表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
[Web版] 異世界転移、地雷付き。  作者: いつきみずほ
第七章 ダンジョン
236/500

212 アイスが食べたい

前回のあらすじ ----------------------------------

14階までは特に魔物に特筆する物は無く、毎階2、3種類の果物が得られた。

15階では草原にいる魔物がストライク・オックスになった。

遠くから真っ直ぐに突進してきた敵をユキが『土操作』で転かした。

「わーぉ、見事。死んだ?」


 ピクリとも動かないストライク・オックスを、トーヤが剣の腹でパシパシと叩く。


「あぁ、死んだな……」


 最初の『ゴキッ』の時点で、ストライク・オックスは索敵反応から消えていた。


 予想以上にあっさりと。


「ふっふっふ、ミスをそのままにしない。それが紫藤夕紀」


 久しぶりにフルネームを聞いた――じゃなくて。


 向上心は素晴らしいし、効果も素晴らしいが……なんだろう、この気持ち? 妙なむなしさを感じる。方法としては間違ってないはずなんだが。


「それにしては、随分久しぶりじゃね?」


「だって、馬鹿正直に真っ直ぐ突っ込んでくる敵なんてあまりいないし、森の中だと足下が見えにくいからねー」


 不思議そうなトーヤに、ユキは肩をすくめる。


 確かにこの魔法、タイミングが重要で、乱戦になるようだと下手に使えない。


 俺たちの方が、くぼみに足を取られる危険性もあるわけだから。


「土魔法には、『落とし穴(ピットフォール)』もあるんだろ? あっちはどうなんだ?」


「あれは基本的に、人一人が落ちるぐらいの穴だからね。足を引っかける程度なら、『土操作グランド・コントロール』の方が向いてるよ? 練習しないと、変化速度が遅いけど」


