273 大事なお買い物
前回のあらすじ ----------------------------------
ラファンの自宅へと帰還。
クレヴィリーで散財したので、休日は一日のみにして、各自自由に過ごす。
ナオはハルカへの指輪を買いに出掛けるが、ユキがくっついてくる。
ユキに案内されたのは、ラファンの町の行政区画、アエラさんの店から比較的近い場所にある、一軒のお店だった。
店構えからも高級店である事が解り、俺なんかではちょっと尻込みしてしまうところなのだが、ユキは気にした様子も無く店の中に入っていく。
それに引っ張られるように俺も中に入ったのだが……店の中は想像とは少し違った。
俺のイメージする宝飾品店と言えば、ガラスケースが並んでいて、その中にペンダントや指輪が並んでいて、手が出ないような値札が付いているって感じなんだが、ここにはガラスケースは当然として、指輪の一つも置かれていない。
代わりにあるのは応接セットと、上品そうな店員に、屈強な警備員らしき人。
服装こそフォーマルなのだが、漂う雰囲気が荒事専門という感じ。
戸惑う俺に対し、ユキは平然とソファーに腰を下ろすと、俺を手招きした。
あぁ、これはあれだ。
クレヴィリーで礼服を作った時と同じタイプの店。
貧乏人お断りの、あれ。
「お客様、どうぞお座りください」
「あ、どうも……」
俺を促すように笑みを浮かべ、そう声を掛けてきた店員さんは、少し年配の男性。
ネーナス子爵家の執事、ビーゼルさんほどに年齢は行っていないが、同種の上品さを兼ね備えた紳士。
そんな店員さんにまで勧められては、俺としても座らないわけにもいかない。
少々緊張気味に俺が腰を下ろすと、あまり間を置かずにお茶が運ばれてきた。
座っただけでお茶が出るお店。普通じゃない。
でもユキは、そのお茶を気負った様子も無く一口飲むと、口を開いた。
「今日は指輪を見せてもらいたいんだけど」
「指輪ですね。少々お待ちください」
いや、なぜユキが主導する?
助かるけど。
店員さんが席を外した機会に、俺はコッソリとユキに囁く。
「(こんな店に入って大丈夫なのか?)」
「(問題ないよ? 見せてもらったら必ず買え、みたいなところじゃないから。そもそも、色々検討して買う物でしょ、こういう物って)」
「(それはそうかもしれないが……)」
慣れていない上に、ちょっと小心者な俺にとってみれば、こういうお店はかなりハードルが高い。
無理に買わされる事は無いのだろうが――大丈夫、お金はある。
買うかどうかは別にして、買えるだけのお金を持っているだけで、多少の心強さを感じる。
幸か不幸か、クレヴィリーで買い物をするような時間が取れなかった俺は、比較的財布に余裕があるのだ。
心配する必要は無い、はず。
それでも緊張で渇いた喉を潤すため、俺もお茶を頂く。
うん、美味い。たぶん、良いお茶。
「お待たせ致しました」
しばらくして戻ってきた店員の手にあったのは、薄い木箱。
それをテーブルの上に置き、ゆっくりと蓋を開けると、その中には厚手の布が敷かれ、指輪が並べられていた。
カット技術の関係か、小さな宝石をちりばめるような加工はされていないのだが、逆に大きめの宝石が使われていて、はっきり言って、いずれも高そうである。
「いかがでしょうか?」
「うん、かなり質が良い宝石だね」
「ありがとうございます」
気後れする俺に比べ、ユキはごく普通に指輪を取り上げ、光にかざしてみたりしている。
持っただけでどうにかなるような物じゃない事は解っているのだが……。
とは言え、見なければ選べない事は間違いないので、俺も恐る恐る取り上げ、ユキの真似をして確認。
――確かに綺麗と言えば綺麗なんだが……ちょっと趣味じゃないんだよなぁ。ゴテゴテとした指輪ってのは。
「もうちょっとシンプルな物は無いですか? 普段から身に着けておけるような、あまり邪魔にならない物は」
「邪魔にならない物、ですか……?」
「ナオ、指輪は普通、邪魔になる物なんだよ? パーティーとかで身に付けるんだから」
邪魔になるような状況では身に付けない、もちろんそんな事は解っているのだが、俺が欲しいのは日本での結婚指輪のような、普段から身に着けていられそうな物。
左手の薬指に着けるような、そんな物である。
そんな希望を店員さんに伝えたところ、彼は「シンプルな物ですか……」と言って、考え込んでしまった。
「難しいですか?」
「あ、いえ、作る事はできますが……」
できると言いながらも、やはりちょっと渋い表情。
そんな彼の様子に、ユキは苦笑を浮かべつつ頷く。
「単純なリングだと、技術も何もないもんねぇ。うーん、リングの中に小さい宝石を埋め込むとかどうかな? それで磨き上げたら、結構綺麗じゃないかな?」
ユキの提案に店員は、ハッとしたように顔を上げる。
「それは――良さそうですね。かなりの技術が必要になりそうですが」
「えっと……そんな事、できるのですか?」
俺のイメージだと、宝石はあまり熱に強くない。
溶かした金属の中に宝石を入れたりしたらダメになりそうだし、精密加工で穴を開けて接着するっていうのも……。
「はい。当然、高度な技術が必要になりますが、可能です。魔法を使う事になるので、少しお高くはなると思いますが……いかがでしょう?」
むむむ、単なるシルバーリングとかじゃ、味気ないよなぁ。
婚約指輪としては安すぎると思うし、ここは頑張りどころ?
