220 ナッツだ、ワッショイ! (2)
前回のあらすじ ----------------------------------
マードタウロスを斃して宝箱から手に入れたのは、白鉄製の両手剣だった。
16層は森で得られるのが栗になっただけで、15層と代わり映えはせず。
ストライク・オックスが同じようにいるので、牛乳瓶が足りなくなる。
ストライク・オックスのミルクに関しては一時棚上げし、俺たちは探索を続けていた。
無駄に戦闘になるのも面倒なので、【忍び足】や【隠形】の訓練も兼ねて、極力ストライク・オックスとの戦闘を避けて先へと進む。
次の17層の森で手に入ったのは、クットの実。
そう、秋になるとうちの庭で大量に拾えるアレである。
美味しいことは美味しいのだが、正直期待外れ。
いくら頑張って集めても売値は子供の小遣い程度にしかならないので、冒険者としては全く割が合わない。
自分たちで食べるにしても、マジックバッグの中には去年集めたクットがまだ残っている。
なので、森の確認だけして採取は行わず次の階層へ。
18層の森は、胡桃。
これは頑張って集めた。
去年集めた物はすでに食べてしまっていたし、ナツキが「胡桃パンを作りたい」と言ったので。
但し、クットほどじゃなくとも、胡桃も、そして栗もあまり高くは売れない。
理由はやはり保存性。
胡桃は特に、そして栗もそれなりに保存が利くため、それなりに流通があるのだ。
決して安い食べ物では無いのだが、庶民でも買えないほどの値段ではないし、間違っても、それなりの腕の冒険者が、ダンジョンで集めてきて割が合うような値段ではない。
それでも美味しいことは間違いないので、目の前に転がっていれば当然拾うのだが。
「う~ん、もしかしてこのエリアって、ナッツエリア?」
「その可能性はあるわね。11層から15層までを考えると」
「個人的にはちょっと嬉しいですが、利益の面では少し劣りますね」
「オレとしては、イマイチ戦いに歯ごたえが無いというか……単調なのがちょっと不満だな。ナッツに不満は無いが」
「同意。俺としてはカシューナッツが欲しいな。一度、カシューアップルも食べてみたいし」
ナッツ部分は売っていても、果肉部分(正確には違うみたいだが)は実物を見たことも食べたことも無い。
興味本位だが、一度食べてみたいという俺の希望に、ナツキが少し困ったような表情を浮かべる。
「カシューナッツは私も好きですが……大変みたいですよ? ナッツ部分を食べるのは」
「そうなのか? 形が変わってるのは知ってるが」
ナッツの多くは種の仁の部分なので、色々と面倒な物が多いことは知っている。
例えば胡桃。
これも周りの果肉を取り除かないといけないので、それなりに面倒なんだが、道具を使えばそこまで難しくはない。
普通に道具屋に注文したら、それ専用の道具が購入できるのだ。
見た目は小型の洗濯機みたいな物で、中に胡桃を放り込み、ハンドルを使ってグルグルと回転させると、ゴリゴリと果肉を削り取ってくれる。
果肉さえ取り除いてしまえば、後に残るのは普通の殻付きの胡桃なので、洗って乾燥させればそれでオッケー。
今の腕力なら、道具を使わずとも中身が取り出せる。
昔見た、カンフー映画の主人公の如く。
但し、それをやると中身が粉々になってしまうことが多いので、女性陣には不評。
嬉しくなって砕いていた俺とトーヤは怒られ、「素直に道具を使え」と薄っぺらい板みたいな物を手渡された。
確かにそれでこじ開けると綺麗に実が取り出せるし、砕けてしまうと焙煎がしにくいので、カンフーの達人になれたのは、一瞬のことだった。
まぁ、胡桃自体は殻付きでも売っていたりするわけで、あの特徴的な形状は有名である。
それこそ、映画にでも出てくるし?
