282 二一層は…… (2)
前回のあらすじ ----------------------------------
その脇の崖にある細い道を、ナツキを先頭に歩き出す。
壁に張り付いたロック・スパイダーと遭遇するが、その擬態は高度で非常に見つけにくかった。
それから、再び歩きだした俺たちだったが、ここはそういうエリアなのか、一分も歩かないうちに再びロック・スパイダーを発見。
俺が隠れている場所を指摘し、ある程度の距離を取って全員で観察してみるが、どこにいるのか判った人は皆無。
俺が「あそこ」と指さしても、首を捻るばかり。
だが、【索敵】を持っている俺自身でも、目視ではほぼ判別が付かないのだから、それも仕方ないだろう。
それでも【索敵】持ちのトーヤであれば、ある程度まで近づいて俺が場所を指摘すれば、【索敵】によって認識できるらしく、そこに向かって違わず剣を叩きつける。
ガツン!
響くのは岩を叩いたような音。
そして、脚を縮めた状態のまま、ポロリと壁面から剥がれて落ちるロック・スパイダー。
かなりの力を込めて叩いている風なのに、潰れる様子も無いのはさすが“岩”の名に恥じないが、それは背中側だけであったらしい。
地面に落ちたロック・スパイダーの腹側、岩に張り付いていた側にトーヤが剣を突き刺すと、サクリと突き通り、ロック・スパイダーはあっさりと息絶えた。
解体も腹側からやれば強い力も不要で、ユキですら簡単に魔石と出糸腺を取り出す事ができた。
残ったのは硬い死体だが、これに使い道はないので、そのまま崖下にポイ。
外骨格(?)なんて、完全に岩だし、それよりは柔らかそうな部位もキチン質っぽくて、他の魔物のように死体を持ち帰って堆肥にするには、あまり向いてなさそうである。
「なんだか、岩に張り付いた傘貝みたいね」
「うん。剥がれてしまえば雑魚だな」
「叩き落とせるだけの力があればな。たぶんトーヤ以外だと、厳しいぞ? ――いや、メアリならできるか?」
メアリはトーヤと同じタイプの剣だが、彼女以外の持つ武器は、叩くのには向いていない。
俺たち魔法使いであれば『石弾』をぶつける方法もあるが、トーヤがなんとかできるのだから、それは完全に魔力の無駄遣いだろう。
「それじゃメアリ、やってみる?」
「良いんですか? 私だと、叩く場所がはっきりと判りませんが……」
「あぁ、そうね……それじゃ、ナオ、フォローして」
「了解」
そんなわけで、次に出てきたロック・スパイダーは、俺がかなり詳細に場所を指定して、メアリに攻撃させてみたのだが、彼女の攻撃でもしっかりと、ロック・スパイダーは転がり落ちた。
ただし、トーヤの時とは違って、脚をワシャワシャと動かして逃げだそうとしたので、俺が即座に槍で突き殺す事にはなったのだが。
トーヤの時はおそらく、衝撃で気絶していたのか、ほぼ死にかけていたのか、どちらかなのだろう。
それでもたいした手間ではなく、軽くロック・スパイダーを処理しながら歩き続ける事一時間ほど。
「……行き止まりじゃね?」
「あぁ、行き止まりだな」
崖を削り取ったようになっていた細い道の先。
まるでそこで掘るのを止めたように、道が無くなっていた。
「まさか、ここから先は自分で掘れってわけじゃないよな?」
「さすがにまさかでしょ。ここで、このダンジョンは終わり、終点ってわけじゃないわよね?」
「えー! それは無いでしょ。拍子抜け過ぎだよ!」
「はい、無いと思います。少なくとも、これまで手に入れたダンジョンに関する書籍を読んだ限り――最奥まで到達したという話はわずかでしたが――そのいずれも、はっきりと終点と判る形がありましたから」
俺もダンジョンに関する本は読んでいるが、ナツキの言うとおり、ダンジョンの最奥には特に強いボスがいるとか、特別な宝箱があるとか、そんな感じで、少なくとも唐突に行き止まりになって終わり、という物は無かった。
ここが初めての、特別なダンジョン、なんてのは、都合の良すぎる考え方だろう。
「じゃ、途中の壁面に隠し扉があったりは――」
ハルカがチラリとナツキに視線を向けるが、ナツキは再び首を振る。
「少なくとも、私には判りませんでした。細かく調べていけば、もしかすると見つかるかもしれませんが……」
「さすがにそれは避けたいなぁ」
狭い部分が多かったので、かなり慎重にゆっくりと歩いてきたが、それでも一キロは優に超えている。
その壁面全部を、落下におびえながら調べ続けるのは、精神的にかなりくるものがある。
この機会にユキにも【罠知識】を覚えさせて、俺、ナツキ、ユキの三人で手分けするにしても、1人当たり数百メートルとか……やってられない。
