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[Web版] 異世界転移、地雷付き。  作者: いつきみずほ
第七章 ダンジョン
234/500

210 森 on 草原 in ダンジョン

前回のあらすじ ----------------------------------

11層に広がる草原。入って早々襲いかかってきたのはグラス・コヨーテ。

索敵が無ければ気付けないほどの擬態だが、1匹ずつは雑魚。

集団で襲いかかるその敵を駆逐し、遠くに見える森へと向かう。

「あっ! 見て! 果物、果物が生ってるよ!」


 森に入ってすぐに声を上げたのはユキだった。


 指さす方を見ると、確かに拳大の丸い果実が実っている木がある。


 まだ熟す前なのか、色合いは薄緑。


「あれは……青リンゴ、いえ、梨、でしょうか? お尻の形状的に」

「梨? なんか地味な……。そもそもアレって、熟してるのか」

「地味でも良いじゃん。オレ、梨好きだぜ?」

「とりあえず採ってみるね!」


 止める間もなくユキが木の上に飛び上がり、果実を2つほどいで戻ってきた。


 その1つをハルカが受け取り、くるくるっと回して、頷く。


「梨で間違いないみたいね。【ヘルプ】で見えるから、一般的な果物みたい」


「その色で熟れてるのか?」


 見た目は未熟に見えるが、二十世紀梨の様に青梨系の品種もあるので、この状態で食べられる可能性もあるが……。


「食ってみれば判るだろ。って事で、剥いてくれ」

「ほいほい」


 ユキとハルカが手際よく皮を剥き、カットした物を差し出してくれたので、俺も一切れ頂く。


「……あ、味も二十世紀梨っぽい」


 実の大きさ自体は少し小さめだが、カットした状態で出されたら、俺なら区別は付かないだろう。


 まぁ、正直に言えば、別に梨に詳しいわけでもないから、「酸味があったら二十世紀?」ぐらいのレベルなんだが。俺のレベルなんて。


「ほどよい酸味とみずみずしさが良い感じだな。悪くない……というか、好きな味だな、これ」


「暑いときに冷やして食べたい味ね」


「うん。これは収穫して帰るしかないね」


「売れますね、これ。ディンドルまで高くはないと思いますが」


 全員から高評価。

 しかも、収益性も悪くなさそうである。


 後はこの森にどれだけの数、この木が生えているかと、どのくらいの周期で果実を生らせるか。


 ダンジョン内は季節変化が無さそうなのだが、そのへんはどうなのだろう?


