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264 事件調査 (3)

前回のあらすじ ----------------------------------

サジウスから話を訊き、関連資料をもらう。

資料からは大した手がかりを得る事もできない。

翌日はひとまず死亡事件の現場に行くが、そこでも何も見つからない。

「刑事ドラマなんかだと、“現場百遍”とか言うけどよー、素人が何回訪れたところで、意味ないよなぁ」


「聞き込みも、不調だしねぇ」


 翌日、ナツキたちは死体が見つかった場所を回っていたのだが、その結果はトーヤの言葉通りで、なんの成果も出ていなかった。


 トーヤたちに遺留品捜査などの技術が無いのは勿論として、現場の保存もされていない状態で、そんな物が残っているはずも無い。


 一応、領主から依頼されているという立場と、ナツキの容姿やユキのおしゃべりの上手さから、話自体は問題なく訊けるのだが、それが事件解決に繋がるかと言えば別問題である。


 話を訊く対象の似顔絵すら用意できていないのだから、訊く内容も非常に曖昧になるし、そもそも庶民は時間感覚がかなり大雑把なのだ。


 “何月何日に何をしていた”なんて覚えていないし、そもそも時計を持っていないのだから“何時頃”なんて訊いたところで答えられるはずもない。


 その上、判明している範囲の死亡推定時刻は日が落ちた後。


 昼間であればまだ“何回目の鐘が鳴った後”と言えるのだが、一日の最後の鐘が鳴るのは日が落ちる時。日が落ちた後は、より時間が曖昧になる。


 更に言えば、防犯カメラも無ければ、都合良く通行人がスマホで映像を撮っていたなんて事も無いわけで、確実に現代日本で捜査するよりも難しいだろう。




 死亡事件の現場を回った後、ナツキたちは行方不明の方の調査に移った。


 その日とその翌日、翌々日も使い、関係者に話を訊いて回ったのだが、残念ながらその結果も、同様に不調に終わる。


 その中で唯一の成果と言えるのは、一人の女性の所在が確認できた事だけである。

 残りの九件の状況は以下の通りであるが、いずれもかなり曖昧な情報でしかない。



 ・少し目を離した間にいなくなっていた(男・八歳)

 ・大家が家賃の請求に行くと誰もいなかった(男・三三歳)

 ・仕事帰りに酒を飲みに行くと言って別れた後、不明(男・四一歳)

 ・友達の所に行くと言ってそのまま不明(女・一二歳)

 ・夕食の買い物に出掛けたまま帰ってこなかった(女・一三歳)

 ・一人暮らしの娘を訪ねるといなくなっていた(女・一六歳)

 ・知り合いが家を訪ねるといなかった(女・二一歳)

 ・しばらく仕事に来ないので、家を訪ねたらいなかった(女・二四歳)

 ・知り合いが家を訪ねるといなかった(女・三二歳)



 ナツキたちは自分たちの部屋に戻り、これらの情報を見ながら頭を悩ませるが、そう簡単に良い考えなど出るはずも無く、トーヤなどベッドに身体を放り投げてお手上げ状態である。


「一件、減らす事はできたが……こうして見ると、行方不明の状況がはっきりしている方が少ないよなぁ」


「現代人みたいに、きっちり時間に沿って動いてるわけじゃないからねぇ。それこそ日雇いとかなら、仕事に来なくてもおかしくないし、家族と一緒に住んでなければ、なかなか判らないでしょうね」


「年齢層が低いようにも思えますが、傾向というほどかどうかは難しいですね」


「日本に比べ、若い人が多いからね。正しい人口ピラミッドというか……若年層が多ければこの結果もおかしくない気もするね」


「そもそも、オレたちが二日半ほど訊いて回って何か判るなら、既にサジウスたちが見つけてるよなぁ。オレたち、べつに捜査のプロじゃねーんだもん」


「ネーナス子爵が、どの程度期待しているのか、という部分はありますよね」


 ナツキたちの教育レベルや知識量を考えれば、普通の冒険者に頼むよりはよほどマシだろうが、その程度でどうにかなったりしないのが犯罪捜査である。


 なるのであれば、日本の警察も苦労はしない。


「そもそもさ、誘拐犯がいるという前提で調べてるけどさぁ、べつに確実じゃないんだろ?」


「確実ではありませんが、しばらく所在不明で、その後、死体で、それもほぼ確実に他殺体で見つかったのは事実です」


「あ、そっか。少なくとも殺人犯はいるんだよな。その所在不明の期間、誘拐されていたと考えるのは自然か……その二件、どっちも女だったよな? てことは、女が狙われてる?」


