285 キノコ狩り? (1)
前回のあらすじ ----------------------------------
二週間後のパーティーに向けて、各自準備を行う。
ナオはユキと共に、『アジャスト』の付加を行うための素材を取りに行く。
そんな不安を口にした俺に、ユキはにんまりと笑って、ドヤ顔で胸を張った。
「おや、ナオさん。あたしの便利スキル、【マッピング】をお忘れですか?」
「……おぉ! いや、それって、こんな場所でも役に立つのか?」
確かに忘れていた。
忘れていたが、ダンジョン以外でも使えるのか、それ。
「綺麗なマップを書けと言われると無理だけど、迷わない事ぐらいはできるよ。少なくとも、方向を間違えたりしないから、遭難はしないんじゃないかな? 特に、今のあたしたちの身体能力なら」
道に迷う要因の一つに、障害物によって回り道を強いられて、方角を見失うという事もある。
それを考えれば、多少の事なら直進が可能な今の身体能力は、かなり有利とも言えるが、それは山歩きとして、正しい行動なのだろうか。
「無理をせずに迷わないのが一番なんだが?」
「もちろん、そのつもりだけどね。それに、万が一には『転移』で帰れば良いでしょ? 一定間隔で、転移ポイントは埋めてるんだから」
「まぁ、な」
転移ポイントの便利な点として、転移対象となる以外にも、離れた場所からもそれがある場所を感知できる、という事がある。
つまり、ある程度の余裕を見て転移ポイントを設置していけば、必ずどこかの転移ポイントを感知できるし、そこから遡っていけば家に帰り着く事は可能。
“余裕”の基準としているのも、今のユキの能力であり、彼女よりも転移距離の長い俺ならそのマージンはかなり大きい。
それこそ、長距離を川に流されたとか、転移ポイントを掘り起こされて持ち去られたとか、そんな事故でも起きない限り、場所を見失う心配なんてするだけ無駄だろう。
「それよりも、楽しい事を考えようよ。ほら、この辺り、ちょっと生えてる木が違うでしょ? あたし的には、キノコとか採れるんじゃないかな? と思ってるんだけど」
「キノコか……トーヤが採ってきて、インスピール・ソースを作ったりしたが、そのものは食べた記憶が無いな?」
先日、マジックキノコは少量回収できたが、あれはそのまま食べる物じゃない。
食用キノコを積極的に探していないからかもしれないが、キノコ自体、あまり見かけた記憶も無い。
いや、食べられるかどうか良く判らない小さなキノコなら、朽ち木に生えていたりはするのだが、キノコって一見すると、食欲が湧かない形だろ?
椎茸っぽいのなら、何となく美味そうかも、と思えなくも無いんだが、小さいのがわさわさと生えていても、なんだか……。
あ、ちなみにキノコの場合、【ヘルプ】では、『キノコ(食用)』と表示されたりはしない。残念ながら。
そのへんの知識は、一般常識じゃないって事なんだろう。
俺だって、日本の山に生えているキノコ、食えるかどうか判らないから、妥当と言えば妥当である。
「一応、たまに料理に使ってるんだよ? 少し前、蕎麦を作った時にも出汁として使ってたし。あまり手に入らないから、回数は少ないけど」
「そうだったのか。すまん」
せっかく作ってくれている料理、なんか漫然と食べているようで、少々申し訳ない。
「美味しく食べてくれてるなら、別に良いんだけどね。もうちょっと普通に手に入るなら、わかりやすい料理も作れるんだけど……」
「必需品って物でもないしなぁ、キノコって」
菌床栽培のキノコが、普通にスーパーに並んでいるのを見ている俺にはあまり想像できなかったのだが、キノコという物は案外保存が利かない。
干し椎茸のように乾燥させれば別なのだが、そのままではすぐに傷んでしまうのだ。
更に、採取できる量も少ない。
畑で作る物ではなく、森で自然に生えた物を採取するのだから、たくさん採れるはずもない。
もう少し余裕があれば、人工栽培をされるようになるのかもしれないが、キノコは特別珍重されているわけでもなく、高価ってわけでもない。
同じ手間をかけるなら、麦を作る方がよほど堅実で儲かるだろう。
