217 牛乳を効率よく (3)
前回のあらすじ ----------------------------------
自動搾乳器と容器が完成。
アイスクリームも出来るが、黒糖を使ったため、ナツキたちはやや不満。
乳搾りの準備を終えた俺たちは、再び15層を訪れていた。
自動搾乳器に容器、それにストライク・オックスをマーキングするための白い塗料。
それを持って最初に狙ったのは、前回搾乳したストライク・オックスである。
目的はどれくらいで乳が回復するのか調べること。
数日ほどで同じだけの量が得られるのなら、これはかなり有力な牧場と言える。
――牧童に並外れた膂力か、高位の冒険者並みの戦闘力が必要となるけどな。
「ストライク・オックス自体は……復活していないみたいだな」
「うん。確かに見当たらないね」
階段を降りてすぐの場所。
前回はこの周辺に徘徊しているストライク・オックスがいたのだが、今のところ索敵に引っかかる対象はいない。
そこから、前回搾乳を行ったストライク・オックスがいたエリアに移動すると……うん、いるな。
本当に前回と同じ個体かどうかは不明だが、場所自体はマップで確認しているので、間違いはない。
「取りあえず捕まえてみましょ。トーヤ、よろしくね」
「任せろ!」
幸いなことに、ストライク・オックスに学習能力は存在しないらしい。
少し前に出たトーヤに馬鹿正直に突進、サラリと避けられ、振り返ったところを角を掴まれて押さえ込まれる。
すぐさま俺とユキの『土壁』が発動し、シュパッと縄が掛けられて身動きが封じられた。
あえて違いを挙げるなら、土壁の高さが1メートルに半減したところか。
これ、俺とユキで一緒に練習して、同じ高さに合わせられるよう努力したのだ。搾乳の手間などを考えると、やっぱり2メートルは高すぎるから。
「捕まえやすくて良いけど、ちょっと馬鹿だよね、ストライク・オックス。……ま、楽だから良いけど。早速、あたしの作った搾乳器の出番だよ」
少し嬉しそうにユキが搾乳器を取り出し、ストライク・オックスに取り付けてスイッチを入れると、小さな動作音を響かせて、瓶の中へ牛乳が溜まり始める。
その速度はなかなかに速く、30秒ほどで1本目は一杯になり、2本目、3本目――最終的に搾れたミルクの総量は、2.8本ほどだった。
つまり、およそ7リットルで、前回搾った量とほぼ同じ。
このストライク・オックスが前回の物と同じ個体であれば、数日もあれば蓄えられた乳の量は完全回復するという事になる。
「おぉ、回復、早いな?」
驚き半分、嬉しさ半分で笑みを浮かべるトーヤに、ナツキは首を振った。
「いえ、乳牛と考えれば普通ですよ? 野生の牛がどうなのかは知りませんが、乳牛は毎日搾らないとダメですから、むしろストライク・オックスは大丈夫なのか、と考えてしまうぐらいですね。子牛の姿はありませんし」
当たり前だが、動物が乳を出すのは子供を育てるため。
乳牛だっていつも乳を出しているわけではなく、子供を産んで乳離れをする時までの期間に限って牛乳が搾れるに過ぎない。
つまり子供がいなければ乳は出ないし、逆に乳が出るのにそれを飲む子供がいなければ、病気になる可能性もあるので、乳搾りは欠かせなかったりする。
だが、この周辺にストライク・オックスの子供はいないし、当然ながら乳を搾って世話をするような酪農家もいない。
「……やはり魔物か」
「ダンジョンだから、と言う可能性もありますけどね」
「生態系、ガン無視だもんな」
「だよな」
トーヤの言うとおり、ダンジョン内での魔物に生態を云々するのは無意味とも言える。
生物が生存するための大前提としての、食料や水すら必要としていないのだから。
「さて、後はマーキングしてから解放だね~」
持ってきた白い塗料を取り出し、ユキが楽しそうにストライク・オックスの毛を牛柄――ホルスタインっぽい柄に染める。
と言っても、適当に塗っているのでホルスタインには見えないのだが、これなら遠くからでも十分に判別ができる。
「ペタペタ、と。それじゃ、撤収~」
土壁の上でジタバタしているストライク・オックスを放置して、次のエリアへ向かう。
それからは、ストライク・オックスを見つけては性別判断、駆除したり、搾乳&マーキングしたり。
