223 牛乳を売る……準備
前回のあらすじ ----------------------------------
ボスは無視して帰宅。メアリたちとお土産のナッツを食べる。
メアリたちが手伝いたいというので、まずは弱い魔物と戦わせてみる方針に。
あれから少し話し合った結果、メアリとミーティアに与える防具は、一般的なソフトレザーの鎧に決まった。
ガンツさんの店で2人分、採寸して注文したところ、まとめて金貨30枚となった。
その値段でもメアリたちは、あわあわしていたが、まぁ、このくらいは良いだろう。
ミーティアたちのお小遣いでは手が届かなくても、駆け出しの冒険者がちょっと頑張れば何とかなるレベルだし、このぐらいの防具があれば、雑魚相手の戦いで、いきなり致命傷を負うことも無いだろう。
さすがに俺たちみたいに、ただの服で戦わせるわけにはいかないからな。
鎧の注文が終わった後は、メアリとミーティアは家に帰らせ、俺たちはディオラさんに相談するため、冒険者ギルドへ向かった。
「ディオラさん、ちょっと相談があるんだけど」
「ははは……ハルカさんたちにそう言われると、ちょっと身構えてしまいますね~。まぁ、取りあえずあちらの部屋へ」
これまでも何度も相談を持ちかけ、中にはちょっと面倒なこともあったせいか、少し笑顔が引きつっているようにも見えるディオラさん。
それでも無下にすることなく、俺たちを別の部屋へと案内してくれた。
そこにあったテーブルの周りに全員が腰掛けたところで、俺がマジックバッグからお裾分け兼、相談料を取り出す。
「こちら、相談料です。お納めください」
「わっ、良いんですか? これは梨――シアスペアですよね? 高かったでしょう?」
梨を3つほどテーブルに並べ、ずずいっとディオラさんの方へ滑らすと、ディオラさんは嬉しそうにそれを手に取った。
ちなみに、『シアスペア』というのは梨の品種のことで、日本で言うなら、『幸水』とか『二十世紀』とかと言うのと同じである。
調べてみたところ、シアスペアは梨の中では美味しい品種らしく、ディオラさんが言うとおり、買えば結構高いらしい。
ダンジョンで得られた他の果実に関しても同様で、品種改良もされていないのに俺たちが美味しいと感じる時点で、正確な値段は判らずとも、その大半がかなり高級品であるのは当然と言えば当然だろう。
「いえ、買ったわけじゃないので……相場としては、いくらぐらいなのですか?」
「産地だと100レアぐらいで買えるみたいですが、ピニングだと安くても300レアはしますよ? ラファンなら、普通は入荷しませんね。そもそも今はちょっと時季外れですし」
ちなみにこの世界、マジックバッグがあるので、金さえ出せば旬の時期以外でも農作物が手に入る。
ある意味では、日本よりも保存技術が進んでいるとも言えるが、それにかかるコストは決して安くない。
保存のためにマジックバッグを占有してしまうので、運搬など他の用途に使えなくなるし、その稀少性は業務用冷蔵倉庫などとは全く異なる。
他の用途で使った時よりも多く稼げなければ、保存のためには使わないわけで、保存された物に上乗せされる額はかなりの物になる。
正に『金さえ出せば』で、普通は買えない。
「どこか遠くに行ったお土産かと思ったんですが、つまりこれはダンジョン産、ですか?」
「はい」
「これを売りたいと?」
解りました、とばかりに頷くディオラさんに、俺たちは慌てて首を振った。
「あ、いえ。これは自分たち用です。売る予定はありませんよ?」
「あらら。そうなんですか? 結構高く売れますよ? もし、時期に関係なく採れるとすれば……うん、ディンドルに近いお値段にはなるでしょうね」
「そう言われると、ちょっと魅力的……あ、いやいや、売りません。ディオラさんにはお裾分けしますけど」
それは少し魅力的なお話ではあるが、俺たちがこれを売らないと決めたのには理由がある。
それは、数日でまた搾れるようになるストライク・オックスと比べ、果物は一度収穫してしまうと、不自然に復活したりはしないという事。
