274 My ダンジョン
前回のあらすじ ----------------------------------
ユキと共に訪れた宝飾品店で、ハルカとペアのリングを注文する。
翌日から通常通りの仕事を再開した俺たちは、何はともあれ、俺たちの物になったダンジョンの確認に来ていた。
確認……?
ちょっと違うか。
何度も来ているわけだし、所有権の主張というのが正しいかもしれない。
目的は看板の設置。
このダンジョンに入っている人の姿を見たことは無いが、せっかく手に入れたのだから、ここはきっちりと主張しておくべきだろう。
「場所は、この辺で良いか?」
「そうね。そこにあって『目に入らなかった』は通らないでしょ」
主にトーヤが頑張って、ダンジョン入口の横に杭を打ち込み、看板を打ち付ける。
そこに書いてある内容を簡単に言えば、『ここ、及び半径六キロは私有地なので、立入禁止。不法侵入者に命の保障はない』という内容。
さすがに周囲の森に誰か入ってきたからといって、いきなり攻撃するつもりは無いが、一応、今の俺たちにはそれが認められる立場だったりする。
まぁ、せめて私有地を示すために、柵か何かで囲んでいなければ世論的にはちょっと厳しいと思うが。
「後は、入り口に柵を置けば完了、だね」
「はい。あんまり知られていないですから、大丈夫だとは思いますけど」
柵とは言っても、平均台みたいな物で、そこに進入禁止と書いた板がぶら下がっているだけ。
言うなれば、工事現場においてあるバリケードのような物である。
そのつもりがあれば簡単に跨げるが、少なくとも間違って侵入する事だけは防げるし、意図的に侵入したのであれば、俺たちとしても攻撃を躊躇わなくて済む。
「それじゃ、久しぶりのダンジョンアタック、開始しようぜ!」
「って言っても、数日は肉エリアでリハビリを兼ねた、お肉の回収だけどねー」
「メアリとミーティアの腕の確認を兼ねた、ね」
「頑張ります!」
「頑張るの!」
ハルカの言葉に、メアリとミーティアは両手を握って気合いを入れる。
予定としては、ユキが言ったとおり、数日ほどは肉エリア――ダンジョンの六、七、八層で食肉になる魔物を狩り、ギルドやアエラさんの所に卸すことになっているのだが、これは手っ取り早い現金収入と、ラファンへの肉の供給を増やす意味の他にも、ピニングで俺たちとは分かれて領兵の訓練に参加していたメアリたちの状態を確認する意味合いもあった。
これで問題無さそうであれば、メアリたちを連れて十一層以降の果物や木の実の回収を行い、二〇層のボスへと挑む予定である。
季節的には涼しくなっていることもあり、ダンジョンの先へと進むか、それともこの周辺の魔物を斃してお金を稼ぐか少し議論になったのだが、結論としては満場一致でダンジョンが選ばれた。
牛乳の売却で利益が得られることも大きかったが、決め手となったのは、果物。
前回収穫してから一ヶ月以上経っているため、そろそろ次の物が食べ頃なんじゃ? というユキの意見に反対する者は誰もいなかったのだ。
もちろんそれは俺も同じ。
ディンドルは大量にあるが、それはそれ、これはこれ。
食べ頃の果物を見逃すとか、あり得ないよな?
◇ ◇ ◇
ピニングでの訓練は無駄では無かったらしく、肉エリアで出てくる魔物、そして一対一であれば、メアリ、ミーティア共に危なげなく倒す事ができるようになっていた。
ビッグ・オストリッチだけは少しハラハラしてしまったが、二人で協力してきちんと斃していたので及第点だろう。
もっとも、メアリたちが他の魔物の乱入を気にする事無く、一対一で対峙できるのは、周りで俺たちがフォローしているからである。
なので、間違っても二人だけで冒険者ができるというレベルでは無いのだが……。
「ど、どうでしょうか?」
「ミー、頑張ったの!」
少し不安そうに見上げる二人の表情を見て、俺たちは顔を見合わせて頷く。
「うん、大丈夫じゃないかしら? これなら」
「はい。メアリなんて、力だけなら、ユキに匹敵するんじゃないですか?」
「えー、そっかなぁ? ――ちょっぴり、そんな気がしないでもないけど」
「いや、ちょっぴりじゃないだろ」
片手剣を軽々と振り回しているんだから。
今でこそユキの方が背が高く、種族差による力の差を、体格差によって何とかカバーできているが、俺たちの中で最も小柄――いや、高校生の平均からしても小柄なユキなのだ。
年齢差を考慮すると、このまま順調にメアリが成長していけば、近いうちにユキを追い越してしまう可能性が高い。
この世界にはレベルがあるため、腕力と体格が単純には比例しないが、俺たちとトーヤの腕力差を考えれば、種族差というのは案外大きいことが判る。
まぁ、つまりは、ユキがメアリ、そしてもしかするとミーティアにも、近いうちに腕力で負けてしまうのは、ほぼ確実なのである。
