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[Web版] 異世界転移、地雷付き。  作者: いつきみずほ
第七章 ダンジョン
231/500

207 収穫作業

前回のあらすじ ----------------------------------

ダンジョンで手に入れた物をギルドで売却、鑑定の依頼。

ランプはすぐに虫除けランプと判明。宝珠と錫杖の鑑定は時間が掛かる。

虫除けランプは売らずに、庭仕事を受け持っているメアリに渡す。

 ダンジョンから帰ってきたら数日、休暇を取る。


 それが最近の俺たちの行動パターンなのだが、毎度の事ながら、微妙にやることがなくて暇になる。なので――


「やることがないなら、収穫作業でもしませんか?」


 という、ナツキの提案に、俺たちは特に反対することもなく頷いた。


「それで、何を収穫するんだ?」


 収穫作業は俺とナツキ、それ以外の5人の2グループ。このグループ分けに大した意味は無く、単純にグーとパーで分かれただけである。


 人数の多いハルカたちは、すでに種を実らせた、菜の花の刈り取りを担当。


 花を楽しめる時期が短いという欠点はあれど、やはりあの肥料は便利である。


 逆に言うなら、観賞用の花卉かきに関しては肥料の量を上手く調節しないと、すぐに花が散ってしまうことになるのだが。


「私たちは柑橘です。もう収穫できそうな感じになってますので」

「……あぁ、あれか、トゲトゲがいっぱいで、移植に苦労したヤツ」


 以前、お茶の木を移植して以降も、有益そうな木に関しては何種類か森から持ち帰って、庭に植えていた。


 そのうちの1つが、今ナツキが指さしている柑橘の木。

 長いとげの生えている、ちょっと面倒くさい木である。


 幸いなことにレベルアップで防御力が上がっているおかげで、突き刺さりはしないのだが、作業中に少々チクチクと鬱陶しかった。


「無事に実が付いたんだな」


 肥料をしっかりと与えたのが良かったのか、植え替えた後も弱る様子も見せずにしっかりと花を付け、たくさんの果実を実らせている。


 その実は柚子よりも一回りほど小さく、金柑と柚子の中間ぐらいの大きさ。


 色はミカンの橙色よりは少し黄色寄り。


 持ってみた感じ、皮はかなりぶ厚い。


「食べ応えはなさそうだが……数は多いな」

「ここに剥いた物があるんですが、食べてみますか?」


 と言いながら、ナツキが一房、俺の口元に持ってきたので、素直にパクリ。


「――っ!?!? すっぱ! 滅茶苦茶、すっぱ! しかも種がっ!」


 何というか、痛いほどに酸っぱい。

 多分、レモン丸かじりより酸っぱい。


 その上、一房の中に何個もの種が入っているので、何も考えずに噛んだらガリッと歯に当たった。


「ですよね? 私も驚きました」


 にこやかに、でも少し悪戯っぽくナツキが笑う。


「道連れか!」


「道連れなんてそんな。好きな人と一緒の経験をしたい。そんな可愛い乙女心です」


「嘘くさい!」


 笑顔は可愛いし、台詞だけ聞くと乙女っぽいが、やってることは乙女(?)である。


 絶対、自分が酸っぱさに悶絶したから、道連れにしたに決まっている。


「これ、レモン汁とか酢橘すだちの代わりには使えるが、食えないよなぁ」


「ちょっと厳しいですね。砂糖を使えばジャムなどにできるでしょうが……」


「高いよな、ちょっと」


 確か、ジャムに使う砂糖は果物と同量以上。


 この柑橘の酸っぱさを考えれば、砂糖の量を50%以上にしないと美味しくないと思うし、このあたりで買えるような、製糖されていない黒糖を使うと、そちらのクセが強すぎてジャムとしては美味しくないだろう。


