S022 毎度の無茶振り (3)
前回のあらすじ ----------------------------------
トミーはハルカたちから、精米機やロッククライミング用品の作成を依頼される。
その日、僕たちは店の作業場に集まって、ロッククライミングに使う道具についての記憶を突き合わせていた。
全員、たいした知識が無いのだからなんとも頼りの無い話だけど、それでもいくつかは明確になったアイテムもあった。
「さて、全員のおぼろげな記憶を集めた結果、出てきた金具は五個ね」
まずはカラビナ。
これは登山以外でも使われているので、すぐに思いついた。
輪の形や、その輪を閉じる方法は何種類かあるけれど、これに関しては問題無さそう。
僕も手にした事がある物だしね。
岩にロープを掛けるための金具が三種類。
輪になったワイヤーの一端に錘が付いた物、先端が扇型に広がる物、そして、岩に穴を開けて杭を打ち込む物。
最後に、ロープを使った垂直降下の時に使う金具。
名称不明、形状不明、構造も不明。
なんか使ってたよね、という話が出ただけで、さっぱり判らなかったので、これは諦めた。
カラビナにロープを通して、腕力で解決することに。
トーヤ君ぐらいになると、ロープ一本、一切の器具が無くても普通に懸垂下降ができるらしいので、そこまで重要性が無いのだ。
「師匠が知っていたのは、岩に杭を打ち込む物でした。杭自体は師匠も作れるようですが、重要なのは、穴を開ける道具とそこに注入する樹脂のようで……」
ハルカさんたちから依頼を請けた後、師匠にも話を訊いてみたところ、やはりと言うべきかこの辺りではほぼ需要が無い……いや、正確に言うと昔は需要があったが、今は無いため、師匠も普段は作っていなかった。
ただ、作ったことはあるようで、話を聞かせてくれたんだけど、そこで出てきたのが先ほどの物。
穴を開ける道具――所謂ドリルは、岩に穴を開けるのだから当然かなり鋭く、丈夫でなければならない。
それでいて、壁面を登っている時にも使いやすく、軽く。
素材が特殊なので、簡単には作れないらしい。
樹脂の方は、ドリルで開けた穴に、杭を打ち込む前に注入する物。
所謂、接着剤?
これは錬金術師が作れるらしいので、ハルカさんたちなら作れるだろう、との事。
「その樹脂に関しては、私たちで用意するわ。とりあえずは、それ以外の物を作っていきましょ」
「解りました」
そうして、僕はハルカさんたちと相談しながら、各種器具を作り上げていったのだった。
ある程度の器具が完成して、数日後。
ナオ君と共に、器具のテストも兼ねて出かけていたユキさんが戻ってきた。
「どうでした? ちゃんと使えましたか?」
内心、かなりドキドキしながら尋ねてみれば、ユキさんはこくりと頷いた。
「うん。壊れた」
「「「――っ!」」」
あっさりと答えたユキさんの言葉に、僕たちは揃って息をのむ。
「だ、大丈夫だったの?」
「ナオが落ちたね」
「怪我は無かった――んですよね?」
「怪我してたら、ここに連れてきてるよ~。低い場所でテストしてたし、あたしもフォローしたからね。問題なし」
「そう、良かったわ」
本当に安心したように息を吐くハルカさんに釣られるように、僕もまた大きく安堵の息を吐いた。
「はい。僕が作った物で怪我したら、と思うと……壊れたのは?」
「これ。やっぱり複雑なのは難しいね」
そう言ってユキさんが取りだしたのは、先が扇状に広がる金具。
かなり苦労して作り上げた物だったんだけど……。
「えっと……ピンの所が折れましたか。強度には余裕があると思ったんですが」
「ナオは、『力の掛かり方が一定じゃないからじゃないか』と言ってたけど」
ユキさんが回収してきてくれたピンの破断の仕方を見ると、確かにそんな風にも見える。
後は、素材の品質もあるかも。
気を付けていたつもりだけど、強度の弱い部分ができていた可能性は否定できないし、堅さと粘り、焼き入れの仕方などが原因かもしれない。
「ただ、正直言うと、それは必要ないかも。それの信頼性を上げるよりも、もう一つの金具と杭、それで対応する方が良いんじゃないかな?」
「確かに、あの二つであれば、単純な分、信頼性は高いですね」
「ただ、数は多めに欲しいかな? 登る時は多めに使った方が楽だったから。それからナオが、杭をボルダリングのホールドにできないか、と言ってたんだけど」
「あれですか。確かにあれを取り付ければ、登りやすそうですね」
僕はやったことないけど、普通に掴みやすい足場にしてしまえば、良いだけだよね、上り下りが目的なら。
「あれ? よく考えると、下りるだけなら、縄梯子を準備すれば良いんじゃ……?」
ふと、そんな事を口にしたハルカさんの顔をユキさんとナツキさんがマジマジと見て、同時に深く頷いた。
「そうですね、あそこの目的は、降りることでした」
「うん、そうだよ。無理してロープで下りることもないよね?」
どうやら目的のダンジョン。
岩壁を降りることが目的だったようだ。
うん、それなら無理してロッククライミング的な事、する必要ないよね!
