276 孤児院で授業 (2)
前回のあらすじ ----------------------------------
お肉をお裾分け。
そのまま帰る事はせず、しばし孤児院で過ごす事にする。
これからの時間、何をしたものかと考えながら、倉庫から出て戻ってみると、そこではなぜか、トーヤたちが子供たちに武器の使い方を教えていた。
トーヤが男の子たち(一部、女の子も含まれるが)に剣を教えるのは、ここに来た時の恒例ではあるが、そこにユキやナツキたちも加わっているのは、珍しい。
話を聞いてみれば、やはりというべきか、メアリやミーティアが冒険者として活動し始めた事によって、孤児たちの冒険者熱が触発されたらしい。
「……すみません、イシュカさん。俺たちが来ることで、冒険者に憧れる子供を増やしてしまっているみたいで」
はっきり言って、冒険者なんて、ヤクザな商売。
あんまりお薦めできるような仕事ではない。
普通の仕事に就けるのであれば、そちらの方がよほど良いのだ。
俺のそんな言葉に、イシュカさんは苦笑しつつも首を振る。
「いえ、ナオさんたちは手解きもしてくれますので、逆に助かっています。受けようと思っても受けられるものじゃないですからね、現役冒険者の指導は」
もちろん、お金を払って依頼を出せば可能なのだろうが、孤児院にそんな余裕は無く、仮に依頼したとしても、その冒険者がきちんと指導できるかどうかは別問題。
その点、俺たちは、スキルのおかげで正しい基礎がきちんと身についている。
教え方が上手いかどうかは別にしても、変な癖の付いた、独自の剣術を教えるようなことにはならないという利点がある。
もちろん、教える事で、変な自信を付けてしまう危険性もあるわけだが……。
「大丈夫ですよ。勝手な事はさせませんから」
俺のそんな心中を察したのか、イシュカさんはニッコリと笑いつつも、妙な迫力を感じさせる表情を浮かべる。
……なるほど。ここの孤児たちの行儀が良いのは、イシュカさんが尽力しているからなのか。
「う~む、ここは俺たちも、何か教えるべきか?」
乗るしかない、このビッグウェーブに! 的な?
「でも、何を? ナオの得意な槍はすでにナツキが教えているし」
「だな。そこに参加する手もあるが……」
今俺たちの周りにいるのは、そっち方面にはあまり興味が無い子たちだしなぁ。
「私なら弓だけど、これは簡単には教えられないからねぇ」
「お金、掛かるもんな」
単なる棒を使っても指導が可能な剣や槍に対し、弓の指導には、弓は当然として、矢も必要となる。
矢という物は消耗品だけに、特に孤児院ではそうそう使えるような物ではないし、練習による事故の危険性も、剣などに比べて高いだろう。
マジックバッグの中には使っていない弓もあるが、俺たちがいる時ならまだしも、孤児が自分たちだけで練習する危険性を考えれば、安易に渡す事もできない。
「槍はそんなに多くないし、ナツキだけで十分みたいだから――ナオは用済み?」
「言い方!?」
用済みは酷い。
……まぁ、実際のところ、ナツキよりも上手く指導する自信なんて無いんだが。
元の世界でも、道場で子供たちに指導を行っていたらしいからなぁ。
「ま、まぁ、俺にしか教えられない物もある。大丈夫だ」
「……何かあったかしら?」
「首を捻るな。いや、俺にしか、は言い過ぎだが、得意分野があるだろう。俺とハルカの」
むしろ使用頻度で言えば、こっちの方が多いのだ、俺は。
「得意……もしかして、魔法? 確かに、得意分野ではあるけれど……」
「魔法、ですか? よろしいのですか? 普通、魔法なんて、師弟関係にならなければ教えてもらえない物ですけど……」
俺の言葉に、少し困惑したような表情を浮かべるハルカとイシュカさん。
「そこは、ほら、俺たちって、自由な冒険者ですから」
人間社会に於いて、ではあるが、一般的な魔法使いへのキャリアパスは、弟子を募集している、もしくは弟子として引き受けてくれる魔法使いを見つけて弟子入り、何年もの下積み時代を過ごす。
その間に魔法を発動できるようになれば成功、できなければさようなら。
そんな感じである。
しかも、大半の魔法使いは、『見て覚えろ』という方針らしく、まともな指導などしてくれないらしい。
これは恐らく、“魔法の素質”という物が認識されていないからなのだろう。
素質が無ければ、いくら頑張って指導しても使えるようにはならないのだから、師匠としては指導方法が正しいのかどうかすら解らない。
結果として、“覚えられない方が悪い”と言えるような、やり方になってしまっているんじゃないだろうか。
指導しなければ、“指導方法が悪い”と言われる心配は無いのだから。
「まぁ、ちょっと教えただけで使えるようにはならないでしょうから、良くて“きっかけ”、程度でしょうか」
「それでも、もし魔法使いになれたなら、大成功です! 是非お願いします!」
「わ、解りました」
かなりあやふやな俺の台詞にも、イシュカさんは身を乗り出すように俺の手を掴んでブンブンと振る。
それほどまでに、人間たちの中での魔法使いの地位は高いのだ。
いや、高いというか、使い勝手が良い? 仕事に困らない?
