024 エンカウント――野生の地雷が現れた!
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
本屋で価格調査。持ち歩くには重いので、購入は見送る。
武器屋で全員の装備を大幅に更新。大金を使う。
――雑貨屋
再びハルカの希望。
ここでは生活雑貨の他、庶民向けのアクセサリーなども売っている。
デキる男なら、ここでハルカにアクセサリーの1つでも買ってやるのだろうが、俺たちの財布はハルカが握っていて、俺とトーヤはお小遣い制である。
悲しいことに。
まぁ、使うことも無いので、それでも1万レア程度は持っている。
そのお金で買えなくもないが……。
うん、そうだな。
世話になっているし、何か贈るのも良いだろう。
ハルカは……1人で何か物色しているな。
俺はトーヤに近づく。
「(なあ、ハルカに何かアクセサリでも贈ろうかと思うんだが。世話になってるだろ?)」
そう囁いた俺に、トーヤは目を見開き、驚愕の表情を浮かべる。
「(ナオにしては良い考えだな!?)」
「(いや、そんなに驚くことか?)」
「(だってお前、誕生日以外にハルカに贈り物なんかしたことねーだろ?)」
「(そりゃそうだが……そんなもんじゃね?)」
「(お前は以前から世話になっていたと思うが……ま、いい。金はオレも出すから、お前が選んで贈れ)」
「(え、手伝ってくれねぇの?)」
「(お前のセンスに期待する。頑張れ!)」
それ、俺的には一番期待しちゃダメなところ。
全く自信ないんだが?
そんな俺の気持ちとは裏腹に、トーヤはサムズアップして、すすっ、とオレから素早く距離を取った。
流石に追いかけて口論すればハルカに気付かれそうなので、ため息を一つつき、仕方なく1人でアクセサリーを見ていく。
ここにあるのは庶民向けで普段使いの物なので、数百レアから高くても数千レア程度。
十分に手が出る価格帯だ。
指輪……は無いよな。何か重そう。
イヤリング……あ、これって良くないか?
こっちに来てハルカの瞳は碧色になったんだが、それと似たような色の石が付いている。
サイズも小ぶりで邪魔にもなりそうにない。
よしっ――
「なぁ、このイヤリング、ハルカに似合うんじゃ――」
そういった差し出したイヤリングにチラリと視線を向け、ハルカは少し不機嫌そうな表情になる。
……何か間違った?
「私ピアス開けてないよ? ナオも知ってるよね?」
まさか知らないなんて事はないよね? と俺を見上げた。
「――はい」
ぬっ、抜かったぁぁぁ!!!
今になって、俺がハルカに声を掛けた瞬間、トーヤがその後ろで顔を覆っていたのに気付く。
解っていたなら言ってくれよ!
いや、選んだ後、一言相談しなかった俺も悪いかも知れないけどさ。
「まぁ、どちらにしろ、身体が違うから関係ないんだけど。なに? 買ってくれるの?」
ハルカはため息をつくと、一転して悪戯っぽい笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んでくる。
「いや、まぁ、うん。世話になってるし?」
くっ、慣れないことをするんじゃなかった。
妙に恥ずかしいじゃないか!
「それに、ト――」
トーヤも、と言おうとして、トーヤが再びジェスチャーで「(だ・ま・れ!)」とやっているのに気付き、口を噤む。
「と?」
「隣町に行く前に、少しぐらい嗜好品を買っても良いだろ?」
言い直した俺に、トーヤが後ろで良くやった、と頷く。
確かに選択ミスの責任は俺にあるけどさぁ、お前も贈るのには賛成しただろ?
「ふーん。じゃあ、何か選んでもらうかな? 普段から身につけられるものが良いから、ネックレスかな?」
「髪留めとかは?」
今、ハルカの綺麗な金髪は、戦闘の邪魔にならないよう、軽く三つ編みにして革紐で結んでいる。
もう少し飾り気のある物でも、と思ったのだが。
「やっぱり戦闘の邪魔になるかな? リボンぐらいなら……引っかかったら嫌だから、やっぱり無しかな? もうちょっと休日が取れるようになったら、オフの日用に買っても良いけど」
確かに俺たち、身を飾れるほど余裕のある生活してないよな。
今は多少金があるが、アクセサリーの贈り物はちょっと失敗だったかも知れない。
とはいえ、ハルカは喜んでいるみたいなので、撤回する必要も無いだろう。
そこからはもう素直にハルカの意見も聞き、結局は最初に俺が選んだイヤリングと同じ石のペンダントトップが着いた、ネックレスを贈ったのだった。
トーヤ?
後からコッソリと、俺に半額渡してきましたよ?
2人からだと伝えなくて良いのかと聞いたのだが、「余計なことは言わなくていい」と言われたので、ハルカには伝えていないのだが。
――喫茶店
ここは俺の希望……というか、全員?
