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260 ディンドルを手に入れろ (2)

前回のあらすじ ----------------------------------

ラファンに到着、冒険者ギルドでディオラに報告。

アエラもディンドル採取に誘うが、店の関係で参加するのは最終日のみ。

 翌日、俺とハルカは、朝早くから森へと向かった。

 道中で出現したタスク・ボアーはしっかりと斃して、回収しておく。


 思えば、東の森へ入るのも久しぶりだし、タスク・ボアーを狩るのも久しぶりである。


 あえて狩る必要が無いと言えば無いのだが、去年のこの時期に食べたタスク・ボアーは、ディンドルの実を餌にしていたためか、かなり美味かった事を思いだしたのだ。


 俺一人でも、槍の一突きであっさり斃せるようになったあたり、成長している事を感じられて少し嬉しくなる。


「去年の今頃は、『来年はもっと稼げる仕事を』と言ってたけど、結局、同じ仕事をしてるわね?」


「目的は随分違うけどな」


 あの時は純粋にお金のため。

 今回は、ほぼ完全に趣味というか、俺たちの食生活のためである。


「ゴブリンを斃せるか、とも言ってたけど、今じゃ雑魚だもんね」

「精神的にもタフになったよな」


 グロはダメだったのに、人間、必要性があれば慣れるものである。


 そんな雑談をしつつ、一年前と比べると随分と気楽に森の中を歩き、一本目のディンドルの木まで到着。


「やっぱり、採りに来ている人はいないみたいね」

「あぁ、たくさん生っている」


 見上げれば、頂辺付近に生っている実がたくさん見える。


 周囲の地面にもいくつか転がっているが、やはりタスク・ボアーなどが食べるのか、その数はあまり多くない。


「それじゃ、登りましょうか。今回は、ロープ無しでも大丈夫かな?」

「上がった後、命綱だけ付ければ良いだろ」


 さすがに一番下の枝まで跳び上がる、なんて事まではできないが、身体強化などもできるようになった今の俺たちであれば、木登りも随分と楽になっている。


 スルスルと頂辺まで到達したら、命綱を結んでディンドルの回収を始める。


 今回は量なんて気にせずにマジックバッグに放り込んでいけば良いので、一番上から軒並み回収。


 一時間もしないうちに、食べ頃の実はすべて採取し終えていた。


「思った以上に順調ね。これだと、今日一日で三本ぐらいは回れそうじゃない?」


「だな。問題は、そうすると三日目に回る木が無くなる事だが……」


「ナオ、ちょっと頂辺から頭を出して、辺りを見回してみたら? ディンドルの木は明らかに周りから飛び抜けているから、見つかるんじゃない?」


 俺たちが実を採取していたのは、頂辺付近とは言っても、周囲に葉っぱが茂っているので、見通しはあまり良くない。


 なので、一番上まで登って、その更に上に頭を出せというハルカの言い分は理解できるのだが……。


「かなり幹が細いんだが?」

「ガンバ♪」

「……はい」


 可愛くガッツポーズをするハルカにバックパックを預け、細くなっていく幹を上がっていく。


 かなりしなやかさはあるので、いきなりポッキリとはいかないだろうが、高さが高さである。


 当然吹いている風もまた強く、幹の先端はメートル単位でユラユラと揺れる。


 もしディンドルが、“木の先端に生る”という特殊な果樹でなければ、先端部分をザックリと切り落として、見通しをよくしているところである。


「これ、エルフじゃなかったら、ちびってるぞ、絶対!」


「大丈夫。もしナオが粗相しても、私は好きでいてあげるから! 『浄化』もあるわよ!」


「そいつはどうも!」


 嬉しいような、嬉しくないような。

 でも、マジでちびりそうなほど怖い。


 高層マンションの屋上、その端っこでしなやかなポールに登っているようなものだぜ、これ!


 飛行魔法でもあれば良いのに!