ディオラさんの言うとおり、時期に関係なく順次収穫できそうではあるが、残念ながら一度に取れる量には限りがある。
何というか、今は俺たちしか入っていないから問題は無いが、何組もの冒険者が入るようになると、食べ頃になる前に収穫されてしまいそうな感じである。
まぁ、簡単に言えば、あまり人に知られたくないのだ。
「なるほど。了解です。お任せください」
「ありがとうございます。これ、お裾分けです」
今度、ポンポンポンと並べたのは、リンゴが3つ。
それも、ずずいっとディオラさんの方へ。
「ありがとうございます。お裾分け、ですね?」
「はい」
そう、これはお裾分けで、決して口止め料とか、賄賂とかではないのだ。
全く問題は無い。
「本命はこっちなの。飲んでみてくれるかしら?」
ハルカが取りだしたのはストライク・オックスのミルク。
それをコップに入れて、ディオラさんの前に。
そのミルクを見て、ディオラさんは曖昧な笑みを浮かべて少し身体を引く。
「私、山羊のミルクはあまり得意じゃないんですが……」
「安心して。山羊じゃないから」
「山羊じゃない……?」
ディオラさんはハルカの言葉に、不思議そうな表情でコップに鼻を近づけ、その匂いを嗅ぎ、ハッとしたように目を見開いた。
「これって、もしかして……」
そのままコップを手に取って一口飲み、ディオラさんは声を上げた。
「これって、ストライク・オックスのミルクじゃないですか!? しかも、すごく美味しいです。嫌な臭いも無いですし……」
「はい。よく判りましたね?」
「え、えぇ、まぁ……」
ストライク・オックスのミルクはなかなかに高いはずだが、さすが冒険者ギルドの副支部長。ある程度お金は持っているらしい。
まぁ、多少の割引価格とはいえ、高級果実のディンドルを買うような人だからなぁ。
「どうされたんですか、これ。どこかで買った、わけじゃないですよね?」
「えぇ。ダンジョンで見つけた物よ。売りたいんだけど、どう思うかしら?」
「ストライク・オックス、この周辺には生息していませんから、それなりのお値段で買い取りますよ」
「それはありがたいわね。ただ、容器の方が……」
「なるほど。瓶ですね。ご希望なら、こちらで工房に発注して用意しましょう」
さすがディオラさん。話が早い。
「良いの? 手間が掛かると思うけど」
「これが手に入るなら、大した手間でもありません。普通の冒険者だと、運搬の利便性から革袋を使うので、臭いが付いたりするのですが、これにはそれが全くありません。高品質です。やはり、マジックバッグは素晴らしいですね」
牛乳に臭いが付かないようなガラスや陶器の瓶は割れやすく、そんな物を冒険に持っていくのは少々非現実的。
その上、上手いことストライク・オックスからミルクを搾ったとしても、それを持ち帰るための時間が必要になる。
早くても常温で1日ほど、下手をすれば数日。
生乳の扱いとしてはかなりヤバいだろう。
その点、マジックバッグを使えば両方を解決できる。
つまり、搾りたてで、臭いの付いていない高級牛乳。
かなり価値は高いだろう。
更に言えば、ハルカにかかれば冷却に殺菌まで可能なわけで。
ノンホモ低温殺菌牛乳なんて目じゃないね。
「後は、いくらで買い取るか、ですが……どうしましょうか?」
「決まってるんじゃないの?」
「標準的な価格はありますけど、これにそれを当てはめるのはさすがに問題がありますから。どのぐらいの量を売るのか、今後も供給されるのかなど、それらを総合的に考えて買い取り価格を決めたいですね」
規則通りなら、標準的な価格で安く買い叩き、高く売ればギルドが儲かるわけだが、ディオラさんとしては、さすがにそれは不義理、という事なのだろう。
「ちなみに、高く売るとすれば?」
「これなら、その瓶1本で金貨40枚ぐらいは出しますね、貴族なら」
「ホントに? さすが貴族、半端ないわね」
コップ1杯2~3万円の牛乳……高すぎねぇ?
――しかしよく考えたら、お店で売っているワインでも、高い物ならそれぐらい(1本10万円以上)する物はある。
それを思えば、飲み物として異常に高すぎる、というわけでもない?
