224 育児相談
前回のあらすじ ----------------------------------
メアリたちの鎧を注文した後、冒険者ギルドでディオラに相談。
牛乳を売却するため、瓶の手配を頼む。
冒険者ギルドを辞した後は、神殿へと向い、いつも通りの参拝とそれほど高くないお肉――今回はオークのあまり人気が無い部位――を孤児院に差し入れ。
牛乳や良いお肉などはNG。
何故なら、そんな物を渡すのならそれを売って、売り上げを寄付する方が喜ばれるし、イシュカさんにも教育の観点から、高価な物は控えてくれとも言われているから。
俺たちが渡した物を、神殿の方で売却するという方法もあるだろうが……まぁ、やりにくいか。マナー的に、贈り物をお金に換えるというのは。
「いつもありがとうございます」
「いいえ。こちらもお世話になっていますし」
神殿――つまり、アドヴァストリス様にお世話になっていることもあるが、イシュカさんにもメアリたちのことで相談に乗ってもらっている。
日本的教育を施すのであればともかく、こちらの世界にマッチした教育を行おうと思うと、俺たちには少々知識や常識が足りない。
その点、イシュカさんなら経験、知識共に申し分ない。
所詮成人もしていない――日本基準では、だが――俺たちが子供を引き取ろうというのだから、彼女の助けは非常にありがたかったのだ。
「そういえば、先日頂いた乾燥パスタ。あれは良いですね。私たちでも作ってみましたが、安い小麦が美味しく食べられます」
「多少でも手助けになったのなら、幸いです」
「多少どころか! 食費的にはかなり助かっています。毎日のことですから」
このあたりで一般的なパン作りに使われる小麦に対し、乾燥パスタ作りに適した硬質小麦は馴染みが無いせいか比較的安く手に入る。
そして、パンとパスタであれば、作る手間の面でもパスタの方が簡単。
細い麺にするのが面倒と言えば面倒なのだが、俺たちが製麺機を寄付したので、そこは問題無い。
ネックになるとすれば、食べるときに大量の水が必要になる事と、それを沸かすための燃料が必要になる事だが、水に関しては、このあたりは比較的水源が豊富なので問題にならない。
燃料も、ラファンでは家具工房から多くの廃材が出るため、それを寄付してもらっている孤児院では、あまり負担にはならないようだ。
そもそも孤児院の場合、一度に大量の麺を茹でることになるので、沸かしたお湯もあまり無駄にならないし、パン焼きに比べれば乾麺を茹でる方が燃料も少なくて済む。
パスタソースは、俺たちの家ほどには良い物は作れないようだが、それでも堅くなったパンよりは美味しいと好評らしい。
今回のように俺たちが肉を持ち込んだ場合は、それでボロネーゼ的なソースを作り、それがなかなかに人気なんだとか。
「ところで、1つイシュカさんにご相談があるのですが……」
「はい?」
イシュカさんと少し雑談をした後、そう切り出したのはナツキだった。
「メアリとミーティアなのですが、実戦……つまり、魔物と戦いたいと言っているのです。一応、認めはしたのですが、どう思いますか?」
「そうですね。孤児院でも、女の子はあまり多くないですが、男の子なら良くある事ですね。冒険者はある意味『判りやすい』ですから。憧れるところ、あるんでしょうね」
まぁ、気持ちは解る。
何となく格好良く見えるよな、冒険者って。
――成功している人を見れば、だが。
ギルドに登録している人の大半は日雇い労働者だし、冒険者っぽい仕事をしている人も、多くは厳しい境遇にある。
ただ、成り上がれる確率が最も高いのは、冒険者である事は確か。
と言うよりも、何のコネも無い孤児などが、それ以外で成り上がれる可能性なんて殆ど無いのだ。世知辛いことに。
あえて挙げるなら商人は成功できる可能性があるが、始まりは精々露天商か行商人。
もしも小さくても店を持てたなら、それは大成功。
少なくとも1代でそれ以上になれる確率なんて、コンマ以下である。
