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240 遭遇 (2)

前回のあらすじ ----------------------------------

襲ってきた五人の盗賊はかなりの手練れだった。

トーヤでも簡単には倒す事ができず、戦場は膠着。

ナオたちが敵の一人に集中して魔法を使う事で怪我を負わせ、それをきっかけに敵が撤退。

「まず普通に考えて、ですが、ただの盗賊がこの馬車を襲う事はほぼあり得ません。兵士が一〇人、更に冒険者の護衛が五人。そんな相手にたったの五人で襲いかかるのはよほどのバカです」


 しばらく沈黙した後、そう言ったのはアーリンさん。


 この一行の中で武力方面の責任者はエカートだが、全体の責任者と言えば彼女になるだろう。


 もちろん、名目上のトップはイリアス様なのだが、さすがに実務を任せるには幼すぎる。


 当然ネーナス子爵もそれは理解しているので、信頼できる部下として彼女を付けたらしい。


「でも実際に襲いかかって来た集団はいた」

「はい。正直不可解です」


 ハルカの事実確認に、アーリンさんは頷きつつ、不思議そうに首を捻る。


「ネーナス子爵に恨みを持つような、襲撃される心当たりとかは無いのか?」


「はっきりと言ってしまうと、ネーナス子爵家は弱小で、襲撃してまでどうこうという、権力争いとは無縁なのです。それに、子爵本人であればともかく、イリアス様では……。既にご長男もお生まれになっていますし」


 感情を排して言ってしまうと、仮にイリアス様が殺されたところでネーナス子爵家としては、そこまで痛くはない。


 跡継ぎはいるし、イリアス様がいなくなっても領内が混乱するような事も無い。


 もちろんネーナス子爵は怒り狂うだろうが、利のために襲撃するには、少々格が不足している。


「んー、それこそが目的だった、とか?」


 首を捻っていったユキの言葉に、アーリンさんは苦笑する。


「いえ、ですから、ネーナス子爵家はそんな恨みを買うほどの家では――」

「ケルグの騒乱、ありましたよね? 潰された貴族や大商人、あったんじゃ?」


 アーリンさんの発言を遮っていったユキの言葉に、アーリンさんは笑みを収め、真顔で考え込んだ。


「……確かにいくつかの、名ばかり貴族家を潰しました。ですが……あぁ、いえ。やはりその確率は低いです。宗教にお金を注ぎ込んで潰れたのです。トーヤさんたちに匹敵するほどの手練れを雇うようなお金、用意できるはずがありません。……普通の手段では」


「そうなのよね、宗教だからね。お金以外の手段も……」


「ネーナス子爵家は、サトミー聖女教団を潰して、教祖を捕まえたわけですから……」


 運命の悪戯か、実際に捕まえたのは俺たちだが、その身柄は恐らくネーナス子爵家が確保しているはずである。


 あまり愉快な事では無いと思うので、あれ以降どうなったのか、その生死も含め訊いてはいないが……。


「もしかすると、イリアス様の身柄自体が目的だった可能性もあるか」

「私、ですか?」

「ネーナス子爵に取引を持ちかけるには、十分ですから。例えば、身柄の交換、とか」


 イリアス様を解放する代わりに、サトミーを解放しろ、とかありそうな話。

 ただその場合、解放されたあとに逃げる場所があるのかという問題があるのだが。


 地球であれば、テロリストも不良国家が受け入れたりするのだが、サトミー聖女教団は潰された理由が理由である。


 周辺諸侯はもちろん、他国であってもなかなかに厳しそうだ。


「ちなみに、聖女サトミーの身柄はどうなったんだ?」


 オイ、トーヤ、それを訊くか?

 敢えて聞かずにおいたのに!


「いえ、私は……」

「申し訳ございません」


 イリアス様は本当に知らないのか言葉を濁し、アーリンさんはきっぱりと首を振った。


「ですよねー」


 ただの冒険者に、そのあたりの事をペラペラと喋るようでは、そちらの方が怖い。

 用済みになったら、あっさり消されたりされそうで。


「しかし、もし仮に私が捕まっても、そのような取引、お父様が応じるとは思えませんが……」


 イリアス様のなかなかにシビアな見方に、アーリンさんに視線を向けると、彼女も真面目な表情のまま頷く。


「子爵は、正しく貴族であらせられます。ご家族を大事にはされますが、優先順位を間違える事はあり得ません」


 必要な事ではあるのだろうし、そこで暮らす領民としては安心できる情報なのだが……。


「やっぱり貴族って、大変なの」


 ポツリとつぶやいたミーティアの言葉、正にその通りである。

 今度はイリアス様も否定する事無く、困ったように苦笑するのみ。

 権力者って、まともに務めようとすると、絶対ストレスで体調崩すよなぁ……。

 上手く手抜きができる人か、優秀な補佐役でもいないと、大変そう。

 少なくとも俺は、やりたくない。


 権力者と仲良くなって、たまに少しサポートするぐらいが、一番良いポジションじゃないだろうか?


「けどさ、襲ってきた奴らって、狂信者的なところは無かったよな? かなり冷静というか……」


 トーヤが思い出すようにそう言うが、それは俺も同感。


 はっきり言ってアレは盗賊なんかではなく、訓練された軍人のような――いや、怪しげなカルトに、怪しげな特殊部隊的な暗部はつきものか?