「それじゃ収穫に掛かりましょうか?」


「――っと、その前にお客さんだ。3匹。近づいてくるぞ」


「よしっ!! それを片付けたら、梨狩りパーティーだね!」


「パーティーかどうかは知らないが、無料で食べ放題は保証しよう」


「やる気、涌いてきた!」


 ユキが笑顔で武器を構えてから数秒後、その敵は姿を現した。


 それを簡単に表現するなら、大きさは50センチほどのバッタ。


 大きな足と羽を利用して、木を踏み台にぴょんぴょんと近づいてくる。


 『飛ぶ』速度はそこまで速くないのだが、木を踏み台にしたときの『跳ぶ』速度はかなり速い。


「『フォレスト・ホッパー』だ! 1匹は任せろ」

「では、もう1匹は私で」


 トーヤとナツキがちょっと移動して挑発すると、1匹ずつがその2人の方向へ移動先を変える。


 残り1匹はそのまま俺たちへと跳んできたのだが――。


「直線的すぎじゃないか?」


 速いは速いのだが、木からジャンプした後はとにかく直線で跳んでくる。


 カシャカシャと動いている口元は正直気持ち悪さを感じるのだが、その口の延長線上にそっと槍を配置してやれば、自動的にザクッと。


 そのまましばらくの間、藻掻くように立派な後ろ足をバタバタとさせていたが、串刺し状態で空中にあっては何の意味も無い。


 やがて動きを止めたのを確認し、俺は槍を振って、その死体を地面へと放り投げる。


「まぁ、あっさり。これは、周囲を囲まれて同時に飛びかかる、とかされなければ、あんまり怖く無さそうだね?」


「ちょっと硬めだけど、『ちょっと』でしかないわね」


 ハルカが地面に転がった死体を、自分の小太刀でコツコツと叩きつつ、頷く。


 俺の場合、口を上手く狙ったので何の抵抗もなく貫けたが、確かに側面とかを狙うのであれば、武器次第で表面を滑ることもあるかもしれない。


「普通に叩けば問題なかったぞ?」

「切れないことは無いですね」


 戻ってきたトーヤが手に持っていたのは、頭と胴体で2つに分かたれたフォレスト・ホッパーの死体。


 頭の方は半ば潰れているので、それをぶったたいて首を引き千切ったのだろう。


 ナツキの方も2つになっているのは同じなのだが、胴体の半ばで真っ二つに切り分けられて、潰れている様子は無い。見事な切り口、と評価しても良いだろう。


 昆虫なんだから、節を狙えば良いような気もするんだが……正面から突き刺した俺が言うことでは無いか。


「一番綺麗なのはナオだね。トーヤ、これの売れる部分は?」

「魔石以外なら、後ろ足」

「後ろ足? この長いの?」

「そう」


 飛び跳ねるのに使用するだけあって、なかなかに立派な大きさ。


 折り曲げた状態で30センチほどはあるだろうか。だが、これを何に使うんだ?


「ちなみに、食うらしい」


「「「………」」」


 トーヤの言葉に、揃って無言になる俺たち。


 イナゴを食べるんだから、これの足を食うこともおかしくは無いのかもしれないが……そもそも美味いのか? これ。


 イメージだと、バリバリするだけで全然美味そうじゃないのだが。


「なんか、カニみたいな感じで食べるらしいぞ? 甲殻の中身を取り出して食べるんだと」


「……そう言われると、食べられそうな気がするわね? 食べたくはないけど」


 十分に太いので、カニよりも身がほじくりやすいかも知れないが、俺も自分で食べるのは遠慮したい。


「一応、回収していきましょう。幸い、足はどれも無事ですから」

「綺麗に斃しても意味なかったな。偶然そうなっただけだが」


 例の如く、死体をそのままマジックバッグに収納。

 幸いと言うべきか、周辺の魔物に動きは無い。


「ま、あれはどうでも良いよ。あたしには梨狩りがある!」


「テンション高いわね、ユキ?」


「テンションも上がるよ! だって、ディンドル以降、まともな果物を食べてないんだから!」


 力強く主張するユキに、ハルカも苦笑を浮かべつつ頷く。


「まぁ、そうね、基本、ドライフルーツだったわね」


「せっかく収穫した柑橘は、食べられた物じゃなかったし!」


「あれは酸っぱすぎだよなぁ。オレ、思い出しただけでも唾が……」


「お酢代わりには便利だけどね」


 基本的にラファンで手に入る果物は、高価で日持ちがしない。


 現代でも多くの果物の輸入に航空機が使われることを考えれば、それも理解できるだろう。


 船便で輸入されるような果物もあるが、それは防カビ剤をたっぷりと塗りつけたり、青くて硬いまま収穫したり、コンテナで温度管理したりして色々苦労しての結果である。


 こちらの世界でそうそう真似できるような物ではない。


 逆にこちらには、マジックバッグの様な特殊な運搬手段もあるが、そんな物を利用すれば元々高い果物に、超高額な運搬費用が加算され、とても普通には手の出ない価格になるだろう。


 そんな果物でも、売ってさえいれば俺たちは買ったかも知れないが、一般庶民に手が出るような物では無いだろうし、残念ながら売れるかどうかも判らない物を、こんな田舎町まで運んでくる商人はいない。


