222 教育方針?
前回のあらすじ ----------------------------------
レッド・ストライク・オックスからミルクを回収。
途中で土壁が崩れたので、斃すことに。
森ではグリフォアというナッツを採取し、ボス部屋の前に辿り着く。
「ふーー、今回も無事、帰って来られたな」
「そうね。収益的にどうかはまだ判らないけど……美味しいナッツがいくつも得られたし、私としてはそれなりに満足ね」
しばらくぶりに自宅に戻った俺たちは、装備を解き、居間で冷たい物を飲みながら一息ついていた。
え? 20層のボスはどうしたかって?
もちろんスルーして帰って来たさ。
扉の前から15層へ転移して、そこから魔法陣で入り口に飛んで。
レッド・ストライク・オックスのミルクの価格調査やら、ストライク・オックスのミルクの売却検討など、20層までの間にもやることは色々ある。
すぐに先に進む予定が無いのに、ボスに挑む理由があるはずが無い。
その間、ちょっとでもレベルが上がれば、それだけ安全にボスが斃せるのだから。
もしもボスが雑魚確定であれば、サックリと斃してから、20層の転移魔法陣で戻る方法もあっただろうが、レッド・ストライク・オックスの事を考えれば、侮るのは愚かだろう。
どんなボスか気にならなかったと言えば嘘になるが、ちょっとだけ扉を開けて、中を覗くという選択肢は俺たちにはあり得ない。
この世界のダンジョン、ボスから逃げられるのと同様、ボスだってボス部屋に縛られないのだから。
まぁ、ボスが巨体の場合は、物理的に扉から出られないみたいだけどな。
「食生活の面では有益だよね、ナッツエリア。収益的には微妙でも」
「ですね。ナッツ、美味しいですから」
今回のお土産、各種ナッツもメアリたちには好評だった。
俺たちもそれをお茶請けに、一休み。
ハルカたちが注意深く焙煎したこともあり、ダンジョンで食べたときよりも数段美味い。
「こんな木の実、初めて食べるの」
「こっちはコリコリ、こっちはホクホク。いろんな木の実があるんですね!」
このあたりでは良く出回っているクット。
これは子供が小遣い稼ぎに集めるような木の実なので、当然ながらメアリやミーティアも食べたことがあった。
だが、冒険者が集めてくるような栗や胡桃に関しては、このあたりの店でも普通に売ってはいるものの、少々高価なため、口にする機会は無かったようだ。
そして、ビレルとグリフォア。
これらは俺たちも、ラファンで売っているのを見たことが無い。
当然のようにメアリたちも初めてだったようで、ちょっと食べすぎかな? というぐらいポリポリと食べている。
ポリポリ。
パリパリ。
カリコリ。
「……あの、メアリ、ミーティア。もうそのくらいで」
そう思っていたのは俺だけでは無かったようで、ナツキが少し困ったような表情を浮かべて、2人を止めた。
「え? ……はっ! す、すみません、食べ過ぎました!」
ナツキに言われ、ちょっと首を捻ったメアリだったが、ハルカが苦笑しながら2人の前、テーブルの上にこんもりと積み重なったナッツの殻を指さすと、慌てて手を止めて頭を下げた。
「うっ。食べ過ぎたの……でも、もうちょっと……」
「こらっ!」
ちょっと気まずそうな表情を浮かべつつ、それでもコッソリと手を伸ばしたミーティアの手を、メアリがペシリと叩く。
「あう……」
「あんまり食べ過ぎたら、身体に悪いからね。気持ちは解るけど」
「解る。目の前にあったら、つい手が伸びるよな。ナッツって」
引っ込めた手を押さえて涙目になるミーティアに、ハルカが苦笑を浮かべ、トーヤもまた、うんうんと深く頷く。
これは、俺たちの方が悪いかもなぁ。
収穫してきたナッツを全部まとめて焙煎し、それを大皿でテーブルに置いていたから。