 だがそれでも、エルフの種族特性は伊達ではないようで、足を滑らせたりする事もなく、無事に樹冠の上から顔を出す事に成功する。


「うわぁ……」


 思わず言葉を失う。


 実を採取している時の、葉っぱの隙間から見える風景とは全然違う、三六〇度に広がるパノラマ。


 高さだけで言えば、日本にいた時には、ここよりも高い展望台に上った事があるわけだが、感動で言えばこちらの方が何倍も上である。


 現在進行形で吹きさらし、足場がめっちゃ揺れている事もまた影響しているのかもしれないが。


「ナオ、どうなの。見つかった?」

「あ、あぁ。あるな」


 視界に広がる森。


 そこから頭一つどころではなく、にょきっと突き抜けるように生えている木が何本も見える。


 あれは間違いなくディンドルの木だろうが、問題は……。


「どうやって場所をメモるよ?」


 場所を覚えられるほど記憶力に自信は無いし、ブオンブオンと揺れているこの状態で、手を離してメモを取るような根性――いや、無謀さは持ち合わせていない。


「幹に、ロープで身体を結べば良いでしょ」

「……いや、それでも十分怖いんだが」


 とは言え、他に方法も無い。

 やや過剰なほどグルグルと身体にロープを巻き付け、しっかりと固定。

 頑張ってメモを取る。


「この方向が北で、現在地を基点として、方角が……」


 場所を完全に記す事なんて無理なので、今いる場所を基点として、それぞれの木がある方向、それと距離の目安を記していく。


 ディンドルの木はとにかくデカいので、ある程度の方向が判り、多少見通しの良い場所があれば案外たどり着けるのだ。


「……こんなものか」


 メモをしっかりと懐に収めると、ロープをほどいてハルカの元へ。

 揺れが少ない場所まで降りてきて、ホッと息を吐く。


「ミッション・コンプリート。ご苦労様」


「あぁ。なかなかにスリリングだったぞ? その分、景色は良かったが……ハルカも見てくるか?」


 冗談でそう言ったのだが、ハルカは少し考え込んだ。

 え、行くの? 景色が良かったのは嘘じゃないが、かなり怖いのに?


「……じゃあ、ちょっと見てくるわ」

「お、おぅ。気を付けて」


 マジか。

 そんな俺の戸惑いも他所に、ハルカはスルスルと登っていく。

 別に揺れが止まっているわけでもないのに。

 そしてしばらくすると、再びスルスルと降りてきた。


「確かにすごく良い景色だったわね。ナツキたちにも見せてあげたいところだけど、ここまで登ってくるのは難しいかしら?」


「かもな。――というか、怖くなかったか? あれだけ揺れていて」


「ナオが上がった後だからね。折れないと解っていれば、そこまでは? 確かに、ちょっとスリリングだったけど」


 いや、安全でも怖い物は怖いだろ。

 絶叫マシンだって、安全確保されていても怖いんだから。


「……ハルカって、バンジージャンプとか大丈夫な方?」

「やった事ないから、なんとも言えないわね」


 小首をかしげてそんな答えを返したハルカだが、きっと大丈夫なタイプである。

 ちなみに俺は、ダメである。


 小さい遊園地のジェットコースターぐらいならなんとか大丈夫だが、フリーフォールとか、絶対やりたくない。


 当然、バンジージャンプなんかは、言うまでも無い。


「ま、無事に場所は確認できたし、次に行きましょ。一年分のディンドルを確保しないといけないんだから」


「そうだな。探すのに多少は時間が掛かるだろうし、急ぐか」


    ◇    ◇    ◇


 結局、初日には三本の木から実の採取を終わらせ、二日目も同様に三本から採取。その時点で既に俺たちは、一年分になりそうな量のディンドルの確保を終えていた。


 具体的には、一人一日一個ぐらいなら食べられそうなほど。


 ただまぁ、お裾分けや贈答品として、それからインスピール・ソースの材料としても考えるなら、多くて困る事はなく、アエラさんを誘った三日目も、当然の如く採取に向かう。


 一昨日、そして昨日と同じ朝の時間に家を出発、アエラさんの食堂へと向かうと、そこでは既にアエラさんが店の前に立って待っていた。


「おはよう、アエラさん」


「おはようございます、ナオさん、ハルカさん」


「今日、ルーチェさんは?」


「お休みですね。人間のルーチェは木に登るのが得意じゃないですし、そもそもほとんど戦えませんから」


「あー、ですよね。それじゃ、行きましょうか」


「はい!」


 良い返事をするアエラさんを連れ、雑談などしながら町の外へ。


 アエラさんをあまり森の奥まで連れて行くのは、という事で、比較的近い場所のディンドルの木、三本を収穫せずに残してある。


「皆さん、今回は結構長い間、出ておられたようですけど、どこへ行かれていたんですか? あ、訊いちゃダメなら――」


「詳細はともかく、どこ行ったぐらいなら問題ないぞ? 護衛依頼で、クレヴィリーまで足を延ばしたんだ」


「あぁ、クレヴィリーですか」


「あら? アエラさん、クレヴィリー、知ってるの?」


「はい。最初に出店先として検討した町ですから。人も多いですし、あそこだと、いろんな食材が手に入りますからね。ただ、競争が激しいので、のんびりとやりたかった私には向かないかな、と思って、止めました」