 生鮮食料品だけに、保存も利かないのだから、リスクが高すぎる。


 必然的にラファンで手に入るような果物は、近場で収穫できる物に限られ、近くに果樹園の無いラファンでは、森で実る僅かな果実しか市場に並ばないのだ。


「ま、私も果物は好きだし、早速収穫していきましょ。と言っても、そんなに大きい木じゃないし、私とユキで採りましょうか」


「うん! 頑張るよ!」


 大きい木じゃないと言っても、それはディンドルや、冬の間に伐採していた巨木と比較しての話。見上げれば、少なくとも6メートルほどはありそうに見える。


 俺のイメージだと、梨の木はそんなに大きくないと思っていたのだが、あれは栽培用に剪定していたからなのか、それとも異世界故か。


 そんな木でも全員が登って収穫作業をすることはできないので、ハルカとユキが木に登り、俺とナツキが投げ落とされる実を受け取ってマジックバッグに入れていく。


 トーヤは周囲で敵の警戒。だが、索敵範囲に敵の反応はあっても近づいては来ないので、ある程度縄張りがあるのかもしれない。


 本当ならユキではなく俺が木に登る方が効率的なのだろうが、梨を捥いでいるユキの姿はとても嬉しそうなので、あえて交代する理由も無い。


「ふふ~ふんふふ~♪ たくさん採れたね~♪ ステキだね~♪」


 最終的に収穫できた数は優に100個を超えた。


 歌うような調子で降りてきたユキは、梨をいくつか取り出して、『冷却コールド』の魔法で良く冷やす。


 これ、一応は火魔法に属する攻撃魔法なのだが、実際に攻撃に使用したことは無く、暑くなって以降、日常に於いて、とても活躍している魔法である。


 『冷却コールド』にしても、『加熱ヒート』にしても、使い方次第ではそれなりに強力な攻撃魔法になるんだとは思うのだが、凍死や熱中症的な物を狙うより、素直に『火矢ファイア・アロー』で頭を吹き飛ばす方が楽なのだ。


 傷を付けずに捕まえたいとか、そう言う場面では便利なのだろうが、今のところそういう依頼を受ける機会も無いので、攻撃魔法としては当分出番が無さそうである。


「食べるの?」

「むしろ、食べないの? 1人1個で良いよね~」


 ハルカの少し呆れたような表情も気にせず、ユキはシュルシュルと皮を剥いて、ホイ、ホイと俺たちに梨を手渡していく。


「私は半分でも良いんだけど……。いただきます」

「じゃ、俺も」


 ユキからまるごと渡された梨に齧りつくと、シャクリ、と梨特有の歯ごたえと大量の果汁が溢れる。


「やっぱ梨は冷えてる方が良いな」


 先ほど食べたときも美味しかったが、よく冷えているので更に美味しい。


 ややあっさり気味の冷たい果汁が、喉を潤してくれる。


「あぁ。この時期にはありがたいぜ。メアリとミーティアに良い土産ができたな」


「そうね。メアリたちだとあまり果物を食べる機会も無いだろうし、良いんじゃない?」


 なるほど。確かにお土産は好感度アップに最適だ。


 よく考えてるじゃないか、トーヤ。


「よし、せっかくだから、トーヤから手渡して、好感度を上げるが良い!」


「光源氏計画だね! うん、美味しい物は有効だよね。ミーティア、結構食いしん坊だし?」


「まだその話、続いてたのかよっ!?」


 俺とユキの言葉に、トーヤが驚いたような表情を向けるが、むしろなぜ続いていないと思った?


 光源氏計画なんて、五カ年計画――いや、十カ年計画だろ。


「多少年齢差はありますが、この世界だと普通ですよ? さすがに結婚するのは成人してからですけど」


「こちらの世界の15歳だと、中学生ぐらいか……。ちょっと早い気はするが、問題は無いだろ」


「いや、オレとしては、普通に恋愛して結婚したいんだが……? それに、どう見ても子供だろ、あの2人は」


 少し戸惑ったようなトーヤに対し、ハルカは呆れたようにため息をつく。


「トーヤ、現実を見なさい? 『獣耳のお嫁さんが欲しい!』とか言いながら、恋愛で相手を見つけようなんて、無理よ?」

「だよねー。存在しない相手と恋愛なんて、2次元の嫁みたいなもんだよ?」


 相手が3次元に存在している分、可能性はゼロではないが、この国にいる限り、たまたま適齢期の獣人の異性と出会って、更にその相手と恋愛関係になれるなんて……うん、夢見んな?