トーヤの言うとおり、ミーティアたちよりは大人で、ある程度は自制心があるつもりの俺たちだって、目の前にあったらついつい手が伸びてしまうから。
「大半のナッツって半分以上脂質だからねぇ。あんまり食べ過ぎたら、ぷくぷくのおデブちゃんになっちゃうよ?」
ユキが笑いながら、ミーティアのほっぺたをツンツンとしてそんな事を言うと、ミーティアは自分のほっぺに両手を当てて声を上げる。
「それは困るの! ミーは強い冒険者になるの!!」
が、その視線はまだナッツの大皿に向いたまま。
俺たちはそんなミーティア、そしてメアリの様子に顔を見合わせて苦笑し、ちょっと名残惜しそうな2人の視線を感じながら、ナッツを保存庫の中へと片付ける。
「適量――そうですね、1日分で、片手に軽く載るくらいの量であれば、自由に食べても構いませんから、今日は我慢しましょうね?」
「片手……」
ナツキの言葉に、ミーティアが自分の手をじっと見る。
そして、視線をふらふらとメアリの手、そして俺たちの手と彷徨わせ、再び自分の手に。
「……ミー、無理に積み上げよう、とか思っちゃダメだからね?」
「お、お姉ちゃん、ひどいの! そ、そんな事、思ってないの!」
ジト目で告げられた言葉に、必死に反論するミーティアの姿は少々信憑性に欠ける物だった。
「メアリ、あなたとミーティアの分、あなたが同じ量を小皿に盛って、それを食べなさい。大皿から直接食べないこと」
「はい、解りました」
「ぶーー! ひどいの。信じて欲しいの!」
不満そうなミーティアに、ハルカは苦笑を浮かべる。
「つい食べ過ぎるのは私も理解できるからね。でも、少量なら問題なくても、食べ過ぎたら毒になる物とかあるんだから、本当に注意しないとダメ」
「ですね。銀杏なんて、10粒に満たなくても、中毒を起こす可能性があるみたいですから」
「そ、そんな食べ物があるのです?」
頷きながら付け加えたナツキの言葉に、ミーティアの表情が不安そうに変わる。
「結構あるわよ? だから、いくら美味しくても、こういった物をお腹いっぱい食べるのは避けた方が良いわね」
「キノコなんかも危ないですよね、地味に。少ししか食べませんから、問題ないだけで」
「それって、毒キノコじゃ無くてもか?」
「はい。例えば松茸なんかも、それだけでお腹いっぱいになるほど食べたら、危ないみたいですよ?」
少し驚いた表情を浮かべるトーヤに、ナツキは頷き、予想外の事例を挙げた。
「マジで? 意外……でも、問題が起こる可能性が全く見えねぇ!」
「あぁ、庶民には関係ない話だな」
そもそも大量に食べるような物ではないが、金銭的にも1本食べることすら難しい。
日本に居たときであれば。
もしもこちらの世界で見つけたとしたら……ま、そんなに食べることも無いか。
冷静に考えれば、何本も食べたいようなキノコでも無いし。
「何を食べるにしても、程々にということね」
「注意するの……」
「はい、注意してください。私たちも別に意地悪で言っているわけじゃないですから」
なんだか、「お菓子買って!」と言う子供に、「我慢しなさい」と言い聞かせる親の気分。
ミーティアは別に泣きわめくわけじゃなし、言えばきちんと聞いてくれるので、かなり楽なんだとは思うけど……親って大変だね。
「あの、話は少し変わりますが、ナッツを集めるぐらいなら、私たちも手伝えませんか?」
「あ、ミーも手伝いたいの!」
たくさん食べてしまったことを気にしたのか、そんな提案をしてきた2人に、俺たちは顔を見合わせる。
気持ちは嬉しいが、実際に出来るかとなると……。
「いや、手伝うって言っても、ナッツを集めたのはダンジョンの中だしなぁ」
「うん。決して安全とは言えない場所だから」
確かにナッツの回収作業は人手があった方が楽なのだが、森の中に出てくる魔物でも、メアリたちには少し危ない気がする。
