287 キノコ狩り? (3)
前回のあらすじ ----------------------------------
道中のキノコ狩りで時間を使う二人。
怪しげなキノコも集めるユキに不安になるナオ。
「……『精力剤として使われる』?」
「えっ? ――あっ! その本は!」
「“植物図鑑”だな」
焦ったように声を上げたユキに、俺は持っていた本の表紙を突きつけ、更に裏返して、開いていたページをユキに示す。
それなりに多くの植物を網羅したこの本。
森での採取には必携と言って良いほどに便利な本なのだが、この本にはキノコに関する章も含まれている。
そう、キノコ。
ユキが回収していたキノコが気になった俺は、記憶を頼りにそのキノコを調べていたのだが、それっぽいキノコの説明に書いてあったのが、先ほどの一節。
「あー、いやぁ、その……ナオ、疲れているかと思って?」
「合っているのか曖昧だったが、その反応、間違いないみたいだな?」
「何の事かなぁ? あたしはナオに、元気になってもらおうと思っただけだよ?」
などと言いつつ、ユキは視線を逸らし、頬には汗がたらりと垂れている。
その反応がすでに答えだろう。
「お前……浮気したらヤバいとか言った舌の根も乾かないうちに……」
「ナオが何を言っているのか、あたしにはさっぱり判らないけど、大丈夫だよ、きっと。あたしとナツキなら、許してくれるよ、きっと」
飽くまで認めないユキに、俺はため息をつく。
「俺にその気は無いが……許してくれなかったらどうなる」
「その時は……一緒に堕ちよう? 地獄に」
「ノー! 絶対に、ノー!!」
俺の事を上目遣いに見て、「ふふふっ」と笑うユキに、断固としてノーを突きつける。
俺は、明るくて穏やかな温かい家庭を築くのだ。
「――冗談だよ、冗談」
「どこまでが?」
「そこは秘密。でも、このキノコ」
そう言いながら数本取りだしたのは、俺が先ほど図鑑で調べたキノコ。
それをそのまま――。
「あっ!?」
放り込んだ。
鍋の中に。
「大丈夫だよ。このキノコだけをもりもり食べたら判らないけど、この程度でどうにかなったりはしないから。ニンニクを食べるみたいなものだよ」
「……確かに、ニンニクも精が付く、と言うが」
気分的にはともかく、ニンニクを一つ、二つ食べたからと言って、劇的に何か変わったりはしないよな。
――臭い以外。
「でしょ? ――ナツキの【薬学】で成分の抽出をして薬にすれば、また別だろうけど」
「オイ。そんな事を聞いたら、これからの食事、微妙に気になるだろうが」
「えー、でも、ナツキがやると思う? ナオが想像しているような事。――あたしには何を想像しているのか判らないけど」
「まだ言うか。けど、まぁ、杞憂か」
「そうそう。だからナオは、あたしが採取しているキノコの事なんて、気にする必要、無いんだよ?」
「よし解った」
「うんうん」
「明日からも、しっかりと見ておく事にする」
「……あれ?」
俺の返答に小首を傾げるユキだが、何故それで気にされないと思った?
気にするに決まっているだろう?
今のキノコは大丈夫かもしれないが、効果の高いキノコが無いとは限らないのだから。
まぁ、そんな事がありつつも。
ユキの作った“季節のキノコをふんだんに使ったキノコ汁”は大変美味しゅうございました。
あのちょっとヤバげなキノコも含めてな。
◇ ◇ ◇
翌日もキノコ狩りを続けつつ、目的地の渓谷に向かった俺たちがそこに辿り着いたのは、少し日が落ち始めた夕方だった。
まるで鉈を叩き込んだかのように切り立った崖。
底から崖の上まで、その高さは二〇階建てのマンションぐらいはあるだろうか。
渓谷の入り口が南東を向いているので、太陽が西に沈みかけた今の時間帯では光も入りづらく、かなり薄暗い。
「ここにあるのか? えっと……レブライト鉱石が」
「うん。この渓谷に入った、もうちょっと先……なんだけど、暗いから続きは明日だね」
「さすがに、薄暗い中でロッククライミングも無いよな」
――って事で、翌朝。
渓谷にちょうど太陽の光が差し込む時間帯に、俺たちは行動を開始した。
「入口から二〇〇メートルほど奥に入り、右側……あそこ、かな?」
そう言ってユキが指さしたのは、渓谷の右の壁、そこにあった裂け目だった。
幅は一メートルあまり。
二人並んで歩くには少々狭い裂け目が、奥に向かって続いている。
今いる渓谷自体、少し薄暗く、空気もひんやりとしているのだが、その裂け目はまた一段と暗い。
なんというか……肝試しに向いていそうと言うか……。
この世界、普通にスケルトンやゴースト、ゾンビだっているのだから、冗談にならないのだが。
もし俺に【索敵】のスキルが無かったら、尻込みしていたかもしれない。