じゃあ、もしかして今回頑張って作ったのって、無駄?
「でも開発は継続で。登れないと困るからね」
「あ、そうなんですね」
「だよね。縄梯子設置しておいても、そのまま残ってるとは限らないし」
「帰れなくなったら、死にますからね」
あ、やっぱりダンジョンって危ないんだよね。
ハルカさんたちが平然と入って、普通に戻ってくるからあまり意識してなかったけど。
「ちなみに、どんな場所なんですか? その、岩壁を上り下りする必要がある場所って」
「そうね、かなり雄大な景色が楽しめる場所ね」
「はい。少なくとも私は、地球であのサイズの滝を見たことはありません」
「あのスケールは、異世界って感じだよね~」
「え、そんなにですか? 一度見てみたいですね」
ハルカさんたちが口々に言う内容に、僕の好奇心が刺激される。
町からほとんど出ないから仕方ないんだけど、正直、こちらに来ても僕は、異世界っぽい物をあまり見て無い。
生き物とかは、結構不思議な物を見てるけど。
先日、ハルカさんたちが狩ってきたという、巨大な牛もなかなかの迫力だったし。
「もっとも、その景色に意識を奪われてたら、たぶんあっさりと突き落とされて死ぬけど」
「……え、マジですか?」
「そりゃ、ダンジョンだもん。気を抜いてたら死ぬよ?」
訊いてみると、岩に擬態した蜘蛛が突き落としに来るとか。
うん、ダンジョン。
とても危険。
普通の人が入れる場所じゃないね。
「もし行きたかったら、案内するよ? ハルカとか、引退したら観光案内で生計を立てようとか言ってるし?」
おや?
実はそんなに危なくない?
もしくは、安全を確保する方法がある?
それなら是非に行ってみたいかも。
この世界では、観光旅行をできる機会なんて、まず無い――。
「そうね、トミーで練習するのも良いかもしれないわね。トミーなら失敗しても冗談で済むし」
「いや、済みませんからね!? 僕一人だけ、ギャグの世界に生きているわけじゃないですからね!?」
ここは、『ちゅどーん』と吹っ飛んでも、次の場面では普通に復活している、コメディなお話では無いのだ。
吹っ飛べば普通に怪我するし、高いところから落ちれば死ぬ。
……まぁ、以前に比べれば、圧倒的に丈夫になってるけど。
「もちろん冗談よ。真面目なことを言えば、ダンジョン内よりも、入り口までの道中が危ないから、現状では連れて行けないわ。ごめんなさい」
「いえ、謝られる事ではないですが……少し残念ですね」
凄い景色、かなり見てみたかった。
でも、命の方が大事なので、無理を言うつもりは無い。
「あたしたちが、あの辺りの魔物を物ともしないぐらいに強くなったら、連れてってあげるよ。あまり期待されても困るけど」
「ですね。私たち、さほどランクが高いわけじゃないですから」
「じゃあ、僕はその手助けができるように頑張りますね。僕の専門分野で」
「うん。よろしく~。――さしあたっては、ロッククライミング用品のブラッシュアップね」
「ですね」
それ以降、僕はパーティーの当日まで、ロッククライミング用品の作成に勤しんだ。
と言っても、カラビナや錘付きのワイヤーに関しては、ほぼそのまま、単純に量産。
複雑な機構の金具は鋳つぶして、杭の方を大量に作成。
ボルダリング的な足場として使える物も併せて作った。
接着剤的な樹脂に関しては、ハルカさんたちに完全にお任せ。
もう一つ、縄梯子も、ちょっとやそっとじゃ切れないように、ワイヤーで作成。
魔物に攻撃を受ける危険性を考えたら、普通のロープじゃ危ないからね。
これならば、多少噛み付いたぐらいでは切れないはず。
少なくとも、鎖帷子よりも丈夫なワイヤーだから。
そんなこんなで、ハルカさんが最初に米を持ってきてから二週間あまり。
ついに、一周年記念パーティーの当日を迎えた。