「……値段次第ですが、その方向で」
「ありがとうございます。リングの素材はどうしましょう?」
「どんな素材があるのかな?」
むしろ俺よりも興味がありそうなユキが身を乗り出すと、店員は別の箱を持ってきて、その中に入っていたリングのみの指輪を机の上に並べる。
「一般的には、銀、金、白金、少し高くなりますが、ミスリルですね。通常、銀以外は他の金属と混ぜて作ります。白金、ミスリルも単独で使えますが……」
と、言葉を濁す店員さん。
単独で使うと、メチャメチャ高いんですね。解ります。
「銀はちょっと面倒だよね。磨かないと曇っちゃうし。だよね?」
「あぁ、そうだな?」
シルバーのアクセサリーなんか使った事もないが、銀食器が曇る事ぐらいは知っている。
今、目の前に置かれている銀のリングは綺麗に輝いているが、きっとしっかりと磨いているのだろう。
そう考えると、普段使いとしては面倒そうである。
「そうなると、金以上だけど……このミスリルのって、凄く綺麗だけど、これって?」
「それは白金とミスリルを混ぜた物になります。ミスリルの割合は半分ほどでしょうか」
単なるプラチナリングの輝きとは違う、見る角度によっては虹色にも見えるような不思議な色合い。
これはちょっと日本では手に入らないし、ハルカに贈る物としては良いんじゃないだろうか?
あとは、普段使いとしてどうかだが――。
「これって、手入れとかは?」
「汚れれば拭く程度ですね。特別なお手入れをされなくても、輝きは変わりません」
「それはありがたいですね。注文……あ、指のサイズが解らないんだった」
候補や値段感覚だけ掴んで、実際に買うにはハルカを連れてくるしかないか。
ポケットからスッと取り出してプレゼント、みたいなスマートな事ができないのがちょっと残念だが。
だが、そんな俺に対して、ユキから予想外の提案が。
「あ、それなら大丈夫。錬金術に『アジャスト』ってのがあるから、あたしが処理してあげるよ?」
「なぬ?」
訊いてみれば、効果としてはその名の通り、ある程度までは着用者に合わせて、大きさの自動調整をしてくれる機能らしい。
調整幅はあまり大きくないので、鎧などに使うのは厳しく、アクセサリーや帽子、手袋など、あまり個人差が無い物にしか使えないようだが、それでも便利ではある。
ただし、コストは掛かるため、消耗品の手袋などに使う事はほぼ無いようだが。
「ふむ。じゃあ、頼むか」
「オッケー、任せて! ねぇねぇ、ナオ。せっかくだから、ペアリングにしたらどうかな?」
ハルカとペアの指輪か。
……うん、良いかもしれない。
「じゃあ、それで」
「ついでに、あたしとナツキにも買ったらどうかな?」
「じゃあ、それで――じゃない! 買わないから!」
「ちっ。流れで行けると思ったのに」
行かない、行かない。行かせない。
せっかくハルカと恋人同士になったのに、波乱要因を入れてたまるかい。
「えーっと、お客様……?」
「あ、すみません。リングはペアでお願いします。大きさの方は――」
「少し大きめで。小さい物を大きくする事はできないからね」
「って事です。使う宝石は――」
俺たちの関係性を掴みかねてか、少し困ったような表情を浮かべる店員さんに軽く謝り、もう少し指輪の詳細を詰めていく。
リングの素材はミスリルと白金の合金、宝石はハルカをルビー、俺はサファイアにしてもらった。
使える宝石のサイズは小さいので、その値段は高くなかったのだが、ミスリルと白金のお値段はわずかでもかなりの物。
それに技術料を加えると……うん、持ち金のかなりの部分が吹っ飛ぶね。
ちょっと震える。
いや、冷静に考えるなら、俺たちの持っている武器・防具の方が高いんだがな。
それに、トーヤみたいに一夜の夢に使うよりは、よっぽどマシである。きっと。
◇ ◇ ◇
指輪の完成までは一ヶ月ほどみてくれと言われ、俺たちは手付金だけ払い、店を後にした。
更に完成後にはユキによる加工作業が必要になるため、実際にハルカに渡せるのは一ヶ月以上先になるだろう。