 何より、気軽にジャムを作るには砂糖が高すぎる。


 むしろ多少果実が高くても、甘い果実100%のジャムを作る方がまだ安いし、美味しいだろう。


「まぁ、まずは収穫してしまうか。放置しておいても腐って落ちるだけだし」


「ですね。怪我の心配は無いでしょうが、服に穴が空かないよう注意してくださいね? トゲがありますから」


「了解。腕まくりしておく」


 普通なら保護するために厚手の長袖を着るところだが、服よりも自前の皮の方が強いというこの現実。


 革の服を着れば問題ないのだが、暑い中でそんな物を着るぐらいなら、多少のちくちくを我慢する方がマシである。


 そんなわけで俺たちは、手分けして柑橘の収穫に取りかかったのだった。


    ◇    ◇    ◇


「う~ん、結構たくさん採れたな?」


 籠に盛られた柑橘の量は、軽く10キロは超えているだろう。

 本来なら腐ることを心配するところだが、そこはマジックバッグで解消可能。


 問題はどうやって消費するか、である。


 普通に食べて美味しいのなら、知り合いにお裾分けすれば良いのだろうが、残念ながらそういう果実ではない。


「果肉も少ないしなぁ……」


 試しに果実を分解してみると、皮と果肉と種、3:2:1ぐらいの割合である。


 品種改良されていないからこんな物なのかもしれないが、ちょっと残念な果実だ。


 同様に自生しているのに、ドライフルーツにすれば捨てるところが無いディンドルとは対照的である。


「普通に柚子のように使うのが妥当だと思うが……」


「種もこれだけたくさんあると、なんだか捨てるのが勿体ないですよね」


「でも、種に使い道なんか無いだろ?」


「植物によっては、種を煎って食べたりしますよ? ヒマワリとか、カボチャとか。ナッツ類って、基本、種ですし」


「……そういえばそうだな?」


 よく考えれば、多くのナッツは種の仁の部分を食べている。


「でも、毒が含まれる種も結構多いですけどね」


「ダメじゃん!」


「いえ、柑橘なら大丈夫でしょう。確か、油が取れたはずです。尤も、効率的に絞っても重量の1割程度しか取れないはずですから、あまり現実的じゃ無いですけど」


「種の回収も面倒だしな」


 油なら今ハルカたちが収穫している菜の花があるし、このあたりで手に入るかはともかく、大豆、胡麻、ヒマワリなど、普通に油を搾るのに都合が良く、馴染みのある植物もある。


 あえてこの種から搾った油が欲しい、という欲求が無い限り、油を搾る素材としてのメリットは小さい。


「結局、焼き魚に添えたり、鍋物で使ったり、と言う程度か。……消費できるか?」


「アエラさんにお裾分けしましょう。彼女なら上手く使ってくれると思います」


「それが良いか。店で出せば、消費できるだろうしな」


 とは言え、アエラさんから特に要望でも無い限り、この木に肥料を撒くのは控えておくべきかもしれない。


 どうせならディンドルを植えることができれば嬉しいんだが、無理だよなぁ。


 移植はもちろん、苗木から育てることもほぼ不可能――とは言わないが、まともに収穫できるのは俺たちが老人になる頃だろう。


 そして何より、近所迷惑すぎる。


 あれだけの巨木、日照権云々の考え方は無くとも、街中で育てたら、普通に文句を言われそうである。


 他に植えている木から、美味い物が採れることを期待することにしよう。



 柑橘の収穫を終えた後は、俺たちも菜の花の収穫へ。


 庭の空いている場所に適当に種を散撒ばらまいていたものだから、花の時期には一面の菜の花で綺麗だったのだが、逆に収穫すべき範囲はかなり広い。


 肥料のおかげ(せい?)で、花を楽しめた期間も短かったし。


 それでも、最近は常人離れしてきている俺たちが真面目に作業すれば、数時間ほどで収穫は終わり、庭先には大量の菜の花が積み上げられることになった。


「お疲れ様~」

「あぁ。地味に疲れたぜ」


 体力はあるはずのトーヤだが、中腰での刈り取り作業はやはり腰に来るらしく、グリグリと腰を回して運動している。


 その動きが微妙に卑猥に見えるのは、俺の心が汚れているのだろうか?


「……トーヤ、それ止めなさい」


 うん、俺だけでは無かったらしい。

 ハルカがちょっと顔をしかめつつ、『小治癒ライト・キュアー』を飛ばす。


「ぉお、すまん、楽になった」


 そう言ってニカッと笑い、回復した腰を強調するように再び動かすが――


 スパァァン!


