231 ミルクを使って
前回のあらすじ ----------------------------------
魚の補充とレジャーを兼ねて、メアリとミーティア、トミーを連れて魚釣りに。
「わぁ、お魚ですか! いつもありがとうございます」
魚釣りに行った後の恒例として、いつもの様にアエラさんのお店にお裾分けを持っていくと、アエラさんは可愛い笑顔で迎えてくれた。
同じエルフでハルカよりも年上のはずなのだが、アエラさんってハルカより幼く見えるんだよなぁ。身長が低いせいだろうか?
エルフだけに間違いなく美形で、その外見は美幼女と美少女の中間って感じ。俺が暇だったら、確実に毎日この店に通っているところである。
「いつもすみませんね。先日もストライク・オックスのミルクをもらったばかりなのに」
恐縮したような表情を浮かべるのは、この店でウェイトレスをしているルーチェさん。
料理はノータッチらしいが、給仕としてはとても有能らしい。
「あ、そうだ! あれでアイスクリームを作ったんです。せっかくですから食べていってください!!」
「え、あの!」
ハルカの呼び止める声にも耳を貸さず、パタパタと厨房へと入っていくアエラさん。
そんなアエラさんを、ルーチェさんは苦笑を浮かべて見送り、俺たちに向き直った。
「なかなか良くできていますから、食べて感想を伝えてやってください。アエラも自信作みたいですから」
アイスクリームの作り方に関しては、以前訪れたときにハルカたちが話題にしていたのだが、ハルカのように『冷凍』の魔法が使えなければ冷やすことができないため、アエラさんが作るのは、簡単ではないという結論になっていた。
このお店には巨大な冷蔵庫こそあるが、あれに冷凍機能は付いていなかったはずなのだが……。
「どうやって作ったんですか? 新しい魔道具でも購入されましたか?」
「えーっと、それは――」
「持ってきました! 以前頂いたヤストンの実も使ってますよ!」
ヤストンとは、うちの庭に生っていた酸味の強い柑橘のことである。
うちでは柚子の代わりに使っていたのだが、使い切れないほどの量が収穫できたので、何かに使えるかとアエラさんにお裾分けしていたのだ。
柑橘の名前が判明したのはその時。
大した手入れをしなくても、大量に採れるため、比較的手に入りやすい酸味料として使われているらしい。
アエラさんはそれを、今回のアイスクリームに利用したようだ。
「さぁさぁ、食べてみてください」
器に盛ってずいずいと勧めてくるアエラさんから1つ受け取り、スプーンで一口。
ほどよい柔らかさのアイスは口に入れた途端にスッと溶け、僅かな酸味と甘みを感じさせて、柑橘の爽やかな香りが鼻に抜ける。
ハルカたちが作ったアイスクリームとはまた違う物だが、これもまた美味しい。
「おぉ、美味しい。甘酸っぱい感じが良いな」
「うん、ヤストンの風味が良いわね」
「さらって、溶けるの!」
「本当ですか! ありがとうございます」
全員からの賞賛を受け、アエラさんは嬉しそうに頬を緩ませる。
ハルカたちが黒糖を使って作った物に比べると、甘さにもしつこさが無いし、どうやっているかは解らないが、これ、結構工夫してるんじゃないだろうか?
「でもこれ、アイスクリームと言うより、シャーベットに近いわね?」
「ですね。アエラさん、ミルクはそのまま使わなかったんですか?」
「はい。そのままでも美味しかったんですが、少し重い気がして。脂肪分を少し取り分けて、さっぱりした感じにしました」
ストライク・オックスのミルクは何の加工もしていないので、撹拌するだけで脂肪分が分離してバターが作れる。
このバターがまた美味いのだが、アエラさんは今回、それを利用して、脂肪分を減らしてからアイスクリームを作ったらしい。
「アイスクリームとは少し違いますが、暑い時期だと逆にこちらの方が受けるかもしれませんね」
「うん。あたしたちが作ったのは、冬場に炬燵に入って食べるのに向いてる感じだね」
「でも、どうやって作ったの? アエラさんって、氷系の魔法、使えないって言ってたわよね? あの時」
あの時とは、アイスクリームの作り方を話題にしていたときのことだろう。
牛乳のお裾分けに来た時のことだから、2ヶ月ほど前か?