「いいもん、いいもん。あたしは技術で上回るからね! 負けないよっ! メアリ!」
「い、いえ! 私なんてまだまだです」
「こらこら、ユキ、メアリに張り合ってどうする。導く立場だろうが」
スキルレベルの差を考えろ。
しかも、ユキには【スキルコピー】があるんだから、総合力でメアリがユキに勝つことはほぼ不可能である。
少なくとも、俺たちと共に行動している限りは。
「ま、メアリたちに問題ないってのは、俺も同感だな。前衛は無理でも、サポートとしてなら問題ないだろう」
「前衛はオレとナツキがいるからな。『二人抜きでも対処できる』を基準にしておけば大丈夫だろ」
「って事は、2人を連れて先に進むって事で、決定?」
「だな」
「ありがとうございます!」
「ありがとうなの!」
笑顔で頭を下げるメアリと、嬉しそうにピョンピョン跳ねるミーティア。
まぁ、これでダメなら、しばらくは家で自主練になるわけで、二人としては結構ドキドキだったのかもしれない。
「それじゃ、もう少し肉を集めたらいったん帰って、準備してから先へ進みましょ」
「「はい(なの)!」」
メアリたちの現状の確認が終わったことで、それ以降は俺たちも積極的に戦闘に参加し、肉エリアの魔物を狩り尽くす勢いで――いや、事実ほぼ完全に狩り尽くして、肉を回収した。
更に復活していたボスの処理も行い、一時的にラファンへと帰還する。
そして、集めた肉の一部はアエラさんと冒険者ギルドへ卸し、あまり高く売れない肉を手土産に、孤児院へと訪れていたのだが、ラファンの孤児院は今日も変化無く、平穏だった。
何でもないと言えば何でもない光景なのだが、ケルグの孤児院で争乱直後に感じられた修羅場感、そして孤児院すら無かったダイアス男爵領の事を思い起こせば、むしろこの変化の無さこそが貴重と感じられてくる。
「あ、ナオさん! おはようございます」
孤児院を訪れた俺たちに、最初に声を掛けてきたのは神官見習いのケインだった。
「おはよう。神官長はいるか?」
「はい、少々お待ちください」
俺が挨拶を返すと、ケインはすぐに孤児院の中へと入っていった。
何度か孤児院を訪れている俺たちではあるが、実のところ世話役のケインたちと会話する機会はあまり多くなかった。
そのため、イシュカさんから紹介は受けているものの、その関係性はせいぜい顔見知り程度。
とても親しいとは言えなかったのだが、先日、俺とハルカが草むしりを依頼した関係で、その時の引率だったケインとシドニーの二人とは、ある程度会話する時間が取れ、少しだけ親しくなれたような気がする。
ある意味、この世界に来て初めての、同世代の友人……いや、友人と言うにはまだ早いか。友人候補、である。
考えてみれば、こちらの世界で同世代の知り合いって、ほぼゼロなんだよなぁ。元クラスメイトを除けば。
あと、神官補佐のセイラと正神官のアンジェがいるが、それだけ。
同世代――いや、むしろ年下に見えるアエラさんも実は年上だし。
俺たちの行動範囲が仕事に関連する範囲という事も関係しているのだろうが、俺たちと同年代の若者は、どこで働いているのだろうか……? 冒険者以外で。
「どうしたの、ナオ? 何か考え込んでるみたいだけど」
「いや、俺たちって、あんまり同年代の友人が多くないよな、と思って」
「まぁ、そうだな。トミーとかはいるけど、ガンツさんやシモンさん、あとサジウスなんかもそれなりに年上だしなぁ」
俺の言葉に、納得したようにトーヤが頷く。
シモンさんの工房とかの若手が、ちょうど俺たちぐらいか?
注文する時にはシモンさんが対応してくれるので、あんまり関わる機会は無いのだが。
「だろ?」
「でも、それがどうかしたの?」
改めてユキにそう訊ねられ、俺は少し返答に迷う。
「どうかしたってワケでもないんだが……少しぐらい、友人を作るべきかな、とか?」
俺の答えに、ユキはふむふむと頷きつつも、小首をかしげて、根本的なことを口にする。
「でもさ? ナオって、元々そんなに友達いなくなかった?」
「ぐはっ!」
そりゃ、友達多いと自慢できるような人間じゃなかったけどさ!
「あぁ、ゴメン。言い方が悪かったね。あたしたちぐらいだと、学校以外での同年代の友人なんて、あんまりいないのが普通じゃないかな?」
「ですよね。習い事とかしていれば、そこで知り合うこともありますが、ほとんどの時間を学校で過ごしているわけですし、休日もその関係の友人と遊ぶことが普通でしょうから」
フォローしてくれるのは嬉しいが、学校でもそこまで友達が多くなかったから、俺の傷は癒えないよ?
普通に会話するレベルの知り合いならそれなりにいたが、学校以外で遊んだりする相手は……わずかだな。
ま、まぁ、トーヤやハルカたちがいたから、別に寂しくは無かったけどなっ!









