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[Web版] 異世界転移、地雷付き。  作者: いつきみずほ
第七章 ダンジョン
251/500

226 依頼と国際情勢 (1)

前回のあらすじ ----------------------------------

1ヶ月ほどダンジョンで鍛えてから帰宅する。

明鏡止水が最近来ないと考えるディオラに、ネーナス子爵から相談の手紙。

「お待ちしておりました! 皆さん」


 その日、久しぶりにギルドを訪れた俺たちを迎えたのは、いつも以上に笑顔の眩しいディオラさんだった。


 そんなディオラさんの様子に、ハルカが少し訝しげな表情を浮かべたのも仕方のないことだろう。


「えぇ、こんにちは。……特に約束はしてなかったわよね? 何か用事?」


「はい、いくつか。まずは、牛乳瓶ですね。あそこの部屋に置いてありますので、お帰りになるとき、回収をお願いします」


「解ったわ。それに詰めて持ってくれば良いのね?」


「はい。次は、以前依頼されていた錫杖と宝珠の鑑定結果が出ましたので、お知らせしますね」


 そう言って少し席を外したディオラさんは、以前預けていた錫杖と宝珠を持ってきて、カウンターの上に並べた。


「まずはこちらの錫杖。これは、『カリスマの錫杖』と分類されている物です。これを持って話すと、カリスマ性が微妙に上がる、という魔道具です」


「……微妙に?」


「はい、微妙に。例えるならば、庶民の服を着た人が話すのと、神官の服を着た人が話すのぐらいには違いがあります」


 解りづらい例えだが、言わんとすることは解る。


 ウェ~~ィとか言ってる若者が、「コレ、マジ安全。ヤバいぐらいに安全でイイクスリだから!」と言っているのと、ビシリとスーツを着こなした紳士が「コレはきちんとした臨床試験を経た、科学的に安全性が確認された薬です」と言うのでは、説得力が全く違う。


 どちらも根拠は示していなくても。


「ちなみに、神殿で需要がある魔道具ですね。それなりに尤もらしい説法ができ――ている様に見えますから」


「実際は下手でも?」


「下手でもです。そんな劇的な効果でもないですけど」


 『誰もが従ってしまう』的な効果が無いあたり、とても現実的で夢の無い魔道具である。


 いや、実際にそんな効果のある魔道具が、ホイホイ手に入っても困るのだが。


「……どうする? 私たちには、あまり使い道が無さそうだけど」


「まぁ、貯金代わりに持っていれば良いんじゃないですか? 現金ばかり持っていても仕方ないですし」


「だな。俺たちの場合、現金でもあまり困らないが、逆に現金である必要性も無いからなぁ」


 あちこち移動する冒険者の場合、持ち運びの利便性から宝石などに変えて貯蓄するようだが、この場合、上手くやらなければ宝石と現金との相互交換で目減りが発生する。


 俺たちの場合はマジックバッグがあるので、大量の金貨も難なく持ち運べるのだが、逆に言えば多少嵩張る物でも同じように持ち運べるわけで、無理に現金に換える必要も無かったりする。