不思議そうに訊ねたハルカに、アエラさんは頷きつつ、答えた。
「覚えました!」
「「覚えたの!?」」
あっさりと言ったアエラさんに、ハルカとユキの言葉がハモる。
「はい。アイスクリーム、作りたかったですから!」
確か、アエラさんは水魔法が使えたはずだし、エルフなので不可能では無いのだろうが……さすがである。
俺たちのように戦うのが仕事であれば、訓練する時間も取るのが当然だが、アエラさんの場合、本業は食堂。朝の仕込みも早いし、予約があれば夜も遅くまで仕事がある。
最近は、ほぼ予約が詰まっているという話だから、魔法の練習をする時間はなかなか取れないだろうに……。
「あ、でも、私にできるのは食材を凍らせるぐらいですよ? 『冷凍』がやっとです。攻撃に使えるような『氷球』は無理です」
俺たちから感心したような、驚いたような視線を向けられたアエラさんは、パタパタと手を振りつつそう言って謙遜したが、ルーチェさんはそんなアエラさんに少し呆れたような表情を向ける。
「それでも人間の私からしたら凄いんですけどねー。料理に関することだと、アエラ、凄い集中するから……」
「い、良いじゃないですか。ルーチェだって、アイスクリーム、好きでしょ?」
「うん、暑いときに食べるのは最高だね。でも、寝不足になるほど熱中するのはどうかと思う」
「うっ! しっ、仕方ないの! 新しい料理だったんだから!!」
ルーチェさん曰く、どうもハルカたちからアイスクリームの話を聞いて以降、寝る間も惜しんで魔法の訓練とアイスのレシピ作りなどに取り組んでいたらしい。
それの集大成がこれで、その途中にはまぁ、それなりの数の失敗作があったようだ。
完成形を知っているハルカたちと、ちょっと話を訊いただけのアエラさん。苦労するのは当然だろう。
「これ、お店で出してるの?」
「いえ、牛乳の仕入れに問題がありますから。それに、完成したのは最近なので……」
「ちょっと時期を逃したのよねー。暑い時期はそろそろ終わりだし」
ヤストンはともかく、普通に仕入れるとストライク・オックスのミルクが高すぎるため、極一部の常連にサービスで出す以外は、すべて2人で消費していたらしい。
「ストライク・オックスのミルクは卸しても良いが――」
「ホントですか! ナオさん!」
「あぁ、うん。卸すのは構わないんだが、値段はギルドへの卸値ぐらいだぞ? 売れるような値段になるか?」
俺の台詞をやや喰い気味に迫ってくるアエラさんを押し返しつつ、俺は釘を刺す。
気持ち的には安くしてあげたい気はするのだが、俺たちも一応仕事だし、俺の一存で決められるようなことでは無い。
「えっと……いかほど?」
「この瓶――あ、瓶の価格無しの中身だけで、金貨10枚」
そう言ってギルドに卸すときに使う瓶を見せると、アエラさんは悔しそうに唸る。
「くぅっ、高いです! でも納得です。以前手に入れた物よりもずっと美味しかったですから」
「あ、それは私も思った。臭いとか、全然気にならないんだもん。普通、ちょっと香料で誤魔化したりするのに」
アエラさんとルーチェさん、以前2人が勤めていたレストランは高級レストランだけあって、ストライク・オックスのミルクも仕入れていたらしい。
だが、さすがにガラス瓶に直接搾乳、マジックバッグで産地直送、まではできなかったようで、普通の冒険者が販売する物でしかなかったようだ。
「提供したい! 提供したいけど……」
アエラさんはそう言いながら、チラリとルーチェさんを見る。
ルーチェさんは少し考えるように、口元に手を当てて、上を見る。
「その値段だと……アイスクリーム1人分、金貨1枚ぐらいになるね」
「ぐっ……さすがにそれは、うちのお店の価格帯では……」
会計関係はルーチェさんの担当なのか、その言葉にアエラさんが悔しそうに呻く。
周辺のお店に比べると、高価格帯のお菓子などを提供しているこのお店ではあるが、一応は少しだけ裕福な一般庶民向けのお店なのだ。
いくら何でもアイスクリーム1つで金貨1枚は出せないだろう。
「うぅ、それはとても食べられないです……」