「そんな時はどうするんですか?」
「走らせます」
「……はい?」
「とにかく走らせて、体力を付けさせます。少なくとも、魔物から逃げられるように」
おぉ、俺たちともちょっと似た考え。
どうこう言っても、一番重要なのは体力だからな。
「この段階で挫折する子も多いのですが、挫折しなくても、体力が付く頃にはある程度の年齢になってしまいますからね」
「なるほど。それで年齢を制限するわけですか」
「はい。体力が付いた後は、私たちが叩きのめします。現実を見せるために。それでも諦めなかった子は……その頃には成人になってますから……」
イシュカさんたち神官は、身を守る程度の技術は持っているようで、それで現実を見せつつ技術を教えて鍛えていくようだ。
そんな風に篩に掛けられ、最終的に諦めない意思と体力、そして多少の技術を身につけた子供が冒険者になるらしい。
そのおかげか、少なくともイシュカさんがこの孤児院の責任者になって以降、冒険者になった子供たちに死亡者は出ていないんだとか。
「そうなると、メアリとミーティアに実戦は少し早いでしょうか?」
「いえ、ナツキさんたちの監督の下で、ですよね? それであれば問題ないかと。私たちの場合、そんな事ができないからという面が強いですから」
イシュカさんたちの仕事は神殿の管理と孤児院の運営など、多岐に渡る。
それらを5人で回しているのだから、当然ながら孤児たちを連れて町の外に出かけ、実戦を経験させるという時間も無ければ、それを行えるだけの技術も持っていない。
ゴブリン程度には負けないぐらいの力があっても、本業は冒険者ではなく神官なのだから。
「それに、実際に冒険者にならなくても、戦う力があるというのは良いことです。それによって将来の選択肢が広がりますので」
「やはり、戦えた方が有利ですか……」
「ですね。職人などに弟子入りするならまた別ですが……あ、いえ、それでも戦えるに越したことないですけど。ですが、安全で、街中だけで完結する仕事に就くのはなかなか難しいですから。地縁血縁の無い孤児の場合は。日雇い労働者でも、体力はあった方が良いですからね」
日本の場合、体力よりも知力であるが、こっちの場合、知力を使える場面って少ないんだよな。
無駄な知識は宝の持ち腐れ。
もちろん、ある程度以上の知力は必要だが、小学生レベルで十分って感じで。
化学、数学、コンピュータ、いずれも使えない。
農業関連学校の知識なら使えるかと言えば、これも少々微妙。
まず、同じ作物が無いし、肥料に成分の比率は書いてない。土地のpHを測る道具も無ければ、農薬も売っていない。
特にこの世界の植物、成長に魔力も影響しているみたいだし。俺たちの販売している肥料の効果とかを考えると。
もちろん無いよりはあった方が良いのだろうが、すんなりと生かせるほど甘くはない。
つまり、最も利便性が高く、潰しが効く能力が『体力』。これさえ人一倍あれば、結構なんとかなるのが庶民の生活。
トミーが日雇いで頼りにされていたことを考えれば、納得できることである。
「わかりました。助言、ありがとうございます」
「いえいえ。いつでもお気軽にご相談ください。親の無い子供を救おうというあなた方の行為は、きっと神の御心に添うものでしょう」
イシュカさんはニッコリと慈愛の笑みを浮かべつつ、その話題を神官っぽい言葉で締めくくったのだった。
◇ ◇ ◇
そんな会話をイシュカさんとした1週間ほど後。
俺たちはメアリとミーティアを連れてダンジョンへと向かっていた。
2人の最初の実戦は数日前。
『最初はゴブリンから』と、1匹ずつ斃させてみたのだが、2人はこれをなんともあっさりと斃し、しかも魔石の回収も平然と行ってしまった。
俺が彼女たちの年の頃であれば、体力や技術面でまず不可能だっただろうが、それよりも精神面でそれを熟してしまうのが凄い。
うちで魔物の解体の手伝いをしていることや、死がより身近にある事なども原因かもしれないが、頼もしいと言うべきか、殺伐としていると悲しむべきか……。