結構な時間を掛けて15層をしらみつぶしに歩き、最終的に俺たちがすべてのエリアを回り終えたのは3日後のことだった。
「結局何頭いたのかな? 100頭以上は間違いないけど」
「面倒だから数えてねぇよ。けど、悪くは無いよな、稼ぎとしては」
牛乳だけでも、売れば金貨100枚ほどにはなるだろう。
それに加えて駆除対象となった雄のストライク・オックスの肉や魔石などの素材、14層までのように森から得られる果物も馬鹿にならない。
ちなみに、15層の果物はウメとモモだった。
ウメはあまり人気が無い――と言うより、普通に食べるには酸っぱすぎて、一部地域以外では売れないようだが、逆にモモはその運搬の困難さから、かなり高く売れる。
但し、それもある一定量まで。
運搬が難しいという事は、他所の町に売りに行くことが難しいという事なので、持ち込んだ地域の消費量を上回る供給を行っても買い取ってもらえない。
ただ、幸いと言うべきか、ラファン周辺では果物の供給が不足しているので、俺たちが持ち込む量ぐらいは問題ないだろうが、どちらにしても、この階層で得られる果物は、少し扱いが難しい物ではあった。
「でも、よく考えたら初めてだよね、採れるのに採らなかったのって」
ウメは食べ頃の範囲が広く、まだ緑で固い物から、黄色くて柔らかくなった物まで、いずれも梅干しの材料になるのだが、今回採取したのは、精々バケツ3つ分程度。
その気になれば、まだまだ多く採れる実があったのだが、ユキの言うとおり、今回は残したままになっている。
なぜなら――
「さすがにウメは、自家消費にも限界があるしなぁ」
「梅干しは食べ過ぎたら身体に悪いし、梅酒も飲まないからね、私たちは」
他の果物なら好きなだけ食べれば良いし、処理に困るようなら売っても良い。
だがウメの場合、このあたりでは消費されない上に、俺たちだってそのまま食べることはできず、基本的には梅干しにするぐらいしか方法が無い。
梅干しなんて食べても一食に1個程度。
俺なんかだと、毎食……いや、毎日食べる物でもないし、消費量も限られている。
「砂糖漬けにしてジュースも作るつもりですが、さすがに何十キロもは使いませんからね。残念ながら」
そんなわけで、このエリアに入ってから初めて、採り頃の果実がなっているのに無視するという、微妙に悔しさを感じてしまう行為をするハメになったのだ。
何となく損しているような気がしてしまうのは、仕方ないよな?
「残念と言えば、ストライク・オックスの肉は少し期待外れだったよな」
前回家に戻ったとき、ストライク・オックスの肉も味見してみたのだが、ミルクの上質さに比べると、その肉はごく普通。
別に不味くは無いのだが、あまり軟らかい肉ではなく、グラム数百円ぐらいの輸入牛肉と言った感じ。
部位によってはステーキにしても美味しいだろうが、全体の印象としては、普段使いのお肉、だろうか。
「え、そうか? 美味かったじゃん?」
「トーヤはガッツリとしたお肉が好きだもんね。あたしも赤身肉としてはそれなりに美味しいと思ったかな? 熟成させたら美味しいかも。やり方は解らないけど」
「むしろ、霜降り肉よりは使い勝手が良いわよね。毎日脂っこいのを食べるのはきついから」
「はい。ビーフ・ジャーキーなどにするのにも向いてる肉ですよね」
俺以外には案外好評らしい。
いや、俺も別に悪いというわけじゃないんだが。単に期待してたのとは違ったと言うだけで――
「って、ビーフ・ジャーキー!? 作れる? 作れるのか?」
「え、えぇ。作ることはできますが、上手く味付けできるかどうかは……日本で売っているような物を想像しているのであれば、試行錯誤は必要だと思います。どうしたんですか?」
「いや、ビーフ・ジャーキー好きなんだが、なかなか食えないだろ、あれって。高いから」
ナツキはこのあたりで食肉保存用に作られている干し肉をイメージしてビーフ・ジャーキーと言ったのだろうが、干し肉とビーフ・ジャーキーは似て非なる物。
以前自分たちで作ったタスク・ボアーを原料とした干し肉は別としても、このあたりで購入できる干し肉は基本的に塩辛くて固いだけ。
そのままでは食べるのも辛いし、決して美味しいと言えるような物ではない。
もちろん俺が食べたいのは、日本で売っているようなビーフ・ジャーキー。
甘辛くてほどよい硬さの干し肉。
……干し肉? なんだよな?
