267 続・事件調査 (2)
前回のあらすじ ----------------------------------
ナオたちとナツキたちが合流。
ナツキたちが集めた情報で、考察する。
翌日、俺たちはトーヤたちが目を付けたという冒険者に会うため、冒険者ギルドを訪れていた。
行き違いになったりしないよう、普段あまり来ることの無い早朝から来てみたのだが、やはりピニングの冒険者ギルドも早朝は人が多い。
邪魔にならないよう、ギルドの外で人の出入りを監視しつつ、人が少なくなるのを待ち、中へ。
俺たちが見張っていた範囲では、目的の人物が中に入った様子は確認できなかったが、一応、受付嬢にも確認。やはり来ていなかった事を聞く。
その後、ギルドに置いてあるテーブルに座って待ち始めた俺たちだったが……。
「来ないわね」
「来ないな」
俺たちがここに座って既に数時間。
もう昼が近い。
「まぁ、場合によっては数日に一度、らしいですし……」
俺とハルカの言葉に、少し困ったように微笑むナツキ。
ちなみに、トーヤとユキは、何か美味しい物でも買ってくると言って、出掛けていった。
クレヴィリーとは違うので、見つかるかどうかは不明である。
「下手すれば数日、このままか……。手分けして、この娘、探した方が良いか?」
ナツキに見せてもらった似顔絵の娘。
なかなか可愛い娘で、生きているなら、できれば助けてあげたい。
だが、実際のところ……。
あまり酷い状況じゃなければ良いんだが……。
「問題は、どちらが早いか、よね。う~ん、ちょっと反則気味だけど、その、グッズさん? その人の方を探してみる?」
ハルカは腕を組み、少し考え込み、そんな提案をしてきた。
「ん? 探してコンタクトを取るって事か?」
別にそれは、反則って事は無いと思うが。
「そうじゃなくて。グッズさんの行動を調査するって事。二ヶ月も調査を続けていたのなら、その行動に傾向はあるだろうし、その姿を見ている人も多くいるはず。彼自身はべつに隠れているわけじゃないから、行方不明者を探すより、追跡しやすいでしょ?」
「つまり、グッズさんがどのあたりで活動していたか、どんなことをしていたかで、彼が付けていた目星などを知るわけですね」
「……なるほど。確かにそれは、少し反則っぽい」
地道な調査は人任せ、絞り込みが終わった後で成果をかっさらう。
もちろん、彼がしっかりと調査していることが前提なのだが、トーヤたちの話を聞くと、ある程度の目星は付いている雰囲気だったので、意味はありそうだ。
「もちろん、それで上手く片が付いたら、報酬は彼に渡しても良いと思うけど。それで私たちが報酬をもらうと、さすがに心苦しいし」
「うん、同感。さすがに二ヶ月頑張った事を思うとなぁ。あと、俺としては早く片付けたい」
「ですね」
領主の館に泊まっているから、宿代こそかからないものの、自宅に比べれば正直落ち着かないし、その間、収入が無いのもちょっと困る。
クレヴィリーでかなり散財したからなぁ……。
そんなわけで方針転換をした俺たちは、トーヤたちが買ってきた物を食べた後、受付嬢にグッズへのメッセージを頼み、彼の捜索を始める。
さすがに二ヶ月間も調査を続けていたこともあり、ナツキの持っている似顔絵を見せて、グッズの特徴を話せば、案外簡単に情報を集めることができた。
その結果、最近彼が頻繁にうろついているエリアまでは絞り込むことができたのだが、残念ながらそこを歩き回っても、彼の姿を確認することはできず。
更に、彼が定宿としている場所も見つけたのだが、そちらにも姿はなし。
その頃には日が落ちてきたこともあり、一度ギルドに戻って受付嬢に話を聞いてみたが、やはりグッズは姿を見せておらず、その日の捜索は終了となった。
◇ ◇ ◇
「しかし、グッズはあそこで何をしていたんだろうな? あの辺りは住宅街だろ?」