「そう考えると、トーヤの奴、良く見つけてきたよな、キノコ」
「なんか、匂いで見つけたって言ってたよ?」
「………」
一瞬、トリュフを探すブタをイメージしてしまった。
すまぬ、トーヤ。
「トーヤは、【鑑定】が使えるから、食用キノコも判った、って話だし」
「なるほどなぁ。で、俺たちは? 俺の【ヘルプ】は使えないぞ?」
一応、マジックバッグの中に植物図鑑はあるのだが、『素人は採るな』とか、『専門家の指導の下で』とか言われるキノコ。
写真のあるキノコ図鑑を持っていてもそれなのに、少々不鮮明なイラストと文章だけの図鑑だけでキノコ狩りにトライするとか、少々リスキーである。
「当然のようにお忘れかと思いますが、ナオさん」
「はい?」
微妙に不満そうなユキに聞き返すと、彼女は再び胸を張る。
「実は私、【鑑定】が使えるのです」
「……おぉ、そういえば!」
「だよねー、忘れられてるよねー。トーヤの方が信頼できるもんねー。所詮、下位互換だよねー。ふーん、ふーん!」
「あぁ、いや、そんな事、ないぞ?」
わざとらしく拗ねるユキをフォローしようとするが、なんと言うべきか悩んでしまう。
実際、全員一緒に行動している場合、知識系スキルは最も高レベルの人以外、ほぼ使い道が無い。
バックアップとしては機能するだろうが、それは正にバックアップ。
より信頼性が高い情報があるのだから通常時には必要が無いし、必要性がある状況も困る。
「こ、こういう場面では使えるだろ? うん、無駄じゃないぞ。大丈夫、自信を持て」
「一年間で数回程度だけどねー」
確かに。
実技関連のスキルなら、また話は別なのだが、本当にこういう時にしか使えない。
「ん、んっん! さあ、キノコを探すか!」
「誤魔化した……」
咳払いをして辺りを見回し始めた俺に対して、ユキからジト目が向けられるが……諦めてくれ。俺には良いフォローが思いつかない。
「まぁー、良いんだけどぉぉ~~」
あんまり良さそうじゃない口調でそんな事を言いつつ、言っても仕方ない事は理解しているらしく、ユキもまた辺りを見回す。
その辺に生えている木には……生えていない。
ぱっと見、地面にもないし、落ち葉をめくってみてもなし。
「素人に見つけられるものなのか? 自然のキノコって」
「ま、キノコ狩りはおまけだからねぇ。目的地に行く間に見つかれば、回収するような感じでいいんじゃない?」
「了解。――ネタとしては、おかしな効果のあるキノコを持ち帰りたいところだが」
「性格が反転するとか、そんなの?」
「そうそう、そんなの。漫画やゲームでありがちな」
単なるワライタケじゃインパクトに欠ける。
性格だけじゃなく、性別とか反転するキノコとかあったら面白い――。
「じゃなかった。自分たちが被害を受けるなら、それはマズいな」
「お話としては面白いけどねー。でも、さすがにそんなキノコは……たぶん、無い」
「確実じゃないんだな」
「魔法がある世界だし? ただし、ナオたちが先日採ってきたマジックキノコみたいに、幻覚系のキノコは普通にあるから要注意」
「だよな、キノコだもんな」
山の恵みの中で、素人が手を出しちゃダメな物、筆頭だろう、キノコは。
もちろん俺だって、ユキの【鑑定】が無ければ手を出す気なんて毛頭無かった。
特別、キノコが好きってわけじゃないし。
でも、一度キノコ狩りを意識してしまうと、目がどうしてもキノコを探してしまう。
食べる方にそこまで興味が無くても、採集が楽しいっての、あるよな?
もちろん、美味ければ言う事は無い。
「……おっ、なんかマッシュルームみたいなのがあるぞ? 白くは無いけど」
木の根元、そこに積もった木の葉に隠れるようにして地面に生えていたのは、傘の丸い茶色っぽいキノコ。
サイズは親指の第一関節よりも二回りほど大きいだろうか。
スーパーで見かけるマッシュルームよりも、少し大きいぐらいである。
「マッシュルームが白とは限らないけど……。それはクマコロだね」
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