 今回の錫杖のように。


「解りました。でしたらこちらは、このままお持ち帰りになるという事で。もう1つの宝珠、こちらは『恩恵ギフトの宝珠』と呼ばれる物です」


 そう言って説明された『恩恵ギフトの宝珠』の効果は、これまでに手に入れた魔道具などと比べても、特に不思議な物であった。


 この宝珠を手に持ち、魔力を込めることで何らかの恩恵ギフトを得られる。それがこの宝珠の効果。


 その恩恵ギフトは、何らかの武器を扱う能力だったり、料理や鍛冶などの技術だったり、もしくは身長や筋力など、外見的変化を伴う物だったり。


 中でも極めつきは、性別すら変化させる宝珠があったらしい。


 俺たちが神から与えられたスキルのように、正に恩恵ギフトと呼ぶにふさわしい物。


 びみょーに現実的なこの世界に於いて、俺たちの知るこれまでの魔道具とは、一線を画す不思議さである。


「それで、これで得られる恩恵は?」

「申し訳ありません。我々にはそこまで調べることができません」

「え?」


 詳しく聞いてみると、冒険者ギルドでの鑑定で確実に調べてもらえるのは、基本的な部分までで、詳細な解説などに関しては、『調べてもらえたらラッキー』という感じらしい。


 さすがに金貨1枚の鑑定料金でそこまでコストを掛けてしまうと、ギルドとしてもやっていけない、ということなのだろう。


 ちなみに、追加料金を払えば詳細な鑑定を依頼することもできるようだが、必要な期間とコストは大幅アップ、下手をすれば売却してもあまり利益が無いような料金が必要になるとか。正に、ボッタクルな感じの道具屋みたいである。


 とは言え、ギルドとしても外部の専門家を頼ったりして調べることになるため、本当にぼったくっているわけではないようだが。


恩恵ギフトの宝珠であれば、どんな恩恵が得られるかを調べられるのは、高位の神官のみなのです。依頼すれば調べてもらえますが……」


「お布施が必要ですか」


「はい。それもなかなかに高額な。ご希望でしたらご紹介致しますが?」


「いえ、取りあえずは持ち帰って、心当たりを当たるわ」


「解りました。ただ、アドバイスとしてですが、調べずに使うのは控えることをお勧めします。恩恵ギフトのすべてが、必ずしもすべての人にとってありがたいとは限りませんので」


「そうでしょうね」


 地雷スキルの怖さについては、俺たちも良く知っている――いや、俺たちこそ(・・)良く知っていると言うべきか。


 俺たちが好き勝手なことを言ったから、という面はあるのだろうが、アドヴァストリス様がなかなかに凶悪な地雷スキルをたくさん見せてくれたから。


 まぁ、初っぱなから『邪神』と名乗っている人から、都合の良い力をもらったら、碌な事にならないのは当然と言えば当然。


 怪しげな声に誘われて力を求めれば、最後に破滅が待っているのがテンプレである。


 この宝珠を作った存在が神かどうかは判らないが、神官しか効果を調べられないという事を考えれば、その可能性は決して低くは無いと思われる。


 今度は【ヘルプ】で回避もできないので、そんなギャンブルをする様なヤツは、俺たちの中には居ないだろう。


 さすがに【強奪】スキルは無いと思いたいが、【魅力的な外見】ですら、俺やハルカが得てしまったら面倒なことになるのだから。




「さて、次は皆さんに2つほどお願いしたいことが。1つは、レッド・ストライク・オックスのミルクの採取依頼です」


「採取依頼……そういえば私たち、ギルドの依頼ってあんまり受けていないわよね」


 俺たちのランクに見合う依頼がラファンに無いことは、ディオラさんも解っているため、特に何も言われることは無いのだが、俺たちのギルドの利用方法は、自由に狩ってきた物を買い取ってもらうだけ。


 1年ほど経つのに、実際に熟した依頼の数は数えられるほどでしかない。


 そっち方面での貢献に関しては、殆どできていないわけで、協力出来るときに協力しない理由は無い。


「解ったわ。ちょうど在庫もあるし――」

「あ、いえ。少し量が多いのです。今回お渡しする瓶で、100本少々と」

「ひゃく!? それは……集めるのも大変だけど、買い取る方は大丈夫なの?」


 作ってもらった瓶のサイズは、俺が作った瓶と近いサイズなので、100本であれば、40頭も搾れば十分に集められるだろう。少し大変そうでも、それ自体は不可能では無い。


 問題は買い取り金額。


 普通のストライク・オックスのミルクが、1瓶で金貨10枚ほど。レッドになると『それの10倍は堅い』のだから、100本も納品すれば、実に金貨1万枚。


 俺たちの家が千枚あまりなのだから、1万枚もあれば豪邸が建つ。


 そもそも金貨10枚の価格自体、俺たちが納品するミルクの品質を考えれば安いのだから、適正価格であればそれ以上になるだろう。


「支払いの方は問題ありません。購入先も決まっていますし、相手は貴族ですから」


 訊いてみると、買うのはネーナス子爵で、お隣のダイアス男爵へのご祝儀として贈る物だとか。


 さすが貴族。ご祝儀の額が桁違いである。

 1億円相当のご祝儀とか……貴族ならその程度はするのか?