俺にはとても飲めなかった――そもそも未成年だったし――値段の飲み物ではあるが。
「伯爵なら簡単に、子爵家でも少し裕福な家であれば、問題なく買いますよ、このくらいなら」
「ネーナス子爵は?」
「あ~……あそこは買わないでしょうね、あまり余裕がありませんから」
少し困ったような表情で笑みを浮かべ、ディオラさんは首を振る。
確かに、先日ケルグで起こった争乱のこともある。美食に金を浪費している場合ではないだろう。
「ただし、高く売る場合には多少問題もあります」
そう言ってディオラさんは、いくつかの問題点を挙げる。
まずは販売先。
高く売ることが出来るとは言っても、その販売先には限りがある。
そのため、希望する量を買い取れるかどうかは判らないという事。
もう1つは、高く売れるとなった場合、一攫千金を夢みて、避暑のダンジョンに入る冒険者が増えるという可能性。
あそこのダンジョンに到達するには、それなりの腕が必要になるし、ストライク・オックスからミルクを搾る困難さ、更にマジックバッグ無しには運搬や保存が難しい点など、普通に考えればマネをしようなんて思わないのだろう。
だが、大金には無謀な挑戦に走らせる力がある。
冒険者ギルドとしては無駄に死亡者が増えるのも困るし、俺たちからすれば、万が一ダンジョンに入ってこられて、先ほどディオラさんとの間で合意に至った、果物に関するなんやかやがダメになるのも悲しい。
「安く売るなら?」
「えーっと、最低でも金貨5枚以上でしょうか。他への影響を考えるなら、10枚ぐらいにはして欲しいですね」
一般的なギルドでの買い取り価格の範囲。
その上限が金貨5枚ぐらい。
俺たちの牛乳はそれよりも明らかに品質が高いため、同レベルの価格だと色々と面倒らしい。
当然と言えば当然か。
高級肉と安物の肉が同じ値段で売っていたら、安物の肉は売れ残るか、値下げを要求されるに決まっている。
マジックバッグの数が限られるため、影響があるのは基本的に近場に限られるのだが、あまりに差が大きいと、マジックバッグ持ちの商人がやって来て買い占めてしまう、などという事もあり得るようだ。
「なるほどね。じゃあ仮に金貨10枚として、どのくらいまでなら捌ける?」
「そうですね……月に100本までは問題ないと思います。状況次第でもっと売れるようになる可能性はありますが、今のところは」
100本。ストライク・オックス30頭あまりか。
1日で集められる量だな。
行き帰りの時間を無視すれば、1日で金貨千枚。1人あたり200枚。
往復の時間を入れても、50枚ぐらいにはなるか?
うん、悪くない。
それに、俺たちとしても他の冒険者がダンジョンにくるのを阻止……までは行かずとも、可能性が下がる方が都合が良い。
「良いんじゃないか? そのぐらいなら負担にならないし、利益としても十分だろ」
「そうね。それじゃ、ディオラさん、それでお願い」
「判りました。瓶の方、手配しておきます」
「後は魔石と……これもあったわね」
ハルカが取りだしたのは、再び牛乳瓶。
但し、その中身はレッド・ストライク・オックスのミルクである。
俺たちにはあまり評価の高くなかった牛乳だが、トーヤ曰く、価値は高いらしい。
とは言え、普通に考えれば普通のストライク・オックスのミルクとパイを奪い合うことになるわけで、苦労してあえてこちらを採取するほどの価値があるのかどうか……。
「えっと、これは? 先ほどのミルクとは違うのですか?」
ハルカがなぜ再び牛乳瓶を取り出したのか理解できない様子で、ディオラさんが首を捻る。
よく見比べれば違いが分かるのだろうが、俺の作っている瓶は似非ガラス瓶なので、あまり透明度は高くない。
もっと上達すれば綺麗な石英ガラスが作れるのかもしれないが、実用上は問題ないし、それを目指すと魔力がガリガリと減っていくので、大量生産など到底無理。
以前トライしたときは、グラス1つ作るだけでしばらく動けなくなってしまったほどである。
エルフの俺でそれなのだから、魔法使いがガラス工房の代わりを務めるというのは、あまり現実的では無さそうである。
「瓶に入っていると判りにくいけど、これ、レッド・ストライク・オックスのミルク」
「なんっ――!? ちょ、ちょっと待ってください」
声を上げかけたディオラさんは、慌てて自分の口を押さえ、気持ちを落ち着かせるように深呼吸を繰り返す。
「失礼しました。――えっと、本当ですか?」
ディオラさんは、少し疑わしそうに瓶を眺める。
まぁ、そのままだと判りにくいか。
「飲んでみますか? コップに入れれば色の違いが分かりますよ?」
「いえいえいえ! 結構です! そんな高い物は!」
「……やっぱり、高いんですか?」
「えぇ、そりゃあ、もう! 普通の物と比べて、搾乳の難易度も全然違いますから」
レッド・ストライク・オックスからミルクを搾るときに問題になるのは、その力は勿論として、一番のネックはやはりブレスだろう。
魔法の補助が無ければ、正面に立って押さえつけることができないのだから、それだけでも一気に難易度が上がる。
それに対応できるような冒険者であれば当然、普段の稼ぎも多く、つまりは時給が高い。
俺たちは魔法を上手く使って多少楽をしているが、忘れがちだが魔法使いというのはかなり希少な存在なのだ。そう簡単に、それも複数用意できるはずも無い。
そんなわけで、レッド・ストライク・オックスのミルクの採取にかかるコストはかなり高くなってしまうのだ。
「あとは、その効果ですよね。貴族の方にはとても人気がありますから」
「効果?」
「あ、ご存じありませんか? そうですか……」
ディオラさんは少し意外そうに目を瞬かせた後、少し言いづらそうに言葉を濁す。
「えっと、何か問題があるの?」
「問題は、別に無いですよ? ただ、その……元気になるんです。これを飲むと。まるで荒ぶる牛のように」
「…………あぁ。なるほどね。本当に効果あるの? 私たちも飲んでみたけど、別に」
「皆さんは若いですからね。それに、ハルカさんは女性ですし」
ん? 『女性ですし』? つまり、『男性が元気になる』?