こっちで買った干し肉を知っていると、本当に同じ干し肉なのか疑問なのだが。
「そうだったの? まぁ、確かに、お小遣いで買うにはちょっと高いわよね」
安くても100グラム千円ぐらいはするし、そのぐらいの量、高校生男子からすればすぐに無くなってしまう。
原料が牛肉で、それを乾燥させていると考えれば値段に納得もできるのだが、納得できる事と買える事は別問題。
俺の小遣いでお菓子代わりに買うには、ちょっとハードルが高かった。
「ナオが食べたいなら作っても良いけど。活用頻度の低い燻製小屋もあるし」
「マジで? 是非、是非頼む!」
何度腹一杯食べたいと思ったことか!
――実際に食ったら、身体に悪そうだが。
ちなみに我が家にある燻製小屋、ハルカの言ったとおり、立派なわりに利用頻度はあまり高くない。
理由は俺たちが家を空けることが多い事と、燻製にしなくても保存期間を気にする必要が無いマジックバッグを持っている事。
保存のためではなく調理のために使うだけなので、よほど大量に作る時以外は、トーヤが作ったコンパクトな燻製道具――日本だと通販なんかで買えるような、簡単な箱――で済んでしまう。
まぁ、普段は小屋の中に生ハムとかぶら下げて熟成しているので、決して無駄にはなってないんだが。
ほんのりと燻製の香りがついた生ハム、なかなかに美味なのです。
◇ ◇ ◇
「さて。それじゃ、そろそろ入るか?」
15層の探索を終え、俺たちが一休みしていたのは、今までと同じパターンなら、16層へと続く階段があるべき場所の前であった。
しかしここにあったのは、久しぶりに見かけるボス部屋への扉。
つまり俺たちは、ボス戦前に万全を期して、少しゆっくりと体力の回復を図っていたのだ。
何故なら、この階層にいたのは、俺判定でオークレベルのストライク・オックス。
ピッカウとタイラント・ピッカウの強さを比較すれば、ここのボスは決して侮れないだろう。
最低でもオークリーダー、下手をすればオークキャプテンぐらいの強さがあるかもしれない。
幸い、この世界のダンジョンは『ボスからは逃げられない!』みたいなことがないので、【看破】してヤバそうなら、一目散に逃げる予定である。
「そうね。みんな、良い?」
全員が頷くのを確認して、トーヤが慎重に扉を開ける。
その奥に広がるのはいつものボス部屋。
そして、そこにいたのは、ストライク・オックスよりも二回り以上大きい魔物だった。
誤字の報告、毎度ありがとうございます。
とても助かっております。
この新機能、なかなか便利ですね。運営さん、ありがとう!
なお、諸般の事情から、来週からは日曜の更新は無しにして、週三回にしたいと思います。
……いえ、単純に、他の話を書く時間取りたいな、というだけなんですけど。
書籍化作業は特に関係ありません。
なお、こちらでお読みの方にはあまり関係ありませんが、カクヨムの方でも連載を開始しています。
――ついでに、別の作品もちょびちょびと。









