294 パーティー当日 (4)
前回のあらすじ ----------------------------------
ユキが酒を飲みすぎ、ナツキと共に退場。
ディオラがくだを巻き始めたので、トーヤが宥め役に。
要らん事を言ったトーヤにディオラさんを任せ、俺とハルカは静かにその場を離れた。
次は誰に挨拶しようかと、辺りを見回していると――。
「ナオさん!」
パタパタと駆け寄ってきたのはアエラさん。
そんなアエラさんに、俺も手を上げて応える。
「あの、大丈夫なんですか……?」
心配そうに言うアエラさんの視線の先は、くだを巻くディオラさんの姿が。
「あー、大丈夫、問題ない。仕事が大変そうだから、きっと色々溜まっているんだろう。うん」
それ以外の事の方が比重が大きそうだったが、そのへんはスルーで。
「それよりもアエラさん、手伝ってもらって、悪かったな。お客さんなのに」
「いえいえ! 配膳ぐらいで、大したことはしてませんから。でも、お米料理は面白そうですね。残念ながら、お店で出すことは難しそうですが……」
「この近くじゃ、手に入らないからなぁ。ルーチェさんもお手伝い、ありがとう」
「私は配膳しかできない、配膳のプロですからね。美味しい料理が頂けて、感謝しています」
そんな事を言って胸を張るルーチェさんに、アエラさんは呆れたようにため息を漏らす。
「ルーチェは少しぐらい料理を覚えるべきだと思うんですけどね。ずっと年下のハルカさんたちにも負けてる……いえ、比べるのも烏滸がましいレベルですから」
「『ずっと』って何ですか。ちょっとだけです。ずっと年上のくせに、ユキさんよりも年下に見えるアエラには言われたく無いです」
「なっ。エルフならこの程度、ちょっとの範囲です! それに外見は、エルフだから――じゃ、ないかもしれないですけど、個性の範囲です!」
言葉の途中でハルカをチラリと見て、微妙に言葉を変えつつ強弁するアエラさん。
うん、どう見ても外見は子供……いや、少女だしね。
「個性、ねぇ。それなら私の料理の腕も、個性ですね。第一、ハルカさんたちの料理って、プロ並みじゃないですか。料理人でもないのに。私とハルカさんたち。一般的なのは、絶対に私の方です」
ふんっ、と鼻息も荒くそう主張するルーチェさんだが、実際その言葉、そう間違っていなかったりする。
料理に使う食材の調達、それを料理するためのレシピ。
それらを考えると、凝った料理を作れるのは、生活に余裕のある一部の人だけなのだ。
それに、街に出れば屋台が多く並んでいる事からも判るとおり、かなりの人の食事は基本的に外食。
それもアエラさんのお店のような美味しい食事ではなく、とりあえずお腹に入るというレベルの代物。それが一般的。
美味しい料理を作ろうにも、香辛料や調味料の入手に制限があるこの世界では、簡単な事ではないのだ。
だからこそ、料理があまり作れない人というのも、そう珍しくはなかったりする。
「それは俺たちも同感だな。結構高ぇ酒を持ってきたつもりだったが、つまみには勿体ねぇレベルの料理じゃねぇか。一体いくら金を掛けてんだ?」
「ガンツさん、と、シモンさん」
「おう、今日はお招き、ありがとうな」
「いえいえ、お世話になってますから。でも、お金はそこまで掛かってないですよ? 大半の物は自前で用意した物ですし」
ちなみに、今日並んでいる料理の中で、一番お金が掛かっているのは白米である。
そこまで人気は無いので、消費しているのは俺たち元日本人がメイン。
逆に、一般的にはコストが掛かる料理である肉料理は、地味に一番コストが掛かっていない。
俺たち、つい先日、食べきれないほどの肉を手に入れたばかりだし。
「冒険者はそれができるから強ぇよな。庶民が用意できない食材を、平然と用意しやがる」
「いや、それだけじゃねぇだろ。お前らの料理の腕はプロ並み、いや、プロでもここまでのはいねぇしな、そこの嬢ちゃんが言うとおり」
「そう言って頂けると、嬉しいですね。ナツキたちも喜ぶと思います」
「事実だからな。――ところで、美味い酒を造るって聞いたんだが?」
「えっと、それは……」
チラリとシモンさんの後ろを見ると、トミーが両手を合わせて頭を下げていた。
喋ったのか。
それ自体は別に良いのだが、元の世界の事とか言ってないよな?