「誘拐と考えるなら、女性と子供が狙われる危険性は高いよね、うん」


「まぁ、身代金が得られるような相手ではないですし、こう言っては何ですが、成人男性を攫ってもメリットは薄そうですよね」


 行方不明になっているのはいずれも平民。


 貴族や大商人とは違い、身代金を請求したところで払える額はたかがしれているし、受け渡しの時に捕まる危険性を考えれば、デメリットの方が多い。


 他国であれば、奴隷として攫うということも考えられるが、奴隷が禁止されているこの国ではリスクが大きく、他国に連れ出すにしても手間が掛かりすぎ、それこそ身代金狙いよりもデメリットが多いだろう。


「あと、この中でオレが他に気になったのは……“女・一六歳”の件だな。サジウスも指摘してたけどよ」


「えーっと……あぁ、家族からかなりの塩対応されたとこだね」


 行方不明になった女性が最後に目撃されたのは所謂色街で、そこを男性と一緒に歩いていた事が判っている。


 その男性はその色街で死体で見つかり、女性の方は行方不明。


 女性の家族は、彼女が痴情の縺れで殺してしまったのではないかと考えていて、トーヤたちが話を訊きに行っても、関わらないでくれといった調子で、あまりまともな情報は得られていなかった。


「状況的には似てますよね」


「……そのうち、死体で見つかったりしねぇよな?」


「できれば、そうなる前に解決したいよね。別に、同じ事になると決まったわけじゃないけど」


 トーヤたちがサジウスから受けた説明では、男の死体が見つかってから二ヶ月あまりほど経って、女の死体が用水路で見つかっている。


 トーヤの指摘した女性が行方不明になったのも、およそ二ヶ月ほど前。

 彼が気になるのも当然だろう。


「でも、現状だと全く犯人像も浮かんでないし、犯人捜しもできないんだよねー。せめて容疑者でもいればねぇ……。トーヤ、名探偵のじっちゃんとかいないの? じっちゃんの名に掛けて的確な推理してよ」


