236 顔合わせと手合わせ (二)
書籍版第一巻が発売されました。
よろしくお願いします。
前回のあらすじ ----------------------------------
ネーナス子爵家にレッド・ストライク・オックスのミルクを引き渡し。
出発まで子爵家に滞在することになる。
護衛対象のネーナス家息女のイリアス様と顔合わせ。
「諸君! こちらがイリアス様の護衛を担当される、明鏡止水の皆さんだ。ご挨拶を」
「「「よろしくお願いします!!!」」」
翌日の早朝、ネーナス子爵家に併設された訓練場に響き渡ったのは、そんな野太い声だった。
指揮官として立っているのは四〇歳超えほどの男で、その前に整列しているのは、マッチョとは言えないまでも、それなりに鍛えられていそうな二〇歳前後の若者ばかり三〇人ほど。
ずらりと並んだ兵士たちはまぁまぁ迫力があるが……“まぁまぁ”だな。
日本にいた時ならともかく、一年間、魔物との戦いを経験した俺たちからすれば、やや険しい彼らの視線も微風のような物。
その程度で揺れるのは、メアリとミーティアぐらいである。
まぁ二人は、三列になった俺たちの一番後ろにいるので、目立ちはしないだろう。
「俺はこの隊の隊長を務めるサジウスだ。訓練中はお前たちも特別扱いはしないが、構わないな?」
「もちろんです」
「あぁ、丁寧に話す必要は無いぞ。ただし、こちらも荒い言葉遣いになるが、了解してくれ」
「解った。理不尽な物じゃなければ、問題ない」
どこぞの軍曹のブートキャンプ的な物は受けるつもりはないし、メアリたちに受けさせるつもりもない。
非日常の極限状態でも怯まない根性は、兵士としては必要な訓練なのかもしれないが、俺たち、冒険者だしな。
全体の為に捨て石になる気なんて更々ないし、自分たちの命を守るためなら、普通に逃げる。
下手に軍隊に染まる気も、染めさせる気も無いのだ。
「よし。それじゃ、準備運動からだ。全員、訓練場の外周、五〇周! 始め!」
「「「はい!!」」」
訓練場の広さはそこまで広くは無いが、外周なら四〇〇メートルほどはありそうか。
そこを五〇周なら二〇キロほど。
地球の軍隊が、“準備運動”としてどの程度走るのかは知らないが、こちらの人の身体能力であれば、二〇キロほどはそこまで問題は無い距離である。
良い返事をして走り出した兵士の後について、俺たちもまた走り始める。
全体のペースとしては少しゆっくりめか。
毎日走っている俺たちからすれば、付いていくのに何の問題も無い。
そのまま走ること一〇周ほど。
最初は纏まって走っていた集団も、その頃になるとだんだんとバラツキが出てくる。
その中で、ぶっちぎりでトップを走っているのはトーヤ。
俺たちの中で一番の体力バカなのは伊達では無い。
――いや、これはトップを走っていると言うべきなのか?
すでに二周ほど先行している関係で、トップには見えないのだが……まぁ、間違いでは無い。
その次はユキとナツキ。他の兵士たちと比べると半周ほど先を走っているのだが、そこまで速いペースではないので、余裕の表情。
それに引きずられるようにペースを上げてしまったのか、半周遅れの兵士集団の先頭部分、そのへんの兵士の顔は、かなりヤバそうな状態である。
それからずるずると兵士の集団が続いているのだが、その集団の、前から三分の一ぐらいの位置にいるのが、残りの俺たち。
メアリとミーティアを、俺とハルカで挟むような形で走っている。
「オラオラ! 子供に負けるようなヤツは兵士失格だぞ、コラァ! 負けたヤツは、楽しい、楽しい再訓練をプレゼントだ!」
「「ウ、ウスッ!」」
サジウスの声に、遅れていた兵士がペースを上げ、メアリとミーティアが俺の方に『手加減すべき?』みたいな視線を送ってきたのだが、俺は軽く首を振って、今のペースを維持する。
俺としては普段よりもややゆっくりめ、メアリたちからすると少し速めのペース。
メアリたちが最後までこのペースを続けられるかどうか判らないが、普段、彼女たちが走る距離よりは短いので……なんとかなるかもしれない。
兵士たちには、ご愁傷様な事ではあるが。
ちなみに、サジウスはナツキたちの後ろについて走っているので、少なくとも兵士たちよりは体力がありそうである。
そんな感じで残り一〇周。
結果から言えば。
すべての兵士は脱落した。
メアリとミーティアは最初のペースのまま走りきり、二人より早くゴールしたのはサジウスのみ。
二人が無事に走り終えたのは、俺とハルカがペースメーカーになった事も大きいと思うのだが、逆に兵士たちが脱落した大きな要因は、ユキたちに釣られてペースを乱した事だろう。
サジウスによれば、この程度の距離は普段から走っているようなのに、半分も過ぎた頃にはすでに顎が上がっていたからなぁ、半数以上の兵士が。
そんな兵士たちに向かってサジウスの叱責が響く。
「お前ら! 外部参加者がいるからとペースを乱すんじゃねえ! 兵士が平常心を失うとか、ナメてんのか! あぁ!? その場で腕立て五〇回!」
「「「はい!!」」」
いや、途中で要らんことを言って、更に平常心を乱れさせたのは、アナタですよね!?