……あ、そっちか。元気になるって。いわゆる精力剤的に。
ディオラさんが言いにくいのも理解できた。
「やっぱりそう言うのって売れるんだな?」
「はい。やはり、貴族は如何に子供を残すか、というところがありますから」
少し感心したような表情でそんな事を言うトーヤに、ディオラさんも苦笑して頷く。
恐らく、科学的な意味での不妊治療なんて無いだろうし、家の存続が掛かる貴族としては、そっち方面もそれなりに切実なのかもしれない。
「それで、いくらぐらいなの?」
「売れる数は限られますが、少なくとも10倍は堅いですね」
「そんなに!?」
俺からすれば、『たかが精力剤に』と思わなくもないが、バイ○グラが人気だったことを考えると、必要な人にはやはり必要なのだろうか。
だがそれにしても、結婚の早いこの世界での不妊は、立つ、立たない以前の問題があると思うのだが……もしかすると、単なる精力剤以上の効果があるのだろうか?
であるならば、少しは理解できる。
日本でも、不妊治療に大金を投じる人はいるのだから。
俺の親戚も普通の治療の他に、よく判らないサプリやら、健康食品やら、水やらにお金を使っていたし……これは効果があるのだろうか?
プラセボ的な物ではなく。
「えっと、ディオラさん、これって本当に効果があるんですか?」
「……ナオさん、その……機能に不安が?」
「ありません! そうじゃなくて……できても、デキるとは限らないじゃないですか」
ディオラさんに『その歳で……?』みたいな視線を向けられたので、強く否定しつつ、疑問に思ったことを聞く。
少しぼかした言い方ではあったが、ディオラさんは理解したらしく、軽く頷いて答える。
「さすがに百発百中とはいきませんが、効果を感じられるぐらいには違いがあるようですよ? ただ、ある程度の期間、飲み続けないとダメらしいので、かなりお金が掛かりますけど」
具体的には、夫婦共に最低でも1カ月。
貴族にとってみれば、それで跡継ぎが出来るなら安い物なのかもしれないが……家が建つな。
レッド・ストライク・オックスからミルクを搾るのはちょっと大変だが、それだけの価値はあるかもしれない。
「うちのギルドとしては、是非販売して欲しいですね。頻繁に売れるものではありませんが、貴族相手の切り札、とまでは言わずとも、手札にはなりますので」
ギルドの庇護下にある俺たちとしては、ギルドにある程度の力があることは重要だし、高く売れるのだから拒否する理由も無い。
「わかりました。それではある程度の量、確保しておきます」
「はい。よろしくお願いします」
頷いて採取を約束した俺に、ディオラさんは笑みを浮かべて頭を下げた。
新年、明けましておめでとうございます。
この連載、2018年1月1日から始めていますので、本日でちょうど一年。
続ける事ができたのも、読んでくださる皆さんのおかげです。
今後とも、ボチボチと続けていきますので、よろしくお願い致します。
ちなみに、カクヨムでは『異世界神社の管理人』という話を連載していますので、お正月、お暇であれば読んでみてください。
普通にのんびりスローライフ系、です。
タイトルが微妙に被ってるのは、カクヨムの方に地雷付きを載せる予定が無かったからです(笑)