 出会う人の99%以上が対象外の状況で恋愛しようなんて、無謀というものだ。


「別の国に移住する方法もあるが、素直にメアリかミーティア、もしくは2人を狙った方が現実的だろう?」


「で、でもよー、相手の気持ちもあるだろ? もしオレが告白したら、断り辛いじゃん? 立場的に。それは何か嫌なんだよ」


 優柔不断なことを言うトーヤに、女性陣はさらに追い打ちを掛ける。


「まともに対応してれば、別に嫌われることは無いと思うけど……。少なくとも結婚したくない、と言われるようなことは無いんじゃないかしら?」


「ですね。恋愛と結婚は別……と言うより、恋愛で結婚できるほど楽じゃないです、この世界。一夫多妻が認められるのも、そのためですし。トーヤくんが稼いでいれば、2人は喜んで結婚すると思いますよ?」


「この国は比較的マシな方みたいだけど、庶民はその日を暮らしていくだけで精一杯。残念ながら、恋愛なんてしている余裕なんて無いんだよ? だから、それなりに優しくて、それなりに良い生活をさせてくれる相手なら、喜んで結婚するんだよ、この世界の女性は。容姿なんて二の次で」


「せ、世知辛い……」


 トーヤはヘコんでいるが、実際、本人の意思とは関係なく、親が決めた相手と結婚するのが普通らしい。仕事だって基本縁故だし、自由に居住地を変更することも難しい。


 まぁ、農村などの小さなコミュニティなら、知り合いばかりだし、相性も考えて縁組みをするようだが、それらが嫌で家を飛び出したはぐれ者や、そういった世話もしてもらえない余り者が行き着く先が冒険者。


 そんな冒険者の集まるギルドだからこそ、規律を保つため、色々と苦労しているのだろう。


「後は、奴隷がいる国に行って、奴隷になっている獣人を買ってくる手もあるけど……」


「それは嫌だ! 弱みにつけ込むみたいじゃん? ――あ、でも、ピンチになっている娘を助けてと言うのなら……」


「それで惚れさせるのか? それも似たような物……いや、ある意味、孤児を拾うより悪質じゃないか?」


 たまたまそうなったわけではなく、下心ありで助けるんだから。


 俺は偽善も善、それで助かる人がいるなら、それもありだと思っているので、別に否定するつもりは無いが、それを普通の恋愛というのはちょっと厳しいと思う。


「うぅ……オレには恋愛の自由は無いのか……」


「自由はあるわよ? 成就するかどうかは知らないけど」


「多分、生涯独身決定だよねー。『何時か運命の獣耳お嫁さんと出会うんだ』とか思っていたら」


「トーヤくん、夢みる乙女じゃないんですから」


 厳しい!! とっても厳しいよ、3人とも!

 乙女じゃなくても、男の子だって夢は見るんだよ?


「ま、まあまあ3人とも。そうトーヤに現実を叩き込まなくても良いだろ? まだ時間はある」


 宥めるように俺が言うと、女性陣はため息をついて首を振りつつ、矛を収めた。


「……そうね。でも、少なくとも5年以内……メアリが成人する頃までには決めなさいよ? 彼女のためにも」


「そうそう。トーヤが結婚しないなら、メアリの結婚相手を見つける必要があるんだから」


「考えておきます……」


 少し落ち込んだ様子でそう答えたトーヤだったが、多分、結果は決まってると思うんだけどなぁ。2人も懐いているようだし。


 とは言え、現実の人生は、俺が予想していた以上に波瀾万丈だった。


 この1年間で俺たちに起こったことを思い出すなら、今後5、6年の間に、トーヤに運命的な出会いが訪れる可能性も、否定はしないけどな。


 俺はただ、静かに見守るのみである。

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