「なるほどねぇ。ここを教えてくれた人が、夏に行く方が良いと言ってたのは、このせいかぁ」
「この薄暗さに加えて、気温も、かもな」
太陽が高い夏場であれば、この辺りももう少し明るくなるだろうし、涼しく過ごせてなかなか良い場所かもしれない。
もっとも、単に涼しいだけで、決して風景が良くて避暑地に最適とか、そんな場所ではないのだが。
「目的の場所は、この壁を二〇メートルほど登った辺り、なんだけど……見えなくはないけど、ちょっと危険?」
以前に比べて夜目は利くようになったが、それでもこの薄暗さの中で、俺たちのような素人に、安全な足場や手がかりを判断しろと言われると、考えるまでも無く危険である。
「確かにこのままでは、な」
「どうしたの?」
俺の含みのある言葉に、ユキが小首を傾げるが、俺はそれに答えず片手を上げ、とある魔法を使った。
「――『光』!」
その言葉と共に、薄暗い渓谷に光が出現し、煌々と照らし出される。
「なっ! いつの間に……」
声を上げ、俺の事をマジマジと見るユキに、俺は含み笑いを返す。
「ふふふ、いつまでも昔の俺ではないのだ」
魔法のスキルレベルを上げるために、するべき事は何か。
次のレベルの魔法を練習する事はもちろんとして、それに加えて重要なのは、魔力の操作能力を上げる事と、放出できる魔力の量を増やす事である。
つまり、魔法のレベルとは、その魔法を使う時の魔力操作の難易度と必要魔力量によって決まるとも言える。
何が言いたいかと言えば、ある属性の高レベル魔法が使えるのであれば、他の属性の低レベル魔法は比較的簡単に使えるようになる、という事である。
少なくとも、エルフに於いては。
人間とかは別。
対応する魔法の素質が必要になるので。
「そんなわけで、ほとんど練習してないんだが、これは使えるようになったんだよ」
「ズルい! さすがエルフ!」
「つっても、『小治癒』はまだ微妙だぞ?」
何となく使えているようにも思うのだが、ステータスに【光魔法 Lv.1】が表示されていないので、不十分なのだろう。
もちろん、真面目に練習すれば光魔法のレベルを上げる事もできるだろうが、とりあえず、その予定は無い。
光魔法の使い手としては、ハルカとナツキがいるし、俺が第一に練習するべきは、時空魔法である。
「そもそもユキだって、他の人間からすればズルいだろ。四系統も魔法が使えるんだから」
「うん、我ながら、そこは上手くやったと思ってる。それにポイント使いすぎて、ナツキがいなかったらちょーっとヤバかったけど」
最初、【スキルコピー】と魔法の素質以外、ほとんどスキルが無い状態だったらしいからなぁ。
もし一人になってたら、冗談じゃなくヤバかったんじゃないか? ユキって。
「でも、そんなエルフさんでも、【闇魔法】は使えないんだね?」
「あー、それな。魔道書が無い事もあるとは思うが、もう一つはやはり、身近に使う人がいないからだろうな。他の魔法は、全て他の誰かが身近で使ってたから」
時空と火は元々使えたし、水、風、光はハルカが、土はユキが使えた。
それに対して闇は、その系統の魔法自体見た事が無いのだから、今のところ、覚えるのは無理だろう。
「非殺傷魔法として、使い方次第では便利そうなんだけどな」
「対人戦闘の時は、あったら良さそうだよね。ある意味、遠慮無く使えるし」
「敵味方不詳の状態で、いきなり『火矢』をぶち込むのはマズいもんな」
もし、バンパイアになっていた加地との戦闘時、非殺傷魔法が使えていれば、もっとスマートに対応できたかもしれないし、盗賊等に襲われた場合の対処方法も変わってくるだろう。
「『隔離領域』や『停滞領域』なら、非殺傷の拘束魔法と言えなくもないけど……」
「いやー、そのへんは使い勝手、悪いだろ? 消費も重いし」
『隔離領域』は障壁によって対象を隔離できるが、隔離できるのは魔法を継続している間だけ。
やろうと思えば障壁も物理で破壊可能だし、どちらかと言えば、安全のために引きこもるための魔法である。
物理的に隔離してしまうので、時間をかけて酸欠を狙う事はできるかもしれないが、少々迂遠。
『停滞領域』はその領域の時間経過を極端に遅くする事ができるが、魔法の対象は人物ではなく、その領域。
対象を拘束しようとしてその領域に入れば、その人も影響を受けるので、これまた時間稼ぎにしか使えない。
まぁ、その領域の回りにグルグルと縄を張り巡らせ、解除と同時に捕縛する、みたいな使い方はできるかもしれないが、それも上手く魔法が発動すればである。
そんな強力な魔法、無条件に発動するワケもなく、その領域に含まれる対象に抵抗されれば、失敗する事もあるのだ。