本来後衛であるハルカでも、小太刀でサクサク斃しているので、雑魚は雑魚なのだが、冒険者未満である2人が斃せるかどうかは別問題である。
一応、訓練は付けているが、どれくらい戦えるのか……。
「私としては、そろそろ実戦を経験させても良いかな、とは思っていたけど……」
「いや、それにしても、いきなりダンジョンはどうなんだ?」
「むしろ、ダンジョンの敵の方が弱いでしょ。そこまで行ければ、だけど」
ハルカの意見に俺は思わず反論したのだが、よく考えれば間違ってはいない。
ただ、メアリとミーティアの容姿、年齢を見ると戦わせて良いのか、という意識の方が強くなる。
こちらの常識とはマッチしないのかもしれないが、どう見ても子供だし。
「トーヤ、どう思う?」
「ん~~、ゴブリンは問題ない、と思う。筋は良いと思うぞ?」
「ナツキは?」
「そうですね。さすがに獣人というべきでしょうか。年齢から考える以上に、身体能力はありますね。私もゴブリン程度であれば問題なく倒せると思います」
基本的な訓練は全員で行っているが、個別の武器の扱いに関しては、メアリはトーヤから剣を、ミーティアはナツキから小太刀の扱いを学んでいる。
その2人が問題ないというのであれば、本当に問題は無いのだろう。
3人が賛成に回るともう決まりみたいな物だが、一応ユキに視線を向ける。
「ん~~、2人は戦いたいんだよね? ならやらせてみれば良いんじゃない? あたしたちがいれば致命的な事にはならないと思うし」
「やりたいです!」
「やるの! ミーは凄い冒険者になるの!」
やる気満々ですね。はい。
親の心子知らず、ですか?
――いや、日本の常識に俺が縛られているだけか。
「そこまで言うなら反対はしないが、装備はどうする? まだ何も無いだろ?」
訓練の時は、基本的には木刀か俺たちのお古の武器――青鉄などで作った武器を使っている。
当然、物自体は良いのだが、2人の身体に合っているかと言われると、当然否である。
メアリの武器はトーヤの物だし、ミーティアの武器はユキの物。
どちらも体格の違いがそれなりにある。
それでもそれなりに扱えているのは、獣人の身体能力の高さ故なのだろうが。
「あの、今借りている物でも……」
遠慮がちにそう言うメアリだが、武器の使い勝手は結構戦いに影響する。
軍隊に所属しているとか、戦争のように余裕が無いとかであれば、規格品を使うべきなのだろうが、そうで無いのなら、可能な限り使いやすい武器を使う方が安全、かつ効果も高い。
お金に余裕ができて以降は俺たちも、使っている武器はすべてオーダーメイドである。
……ん? よく考えるとかなりの贅沢?
普通の冒険者は、武器屋に並んでいる武器を買うのが一般的。
それどころか、駆け出しの冒険者であれば、捨て値で樽に突っ込んである剣からマシな物を探して買うとか。
それに比べれば、多少体格があわないとは言え、俺たちの使っていた剣はかなり品質が良いわけで。
「どう思う、ハルカ?」
「それはむしろ、トーヤとナツキに聞くべきね」
「無理をしなければ問題ないだろ」
「はい。ギリギリの戦いでなければ十分かと」
ハルカに視線を向けられた2人は、問題ないと頷いた。
まぁ、普通の駆け出しに比べれば十分に恵まれているわけだし……あとは――。
「それなら武器は問題ないとして、防具はどうする?」
「防具は良い物を用意したいわよね、命に関わるから」
「出来ればオレたちと同レベルの物が良いよな」
「はい。ですが、私たちと同レベルの物となると、かなりのお金が掛かりますね。この2人は成長期ですし、買ってもすぐ着られなくなる可能性も高いです」
怪我はさせたくないが、使える期間が短い物に大金を投じるべきなのか。
そして、駆け出しに過ぎないメアリたちに高価な防具を買い与えるのは、少々甘やかしすぎじゃないか。
色々な要素が絡むため、5人揃って頭を付き合わせる俺たちに、遠慮がちに声を掛けたのはメアリたちだった。