「確かに栄えてはいたわね。料理のレベルも高かったし」


「なんですよねー。私自身のレベルアップには繋がるとは思ったんですが……。あと、資金面での問題ですね。あそこでお店を出すには、ちょっと厳しかったので」


「やっぱ、お金、掛かるんだ?」


「はい。自分のお店を持つとなると。で、まぁ、そのあたりが安く済むこの町にしたんですが……」


 一年前の行き詰まっていた状況を思い出したのだろう、アエラさんは言葉を濁して、苦笑を浮かべる。


「でも、色々ありましたが、今はここに来て良かったと思っています。ナオさんたちと知り合えましたから!」


「私たちもアエラさんと知り合えたのは良かったわよ? 食生活が充実してるのも、アエラさんのおかげだし」


「いえいえ、ハルカさんたちの料理の技術は十分プロレベルじゃないですか。私も色々新しい料理やお菓子、教えてもらいましたし、こちらの方が勉強させてもらってます!」


「私たちからすれば、インスピール・ソースだけでも十分に元が取れてるんだけどね」


「えー、どこの家庭にもある物じゃないですか~。あ、でも、ナオさんたちの家では作ってなかったんでしたっけ?」


 おっと、微妙な話題になってきた。

 いや、まぁ、アエラさんになら、別に本当の事を教えても良い気はするんだけどな。


 俺たちを連れてきたのが邪神でも何でも無く、普通にこの世界で信仰されているアドヴァストリス様という事が判っているのだから、普通の種族を選んだ俺たちなら、迫害されたりする事もないだろうし。


 だが、ちょうどその時、目的のディンドルの木が見えてきた。


「あ、あの木ですよね?」

「そうだな。アエラさん、入れ物は?」

「一応、袋は持ってきました!」


 そう言ってアエラさんが見せてくれたのは、背負い袋をちょっと改造しただけの袋。

 単なる袋よりはマシだが、あまり量は入りそうにない。


「それじゃあまり採れないでしょ。私たちのマジックバッグを貸してあげるから、これを使って」


「良いんですか? そんな高級品」


「まぁ、納品にも使ってるから気付いているとは思うけど、私たち、それなりに持ってるからね。……さすがにあげる事はできないけど」


「当然です。面倒ですからね、マジックバッグ関連の扱いって。私たちエルフからすれば、もうちょっと緩くなれば嬉しいんですけど……」


 多少事情を知っているらしいアエラさんに、それとなく訊いてみたところ、やはりエルフの中には、マジックバッグを作れる人がある程度いるらしい。


 もちろん、希少な事は間違いないのだが、魔法を使える人すら少ない人間族とはレベルが違う。


 この国で有名なところでは、この前会ったエルフの貴族、スライヴィーヤ伯爵家。


 あそこから供給されるマジックバッグが比較的多いのだが、他の貴族との兼ね合いもあり、あまり無制限に供給するわけにもいかず、ガッポガッポとはいかない。


 俺としては、大量供給して流通革命を起こせば、国も発展しそうにも思うのだが、犯罪組織や敵国に流れやすくなる事なども考えると、そう簡単ではないよなぁ。


 特にレーニアム王国は、仮想敵国であるユピクリスア帝国に対して、エルフの数で優位性を保っている事もあり、制限された流通状態の方が都合が良い。


 かといって、あまり厳しくしすぎれば術者が他国に流出してしまう事になるので、現状ぐらいでバランスを取っているのだろう。


 しかし、そんな事情があるなら、他国だと俺たちもヤバかったのかもしれない。

 そう考えると、やはりアドヴァストリス様々である。

 ――あ、戻ってきてからまだ神殿に行ってないや。

 ピニングに戻る前に、一度参拝に行かないとな。

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