聞きたいかな?」

「飾らない俺が嫌いじゃないんだろ?」

「大丈夫。飾ってるナオも好きだから」


 そう言って、何か期待するように俺の顔を覗き込むハルカ。


 俺は『ふぅ……』と息を吐くとハルカの左手をそっと握り返し、右手を彼女の頬に添えて、その瞳を見つめる。


「……この指輪が、ハルカの指で輝き続ける限り、俺は自分の持てる力のすべてを以て、お前を守る事を誓う。叶うなら互いの命が尽きるその時まで、輝きが失われないことを、俺は願う」


「……格好つけすぎ。でも嬉しいかな。長い時間になると思うけど、よろしくね?」


「あぁ。よろしく」


 俺はハルカと見つめ合い、そして――。



「かぁぁ! 甘酸っぺぇなぁ、おい!」



 俺たちの間を裂くように、声が響き渡った。


 俺とハルカが、パッと同時にそちらに視線を向けると、そこには玄関前で仁王立ちし、額にペシリと手を当てたユキが天を仰いでいた。


 そしてその後ろで、ナツキが申し訳なさそうに、扉の陰から顔を覗かせている。


「ユ、ユキ!? お前、寝てたんじゃないのか!?」


「えぇ、えぇ、寝てたとも! 寝てましたとも! 中途半端に寝ちゃいましたとも! あのままぐっすり、朝まで寝るつもりでしたとも!」


 ならそのまま寝ていて欲しかった!

 もしくは、目を瞑ってフェードアウトして欲しかった!

 覗いていた方には、俺が目を瞑るから!


「でも、目が覚めちゃったら、見に来ざるを得ないじゃないですか! えぇ! ですよねっ! ナツキ!」


「い、いえ、私は、その、ユキに誘われて……。そもそも気付いていませんでしたし……」


 バッと振り返り、ビシリと指さされたナツキの方は、焦ったようにブルブルと首を振って否定する。


「じゃあ、なんで……」

「ユ、ユキに誘われて……?」


 そりゃユキは知ってるよな。

 ユキがお膳立てしたようなもんだし。


「あんまり見たくはなかったんだけどね! でも目が覚めちゃったからね! 気になるんだもん!」


 ――もしかして、そのために痛飲してたのか?

 俺とハルカのアレソレを見ずに、寝て過ごすために。

 だがそれなら、パーティーの終わり頃にやるべきだったと思うぞ?


 俺たちの各種能力――【頑強】などを考えれば、昼間に飲み過ぎても夜になれば回復するって。


「かぁ~~、羨ましいねぇ! 『お前を守ることを誓う』、あたしも言われてみたいね! ねっ!」


「覗くだけじゃなくて、しっかり聞いていたのかよっ!」


「聞くさ! そりゃ聞くさ! もし手元にスマホがあったら、確実に激写だね! 永久保存版だね! 結婚式にはエフェクトを付けて大画面で上映だね!」


「ヤ・メ・ロ!」


 今ほど、ユキの手元にスマホが無い事を感謝した時はない。

 そして、似たような道具が無い事にも。

 錬金術があるだけに、あり得ないと言えないあたりが怖い。


「せめて、さっきのナオの言葉をしっかりと書き記して――」

「――ユキ?」


 静かに響いたハルカの言葉に、ユキの言葉が途切れる。


「今の場面って、私の一生の中でも、かなり重要な場面だったと思うのよ?」


 ハルカはとても静かな笑みを浮かべ、ユキに向かって一歩を踏み出す。


「あ、あら? ハルカ、さん? 実は、結構怒ってます?」


 エヘヘ、と笑い、小首を傾げるユキに取り合わず、更に一歩進むハルカ。


「そう、人生の最後で走馬灯が浮かぶなら、必ずピックアップされるぐらいに」


 走馬灯って……なんだか不穏だな、オイ。


 もちろん、平穏にベッドの上で見るかもしれないが、俺たちのような稼業だと、危ない場面で死にかけて見そうなイメージがある。


「えーっと、覗きはともかく、割り込んだのは、ちょっと、やり過ぎだったかも?」

「ナオって照れ屋だから、あんまり直接的な言葉って言ってくれないのよね」

「……覗いたのもマズかったですか?」


 ゆっくりと歩みを進めるハルカに、ユキが焦ったように冷や汗を垂らす。


「そんなナオが珍しく言ってくれた言葉。そんな場面を思いっきり破壊されて……」


「あ、謝った方が良いかな? 謝る用意はありますよ? あたし、反省できる人間ですよ?」


 腰が引けているユキの前に立ったハルカは、笑顔のまま、しかし冷たさを感じさせる表情で、ユキの両肩をガッシリと掴む。


「――さて、怒らないと思う?」



 その後のことは、ユキの名誉のために語るまい。


 俺がユキに向かってナムナムと手を合わせていると、苦笑を浮かべたナツキがハルカたちを避けて俺の方に来て、ぺこりと頭を下げた。


「すみません、覗いてしまって」


「あー、ちょい、恥ずかしかったが……それだけだ。気にしなくて良い。ぶち壊したのはユキだし」


「でも、お膳立てしたのも、ユキなんですよね?」


「それな。かなり協力してもらってるからなぁ……正直、俺は怒りづらい」


 今日この日、指輪を渡すことができたのも、指に合わせることができたのも、ユキのおかげ。


 俺の背中を押したのはユキなのだ。

 その事を考えると……。


「我慢できなかったんですよ、きっと。……愛されていますね、ナオくん」


「……幸いな事にな」


「私も……」


「ん?」


「……いえ、今は止めておきます。私は先に戻りますね。ユキとハルカのことはお任せします」


「……任されても困るんだがな」


「何事も経験、ですよ。今後のための」


 ナツキは微笑んでそんな事を言うと、俺をその場に残して一人玄関の扉をくぐったのだった。

BOOK☆WALKER様で新作ラノベ総選挙なるものをやっているようです。

この作品も、新文芸・ブックス部門にノミネートして頂いているようなので、よろしければ投票、お願いします。

……ビリになると悲しいので。


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2025年3月5日発売
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以下のような作品も書いています。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
本当はグッとくるシーンなんでしょうけど、展開もタイミングも演出的にメリハリが感じられなくて、こういうのもういいから早く進んでくれないかなって思ってしまいました。 本筋からしたらどうでもいい似たような…
[良い点] このシーン好きだー!4人それぞれのキャラに良さと存在感があって独特な関係が成り立ってるのがよく表れてて好き。 あとハルカめっちゃ可愛い!めちゃ重な愛を隠してたの分かってこの子可愛いなと思…
[良い点] 月が綺麗だな、死んでも良いわ−−−、婚約指輪を渡して愛を語るこの小説の中で一番好きな章です。転生して一年、10年越しの愛が実ったシーンですね。 [一言] 大声で邪魔したユキは酷いですねえ。…
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