「美味しいかどうかはなんとも言えませんが、酒を造る予定ではありますね」
「そうか、そうか。それに儂らも協力しようと思うんだが、どうだ?」
「おう、俺もな。その代わり――」
「できたら飲ませろ、って話ですね」
大工と鍛冶師の二人が協力してくれるのは、それはそれで助かる。
特にシモンさん。なんだかんだと、木工製品は必要になりそうだし。
ハルカを窺うように視線を向けると、ハルカも頷いて口を開く。
「原料に限りがありますから、あんまり多くは提供できませんが、それで良ければ」
「それで構わねぇよ。美味ければ、俺たちで原料を取り寄せることもできるしな」
「儂らもそれなりに伝手はあるからな」
そうか。高級家具を輸出しているんだもんな。
出荷先に米の生産地でもあれば、家具を受け取りに来る時に米を持ってきてもらう、なんて事も可能かもしれないな。
「あの、ナオさん、新しいお酒って?」
「米が手に入ったから、それで作れる物をちょっと作ってみようかと思ってな。調味料を作るついでに」
「調味料! 興味あります!」
「私はお酒の方に興味がありますね」
案の定と言うべきか、アエラさんは調味料の方に、そしてルーチェさんはお酒に食いついた。
「上手くできればお裾分けするよ」
「はい! 是非に!」
◇ ◇ ◇
次にやってきたのは、イシュカさんのところ。
イシュカさんはこちらに気づくと、手に持っていた物をすぐにテーブルに置くと、深々と頭を下げた。
「ナオさん、ハルカさん、今日はありがとうございます」
「いえ、お気になさらず。最近はメアリたちもお世話になってますからね」
現に今も、メアリとミーティアは孤児院用に用意したテーブルで、他の子供たちと一緒に料理を食べている。競うように。
別に二人は今必死で食べなくても、後からでも十分に食べられるのだが……友達と一緒に食べると美味しいというものだろうか?
キャンプ飯的な。
「メアリさんたちは、むしろ私たちの方が助かっています。タダで子供たちに武器の扱いを教えてくれるのですから」
「いえいえ、私たちからしても、二人に同世代の友達ができるのは歓迎すべき事ですから」
いつもは大人びているメアリも、孤児院の子供たちと一緒にいる時は、少し年相応な面を見せることもあり、実のところ、俺たちは安堵していた。
もしかすると、将来的にメアリたちはここの子供たちと冒険者パーティーを組んだりして、結婚とかするのかもしれない。
娘さんをください、的な。
その時は頑固親父の如く、試練として立ち塞がる事になるだろう――トーヤが。
俺だと体力面では負けそうだし、だからといって、魔法で吹っ飛ばすわけにはいかないからな。
あー、でも、孤児の中には獣人がいないんだよな。
獣人が周りにいない環境で育った二人だから、あまり気にしないかもしれないが……どうだろう?
「そう言って頂けるのは、ありがたいですが、ケジメは必要ですからね。少しお付き合いください」
イシュカさんがそう言ってパンパンと手を叩くと、料理を必死で食べていた子供たちが手を止め、サッと整列。
そして一斉に頭を下げた。
「「「ありがとうございます!」」」
「あ、あぁ、気にするな。好きなだけ食べて良いからな?」
「「「はい!」」」
綺麗に揃った動きに、俺がちょっと驚きつつも返事をすると、子供たちから再び揃った答えが返ってきた。
俺がイシュカさんに視線を向けると、彼女は孤児たちに向かって頷く。
それを確認すると同時に、子供たちは再びテーブルに戻ると食事を再開した。
……いや、よく見ると、子供たちの中にアンジェやシドニーたち、神官や神官見習いも交ざっているな?