 基本的に『土操作グランド・コントロール』で土を操作する場合、ズズズッ、という感じに土が動く。


 それに対し、『落とし穴(ピットフォール)』は、スポンッ、と穴が空く。


 消費魔力は後者の方が圧倒的に多いので、転かす程度であれば前者を使うのは間違っていない。


 但し、高速で走ってくる敵の足下に、タイミング良く段差を作るには、かなりの練習が必要だろうが。


「ま、楽に斃せたんだから良いじゃない」

「そうですね。この大きさとあの速さ、受け止めるには厳しいでしょう?」

「だよな。トーヤでも体重差で吹っ飛ばされそうだし」


 避けながら戦うか、魔法で対処するか。


 ダールズ・ベアーの時もトーヤは吹っ飛ばされてしまったわけだし、重量と慣性はバカにできない。


「トーヤ、この魔物の詳細は?」


「えっと……売れるのは角と毛皮、肉……おっ? なんか『上手くすれば、乳が搾れる』って書いてあるんだが、オックスって、雄牛のことじゃなかったか?」


「そちらの意味で使われることが多いけど、元々は雄牛とは限定されてなかったはずよ」


 本来の意味では、水牛なども含め、大きめのウシ科全般を指してオックスと言うらしい。


 まぁ、名前はどうでも良いとして、今の問題は――。


「牛乳か……これは、雄牛だな」


 ラファンの市場で牛乳は見かけないので、少し期待を込めてストライク・オックスの死体を転がしてみたのだが、残念ながらナニが付いていた。


「いや、そもそも死んでたらダメみたいだぞ? 『死んだ後では不味くて飲めなくなるため、上手く生け捕りにして搾ることが肝要』って書いてある」


「それは……かなり無茶じゃないか?」


 牧場にいる牛ならともかく、普通の野牛だって素直に搾らせてもらえるとは思えないのに、魔物相手であれば、『それなんて無理ゲー?』ってものだろう。


「斃すのは簡単でも、生け捕りはさすがに……ねぇ」


 呆れたように言うハルカに、トーヤは肩をすくめる。


「だから、『高く売れる』んだと」


 そりゃそうだ。


 今回はあっさり死んだが、これでも強さは(たぶん)オークレベル。


 ラファンの町には、オークを単独で斃せる冒険者がほぼいないことを考えれば、それを生け捕りにして、のんびりと乳を搾る事がどれだけ困難か判ろう物である。


「でも、売るかどうかは別にして、牛乳は欲しいですね。チーズやバターは手に入りますが、生乳は手に入りませんから」


「生乳が手に入ったら、料理の幅も広がるし、お菓子も作れるね! 生クリーム、欲しい! 生菓子! 生菓子!!」


「確かに、生菓子には心惹かれるわね。牛乳が無かったから、他のお菓子にも制限があったし」


「あの、一応、お饅頭なんかも生菓子なんですよ……?」


 控えめにそう指摘したナツキの言葉は、ユキによって言下に否定された。


「ナツキ、お婆ちゃんっぽいよ! 女子高生の生菓子って言ったら、生クリームでしょ!」


 ユキの言い分は、ちょっと偏見が入っている気はするが、生菓子のイメージが生クリームというのは、俺も否定できない。


 ちなみに、ナツキ曰く、干菓子に対する生菓子なので、俺たちが普段口にするような『和菓子』は殆どが生菓子にあたるらしい。


 干菓子は落雁や煎餅などになるらしいが、落雁は食べる機会なんてほぼ無いし、煎餅を和菓子と言われても、俺の感覚から言えば『和菓子?』という感じで、ちょっとイメージと違う。


「煎餅が和菓子……間違っちゃいねぇけど、オレもなんか違和感があるなぁ。なんか安いイメージだし」


「高いお煎餅は、結構高いんですよ? 1枚数百円しますし」


「マジで? 手間が掛かるのは解るけどよ……その値段を出すなら、ケーキやドーナツを買いたくなるなぁ、オレは」


 ナツキが苦笑しながら言った言葉に、如何にも若者らしいことを言うトーヤ。


 そしてそれは俺も同感。


 バリバリ、で終わる煎餅よりも、お腹に溜まるドーナツが食いたいし、たまにはケーキも良い。


 それに、今の時期ならアイスクリームとかあると嬉しい。


「ちなみに、生乳が手に入ったら、アイスクリームとか作れそうか?」


「アイス……良いわね。バニラは見つけてないけど、抹茶味とかなら問題ないと思うわ」


「良いな、それ! かき氷は飽きた!」


 氷は自由に作れるので、トミーに頼んでかき氷器は作ってもらったのだが、残念ながら適当な果物が手に入らなかったので、シロップは砂糖で作った黒蜜的な物だけ。


 トーヤの言うとおり、飽きが来ているのは否定できない。


「あと、生乳が手に入れば、アエラさんに生菓子を教えてあげられるね!」


「ですね。以前話したときは、イマイチ理解してもらえませんでしたから。やはり、実物が無いと」


「ホイップクリームを説明しろって言われても、難しいものね」


 ホイップクリームの説明か。


 白くて、柔らかくて、甘く、とろける。


 間違ってはいないが、それでホイップクリームが想像できるとは思えない。


 ナツキの言う様な、お饅頭などの生菓子を教えてお茶を濁す方法もないではないが、やっぱりそれはなんか違う気がする。


「そういえばさ、前々から思ってたんだけど、スーパーで売ってる『ホイップ』って、あれ、別にホイップしてないよね?」


「ですね。どう見てもホイップ前ですよね」


「ん? どういうことだ?」


 俺はハルカがケーキを作るのを見たことあるので、ユキの言っていることにすぐに思い至ったのだが、トーヤの方はイマイチ解らなかったらしい。


「いや、生クリームの代替品として、少し安く、植物性油脂を使った物が売ってるんだけどさ、それの商品名は大抵『ホイップ』って書いてあるの。ホイップ――つまり、泡立てる前の液体なのに」