そんな胡桃に対してカシューナッツは、赤いピーマンを逆さにしたような先っちょにカシューナッツが付いていることぐらいしか知らない。
胡桃と同じナッツと考えれば、果肉を取り除いて、種を割るんだろうが……。
「そうですね。そこが種子である事は同じですし、仁の部分を食べるというのも同じです。問題点は2つ。カシューナッツがウルシ科の植物である事と、仁を取り出すのがかなり難しい事です」
「げっ、ウルシかぁ……」
この身体はどうか判らないが、日本に居たときには、かぶれとかにあまり強い体質ではなかったので、少々不安がある。
【頑強】があるから大丈夫だと思いたいが……。
「かなり固い殻がありますからね。それを綺麗に割って、中身を取り出して、更に薄皮を剥いて。私も実際にやったことはありませんが、良くできると感心しますね」
薄皮……胡桃はそれが付いたまま売っているが、カシューナッツは剥いてあるよな。
たまにちょこっと残ってたりするけど。
「それってやっぱり手作業?」
「らしいです。売っているカシューナッツを見れば判りますが、形もバラバラですからね」
機械化できないのか。
そう考えれば、カシューナッツが高いのも理解できる。
そのうちAIの機械学習で、『カシューナッツを剥けるロボット』とか出てきて、カシューナッツの値段が安くなったのかもしれないが、今の俺には何の恩恵も無い話である。
「じゃあ、仮に見つかっても、カシューナッツを思う存分食べるのは無理か」
「多分、食べる時間の数十倍は、殻剥きに時間が取られるんじゃないでしょうか」
「うげ。――あっ、ハルカ、錬金術でゴーレムとか無いのか?」
ちょっと期待してハルカに訊ねてみるが、対してハルカは苦笑して肩をすくめる。
「ゴーレムはあるけど、単純作業だけね。細かい作業をやらせるぐらいなら、普通に人を雇った方が安いわよ、絶対」
「あぁ、そうか、人件費、安いもんなぁ」
まるで先進国のロボット化と途上国の手工業。
さしずめ高度なゴーレムは、最新鋭のロボットか。
「ちなみに、マンゴーもウルシ科なんですよ?」
「え、じゃあ、マンゴーも食べると?」
「はい。痒くなる人もいるみたいですね。普通の人なら、たくさん食べなければ問題ないみたいですが」
「油断できないな、南国フルーツ」
俺はパイナップルのイガイガも苦手だが、マンゴーなんてちょこっとしか食べる機会がなかったから知らなかった。
良かったのか、悪かったのか……。
「そういえば、銀杏もかぶれるわね。たくさん食べると中毒を起こすみたいだし」
「ですね。梅も仁の部分には毒がありますし、種子に毒のある植物って案外多いですよね。そう考えると、仁の部分を食べるナッツって……」
「うん、知らない物は口にしないに限るな!」
食い物にはそれなりに満足している。
無理をして食べる必要は無い。
などと思った次の19層。
そこで得られたのは『ビレル』というナッツだった。
それは例えるなら、藤の種に似ていた。
幅3センチ、長さ25センチほどの鞘がぶら下がり、その中に種が入っている。
ナツキは「ナタマメみたいです」と言っていたが、俺は見たこと無いのでよく解らない。
鞘はかなり強固で、こじ開けるのには胡桃の殻を割るぐらいの力が必要なのだが、開けてしまえば1度に10粒ほどの種が採れる。
大きさは空豆ほど、形は少しアーモンドに似ていて、煎って食べると味もアーモンドに近い。
種には薄皮が付いているが、煎った時点で剥がれてしまうので、むしろ薄皮の付いているアーモンドよりも食べやすい。
収穫も楽だし、俺以外にも好評で、かなり良い感じのナッツである。
……いきなり知らない物を口にしている気もするが、これは【ヘルプ】でも名前が表示されたし、ハルカたちの『常識』でもすぐに解ったので、『知っている』で問題は無いのだ。うん。
そんな感じのエリアに変化があったのは、20層に入ったときだった。
「なんか……微妙に違うな、反応が」
【索敵】で感じられる反応。
それはストライク・オックスの様に思えるのだが、感じられる脅威度が少々高い。
同じ魔物でも微妙に強さが異なるため、全く同じ反応だったりはしないのだが、今回の違いは、個体差と言うには少々差が大きすぎる。
「ん~、でも見た感じ、ストライク・オックスだよ?」
「そこなんだよな……」
一番近いストライク・オックスなら、【鷹の目】持ちのユキも見ることができる。
もちろん俺の方がレベルが高いわけで、より詳細に見えるし、【ヘルプ】も使える。
であるならば、使わない理由も無い。
「んんん? 『レッド・ストライク・オックス』?」
「レッド? 普通に黒く見えるけど?」
俺の漏らした言葉に、ハルカたちもまた首を捻る。
ハルカたちでは詳細には見えないだろうが、体毛ぐらいなら、ここからでも十分に確認できる。
そしてその体毛は、言うまでも無く黒。
これまでのストライク・オックスと違いは無い。
だからこそ俺も不思議に思ったわけで――。
「……あ、微妙に角が赤い?」
本来は黒いストライク・オックスの角。それが微妙に赤く――いや、赤黒くなっている気がする。
かなり注意して見なければ気付かない程度の違いだが、他に赤いところも無いし、名前の由来はこれだろう。
「お、速度3倍? 角付きだし」
「3倍かどうかは知らないが、注意は必要そうだぞ。【看破】の反応では」
危険性を感じるような強さではないが、ストライク・オックスと同じと思って対応すると、下手をすれば不覚を取る可能性は否定できない。
そのぐらいの違いはある。
「ま、やってみれば判るだろ。ここはオレに任せろ!」
そう言いながら前に出るトーヤ。
その位置取りはストライク・オックスの時と同じなのだが……。
「トーヤはフラグを立てるのが好きなの? バカなの? 死ぬの?」
「オレは死なないさ。誰かに守ってもらうから!!」
ドヤ顔で振り返り、サムズアップするトーヤ。
いや、違うだろ!