メアリがスプーンをくわえ、カラッポになった器を悲しそうに見る。
「あ、そうだ! ハルカお姉ちゃん、作ってほしいの!」
「え? さすがにアエラさんと同レベルの物は作れないわよ? 作り方も解らないし」
「あ、よろしければレシピはお教えしますよ? どうせ、自分たちで楽しむだけですし……」
少し残念そうなのは、せっかくのアイスクリームを販売できないからだろうか。
だが、たまの贅沢にしても金貨1枚は高すぎる。かなり稼いでいる俺たちでも、アイスクリームに金貨1枚は出せないし。
――まぁ、俺たちの場合は、食べたければ自分たちで作れるという事もあるかもしれないが。
「良いんですか? ……う~ん、どう思う?」
ハルカが少し考えて、相談するように俺たちの方に顔を向けた。
「別に良いんじゃね? どうせ余るし」
「ですね。アエラさんにはお世話になってますから」
「うん。アイス以外のレシピももらってるし」
もちろん俺も反対する理由は無いので、すぐに頷いておく。
「うん。アエラさん、時々で良ければ、安く卸しましょうか? 1本あたり金貨1枚ぐらいで。但し、余った分になるし、不定期だと思うけど」
この町のギルドで買い取って貰えるのが月に100本。
これなら30頭ほども搾れば十分で、ダンジョンの行き帰りを考えなければ、1日も掛からない。
そこから追加で搾った分を、仮に金貨1枚で売ったとしても、ストライク・オックス1頭から搾るのに必要な時間は30分ほど。
いや、メアリたちの人手が増えた今となっては、もっと短いか。
探して歩く時間なども含めても、1時間もあれば、1頭から2頭程度は搾れる。
つまり、牛乳瓶5本程度は見込めるわけで、金貨5枚であれば、時給としては悪くない。
「えっ!? 良いんですか? マジックバッグがあれば、保存には問題ないですよね?」
アエラさんが驚いたように俺たちの顔を見回すが、俺たちは問題ないと頷く。
「ま、俺たちがダンジョンに行く気になったときだから、そのへんの不確実さも考慮して、だな」
涼しくなれば避暑のダンジョンに入る必然性は無くなるのだが、食べ頃になった果実を回収するという必要性はある。
その際に一緒に搾乳するのであれば、あまり手間も掛からない。
仮に2ヶ月に1度、収穫に行くとしても、冒険者ギルドに卸せる以上の量が取れることは確実なのだから。
「ありがとうございます! それなら――」
「1人分、大銀貨1~2枚にできるかな? 売れる値段だね」
それでも結構なお値段だが、甘味の値段などを考えれば、妥当ではある。
真面目に働いている人なら、月に1、2度ぐらいなら食べられる値段だろう。
「あぅ、ミーのお小遣いじゃ……」
まぁ、子供には無理だよな。
成人でも少し稼ぎが安定したような、日本で言うならアラサー世代。そのぐらいなら手が出るような価格帯。
ミーティアたちも、もう少し戦力になるようになれば、お小遣いとは別に多少は報酬の分配をしようか、とは話し合っているのだが、今はまだ無理だろう。
「ミーティア、あなたには私たちが作ってあげるから」
「ホントなのです? ありがとうなの!」
「わ、私も? 私もですか?」
「えぇ、メアリもね」
「やった!」
手をギュッと握り、控えめに喜びを表すメアリだが、その尻尾は姉妹揃って嬉しげに揺れている。
「詳しい事はお聞きしませんが、定期的にストライク・オックスのミルクが手に入るんですよね? でしたら、他にもいろんな料理がありますから教えましょうか?」
「良いんですか?」
「はい。冬場とか、シチューとか美味しいですから、是非作ってみてください」
「良いわね。シチュー。他にも何か美味しい料理とかある?」
「そうですね。簡単な物だとやっぱりバターですよね。普通の物とは全然違った美味しさですし、フレッシュバターも美味しいですけど、発酵バターにしても美味しいですよ。他にも――」
料理談義になると、俺たちにできる事は無い。
嬉しそうに話に花を咲かせる女性陣を尻目に、俺とトーヤ、それになぜかルーチェさんも加わって、彼女たちが満足するまで、ナッツを食べつつ、のんびりと待つのだった。