けどまぁ、ハルカを連れて行くことなく買えたのは、ちょっと良かった。
一緒に買いに行くというのは、それはそれでありだと思うが、最初の指輪ぐらいはサプライズ的に贈りたい。
――ユキの言い分を信じるなら、サプライズになっているのか微妙な気はするが……ハルカはできる女。きっと気付かないふりぐらいはしてくれるだろう。
「それじゃ、ユキ、『アジャスト』の方、頼むな? 費用は請求してくれ」
「りょーかい。あたし、付いてきて良かったでしょ?」
「まぁ、俺一人だと、店も判らなかったし、入りにくかったから助かったけど……」
にんまりと笑うユキに、俺は否定もできず頷く。
実際あんなお店、日本の宝飾品店に入るよりもハードルが高く、俺一人では店の前で挫折していたことだろう。
自分が買うわけでもないのに何の気後れもしないユキの図太さ、ちょっと見習いたい。
「しかし、ユキ、ちょいちょい罠を仕掛けてくるよな?」
「えー、罠って言うほど? ちょこっと、言質を取ろうとしてるだけじゃん。別に夜這いをかけるわけじゃないし?」
「いや、そこまでやったら、色々マズいだろ!」
友情……いや、パーティー崩壊の危機である。
ユキとナツキの微妙なアプローチ(?)には特に気にした様子を見せないハルカだが、さすがにそこまでやれば、彼女だって怒るだろう。
「別に俺に拘らなくても、ユキとナツキならいくらでも相手は見つけられるだろ? 『安定』にしても、このまま行けば、十分に貯蓄できるだろうし」
「その言い方は酷いなぁ。これでもナオのこと、結構好きなんだよ?」
俺から顔を背け、ちょっと拗ねたように口を尖らせるユキの様子に、俺は言葉に詰まる。
「うっ……それは、すまん。確かに言い方が悪かった」
好きな相手に『別の相手はいくらでもいる』みたいな言い方をされたら、確かに傷付くかもしれない。反省。
相手を振る時に、『もっと良い人がいる』とか言うのはダメだって聞いたことあるし。
俺にはそんな機会、無かったけどな!
「それにね、普通の人と結婚すると、たぶん、面倒なことになりそうなんだよねぇ。【スキル強奪】の効果、覚えてる?」
「あぁ。細かいことは忘れたが、寿命を相手に譲渡して、結局死ぬって奴だよな?」
「そう。あたしとナツキって、使われている確率、高いんだよねぇ。普通の人より大幅に長生きで若いままのお嫁さん。トラブルの匂い、するよね?」
「……否定できないな」
簡単に引っ越したりできないこの世界。
隣近所との付き合いも深くなるし、いろんな事を知られているのが当たり前。
逆に言うと、不自然なことがあれば当然のように噂になる。
冒険者として各地を転々とするならともかく、そうでなければ普通の結婚など無理だろう。
「その点、ナオならエルフだし、事情も分かってるし、色々安心だよね? 先に死んじゃう心配も無いし?」
「………」
困った。
理由に納得できてしまう。
クラスメイトという手もあるんだろうが、まだ見ぬ男子は半分ほど。
生き残っているかも不明だし、まともかどうかもまた判らない。
その中から選べ、と言うのも、さすがに……。
「結婚しないって方法もあるとは思うんだけどねー。冒険者を続けている間は良いけど、引退した後がねぇ……」
引退後の生活。
まだ実感は湧かないが、いつかは訪れるわけで。
その時、俺たちはどうしているのだろうか?
結婚して子供がいる?
できれば子供や孫に囲まれて穏やかに暮らしたいところだが、ナツキとユキが結婚しなければ、子供はいないわけで……。
「ま、今はハルカが大事だろうし、無理を言うつもりは無いから、ちょっとだけ考えておいてくれると嬉しいかな?」
そう言って微笑むユキではあったが、俺としては微妙に追い込まれているような気持ちになるのであった。
土曜日に更新するとか書きましたが……寝るまでは土曜日だよね?
……厳しいか。
全部PCの不調が悪いんや~。
来週までには、安定していると良いなぁ……。
一応、火曜日からはいつも通りの定期更新に戻ります。