 いや、するんだろうなぁ。

 庶民との価値観の違いとしか言いようがないが。


「でも、いくら何でも100本は多くない? 夫婦で毎日一杯ずつ飲んでも、2年分ぐらいはありそうなんだけど?」


「ハルカさん、こういう時にギリギリの量しか贈らないというのは、貴族のメンツ的にあり得ないんですよ。自分たちで飲むなら別ですが、人に贈る場合は無駄なほどの量を揃えるのです。ほら、ハルカさんだって、誰かの家にお呼ばれしたとき、テーブルの上にワインが1本しか無かったら飲みにくいでしょう?」


「……ワインは飲まないけど、何となく解るわね。お菓子なんかでも、数が少ないと手を伸ばしにくいし」


 なるほど。確かに大量に盛ってあるポテチには手が伸びても、残りが少なくなったら、何となく遠慮するよな。


 唐揚げの最後の1個なんかも、残りがち。


 ディオラさんの例えはともかく、貴族の見栄や力関係を考えれば、十分以上の物を用意できる力がある、と示すのも必要な事なのかも知れない。


「ですが、ネーナス子爵ってお金、無かったのでは?」


「無くても、出さないといけない場合には出すのが貴族なのです。仮に借金をしてでも。庶民には解りづらいかもしれませんが」


 俺の疑問に、ディオラさんはため息をつきつつ、首を振る。


 1円でも安いお店を探してしまうような心境だろうか? 明らかに時間の方が無駄なのに。


 ……いや、違うか。

 う~ん、日本の防衛費と、近所の道路の修繕費を同列に並べるような物、か?