ディオラさんに、美味しい飲食店がないか訊ねた時に教えてくれたお店。
値段は高めだが、食事の他に、この世界では珍しい甘い菓子が食べられるということで、いつか行こうと話していたのだ。
客席は店内の他、ガーデンテラスと言うほどには洒落ていないが、やや広めの庭に並べられたテーブルでも食事ができるようになっている。
芝生のような草と少しの低木が生えているだけで花などはないが、それでもただ店の前にテーブルを並べただけの他の食堂とは一線を画している。
ただし、値段の方も一線を画していて、俺たちが定宿にしている『微睡みの熊』と比べれば食事だけで3倍近く高い。
その分、美味いことは美味いのだが、その値段差だけの価値があるかどうかは少し疑問。
尤も、どちらかと言えば『微睡みの熊』のレベルが他より高いだけなので、特に不満があるわけではない。
「案外、美味しかったわね」
「そうだな。ちょっと高かったが」
「場所とかも考えれば、こんな物だろ。毎日来ようとは思わないが」
言うなれば、『微睡みの熊』が毎日通いたい定食屋なら、ここはたまに来たいレストランって感じだろうか。
値段だけではなく、味の面でもたまに食べるぐらいで良いかな、という感じである。
そんな食事も終わり、俺たちは追加で注文した菓子(普段の食事2回分)を食べながら、お茶を飲んでくつろいでいた。
菓子の方も元の世界では一山いくらの味だが、この世界では貴重なので、ちびちびと食べながらお茶を飲む。
普通の食堂なら、「早く食べて出ろ」と急かされるところだが、流石に高いだけにそんなことはない。
そんな風に英気を養っていた俺たちの耳に突然、叫ぶような声が飛び込んできた。
「ああぁ! アンタ、永井よね! じゃあ、こっちのエルフは神谷と東!?」
声が聞こえた方に視線を向けると、そこにいたのは人間の女性。
食器を片付けているところを見ると、ここの従業員か。
どこかで見たことあるような……。
「あの、梅園さんですか?」
「そうよ」
あぁ、確かにクラスメイトにいた。
交流がなかったので、名前ぐらいしか知らないし、顔も若干うろ覚えだったので、ハルカが言うまで気がつかなかった。
「久しぶり。ここで働いてるのか?」
「え、ええ。日雇いだけど……」
「へぇ。そうなんだ。何とか生活はできてるんだな」
「ギリギリよ!」
俺がそんな風に梅園さんと話している間に、トーヤとハルカが小声で言葉を交わし、軽く頷きあう。
「そ、そんなことより、アンタたち、どんなスキル取ったの? 教えてよ」
「何だ、突然?」
「良いでしょ、クラスメイトなんだから! 何か協力できることもあるかもしれないじゃない!」
いや、それでもいきなりスキルを聞くか?
普通近況を話したりするもんじゃないのか?
別に俺、コミュニケーション能力が高いわけじゃないが、いきなりそれはない気がするぞ。
「そうね、教えても良いけど、梅園さんは?」
え、教えるのか?
そんな疑問の視線をハルカに向けるが、ハルカは俺に黙っているように目配せする。
「わ、私? 私は鍛冶とか鑑定とか。何か生産して生活しようと思ったんだけど、場所が無くてさっぱりよ」
梅園さんはふぅっと息を吐き、肩をすくめてやれやれと首を振る。
なんか欧米人の如く、オーバーアクションである。
よく知らないが、こういう人だったのだろうか?
「ふーん、そう。私のスキルは――」
そう言って自分のスキルを教え、俺たちにもスキルを教えるように促す。
まあ、ハルカがそう言うなら従うが。
俺に続き、トーヤも同じようにスキルを伝えると、その途端、梅園さんはニヤッと笑い、バカにしたように俺たちを見た。
「あははははっ、あんたたち、間抜けすぎない? あっさりスキル教えるとか、バカですかぁ? まっ、これでこんな所でしけた仕事しなくて済むわ! それだけは感謝してやるわ!」
そう言うが早いか、持っていたトレイを側のテーブルに放り出し、そのまま店を飛び出していく。
その変わり身の早さに、俺はあっけにとられ、ハルカは呆れたようにため息をつく。
「何だあれ?」
「ある意味予想通りだけど、仕事ぐらい終わらせて消えなさいよ」
「オレ、梅園のことよく知らないが、ああいうヤツなのか?」
「う~ん、やっぱりちょっと自分勝手なところはあったかな?」
「というか、俺たちのスキルを聞いた途端走り出すとか……」
「【スキルコピー】持ちよ、彼女」
「しかも、他のスキルはゼロ」
「……あぁ、なるほど」
呆れたように言うハルカとトーヤに、俺も苦笑して深く頷く。
俺たちのスキルを聞き、コピーできたから、安易にスキルを教えた俺たちを馬鹿にする捨て台詞を残して消えたと。
「でも、なんで【スキルコピー】だけなんだ? ポイントが足りないなら、普通は【スキル強奪】あたりを取らないか?」
相手のスキルが解らなければコピーできない以上、【スキルコピー】だけを取るのはリスクが高い。
彼女がどの程度ゲームとかに詳しいのか解らないが、最初の説明にも書いてあった以上、それが解らないとは思えないのだが。