「前衛が言う台詞か! 守るのはむしろお前の仕事だ! このバカ!」
「うん、言ってみたかっただけ」
「だろうなっ!」
トーヤが本気で誰かに守ってもらおう、とか思っていたら後ろから蹴ってやるところだ。
「……2人とも、バカなことやっている間に向こうが気付いたわよ。ほら、トーヤ、もっと前に出て」
「おう……って、速いな! おい!!」
少し呆れたようなハルカの言葉に、トーヤが更に前に進むと、遠くの方にいたレッド・ストライク・オックスが見る見るうちに近づいてくる。
正確に比較することはなかなかに難しいが、3倍とは言わずとも、2倍以上の速度が出ているんじゃないだろうか。
俺たちが左右に分かれる時間もあればこそ、トーヤがサッと身を躱したレッド・ストライク・オックスが、俺たちの間をかなりの速度で駆け抜ける。
その後をトーヤが急いで追うが、ストライク・オックスの様に、ピッタリと背後に付けていないあたり、明確な速度差があると言えるだろう。
だがそれでも、相手が方向転換のために速度を落とせば追いつける。
これまで同様、振り返った瞬間にトーヤがその角を掴み、ぐっと押しとどめるが――。
「お、おぉぉ!?」
何ら助走を付けていないのに、トーヤがズリズリと後退させられる。
「ヤベッ。コイツ、かなり力がある! スパイクでも履かないと無理!」
トーヤは焦ったように声を上げながら、ブーツをガツガツと地面に叩き込んで、何とかこらえる。
力の差と言うより、単純なグリップ力の差。
何かしらの踏ん張れる段差があれば別なのだろうが、足下は平らな草地である。
4本足のレッド・ストライク・オックスと2本足のトーヤ、どちらがよりしっかりと地面を捉えられるかと言えば、もちろん言うまでも無いことだろう。
「けど、ま、抑えられないことも――」
次の瞬間、トーヤは炎に包まれた。
「ぬわぁっ!!」
トーヤが叫び声を上げ、飛び跳ねるようにレッド・ストライク・オックスから離れて、地面を転がる。
すぐさま反応したのはハルカ。
「『消火』!」
トーヤの炎はすぐに収まるが、レッド・ストライク・オックスはトーヤが手を離した直後には動き出していた。
だが、俺たちものんびりとトーヤとレッド・ストライク・オックスの対峙を見ていたわけではない。
「「『土壁』!」」
レッド・ストライク・オックスの少し前に現れた土壁。
これは俺。
そこに頭から突っ込んだレッド・ストライク・オックスは「ガコッ!」と鈍い音を立てて動きを止める。
それとほぼ同時、ユキの土壁によって足が跳ね上げられたレッド・ストライク・オックスは、逆立ちするような形になり、後ろ足が空を掻く。
その状態でしばらく身をよじっていたレッド・ストライク・オックスだったが、やがて2枚の壁の間から何とか抜けだし、そのまま横倒しになった。
「むっ、ユキ、牝だ。やるぞ?」
「ほいほい」
「「『土壁』」」
再びタイミングを合わせて発動される『土壁』。
後はいつも通り。
ハルカたちによってちゃっちゃとロープで固定される、レッド・ストライク・オックス。
違いと言えば、いつもより拘束に力が必要だったことと、使っているロープがギシギシと少し気になる音を立てていること、そしてレッド・ストライク・オックスが首を振り回して炎を撒き散らしていることだけである。
……うん、ブレス、吐けたんだね、レッド・ストライク・オックスって。
【看破】ではそんなスキルが見えなかったので、ちょっと油断していた。
別の意味で油断できないな、【看破】スキル。
「うぅ~、オレのステキ尻尾がちょっと焦げたじゃねぇか……」
ちょっと涙目で、自分の尻尾を抱えているトーヤをよく見れば、『焦げた』と言うほどでは無いものの、確かに毛先がちょっとチリチリしている。
ついでに言えば耳や髪の毛も。トーヤは見えていないだろうが。
「ハルカに感謝しなよ? 素早く消してくれたからその程度で済んでるんだから」
「……おう、そうだな。サンキュ、ハルカ」
「いいえ。間に合って良かったわ。丸坊主になった尻尾や耳なんて、私も見たくないし」
「スキンヘッドならまだしも、耳や尻尾はなぁ。マジ助かった」
それは俺も同感。
毛の無い犬種も見たことはあるが……やっぱ毛がある方がモフモフだし?
「しかしハルカ、対応が早かったな?」
俺たちはある程度『土壁』を使う心準備があったので、比較的すぐに対応できたが、ハルカの反応はそれよりも早く、しかも想定外の『消火』。
いくらハルカの頭の回転が速くとも、ちょっと的確すぎる気がする。
「これ、一応、魔物事典に載っている魔物だからね。何となくだけど、ブレスに関する記述があったような気がしてたから」
「えぇーー! それなら事前に――」
「事前に【鑑定】すべきよね、トーヤ?」
「――はい、仰るとおりです」
トーヤは文句を言おうとした瞬間、ハルカにニッコリと微笑まれ、口を閉ざして頷く。
そう、確かに【鑑定】が可能になった段階で実行していれば、魔物事典に載っていた情報であれば、トーヤも知ることができたはずなのだ。
であるならば、当然ブレスには注意しただろう。
残念、自業自得である。
 