 何千億円もする船を買う金があるなら、家の前の道路を直せ、的な。

 まぁ、ナンセンスだよな。比べるに値しない。

 必要に応じて大きな金は動かしつつ、可能な範囲では節約する。

 やはりそれなりに有能なのだろう、ネーナス子爵は。


「あまり時間は無いのですが、引き受けて頂けますか?」


「えぇ。ディオラさんにはお世話になってるし。でも、貴族同士でも食べ物を贈ったりするのね? 毒殺なんかを警戒して、そういうのは避けるのかと思ってたけど」


「あははは、この国の貴族はそんなに殺伐としてませんよ~。毒物を検知する魔道具もありますし、そもそもそんな事をしたら、犯人、バレバレじゃないですか」


 ディオラさんが笑いながらパタパタと手を振る。

 その通りと言えばその通り。


 だが、バレても殺せればオッケー、仮にそれで紛争になっても構わないと考えれば、あり得ないとは言えないわけで。


 それが無いのであれば、この国の貴族は互いにそこまで険悪な仲ではないのだろう。


「しかし、貴族同士の確執が無いのならありがたいな。この国に住んでいる庶民としては」


「争いに巻き込まれたくないですからね。平和が一番です」


 俺たちに関わらないのであれば好きにしてくれ、という感じだが、統治者がおかしな事をすれば、庶民に影響が出ないわけがない。


 昔、このネーナス子爵領であったあれこれだって、一般庶民への理不尽な取り締まりという形で影響が出ているのだから。


「う~ん、残念ながら、争いが皆無、と言うわけでは無いですよ? この周辺ではあまりありませんが、小さな紛争はたまにありますから」


「外国との戦争は?」


「戦争中の国や明確な敵国は無いですが、仮想敵国はあります。そこまで緊張状態は高くないですけど」


 さすがアドヴァストリス様。

 安全な地域だけじゃなく、国も選んで飛ばしてくれたらしい。

 地味に仕事ができる神様である。


 暢気に生きてきた俺たちなんて、あの状態で戦乱の国に飛ばされたら、普通に死んでいた可能性、高いし。




 ここで少しこの国の地理関係について説明すると、まず俺たちのいるこの国が『レーニアム王国』という名前で、この周辺では比較的大きめの国である。


 政情も安定している方で、極端な貧困や種族による差別も殆ど無く、比較的生活しやすい国である。




 レーニアム王国の東にあるのが『オースティアニム公国』で、この国はレーニアム王国とは同盟関係にあり、婚姻関係もあるため、それなりに結びつきが強い。


 国の情勢もレーニアム王国に似ているが、レーニアム王国に比べると、少しだけ宗教関係の力が強いらしい。


 とは言っても、宗教国家というわけではないので、仮に俺たちがこの国に行ったとしても、窮屈に感じるほどではないだろう。


 それなりに立派な神殿もあるらしいので、もし俺たちが観光旅行に行くのであれば、この国が第一候補となる。




 南から南西にかけてあるやや大きめの国が『ユピクリスア帝国』。

 この国がレーニアム王国の仮想敵国である。


 貿易もしているし、武力で以て直接的に睨み合っているわけでは無いのだが、油断はできない相手。


 何らかの対立があった場合、一応はいきなり武力行使には突っ走らず、最初は少し話し合いをしようか、というぐらいの仲である。


 ただし、この国には亜人に対する差別がある様なので、エルフの俺としてはあまり関わり合いになりたくない国である。


 いきなりとっ捕まって奴隷にされる、みたいなことは無いようだが、楽しく観光できるような国ではなさそうだ。




 南東にあるのが『フェグレイ王国』で政情はやや不安定。


 レーニアム王国とは一応友好関係だが、どちらかと言えば争っていないだけ、という関係の方が近い。


 この国、内戦にまでは至っていないものの、内輪もめが酷くて貴族同士の紛争は日常茶飯事。


 下手に関わっても面倒しかないので、レーニアム王国としては、儀礼的に使者を送り合う程度の関係にとどめているのだとか。貿易も殆ど行われていないらしい。


 普通ならこんな国、他国から侵略を受けて滅びそうだが、幸か不幸か国土に魅力が無く、国民性が厄介なので、侵略するコストメリットが釣り合わず、放置されているのだ。


 この国の国民、他国から見れば何の根拠も無い選民思想を持っていて、亜人や他国人に対する差別が酷く、自国民の間でも階級思想があって、とかく扱いづらい。


 ユピクリスア帝国は一度攻め込んで、ある程度の地域を占領下に置き、資本を投下して開発を進めようとしたことがあったようだが、住民の民度の低さ故に資本だけが消費されて大失敗、その土地を放棄して引き上げるに至っている。


 曰く『フェグレイ王国の奴隷の最も良い使い道は、放逐することだ。存在するだけで悪影響があり、全く使い道が無い。もし奴隷に与える食料があるのなら、それを売り払って10分の1の人数でも帝国人を雇うべきである』らしい。


 そんな国なので、国民の生活レベルも低く、ユピクリスア帝国とは別の意味で、観光には向いていない。




 で、残り。レーニアム王国の西から北に掛けての領域だが、このあたりは謂わば空白地帯。


 国交を樹立するような国が存在していないのだ。


 ずっと探索を進めていけばどこかの国に到達する可能性はあるが、魔物が存在する以上、それは簡単なことでは無いし、コストも掛かる。


 そんな事をするよりも先に、国内に開発すべき場所は多くあるのだから、する理由も無い。


 俺たちの拠点としているラファンの町は、そんなレーニアム王国の北西の端、空白地帯に面して存在している。




 ちなみに、俺はレーニアム王国の名前こそ知っていたが、それ以外のことはディオラさんに訊いて初めて知ったことばかりである。


 興味が無いわけではないのだが、そう簡単に知ることのできる情報じゃないんだよな、こういう事って。


 庶民には習う機会も無いので、下手をすれば自国の名前すら知らなかったりするのだ。


 実際、メアリたちも他国の名前はもちろん、レーニアム王国の名前すらあやふやだったぐらいである。


 それをしっかりと説明できるあたり、さすがは冒険者ギルドの副支部長である。

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― 新着の感想 ―
帝国はアメリカ、フェグレイは〇国か……
[一言] 改めて考えると邪神と呼ばれることもある、ってだけで確かに地雷も埋まってたりするけどバランスを取っているって感じだし普通にめちゃめちゃイイ神様だ…
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