“魔法が実際に使える”。
その事実さえあれば、縁故だ、何だと言われる事も無いので、孤児の職業として、かなり有利な物であるのは間違いない。
と、いうわけで、孤児たちに声を掛けて希望者を集めてみたわけだが……。
「思ったより少ないな?」
「えぇ。最初からほとんど増えてないわよね」
俺たちが倉庫に行く時に付いてきていた子供たち。
謂わば、いつも俺たちに引っ付いている子供たちが残り、トーヤたちの方からこっちに来たのは二人のみ。
実は魔法って、そんなに人気ない?
俺だったら、魔法が使える可能性が厘毛でもあるのなら、絶対に教えてもらうのに。
それとも、俺が人気ない?
だったら、超ヘコむ。
「いえ、ナオさん、単に諦めているのかと」
「そうか?」
「はい。みんな、魔法なんて使えないのが当然、って思ってますから」
そんな事を言って俺の事をフォローしてくれたのは、孤児の中では年長のゴードン。
彼はトーヤたちの戦闘訓練から、こちらに来たうちの一人である。
「ふむ、そんなものか。ちなみに、ゴードンも冒険者になりたいのか?」
「なれるだけの実力があれば、ですが。先輩たちを見ていると、普通の仕事では孤児院に寄付をできるほど、なかなか稼げないみたいですから」
暗に、冒険者である俺たちなら、それなりに寄付できているから、と臭わせるが……。
「俺たちはあまり参考にならない気もするぞ?」
まず単純な違いとして、魔法使いが四人いるパーティーとか、少なくともこのラファンでは存在しないだろう。
更に、スタート地点も異なる。
冒険者になって一年ほどの俺たちではあるが、なったその時点で、スキルの面ではベテランの域に達していたのだ。
それに慣れるだけで良かったのだから、同じように稼げると思ってしまうと、色々とマズい。
「もちろん解っています。無理をするつもりはありません」
「頼むぞ? 何かあったら、俺たちがイシュカさんに恨まれる」
念を押すようにそう言った俺に対し、異を唱えたのは意外にもイシュカさんだった。
「気にされる必要はありませんよ、ナオさん。成人した以上、すべての選択は自分自身の責任で行うものです。私たちも助言はしますが、無理に止める事はしません」
「そんなものですか?」
「はい。そんなものです。成人してしまえば、私たちが守ってあげる事もできませんからね」
なかなかに厳しいイシュカさんの言葉に、ゴードンは苦笑して肩をすくめる。
「と、いう事です。でも、神官長は結構厳しいですよ? 安易に『冒険者になる!』なんて言った先輩は、叩きのめされてますし」
「……ん?」
「あら? オホホホ」
“助言”と言った言葉は何だったのか。
しっかり実力行使してるじゃないか。
俺がチラリと視線を向けると、イシュカさんはわざとらしい笑いで視線を逸らした。
「いえ、それに耐えた先輩たちは、何とかやってますから……」
一種の登竜門なのか。
イシュカさんに叩きのめされる程度の実力なら、冒険者になるな、という。
それで生存率が上がっているのであれば、間違いとは言えないのだろうが、なかなかにバイオレンスな孤児院である。