あの台詞の直後は、俺たちも少し後方に下がっていたし。
すぐにペースが落ちて、追い抜くことになったけど。
もちろん、あの発言も訓練と言われてしまえば、何にも言えないのだが。
「よーし、少し休憩したら素振りだ。各自、準備しろー」
腕立てを終えた兵士たちが、身体を引きずるようにして用意を始めたのは木剣。
トーヤが最初に購入した木剣とよく似ている。
――なるほど、あれは訓練用だったわけか。安いはずである。
「サジウス、オレたちも借りて良いか?」
「あぁ、もちろん。自分たちの武器を使ってもらっても構わないが……あ、いや、この後の模擬戦を考えると、そういう訳にもいかないか。自由に持って行ってくれ」
「ありがとさん」
さすが軍隊と言うべきか、木剣はすべて同じ形で、特に個人用に合わせて調整などはされていないようだ。
トーヤがそんな木剣から適当に七本取り出し、俺たちに配る。
普段、このサイズの剣は使うことが無いのだが、軽く振ってみると、木製だけにかなり軽く、取り回しに苦労するほどでは無い。
俺に【剣術】スキルは無いが、小太刀の延長で扱えないことも無いだろう。
全員に木剣が行き渡り、数分ほどしたところで、サジウスが自分も木剣を持ち、全員を集める。
「息は整ったな? 並べ! 素振りを始める! イチ! ニ! サン!」
軽快に木剣を振る兵士に混ざり、俺たちも素振りを行う。
なんだか部活みたいで、少し楽しい。
だが、楽しげなのは俺たちだけで、兵士たちはなかなかに必死そうな表情である。
ミーティアは体格の関係で少し木剣を持て余し気味だが、それでも体力的には問題は無いようで、順調に回数を重ねていく。
メアリも未だ小柄なのだが、普段からトーヤと同じサイズの剣を使っているので危なげは無い。
そんな二人の様子を見て、サジウスは感心したように頷く。
「ほう。小さくても、なかなかしっかりしているな。ブレも無く、体幹も鍛えられている」
「この程度であれば、オレたちも毎日やってることだからな」
「真面目に訓練をしているのか。さすが、高ランクになる冒険者は違うな」
「やらなければ死ぬ。そういう仕事だからな」
有事が無ければ、訓練をしている時間が多い兵士と、大半は実戦で訓練が極一部の冒険者では、状況も立場も違う。
ある程度の余裕ができたことで、以前ほどの強迫観念を持って訓練はしていないが、決して疎かにはしていないのだ。
そうやって素振りを続けること三〇分ほど。
さすがに腕が疲れて来た頃、サジウスの声で素振りが終わる。
「止め! しばしの休憩の後、模擬戦だ! 組み合わせは……」
サジウスが地面に座り込んでいる兵士たちと、立ったままでいる俺たちを見回し、考え込む。
サジウスも入れれば、一応一九組作れるわけだが、模擬戦とは言っても、いきなり全員同時にやったりはしないよな?