見習いはともかく、確かアンジェは正神官と紹介されたはず。
大人組に入っても良さそうだが、孤児院で育ったからか、そちらの方の意識が強いのかもしれない。
「すみません、まだ大人になりきれていなくて」
俺の向けた視線の先に気付いたのか、イシュカさんは少し恥ずかしそうに苦笑を浮かべる。
「いえ、楽しんでもらえれば、何も問題は無いですよ」
「恐れ入ります。私たちの食べる物は子供たちと同じですから、彼女たちもなかなか……」
「あぁ、それは……」
神官見習いの二人、ケインとシドニーは中学生ぐらいの食べ盛りである男。
普段食べられない肉が並んでいれば、そりゃ食うだろう。
腹がはち切れんばかりに。
その環境なら、俺だって食う。
普段しっかりと食事をしていたって、焼肉食べ放題に行けば、苦しくなるまで食ってたし。
俺はエルフになって小食になったが、本来中高生の男子なんて、食べてなんぼである。
「好きなだけ食べていってください。足りないようなら、あちらのテーブルから取っていっても良いですから。……あっちはお酒を楽しんでいるようですし」
ユキとナツキが離脱し、トーヤは酒をチビチビと飲みながら、ディオラさんの愚痴にお付き合い中。
ガンツさんたち三人は、料理が美味いと褒めていただけあって、しっかりと食べてはいるのだが、酒がメインだし、年齢が年齢。
トミー以外は若者のようには食べられないだろう。
「ありがとうございます。ですが、さすがにこのテーブルが空になることは……無いと思いますよ?」
微妙に疑問形なのは、メアリとミーティアの存在か。
あの二人、どこに入ってるのか、と思うほど食べるからなぁ。
「――と、そうだった。メアリ、ミーティア、ちょっと」
俺の声に、メアリとミーティアは同時に俺の方を振り返ると、同じような仕草で口に中の物を慌てて飲み込むと、こちらへ駆けてきた。
「はい、何ですか?」
「来たの!」
と応えつつ、視線が微妙に料理の載っているテーブルから離れていない。
もう十分に食べたと思うのだが……まぁ、さっさと用事を済ませてやるか。
「注文していたお前たちの防具ができた。居間に置いてあるぞ」
「「本当ですか(なの)!」」
言うが早いか、メアリたちはすぐさま家の中に駆け込んでいった。
別に慌てて見に行く必要は無かったんだが……料理よりは嬉しかったらしい。
「待ち遠しかったみたいね」
「の、ようだな」
「新しい防具ですか?」
「えぇ。メアリたちも本格的に戦うようになりましたから」
などと話している間に、メアリたちが再び走って戻ってきた。
今度は光を反射してキラキラと光る、白鉄の鎖帷子を着て。
俺たちの方へ来るのかと思ったら、そのまま孤児院の子供たちの所へ駆け寄っていく。
それを見た子供たちは、二人の回りに集まり、『すげぇ!』とか『カッコイイ!』とか言いながら、バシバシと鎖帷子を叩いたりしている。
そして二人の方も、誇らしげな表情で胸を張っている。
正直、見せびらかすような態度はどうかと思うのだが、子供たちは羨ましそうではあっても、予想外にネガティブな様子は無いな……?
「随分と……良い物を買われたのですね? 割が合わないのでは?」
「二人の稼ぎだけで言えばそうですが、メアリたちの頑張りを評価して、ですね」
「それなりには高いですが、俺たちには出せる範囲ですから」
実は、二人の鎖帷子の素材については、白鉄にするか、それとも属性鋼にするか、俺たちの間で議論になった。
安全最優先であれば、属性鋼の鎖帷子を注文すれば良いのだが、メアリたちの活躍を金銭価値に換算すると、白鉄の鎖帷子ですら手が届くレベルでは無い。
別に俺たちが金を出すこと自体には問題がないのだが、現状ではこれ以上の装備が無いので、『自分の力でより良い装備を手に入れる喜び』が無くなってしまうのはいかがなものか、という意見もあったのだ。
そして、その意見にはかなり賛同できる部分がある。
やはり俺たちも、新しい装備を手に入れた時は嬉しくなったし、働くモチベーションになった部分もある。
もちろん、それと安全を天秤に掛けるべきかという部分はあったのだが、最後は『危なければオレが身を挺して守る』という、トーヤの男前の発言で、白鉄装備に決まったのだ。
「俺はむしろ、子供たちが二人を妬むような様子が無い事に驚いたのですが……」
「あの子たちは、自分と他人を比べても意味が無いことを知っていますから。今、自分に与えられる物に感謝する。それだけです」
「「………」」
久しぶりに、イシュカさんが神官である事を思い出させる発言に、俺とハルカは沈黙する。
確かに孤児という環境に於いて、自分より恵まれた人を妬んでいては、常に他人を妬んで生活するようなもの。
それは決して良い事ではないだろうが、実際にはなかなか難しい。
だが、実際孤児たちとメアリたちは友人になれているわけで、それもまたイシュカさんの手腕なのだろうか。
子供の教育なんて、難しいだろうに……。
そしてそれは、確実にメアリたちにも良い影響を与えている。
俺とハルカは顔を見合わせ、イシュカさんに出会えた幸運に感謝するのだった。
BOOK☆WALKER様で新作ラノベ総選挙なるものをやっているようです。
この作品も、新文芸・ブックス部門にノミネートして頂いているようなので、よろしければ投票、お願いします。
……ビリになると悲しいので。