「いねぇよ。そもそも、どっかに出掛ける度に事件に遭遇するような危険人物、親戚に欲しくねぇ」


「あー、確かに日本の名探偵って、そういうところ、あるよね。因果律が歪んでるって言うか。シャーロックの人なら、そんな事ないのに」


「あちらは探偵としてまともですよね。基本、持ち込まれた事件を依頼として解決しますから。日本の探偵はなぜか現場に居合わせる、巻き込まれ型が多いというか」


 そんな人物が親戚にいたら、盆と正月の度に親戚の人数が減っていきそうである。


 もっとも、現実の探偵をベースにしてしまうと、その大半は地味な調査ばかりなので、“名探偵”なんて生まれる余地も無くなるのだが。


 せいぜい産業スパイの摘発とかそのレベルまでで、殺人なんて完全に警察の領分である。


「あえて犯人を予断するなら、クラスメイトが候補に挙がりますが……完全な憶測ですね。何ら手がかりも無いんですから」


「事件が起きてるのも春からだしねぇ。あ、いや、その少し前の冬になるのかな?」


「それでも数ヶ月のブランクがありますよね、私たちが来てから」


 ピニングで死体が見つかり、最初にサジウスが調べた事件。

 その被害者がケルグでいなくなったのが冬のこと。


 その後、ピニングに来て事件に巻き込まれたのか、それともケルグにいた時点で既に巻き込まれていたのか。


 それは現時点では不明だが、ケルグで巻き込まれていたとしても、ナツキたちが転移して来てからは三ヶ月ほど時間が空いている。


 その事を考えれば、“クラスメイトが転移したから事件が発生した”とするには、少し根拠が弱い。


 いや、仮に時期が合っていたとしても、それだけで決めつけてしまえば、正にナツキの言うとおり、憶測である。


 再び、資料を眺めながら沈黙するナツキとユキ。


 そしてその間、トーヤの方は、何か考えているのかいないのか、ベッドの上であっちへゴロゴロ、こっちへゴロゴロ。


「……この状況ですと、犯人を捜すより、行方不明になった人を探す方に注力する方が良いでしょうか? そちらが見つかれば、その周辺に犯人がいる可能性は高いはずです」


「うん、それは良いかも? 少なくとも、行方不明になった人の顔と名前は判ってるわけだし。……似顔絵、描ける人、探さないとダメだけど」


「ま、素人のオレたちが推理したところで、答えが出るはずもねぇよな。けど、やるならハルカたちが戻ってからじゃね? もし上手くいって、犯人に遭遇したらヤバいし」


「そっちの懸念もあったね。明日には帰ってくるかな?」


「順調にいっていれば、そうですね」


 ハルカたちが出発する時点では明確に予定を決めていなかったのだが、目安としては行き帰りに一日ずつ、採取に二日から四日程度とは話し合っていた。


 採取を二日で終わらせていれば今日にも戻ってくるはずだが、既に夕方になっている現時点で戻っていない以上、明日、もしくは明後日ということになる。


「そういえば、冒険者に対して捜索依頼を出していたのは、この九件の中で一件だけでしたね」


 現状残っている行方不明事件九件のうち、領兵が調査する前に届け出があったのが四件、更にその中で独自に冒険者ギルドへ依頼を出している物が一件。


 日本の警察でも、単なる行方不明だとあまり熱心に調べてはくれないという話があるが、こちらの場合は、それ以上。


 今回のようなことが無ければ、ほとんど調べることも無く、死体が見つかった場合に届け出があった人物との照合を行うぐらいのものである。


 それ故、本当に探そうと思うなら、自分たちで探すか、冒険者ギルドに依頼を出すかしなければ、どうしようも無いのだが……。


「お金の問題なんだろうね。なかなか人を雇うようなお金、出せないよ、庶民だと」

「日々の生活でギリギリ、という人も多いですからね」


 唯一、冒険者ギルドに捜索依頼を出したと言われたのは、“女・一三歳”の一件。


 ここは家が小さいながらも商店を営んでいて、かなり無理をすることで、なんとか依頼料を捻出したらしい。


「他にも、一二歳の女の子と、八歳の男の子がいましたね。子供は助けてあげたいですが……」


「半ば諦めているような雰囲気はあったよね、話を訊くと」


「はい。特に男の子の方は、もしかすると……」


 ナツキはそう言って言葉を濁したが、実際の所、この世界で子供を捨てる、もしくは間引くという事例はそう珍しくなかったりする。


 食べられる物が足りない場合、働ける大人と働けない子供、どちらを“処分”するかとなれば、選ばれるのは子供なのだ。


 現実として、働ける大人を処分したところで、なんの足しにもならないどころか、逆にマイナスなのだから。


 ネーナス子爵領であれば、それなりに機能している孤児院があるため、そこに預けるという方法も取れるのだろうが、ある程度分別が付く八歳ぐらいの年齢となると、逆に少し難しい。


 同じ街の孤児院に預けて、勝手に戻ってこられるのも困るし、普通の人では別の町まで連れて行くこともできない。そうなると、取れる手段はあまり多くないのだ。


「……ま、明日は冒険者ギルドに行ってみましょ。依頼を出しているなら、何か情報があるかもしれないし」


「そうですね」


「よっしゃ! それじゃ、今日はもう片付けようぜ。あんま悩んでも仕方ないだろ!」


 少し暗い表情で言った女性二人に対し、トーヤは気分を変えるようにベッドから飛び降りると、広げていた各種資料をまとめ始めた。


 そんなトーヤに倣うようにナツキたちもまた資料の片付けを行っていると、そこにメアリたちが戻ってきた。


「ただいま戻りました」


「戻ったのー」


「お帰りなさい。今日も、イリアス様の?」


「はい。午前中は訓練に混ぜてもらって、午後はお勉強と……あと、お茶とお菓子も頂きました」


 ナツキたちが調査を行っていたここ数日、メアリたちはナツキが言ったように、領兵の訓練に参加し、その後は基本的にイリアスと共に過ごしていた。


 イリアスとの仲も、護衛依頼の行き帰りの馬車の中、多くの時間を共に過ごしたことでかなり深まり、気安く話せる程度にはなっている。


 ガチガチの貴族なら眉をひそめるのだろうが、ネーナス子爵はそのあたりあまり拘らないようで、特に問題になっていない。


 それどころか、逆に推奨しているような雰囲気すらある。


 その思惑が那辺にあるのかは彼にしか解らないが、少なくともメアリたちが参加するようになって、イリアスの学習意欲が増していることは間違いない。


「訓練はどんな調子だ?」

「はい、皆さん、優しいですよ。もちろん、訓練自体は厳しいですけど」

「楽しいの!」


 実際、領兵たちからすると、明らかに自分たちよりも強いトーヤたちに比べ、メアリたちの強さは()()()


 自分たちよりは弱いので自尊心が傷つけられることもなく、弱すぎて相手にならないと言うほどには弱くない。


 それでいて獣人故に体力はあるので訓練にはしっかりと付いてくるし、小さい女の子でもあるので、かなり可愛がられているのだ。


「トーヤさんたちの方はどうですか?」

「さっぱりだなぁ。やっぱ、簡単に解決できるなら、既に片付いてるよな」


 お手上げとばかりに両手を上げるトーヤに、メアリは少し困ったような表情を浮かべる。


「私も冒険者になったら、そういう仕事、出来るようにならないといけないんでしょうか」


「大丈夫なの、お姉ちゃん!」


「ミー?」


「ミーが冒険者になったら、そういう依頼は受けないの。魔物をバシバシ斃してお金を稼ぐの!」


 首をかしげるメアリにミーティアは元気に応えると、ギュッと握った右手をブンブンと振って強く主張する。


「そうですね。賢いですね、ミーティアちゃんは」

「エヘヘ」


 ニッコリと笑ったナツキに褒められ、ミーティアが照れたように笑う。


 もっとも、ナツキたちの場合、自分たちで選んでこの仕事を請けたわけではなく、半ば引き受けざるを得ない状況になっていたわけなのだが。

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