 幼い頃から訓練された、みたいな。

 でも、サトミー聖女教団は歴史が無いからなぁ。


「雇われただけなのか、もしくは別件か……どう思います?」


 ハルカの問いに、アーリンさんはしばらく考え込んだが、やがてゆっくりと首を振った。


「現状の情報では判断できかねますが、別件の可能性もあると思います。場合によっては、当家自体が標的では無かったのかも……」


「それは?」


「……いえ、やはり現状では。すみません」


「あぁ、いえ……」


 アーリンさんはぺこりと頭を下げて、はっきりとした事は口にしない。

 ま、仮に何か思い当たる事があっても、気軽には言えないよな。


「とりあえず、あれを片して、先に進みましょうか。さすがに再度の襲撃は……無いと思いたい」


「少なくとも、さっきの集団に関しては大丈夫、だと思うけど……」


 一人欠けた状態で襲ってくる確率は低いと思うが、よく判らない集団だけに油断もできない。


 俺たちは周囲を警戒しつつ、力仕事が得意なメンツで倒木を取り除き、道を先へと進んだ。


    ◇    ◇    ◇


 道を進んで行くにつれ、道の整備状況は更に悪化していたが、すでにダイアス男爵領に入っていた事もあり、俺たちは補修をする事も無く先を急いだ。


 襲撃を受けた事もあり、その日の野営はいつも以上に見張りに力を入れていた俺たちだったが、結局は空振り。


 多少魔物に襲われた程度で、無事に翌日の朝を迎える事になる。

 そして四日目。


 昼頃には山を下り終わり、町を望める平地へと到達していたのだが、見えてきたミジャーラの様子は想像とは少し違った物だった。


「あれは……スラム、か?」


 道の先、ミジャーラの門の周辺、防壁の外側には、あばら屋という表現すら上等な気がする建物が雑然と並んでいた。


 ただごちゃごちゃと秩序も無く並び、その周囲には柵すら存在しない。


「こんな所にスラムを作って、魔物は大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないだろうな」


 思わず呟いた俺に、傍を歩いていたエカートが応える。


「……つまり?」

「運が良い奴が助かる。それだけだ」


 上手く防壁の中に逃げ込めれば助かるのかもしれないが、果たして普通に入れるのかどうか。


 冒険者のギルドカードを持っていなければ、門を通る度に税金が徴収されるわけで、このスラムの住人は、どうなのだろうか?


 比較的簡単に取得できるギルドカードではあるが、まともに仕事をしなければ没収されるからなぁ。


「もちろん、運だけじゃないぞ? 観察して、何か気付く事は無いか?」


 エカートの言葉に、俺は近づいてくるスラムの様子を眺める。

 まず目に付くのは建物か。


 門の周辺の建物は、一応は“建物”と言える代物なのだが、そこから離れるにつれ、段々と酷くなり、外周部分はそれこそ“建物”というのも烏滸がましいほど。


 柱と屋根しかない、いやそれすら無く、門形の枠に単に板を立てかけただけという物すらある。


 下手をすれば、以前見たオークの巣の方がマシかもしれない。


「外周の建物がボロくね? それもかなり」


 トーヤもそれに気付いたらしく、やや呆れたように言い、エカートはそれに頷きつつも先を促す。


「他には?」


 建物の他というと、人か。

 スラムだからか、目に付くのは誰も彼も薄汚れて、生気の乏しい人たち。

 年齢層は様々で、小さな子供から年寄りまで。

 男女関係なくいるが、数が多いのは男の方だろう。

 全体として言えるのは、不健康そうで、怪我をしている人が多い事か。

 腕や足が無い人もいるし、酷い人になると腐敗してハエが集っていたりもする。

 総じてかなり酷い状態だが、外周部分に関して言えば――。


「年寄りが多いか? あとは、子供や不健康そうな……」

「そういう事だ」


 そういう事……逃げ足の遅い者を外に……?

 もしかして、餌、なのか? 足止めのための。

 よく見れば、死体すら放置されているようにも見える。


 それを魔物が喰っている間に逃げるのかもしれないが、街の中に逃げ込めなければ、そして、魔物が満足しなければどうなるのだろうか?


 ……いや、どうなるも無いよな。判りきった事。


「同情してもどうしようも無いぞ? ここはそういう場所だ」

「……おう」

「……了解」


 そう言いながらも、エカート自身、決して愉快では無いのだろう。

 その表情は苦い。

 そんなスラムの間を通り、俺たちの馬車は門に向かって進んでいく。

 死臭とでも言うのだろうか?

 なんとも言えない嫌な臭いが鼻を突く。

 スラムの住人は俺たちを遠巻きに見ながらも、近づいてくる様子は見せない。


 俺たちが囲っているのが貴族の馬車だからか、それとも領兵たちが全員、腰の武器に手を掛けているからか。


 脅威度で言うなら、昨日襲ってきた奴らの方が圧倒的に高いのだろうが、それ以上の嫌な緊張感が漂っている。


 そんな中、近くのあばら屋の影からまろび出た子供が、俺たちの歩く少し先、道端で倒れ伏した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 同情もしくは批判したいのなら自分たちで道を示してやればいいw
2021/02/10 02:46 退会済み
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