メアリとミーティアを俺たちが見ていない状況で戦わせるのは、ちょっと怖いので、そうであれば拒否したいところ。
更に根本的問題を、トーヤがサジウスに告げる。
「一応言っておくが、オレたちの中でこのタイプの剣を使うのは、オレとメアリだけだからな?」
「なに? そうなのか? ……エルフの二人は違うとは思ったが」
文句も言わずに振っていたからか、サジウスは木剣を持った俺たちを少し不思議そうに見回す。
「私たちのうち、半分は魔法の方が主力だからね。冒険者だから、一応、武器も使えるけど」
「む……それでは、模擬戦は難しいか?」
「相手次第じゃないかな? あたしたちでも対応できるようなら――いや、あたしたちに対応できるようなら、かな? 慣れてない武器だと、調整もしにくいから」
「ですね。寸止めや見切りが上手くいかず、怪我をさせてしまう危険性もありますから」
「なるほど。では、最初は俺が相手をしよう。まずはトーヤ、お前からで良いか?」
「おう! よろしく頼む」
どうやら模擬戦は一対一で行い、それを周りで見る形の訓練のようだ。
今までへばっていた兵士たちが剣を杖に立ち上がり、中央を大きく空けると、嬉しそうに木剣を構えたトーヤとサジウスがそこへ移動する。
俺たち相手の訓練を除けば、トーヤも人相手に戦う機会が無いため、楽しみなのだろう。
そしてそれは俺たちも同じ。
技量を向上させる機会が得られるという点で、この訓練はかなり有意義だと思われる。
「いくぞ!」
「おう!」
かけ声と同時に、ガツンとぶつかる木剣と木剣。
そのまま近距離でガツガツとやり合った後、示し合わせたように素早く後ろへ下がり、剣を構える。
そして互いにニヤリと笑みを浮かべる男二人。
「正統派の剣術ではないが、強いな?」
「そうか? そう言ってくれると、自信が付く、なっ!」
再び飛び込み、剣を交え始める。
しかし……トーヤは、本気、では無いな。
魔力による身体強化をしていないのはもちろん、戦い方もいつもと違っておとなしい。
強引さの無い、剣道の試合のような模擬戦。
まぁ、“模擬戦”なのだから、こんな物なのかもしれないが、普段、俺たちとやっている時はもっと遠慮が無い。
骨をボッキリとやってしまって、ハルカやナツキのお世話になることだって、少なくないのだから。
そんなトーヤの様子はサジウスにも伝わったらしく、再びトーヤから離れた彼は、少し忌々しそうに舌打ちをする。
「……ちっ。お前、手加減してるな?」
「手加減ってのもチョイと違うが……訓練、だからな。互いに学ぶ物が無けりゃ、意味ねぇだろ?」
「はっ、違いない!」
笑いながら戦う二人に、女性陣は少し呆れたような視線を向けるが、兵士たちは逆に驚いたような表情を浮かべ、真剣にその試合を見つめている。
打ち合いが続いたのは一分あまりか。
やがてサジウスの息が乱れ、動きに精彩が欠けてきたところで、トーヤがその剣を叩き落とし、その首元に剣を突きつけた。
「……まいった。クソッ、ケチもつけられねぇ」
「護衛として雇われるんだぞ? オレたち。逆に安心しただろ?」
ニヤリと笑ったトーヤに、サジウスは頷きつつも、悔しそうに地面を蹴る。
「その点はな! だが、負けるのは気に入らねぇ!」
「それは頑張れとしか言えねぇな。オレとしては、お前みたいな正統派の剣士と戦えたのは良い経験だったが」
「ちっ。おい、次はお前とお前だ! 気張れよ!」
サジウスは木剣を拾い上げて移動し、次は兵士の二人を指定して模擬戦を行わせる。
一度目は俺たち全員をサジウスが相手にすると言っていたが、さすがに連続してやるような体力は無いのだろう。
兵士同士の模擬戦を何戦か間に挟みつつ、俺、ハルカ、ナツキと順番にサジウスと模擬戦を行っていく。
隊長だけあって、サジウスは十分に強かったのだが、結果から言えば、彼に負けたのはメアリとミーティアの二人のみ。
魔力による強化を使わずとも、ナツキは余裕を持って、他三人は危ない部分は少しあれど、特に問題なく勝つことができてしまったのだ。