「……つまり、原料に製品名を付ける感じか? 挽肉を『ハンバーグ』と名前を付けて売る的な?」


「ふふっ、まぁ、砂糖を入れてホイップすればホイップクリームになるから、ハンバーグよりは近いけど、そんな感じよね」


 トーヤの微妙な例え話に、ハルカは笑いながらも頷く。


 挽肉にハンバーグと書いたら確実に苦情が出ると思うが、ホイップなら許されるのは不思議と言えば不思議である。


「日本の商品名は、案外そういうのってありますよね。外国だとどんな名前なんでしょうね? まさかそのままって事は無いと思いますが」


「商品名が『泡立て』とか『撹拌』? 斬新ね」


 斬新で面白いかも知れないが、売れるかどうかは疑問である。


「しかし、これで上手く牛乳が搾れるようになれば、生クリーム、使い放題かぁ……ムフフッ。夢が広がるよー。生クリームって、買ったら高かったから」


 口元に手を当て、目尻を下げて笑うユキ。


 俺もアイスクリームとか食べたいから、協力するにやぶさかではないが、実際に絞るとなると、簡単ではないだろう。


「だからこそ、『ホイップ』が売ってるわけだけどね。でも、問題は、どうやって生け捕りにするか、よね」


「ああ。まず、性別確認しないといけないから、今みたいに、出会い頭に殺すわけにはいかないぞ?」


「うっ! せっかく使える機会が来たと思ったのに、いきなりお役御免? あたしの魔法」


「牛乳、欲しいんだろ?」


「そりゃそうだけど~~。ナオ、近づかれる前に性別判定、できない?」


「なかなかに難しいことを言うなぁ? 雌雄の判断なんて」


 ライオンとかなら、遠くからでも雌雄が判りやすいが、牛の雌雄は遠くから見分けるのは……難しい。


 ホルスタインぐらいに乳房が大きければ遠くからでもよく判るが、ストライク・オックスの場合はどうなんだ?


 それに、正面からだとそのあたりがよく見えないし。


「う~ん、それは大丈夫じゃね? 突進前に確認できなければ、一度避ければ良いだけだし。それに、ストライク・オックスって結構イイモノをお持ちですよ?」


「……まぁ、そうだな?」


 トーヤが指さしたのは、俺が雄牛と判断したナニ。


 横から見れば、遠目でも判る程度に目立っている。


 ……元気になったら、どれくらいのサイズなんだろう?


「なにを――、っ! セクハラだよっ!」


 俺たちの後ろから覗き込んだユキが抗議の声を上げるが、トーヤは平然と応える。


「いや、でも、他に判別方法、ないだろ? これの有無か、乳房の有無以外」


 プロなら他の方法でも見分けられるのかも知れないが、少なくとも俺は知らない。


 角の有無で雌雄が判定できる動物もいるが、牛は両方に生えているし、多分このストライク・オックスも同じだろう。


「第一、オークのヤツとか、平然と切り落としてるじゃねぇか、解体するときとか」


「あいつら、ブルンブルンさせながら襲いかかってくるからなぁ。真っ正面に立つと、丸見え」


 魔物相手に言っても仕方ないだろうが、ちょっと遠慮してくれと。


「それはそうだけどぉ~。ナツキ~、ナオたちがひどい」


「はいはい。気にしないことですよ、ユキ。それは仕舞っちゃいましょうね」


 ナツキは泣きついてきたユキを軽く受け流し、転がっていたストライク・オックスの死体を「よいせ!」とマジックバッグに放り込んだ。


 500キロぐらいはありそうなのに、ナツキの筋力も随分と上がったものである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2025年3月5日発売
異世界転移、地雷付き。 12巻 書影

異世界転移、地雷付き。 コミック2巻 書影

ComicWalkerにてコミカライズ版が連載中です。


以下のような作品も書いています。よろしくお願いします。

ファンタジア文庫より書籍化しました
『新米錬金師の店舗経営』

新米錬金師の店舗経営 7巻 書影

『けもみみ巫女の異世界神社再興記 神様がくれた奇跡の力のせいで祀られすぎて困ってます。』

けもみみ巫女の異世界神社再興記 書影

『図書迷宮と心の魔導書』

図書迷宮と心の魔導書 書影
― 新着の感想 ―
落雁ならおばあちゃんっこなら親しみ深いと思う。お茶やってるのもあると思うけど、和菓子の3割2割は落雁だった、ただの砂糖の塊だけどあまり好きになれないなあ、食べると甘いのはいいんだけどなんかピリピリする…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