「憶測に過ぎないけど、強奪とコピーの必要ポイントと制限を比べて、強奪に何か落とし穴があると思ったのかもね。強奪が明らかに有利すぎだもの」
「それはありそうだな。補足説明が無ければ、『奪うのが申し訳ない』と思う人でもなければコピーは取らないよな」
「梅園がそう思った可能性もあるが――あの行動を見ると、可能性は低いか」
それなら普通に俺たちに事情を話して頼めば良かっただけで、あの捨て台詞の時点でダメだろう。
「コピーすると、その人に手解きを受けないとダメなんだよな?」
「そうね」
「つまり、俺たちの持っているスキルは、彼女、覚えられなくなったわけだ」
「ハルカ、鬼だな」
「え~、心外だよ? 教えてっていったから、教えてあげた私、優しいでしょ? その結果がどうなるかは知らないけど」
ハルカ、とっても良い笑顔である。
俺たちの持つスキルが全部取得できなくなるなら、彼女もこれから大変だろう。
魔法はどのみち取れないとしても、メジャーな武器なども全滅なのだから。
尤も、俺たちも相手にスキルを知られてしまうと言うデメリットがあるのだが……ゲームじゃ無いし、問題ないか。簡単にスキルが取れない以上、俺たちに対抗できるスキルの組み合わせとか考えるだけ無駄だろう。
「ま、真面目に働くならスキル無しでもなんとかなるわよ。いきなり職場放棄する彼女が、真面目に働くか知らないけど」
「しかし何だったんだろうな、あの態度。普通に相談すりゃ良いのに」
「うん。けんか腰になる意味がわからん。異世界に来て気が大きくなったのか」
俺とトーヤが顔を見合わせて首を捻っていると、ハルカがちょっと小首をかしげ、少し言いづらそうに口を開いた。
「……もしかすると、私が原因かも? 向こうにいるときも、嫌みっぽいこと、言われることあったし」
その内容こそ口を濁したものの、察するにハルカに対する嫉妬の可能性が高い。
一般的なハルカの評価は『可愛くて性格が良く、勉強もできる人気者』である。
その評価についてどうこう言うつもりは無いが、逆に言えば妬まれる土壌はあったわけだ。
「異世界ならハルカに勝てる可能性が出て、あの態度ってか」
「しかしハルカ、女子に嫌われてたのか? 男女問わず仲良かった気がするが」
「う~ん、彼女以外に嫌みを言う子はいなかったし、嫌われてはいないと思いたいけど……心の中は解らないから」
そう言って、ハルカは「事実、私も夕紀と那月以外、わざわざ助けようと思わないしね」と付け加える。
うん、その程度、気にするな。
俺、男子の誰も助けるつもり無いから。
「だが、逆恨みされたら面倒じゃないか?」
「逆恨みできるほど情報を集められるかしら? 彼女、私たちに訊いてくると思う? 『勝手にコピーしたスキルが使えないんですけど、どうしてですか?』って」
「オレなら無理だな!」
「普通の神経なら、聞けるわけ無いな」
「でしょ? じゃあ誰かがスキルの地雷を教えるかだけど、この街にそれを知っている人がいるかな?」
「あの梅園がまともな態度で接して、その相手に相談に乗れる余裕があり、かつ【ヘルプ】持ちか」
「あの反応から見るに、アイツ、クラスメイトに会ったのは初めてっぽかったよな? 出会うのも難しいのに、その相手が条件を満たすとか……無理じゃね?」
これまでの情報収集で、不確定名「クラスメイト」は何人か見つけたが、彼らにしてもいつまでもこの街にいるとは限らないだろう。
ただでさえ可能性が低いのに、一度街を出てしまえばクラスメイトを見つけることなんて、ほぼ無理だ。
「詰んだな、梅園。可哀想に……」
南無南無、と手を合わす。
今後のご活躍、心よりお祈り申し上げます。
「ホントにそう思ってる?」
「いや、あんまり。さっきの態度、正直ムカついたし。――そういえば、さっき、【ヘルプ】は言ってなかったな?」
ハルカが言わなかったの気付いて、俺も【ヘルプ】は秘密にしたのだが。
「えぇ。無駄に情報を与える必要は無いでしょ? どうせレベル無しスキルはコピーできないんだし」
さすがハルカ、周到である。
「ま、あの対応をした一番の理由は、『敵』になりそうな相手の戦力を落とすためだけど」
「――え?」
「いきなり騙そうとするなんて『敵』じゃない。あれだけスキルを封じられたら、よっぽど努力しないと私たちの脅威にはなりそうにないでしょ?」
さすがハルカ、周到、かつ容赦が無い。
「まぁ、オレたちとしても、ハルカを目の敵にしてるヤツが強くなって欲しくはないな。なぁ?」
「ああ。ただ、仮に弱くても、ああいうタイプのヤツとは会いたくないな」
「同感ね。万が一彼女が戻ってきても面倒だし、出ましょうか」
俺たちは残っていたお茶を飲み干すと、早々に店を後にした。
> イヤリングなので、ピアス穴は不要?
イヤリングは耳飾りの意です。
正確には、clip-on earring と pierced earring ですので、イヤリングといえば両方をさします。
ハルカがチラリと見て確認したのは、「それ、ピアスだよ」って事ですね。