さすがに女性三人、しかも普段剣を使っていない相手に負けたのはショックだったのか、サジウスはガックリと肩を落としてしまった。
「ないわー。これで、剣がメインの武器じゃないとか……ユキとメアリ以外は、剣の扱い方が妙な感じはするが、十分に強いじゃねぇか」
ユキは普段小太刀を使っているが、一応【剣術】のスキル持ち。メアリはトーヤの剣術を習っている。
二人の剣の扱いが『まとも』なのは、そのせいだろう。
俺たち四人は、小太刀の扱いを流用するような形で剣を扱ったのだが、それでもまぁ、それなりには扱えた。
実戦では、斬る事のできない剣と小太刀を同じように扱うのは危ないと思うが、模擬戦ではそのあたり、あまり影響しなかったのだ。
むしろそのあたりの動きの違いが、サジウスを戸惑わせた部分もあるのかもしれない。
「これで、メイン武器は別にあって、更に魔法もあるんだろ? かぁーー、こりゃ、護衛依頼を出すのも納得だわ!!」
サジウスは顔に手を当てて、少し呆れたように暫し天を仰ぐ。
「ちなみになんだが。サジウスって、この国だと、どのぐらいの強さなんだ?」
非常に答えにくい質問を平然とぶつけたトーヤに、サジウスは苦笑を浮かべる。
「俺? はっはっは。それを訊くか? おい。――まぁ、あれだ。ネーナス子爵領は強い魔物もいないし、争い事も少ない平和な領地だ。……後は、解るな?」
笑っていたサジウスは、最後は真顔になってじっとトーヤを見つめ返す。
うん、なるほど。
そんなに強くないワケか。
まぁ、こう言っちゃ何だが、本当に強ければ、もっと待遇の良さそうな所に行くだろうしなぁ。
一年ほどこの領で生活してきた経験から言えば、集団でオークを斃せるレベルの技量があれば、兵士としては十分なんじゃないだろうか?
給料は多少安くても、安全で安定しているという点では、ネーナス子爵領の領兵もそう悪くない職場なのかもしれない。
そんな俺たちの理解を見て取ったのか、サジウスは少し苦い表情を浮かべたが、やがて気を取り直したように、ふっと息を吐いた。
「よしっ! すまねぇが、コイツらの稽古も付けてやってくれ。お前らなら安心だわ」
サジウスは俺たちに向かってそう言うと、今度は兵士たちに向かって声を張り上げた。
「おい、お前ら!! 胸を借りるつもりで思い切ってけ! イリアス様の護衛に付けないのが不満な奴は、コイツらを斃しちまえ! 人数が足りなくなれば、追加が必要になるかもしれねぇぞ?」
そう言った瞬間、兵士たちの目がギラリと光ったような気がした。
これは、イリアス様が慕われていると好意的に考えるべきか、俺たちが気に入らないのか、どっちだ?
「オイオイ、怪我をして護衛の依頼に影響が出たら、どうしてくれんだよ?」
「お前らなら問題ねぇだろ? さすがに、そっちの嬢ちゃんたちに不満をぶつけたりはしねぇよ」
サジウスの言う嬢ちゃんは、当然、メアリとミーティアの事。
イリアス様と年齢が近いせいか、兵士たちから向けられる視線も、二人に対しては妙に優しい。
「なら良いけどよ」
「私、一応非力なエルフなんですけど?」
「じゃあ、非力で普段剣を使っていないエルフに負けた俺は何だよ? コイツら相手なら関係ねぇよ!」
ハルカの抗議もあっさりと流し、始められる模擬戦。
俺たちの技量に問題が無いことが判ったからか、四カ所で同時に模擬戦を行い、数を熟していく。
更に、二日目からは、俺たちが普段使っている槍や小太刀と同じサイズの棒も用意して、それを使った模擬戦も行うようになった。
サジウス曰く、『そういう武器を使う相手への対処を学ぶのに、ちょうど良い』らしい。
俺たちからしても、普段はできない対人戦の訓練を経験する機会でもあり、断る理由が無い。
だが、さすがに三日目から始まった多対一の模擬戦には苦労したのだが……それもまた良い機会か。こういう訓練ができるのは、人数がいてこそだし。
そして結局、俺たちは出発するまでの五日間、午前中は毎日、兵士たちとの訓練に費やす事になったのだった。