「普通に考えれば、あの辺に監禁場所がある、とかなんだろうが、ちょーっとイメージと違うよなぁ。犯罪者なら、もっと治安の悪い、あばら屋的な場所をアジトにすべきじゃね?」
今日の調査で判ったグッズの行動範囲。
それを総合して見れば、彼が目星を付けていたのは住宅街の一角である可能性が高かった。
そのあたりは、貧民層でも、上流階級でも無い、一般的な住宅街。
トーヤの微妙に偏見入った言葉はともかく、物語にありがちな、悪徳貴族が美人の女性を攫っているとか、貧乏人が犯罪に手を染めているとか、そういう雰囲気の場所では無い。
「もうちょっとお店があれば、話を聞けたんだけど、通行人となると……少し難しいわよね」
店の店員は、俺たちがギルドカードを見せて、『領主から依頼を請けて行方不明の調査をしている』と話せば概ね協力的だったのだが、通行人の場合は少々話が聞きづらく、『急いでいるから』と立ち去られることもままあった。
まぁ、当然と言えば当然。
彼らだって真っ昼間から、のんびりと散歩をしているわけもなく、大抵は仕事中。
俺たちのために時間を取ってくれと言っても……難しいよな。
一応、ハルカや俺が話しかけると、そこまで反応は悪くないのだが……外見補正だな。うん。
聞き込みが上手く行ったのも、かなりの部分、それが影響していそうな気がする。
俺だって、怪しげな刑事なんかに話を聞かれるより、可愛い女の子に話を聞かれる方が口が軽くなるもの。仕方ない。
俺としては、女性の反応が良いのがなんだかむずがゆいのだが……便利だから良いか。
「ですが、これでクラスメイトが関わっている確率は、かなり高くなったようにも思えます」
「そうなのか?」
「誘拐して監禁しているのであれば、という前提ですけど。普通の住宅街で、周りに気付かれないように人を運び込んだり、気付かれないように監禁し続けるのは、普通であれば難しいと思います。ですが、魅了ができるのであれば、それらは解決しますよね?」
「そうね。まぁ、日本の現代みたいに周りに無関心なら別だけど、ここはそうじゃないしね」
マンションで隣の部屋に住んでいる人の名前すら知らない、表札すら出していないなんて、日本の都会では珍しくないが、ここは違う。
俺たちだって、薄いながらも隣近所とは付き合いがあるのだ。
ディオラさんにアドバイスを受けたからではあるのだが、引っ越した後には挨拶に行ったし、たまにちょっとした物のお裾分けをすることもある。
自分たちで採ってきた物だから元手はあまり掛かっていないし、その程度で防犯の役に立つのなら安いものだ。
「誰か、領兵を借り受けるか? それなら通行人も話さざるを得ないだろ」
「それなら、素直に周囲の家に聞き込みすれば良いじゃん。さすがにあたしたちが尋ねていって話を聞くのは不審だけど、領兵ならそれができるんだし」
「なるほど。それにここなら、捜索令状も不要だよな……」
怪しそうなら、強引に家の中にも侵入できる。
それがこの世界。
そのあたり、上手く運用できるのなら、民主主義じゃない国の強みではある。
「確かにそれなら、色々と早く片は付きそうよね……。うん、それで相談してみましょ」
◇ ◇ ◇
翌日、俺たちと共に住宅街を歩いていたのは、サジウスだった。
忙しいはずの領兵の隊長が、なぜ俺たちに協力することになったかと言えば、もちろん俺たちの捜査にかける意気込みに感動した――わけではない。
俺たちの意見や渡した情報から、他の領兵だと、もしもの時に足手まといになりそうだからというのが大きな理由。
そしてもう一つの理由は、今日一日も訊き回れば、何らかの目処は付くと思われたから。
何日も拘束するようなら、さすがにサジウスは引っ張り出せない。
今回の事が上手くいかなければ、サジウス抜きで再度別の方針を立てる必要があるだろう。
面倒くさいことに。
なので、今日のうちにけりが付かなかったとしても、せめて何らかの手がかりは掴んでおきたいところ。