「だから、それを止めろと!」


 その動きは、背後からやって来たユキのツッコミによって中断された。


 ユキが手に持っているのは……警策けいさく


 座禅なんかでお坊さんが持っているアレっぽいものである。


「痛っ! え、なに!?」


 トーヤが振り返り、ユキが手に持ってぺしぺしとしている物を見て、目を丸くする。


「ユキ、それどうしたんだ?」

「これ? ハリセンが作れないから代用品」


 いや、問題点はそこでは無く。


 何で作ろうと思ったのかと聞いたのだが、ユキの返答は「暇だったから」という、あっさりとした物だった。


 ……まぁ、使い道はあるのだろう。今のように。


「(なぁ、ナオ。オレ、なんかマズかったか?)」

「(おう。腰の動きが卑猥だった。要モザイク)」

「(そこまでっ!?)」


 コッソリと聞いてきたトーヤに、俺もコッソリと、しかしスッパリと答える。


 男だけなら許されるかもしれないが、お年頃の女性&子供がいる前ではちょっと許されない動きだった。


「ハルカ、私も頼める? ちょっと疲れた」

「了解、一応全員に掛けておくわね」


 警策を片付け、背伸びをするユキにハルカは頷き、全員に『小治癒ライト・キュアー』を掛けた。


 光魔法の使い手が希少な、普通の冒険者から見ればとても贅沢な使い方だろうが、俺たちにとっては日常である。


「さて、次は乾燥だね。ちゃちゃっとやっちゃおう!」


 『乾燥ドライ』が使えるのは、ハルカの他に俺とユキ。


 量が多いので手分けして乾燥させつつ、トーヤたちが乾燥が終わった物から順番に、種と鞘を分離する魔道具に入れていく。


 この魔道具も当然ハルカ&ユキ作で、形状としては綿菓子製造機を縦に伸ばしたような形。


 中心部分に菜の花の茎を入れて引き抜くと、ガガガッと鞘を取り外してくれる。


 その鞘は細かく砕かれ、鞘と種を分離、遠心分離機のようになっているザルに移り、種はザルの中に、粉になった鞘はザルの外へ。


 最後の部分は唐箕とうみの様な構造で、残ったゴミを風で吹き飛ばし、種だけが残るようになっている。


「スゴイ道具なの!」


 ざらざらと出てくる種の中に手を突っ込み、グリグリとかき混ぜながら、ミーティアが嬉しそうに声を上げる。


「うわ、うわぁ……」


 メアリもまた、魔道具に菜の花の茎を突っ込み、よく解らない声を上げながら、興味深そうに中を覗き込んでいる。


「うん、良い感じ。設計通り、かな?」


「鞘の粉が舞い上がるのがちょっと……ですが、手作業に比べれば十分ですね」


「集塵機を付けても良いんだけど、使用頻度を考えると、無駄かな、と思ってね」


「乾燥具合によって、鞘の粉砕や分離にバラツキがあるわね。乾燥機能も統合するべきかしら?」


「う~ん、それなら、ザルでの分離はあんまり必要なかった? あー、でも、ザルの部分でも種と鞘が引っ付いたままのもあるから、あった方が良いのか」


 純粋に喜んでいる年少組に対し、製作者たちは多少不満がある様だ。


「普通に使えてるんだから、別に良くね? これ、商品として売るわけじゃないんだろ?」


「そうだよな、俺たち、別に農家じゃないし」


 俺たちの現実的な言葉に対して向けられたのは、ちょっと白い視線だった。


「……まあ、そうなんだけどね。これ自体、趣味みたいな物だし」

「でも、趣味だから、色々度外視して、良い物を作りたくない?」


 なるほど。理解はできる。

 『趣味』と言った時点で、合理性とか経済性は裸足で逃げ出すのだ。


「あぁ、いや、趣味なら好きにしてくれて良いんだ。うん」

「そうそう。オレたちはお前たちが面倒くさくないか、と思っただけだから」


 お金の無駄、とか言うつもりは全くない。


 むしろ同じ趣味でも、『ガチャで爆死』みたいに、生産性が無い物ではないのだから、ありがたいぐらいである。


「ナツキお姉ちゃん、箱が一杯になるの!」

「はいはい。交換しましょうね」


 検討しつつも作業の手は止めておらず、50リットルのコンテナボックスほどの箱が満杯に。


 その箱を交換しながら作業を進め、3つめの箱がほぼ一杯になる頃に、全部の処理が終わった。


「結構な量だな……これ、50キロ以上あるよな。このまま搾油機に入れれば良いのか?」


 コンテナを持ち上げ、ざらざらと種を揺すりつつ、トーヤがハルカに訊ねる。


「そうね……一応『浄化』っと。普通は、煎るのよね?」

「はい。そのままだと油は出にくいはずです」

「って事は、俺の出番?」


 茶葉を作る時、『加熱ヒート』で手伝った俺の手腕が発揮されるとき?