「あの、どれくらいなんですか? 私たちのお小遣いじゃ……?」
「ミー、頑張って貯めてるの! 全然使ってないの!」
ふんふん、と鼻息も荒いミーティアに、ユキはちょっと困った顔で現実を突きつける。
「う~ん、無理かなぁ。金貨千枚以上になるし」
「「せんっ!?」」
メアリとミーティアは家族扱いという事で、俺たちから多少のお小遣いをあげている。
この世界だと家の手伝いは当たり前、お小遣いなんて貰えないし、ご飯をお腹いっぱい食べられるだけでかなり恵まれている、という状況なので、渡しているお金はメアリたちからすれば十分に大金なのだろうが――まぁ、俺たちの感覚から言えば、子供のお小遣いレベルである。
実際、家事を手伝ってくれている2人に対する、子供のお小遣いだし。
小学生としては少し多めでも、子供のお小遣いで、並みの自動車よりも高価な物を買えるわけが無い。
「うぅ……ちょっとお小遣いの前借りぐらいじゃ、全然足りません」
「ぼ、冒険者って、そんなにお金、掛かるのです?」
「ちょっと良い物だと、どうしても、ね」
ショックを受ける2人だったが、現実は現実である。
良い物はやはり高いのだ。
「ここは素直に、普通の駆け出し冒険者が使うような防具を与えれば良くないか? 俺たちの場合、負けたら即死亡、怪我したら路頭に迷うって状態だったから、無理しても良い防具を買ったが、メアリたちの場合、そうじゃないだろ?」
「……それもそうね? 多少の怪我なら私たちが治せるし、負けそうになれば手助けもできる。それに路頭に迷うこともない」
「うん、そっか。メアリたちなら、普通に療養ができるんだよね」
俺の提案に、ハルカとユキも納得したように頷く。
忘れがちだが、俺たちとの一番の違いがここ。
稼げなくなった時点で宿を追い出され、一度のミスが命を奪う状況だった俺たちとは根本的に違う。
まぁ、その分、俺たちには初期スキルというアドバンテージもあったわけだが。
「メアリたちもそれで良い?」
「も、もちろんです。あ、いえ、買ってもらっても良いのですか?」
「うん、それぐらいはね。私たちは大銀貨10枚からのスタートだったけど、結局冒険者がなかなか成功できないのって、初期資金の乏しさと、指導者がいないことにあると思うから」
この世界に来て、ルーキーの冒険者を見て思うのは、想像以上に技術が無いということ。
その理由は色々あるとは思うが、簡単に一言でまとめるならば、『余裕が無い』。
戦闘スキルなどは1つの財産であり、それを学ぶためにはそれなりの対価が必要となる。
そして冒険者になるのは、一部の例外を除き、三男や四男など、継ぐべき農地も家業も無いような、いわゆる『余り者』である。
そんな余り者に親が教育費を掛けてくれるかと言えば、これまた一部の例外を除けばあり得ないだろう。
そもそも、ある程度戦う技術を持っているのなら、わざわざ冒険者にならずとも、兵士などの安定した職業は他にもある。
つまり、最初から技術を持つ冒険者というのは、俺たちのように身元不確かなどの特殊事情を持っていたり、あえて冒険者を選んだやや変わった人、そしてメアリたちのように幸運にも指導者を得られた人ぐらいなのだ。
ちなみに、冒険者の子供が冒険者になる、というのは案外少ないらしい。
まず冒険者が家庭を持てることは殆ど無い、という世知辛い事情に加え、上手く家庭を持てた冒険者は、逆に冒険者の実情を良く知っているため、子供が冒険者になるのを必死で止めるという。
そう考えれば、俺たちもメアリとミーティアを止めるべきなのかもしれないが、残念ながら俺たちには、冒険者以外の仕事を斡旋してやることもできない。
尤も、『トーヤと結婚すればなんとかなるんじゃね?』と思わなくも無いのだが、そのへんは自由意志に任せたいところである。