まぁ、そんな内心の葛藤はともかくとして、問題が無いのであれば2人を鍛えるのみ。
それに都合が良い場所として俺たちが選んだのは、当然ながら避暑のダンジョンである。
涼しい事はもちろん理由の1つではあるのだが、東の森でゴブリンを探すよりは魔物が見つけやすく、通路が限定されるので、不測の事態が起こりにくいという利点もある。
俺の【索敵】があるので、そんな事はそうそう起こらないはずではあるが、安全性が高いに越したことはない。
それに、ダンジョンであれば5人全員がメアリたちに付いていなくとも、二手に分かれて自分たちも鍛えることができる。
さすがに自分たちの仕事を完全に放り出して2人に付きっきりというのもマズいと思うしな。
「メアリ、無駄な力押しはしない。まだ体力に乏しいんだから、技術優先。ミーティアは正面から行かない。短剣なんだからまずは避けること優先」
「「はい!」」
今の時間は俺とハルカが2人の担当。
頑張っている2人を指導しながら、下手に他の魔物に乱入されたりしないよう注意を払っている。
このあたりであれば俺1人でも十分に蹂躙できるレベルなので、今トーヤたちはゴブリン・ジェネラルあたりとガチンコをしているはずである。
ゴブリン・ジェネラルは、斃すだけならそう強くない敵ではあるが、魔法の援護無しにタイマン勝負なら、それなりに訓練相手として使えるレベル。
他の魔物が来る心配も無く、戦う場所もあり、出てくる魔物も同じ。
技量も上げたい俺たちとしては、ボス部屋の魔物はなかなかに『ちょうど良い』相手なのだ。
「――はい、お疲れさま。良かったわよ」
「ありがとうございます」
「疲れたの~」
俺が考え事をしている間に、メアリたちの戦闘に片が付く。
すでに数度目の戦闘だが、2人の戦い方はなかなかに安定している。
もちろん、俺とハルカで邪魔な魔物を掃除し、1対1での戦場を作り上げた上での結果だが、年齢を考えれば十分以上に上出来だろう。
「ナオは何か言う事ある?」
「いや、2人とも凄いな、と言うことぐらいだな。想像以上に体力も筋力もある。経験さえ積めば、十分にやっていけるんじゃないか?」
メアリはもちろん、ミーティアもその体格からは想像できないような力を持っているし、すでに数度戦闘を行っているのに、まだ体力を残している。
慣れない戦闘、それもダンジョン内という事を考えれば、1回の戦闘毎にそれなりの時間、休憩が必要かと思っていたのだが、そんな様子も無い。
それは獣人故か、それとも無意識にでも、魔力を用いた身体強化っぽいものを行っているのか。
標準的な獣人という物が判らないので、メアリたちが特別なのかどうかすら判らないのだ。
「ナオさん、ありがとうございます」
「ナオお兄ちゃん、ミーたち、お兄ちゃんたちのパーティーには入れるです?」
「え? え~、そうだなぁ……」
そうなんだよなぁ。メアリとミーティア、2人だけで仕事をするというのは少し無理があるので、やはりパーティーを組むべきだとは思うのだが、その相手となるとなかなかに難しい。
この国では獣人に対する偏見はあまり無いようだが、獣人自体を見かけることが少ないだけに、ゼロとは言えないし、性別が女というのもネックとなる。
そう考えると、俺たちのパーティーに参加するのが安全と言えば安全なのだが……問題はレベル差だよな。
ハルカに目をやると、ハルカは少し考えて頷き、口を開いた。
「ダメとは言わないわ。但し、最低でも戦闘の邪魔にならない程度の力は付けてもらう。それも近いうち……少なくとも1年以内に。できる?」
「頑張るの!」
「はい!」
俺たちがこちらに来てそろそろ1年。
それを考えてのリミットなのかもしれないが、スタート地点の違いや年齢の違いを考慮すれば、少々厳しいような気がする。
だがそれでも、ミーティアとメアリは瞳を輝かせ、とても良い返事をしたのだった。