「この辺り、なのか? 死体が見つかったいずれの場所とも、離れているな」
俺たちが連れてきた場所に立ち、サジウスは少し意外そうに周囲を見回す。
時間帯は朝で、これから仕事に行く人たちなのか、人通りはそれなりにあるが、特別騒がしいわけでもなく、平穏な住宅街。
耳を澄ませば民家からは、家事をしているような生活音が聞こえてくる。
「そうなんだよ。オレたちも、グッズがいなけりゃ、ここに来ることは無かったな。少なくとも、短期間のうちでは」
「ふむ。上手く片が付いたら、褒美でも出してやるか……?」
昨日の調査で、グッズが注目していた区画ぐらいまでは絞り込みができている。
だが、個別の家までは特定できていない。
そこで俺たちは、その区画の周辺の家から聞き込みを開始した。
ありがたいことに領兵のご威光はなかなかのもので、多少忙しそうでもきちんと話を聞いてくれるし、知っていることはペラペラと喋ってくれる。
そして、やはり近所づきあいはしっかりとあるようで、近所に住んでいる人の職業や家族構成、生活形態、下手したら夕食のおかずまで把握していたりするのが凄い。
そうやって対象の区画に近づいて行くにつれ、浮かび上がってきたのは一軒の家。
その区画の中では少し大きめの民家で、商売で少し成功した夫婦が数十年前に建てた家らしい。
その夫婦はすでに亡くなり、現在そこに住んでいるのは二〇歳前後のその娘。
一人暮らしながら、親が残したお金があるため、それなりに余裕のある生活を送っているらしい。
だが最近、その娘の様子が少しおかしい。
姿を見かけないわけでは無いのだが、その回数は明らかに減っていて、小さいながらも丁寧に手入れされていた庭も、現在は荒れ気味。
近所の人たちの中には彼女の両親に世話になった人も多く、時折心配して声を掛けているらしいのだが、返ってくるのは『大丈夫ですから』という答えのみ。
そう言われてしまっては何もできず、困っている――。
聞き込みの結果判ったのは、そんな情報だった。
「……いや、もう、当たりじゃね? 踏み込んで良くね?」
情報を総合すると、トーヤがそう結論を出すのも仕方の無いところだろう。
俺も思うし。
いや、日本だったら無理だろうけどさ。
「そのあたりどうですか、サジウスさん?」
ナツキに話を振られたサジウスもまた頷く。
「中に踏み込むこと自体は、業務の一環として問題ないぞ。だが、お前たちから聞いた話が正しいなら……少し不安があるな」
「一応、サジウスにも対抗魔法はかけるつもりだが……神頼みもしに行くか? サジウス、信仰は?」
調べてみたところ、ピニングの町にもアドヴァストリス様の神殿はあったため、気休め程度ではあるが、俺たちは早朝のうちに礼拝を済ませていた。
なので、サジウスにも聞いてみたのだが、彼は首を振る。
「生まれた家の近くにイグリマイヤー様の神殿があったから、親しみがあるのはイグリマイヤー様だが、信者というわけではない。こんな時だけ加護を願っても、ダメだろう」
神様が実在するこの世界ではあるが、この国の場合、思った以上に熱心な信者という存在を見かけない。
神殿の近くを通れば立ち寄って、お賽銭を入れ、祈りを捧げる。
しかし、熱心に宗教行事に参加したり、厳密な戒律を守ったり、『神のご意志だ!』などというような偏執なところは無い。
信じていないというわけでは無く、神に縋ったりしないというか……日本人の感覚にも近い物があり、俺たちとしては結構やりやすい。
もちろん、神が実在している以上、日本ほどに緩くは無いのだが。
「それじゃ、もし戦闘になった場合は、サジウスには後ろに下がっててもらおう。でも、もし魅了されたりしたら、ちょーっと、手荒く止めることになるかもしれないから、その時はゴメンね?」
「……できれば手加減して欲しいがな。まあ、仕方ない。受け入れよう」
ウィンクしながら手を合わせるユキを見て、サジウスは苦笑しながらも頷いた。