「そうだね。まずは1回分、5リットルぐらいでやってみようか」


 ユキが大きな鍋に取り分けた菜種を、俺が『加熱ヒート』で加熱していく。


 この魔法の良いところは、『対象物を加熱する魔法』なので、ムラ無く加熱できるところ。かき混ぜる必要すら無い。


 時々ナツキが種を取り上げ、指で潰して状態を確認。


 ナツキのオッケーが出た時点で加熱を止め、搾油機に菜種を移す。


「後はスイッチオンで、超高圧力が掛かるよ。ヘイ、ポチッとな!」

「なんじゃ、そのかけ声!」


 ユキの妙なかけ声にツッコミを入れる間もあればこそ。静かに動き出した搾油機が菜種を押しつぶし、黄色くやや濁った液体が絞り出されてきた。


「おぉ、出てきた……」


 量としてはおおよそ1リットルぐらいだろうか?


 油がほぼ出なくなったところで圧縮は止まり、ガチョっという音と共に、搾油機の下から円盤状の物が転がり落ちてきた。


 それをハルカが拾い上げ、コンコン、と叩く。


「これが油かす。だけど……ちょっと搾りすぎかしら?」

「カチカチになってるね? ま、良いんじゃないかな?」

「ですね。不純物が異常に多いわけでも無いみたいですし」


 よく解らないが問題ないらしい。その円盤はコンポストに放り込み、搾油を継続。

 最終的に搾った油の量は20リットルほどになった。


「後はこれをしばらく静置して、不純物を沈殿、取り除けば菜種油として使えるわね」


「これでやっと、まともな天ぷらが食べられますね」


「あぁ。さすがに野菜の天ぷらをラードで揚げるのは、なぁ」


 トンカツであればラードで揚げても気にならないのだが、野菜を使った天ぷらや魚の天ぷらにラードを使うと、ちょっと匂いとか、しつこい感じでイマイチなのだ。


 かといって、植物油を買ってくれば良いかと言えば、そうもいかない。


 菜の花の種が手に入ったように、菜種油自体は入手できるのだが、これ、基本的には灯火用で、食用じゃないのだ。


 おかしな物が混ぜられている事はないだろうが、衛生面では不安がある。


 『浄化』やら『殺菌』の魔法でなんとかなりそうな気もするが、気分の問題なので、如何いかんともしがたい。


「天ぷら? 美味しいのです?」

「ああ。俺たちは好きだぞ?」


 海老天やかき揚げ、ナスとかも良いなぁ……。

 キスも好きだが、海魚は無いんだよな。


「楽しみなのです!」


「でも、実際に油として使えるにはまだまだ時間が掛かります。ミーティア、待てますか?」


「待てるの! だから、美味しいもの食べたいの!!」


「わ、私も興味あります!」


 ぴょんぴょんと跳ねるミーティアに、メアリもまた手を上げて主張する。


 そんな2人を、ナツキが優しげな笑みで見る。


「そうですか。それじゃ、楽しみにしていてください。――天ぷらに適した食材、何か探してきたいですね」


 そう小さく呟いて考え込むナツキに、俺もまた、他に何か良い物は無いかと、思いを馳せるのだった。


    ◇    ◇    ◇


 沈殿と分離には思った以上の時間が掛かり、菜種油の完成を見たのは収穫から2週間以上経ってのことだった。


 しかしそれでナツキたちが作ってくれた天ぷらは非常に美味しく、初めて食べるメアリとミーティアも大喜び。


 一般庶民でしかなかった俺には経験が無いが、きっと天ぷら専門店で食べる天ぷらは、こんな感じなのかな、とか思いつつ舌鼓を打った。


 ちなみに、俺の収穫した柑橘も、その時に活躍したのだが……まぁ、所詮は脇役。蛇足である。

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― 新着の感想 ―
[一言] 天ぷらを揚げると天ぷらを食べようという気が無くなると母が言っていました。 天ぷらの匂いが鼻につくから、と。
[気になる点] 菜種油の搾りかすの沈殿と分離って、濾過じゃだめなの?
[気になる点] >沈殿と分離には思った以上の時間が掛かり、菜種油の完成を見たのは収穫から2週間以上経ってのことだった。 時空魔法に加速するやつありましたよね。 アクセラレート・タイム……でしたっけ?…
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