「やるなら、せいぜい打音検査ぐらいでしょうか? それなら移動しながらでもできますし」
「俺としては、隠し扉以外の可能性を推したい。上か……」
見上げると、霞むほどに高い岩壁。
いや、事実霞んでいて、その突端は俺の【鷹の目】を以てしてもまったく見えない。
「もしくは下か……」
慎重に下を覗けば、こちらもやはり霧で霞み、底が見えない。
かなりの距離を歩いてきたにもかかわらず、ここからでも滝の姿が確認できる上に、滝壺から発生する水煙によって下が見えなくなっているのだから、その規模の大きさが弥が上にも判ろう物だ。
「これ、登るにしても、降りるにしても、あたしにはちょーっと無理じゃないかなぁ、と」
「誰か、ロッククライミングの経験がある人は……いないわよね」
「俺がやった事あるのは、ボルダリングまでだな。遊びで」
ボルダリングとは、きちんと安全管理をした上で、壁面に取り付けられた持ち手を使って登るスポーツ。
筋力こそ必要になるが、人工的に作られた物なので、きちんと掴めるようになっているし、突然崩れる心配も無い。
「それはオレもやったなぁ。というか、一緒に行ったよな、オレたち」
「私たちは見てただけだけどね」
本格的にやったわけではなく、遊びとして体験できる施設があったので行ってみただけ。
それ以外、フリークライミングも、ロッククライミングも経験は無い。
「わ、私とミーは、ちょっと無理です……」
「ミーは頑張るの!」
恐る恐る下を覗いて、すぐに首を振ったメアリに対し、ミーティアはそんな事を口にしたのだが――。
「いや、ミーティア、ここは頑張る必要が無い場面だぜ?」
「はい。この岩壁は、かなりしっかりと準備をしないと――それこそ、道具を揃えるだけじゃなく、訓練をしなければ、降りるのは難しそうです」
「そもそも降りる必要があるか、不明なんだが……ん?」
崖下を慎重に覗いていた俺の視界の端に引っかかったのは、二〇メートルぐらい下にある――ように見える道。
本当に道なのかは、判らないのだが、少しだけ降りられそうな場所が見える。
「おい、あれ、どう思う?」
「……それっぽい場所ではあるわね」
壁面を抉るような形になっているため、少し身を乗り出さないと判りにくいのだが、一人ずつ手をつかんだ状態でのぞき込めば、確かに道のような物が見える。
「あそこに降りるの? この崖の一番下まで降りる事を考えれば、まだ現実的だけど……」
「オレとしては、岩壁の所々に生えている物が気になるな。あれ、スタック・マッシュとフローニオンだぜ?」
「え~っと……あれか」
滝のおかげで湿度が高いせいか、岩壁には所々、植物が生えているのだが、トーヤが指さしたのはそのうちの二つ。
フローニオンは、壁面から下に垂れ下がるように生えているニラみたいな、ネギみたいな、緑の植物。大した特徴も無い普通の野菜?
少なくとも、危険を冒して手を伸ばそうと思うような物には見えない。
スタック・マッシュの方は、一見すると岩壁に張り付く苔。
白っぽく薄い紙みたいにも見えるのだが、一応キノコらしい。
キノコなら、岩壁に対して垂直に伸びても良さそうなものだが……風か何かの影響だろうか?
渓谷になっているせいか、かなり強い風が吹き抜けているし。
「あれって、高いのか?」
卑しいようだが、俺たちは冒険者。
金銭的収入は気になるところ。
金になるなら危険を冒す価値はある。
「見ての通り、採取が難しい物だから、普通の野菜やキノコに比べれば高いけど、所詮は普通の食べ物だからね。ボチボチ?」
俺の質問に答えたのはハルカだった。
美味いは美味いらしいのだが、イメージ的にはフローニオンがブランド野菜、スタック・マッシュがトリュフや松茸よりは一段落ちるキノコ、みたいな感じらしい。
ちなみに、崖下を覗けば生えているが、上側に目をやっても、少なくとも俺たちの手が届く範囲には、なぜか全く生えていない。
ダンジョンだけに意図的なのか、それとも別の何かの影響なのか……もしかして、ロック・スパイダーが食べていたり?
食べ物、無さそうだし、あり得ないとも言えないよな。
「でもでも、自分たち用には取っても良いんじゃないかな? 美味しいんだよね?」
「そう書いてあったわね。……見た目は、そう見えないけど」
「うん、特にキノコな」
見た目的にはキクラゲ以下である。
「少なくとも、今危険を冒す価値までは無いと思います。……今日のところは引き返しませんか?」
「だよな。もし採るとしても、下に降りられるだけの準備を整えてからだな」
「隠し扉とか無ければ、ですね」
そして、案の定と言うべきか、打音検査をしながら戻った通路に隠し扉は見つからず、俺たちは大した収穫も無く、家路につく事になったのだった。









