019 保存食を作ろう (1)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
冒険者ギルドでディオラさんに情報料を渡し、ディンドルを一袋売却。
ディオラさんからディンドルの丸干しの作り方を作り方を聞くが、大したことは解らず。
「さて2人とも。今日は自主練の前に肉とディンドルを処理するわよ!」
そういったハルカの前にはディンドルの詰まったバックパックが2つ、タスク・ボアーの残りの入った革袋、それに途中で購入してきた樽や鍋などの道具が並んでいた。
「はい、質問!」
「はい、トーヤ!」
元気よく手を挙げたトーヤを、ハルカがビシリと指さす。
「オレにできる事ってあるんでしょーか!」
「大丈夫です。誰でもできます。もちろん、ナオにもね。まずは肉の下処理からやるわよ」
ハルカはまな板を3つ並べ、その上に適当に切り出した肉をのせる。
「まずはこの肉を食べやすいサイズ――厚み1センチぐらいで手のひらの半分ぐらいのサイズに切り分けます」
料理レシピの様に指示しようとしたハルカは、チラリとトーヤに視線をやって、明確に指定し直す。
うん、初心者相手に曖昧な指示は危険だぞハルカ。
料理をできないヤツに、『少々』とか、『適量』とか言っても解らないのと同じである。
特に今のトーヤなら、超厚切りのステーキが『食べやすい』とか言いかねない。
「骨は綺麗に取り除いてね。あと、脂が多い部位は脂もね」
「ん? 脂も捨てるのか? この肉、脂が美味いと思うんだが……」
焼いてしたたる脂から微かにディンドルの香りがして、それが良い感じだったのだ。
正直、『それを捨てるなんてとんでもない!』である。
「気持ちは解る。だけど干す場合はそこが酸化して良くないと思うんだよね」
なるほど。そういう物なのか。
よく解らないが元から料理上手、更にスキルまで持っているハルカの言葉、従っておこう。
「なぁ、少しだけ試しちゃダメか?」
「トーヤが責任を持って処分してくれるなら良いけど……少しだけよ?」
「おう。解ってるって」
よし、美味かったら分けてもらおう。
不味かったら、トーヤに頑張ってもらおう。言い出しっぺだし。
――我ながら最悪である。
猪1匹分ともなると、肉の量もかなりある。
俺たちが肉をスライスして、チマチマと骨や脂を取り除いている間に、ハルカは鍋を使って塩と道中で取ってきたハーブ、店で仕入れた少量の香辛料、小さく刻んだディンドルの皮などを混ぜ合わせる。
それが終わったらハルカも肉のスライスに参戦し、みるみるうちに俺たち以上の肉を積み上げた。
そしてまな板に載らなくなった肉は、ハルカの調合した塩と一緒に樽へ投入していく。
「ねぇ、ディンドルの方はどうやって作ると思う?」
「俺が考えたのは、茹でてから干す、防腐剤的な薬草汁を塗ってから干すの2つかな。あのサイズの果物、まるごと干したら普通に腐るだろ?」
「茹でても腐るのは変わらない気がするけど……防腐剤はありそうね」
あぁ、そりゃそうか。
茹でた直後は殺菌されてても、時間が経てば汚染されるか。レトルトパックみたいに完全密封でもしなければ。
「トーヤは?」
「う~~ん……なぁ、これから一気に寒くなる、ってことはないよな?」
「え? ええ。季節的に気温は下がっていくけど、このあたりでは夜でも氷点下にはならないみたいね。一番寒いときでも」
あ、それはありがたい。
別に冬は嫌いじゃなかったが、この世界にはエアコンも無ければ、気密性の高い家もない。
ダウンジャケットみたいな保温性の高い服があるかも解らないし、あったとしても買うには金がかかる。
穏やかな気候はそれだけで、経済的には助かるのだ。
「それじゃダメか。氷ができるような気温になるなら、それを利用するかと思ったんだが。ほら、アンデスのジャガイモの話、あるだろ?」
「あぁ、そういえば」
何か、授業で習った気がする。
アンデス山脈のあたりでは、収穫したジャガイモを屋外に放置。夜間に凍結させ、昼間に溶けた物を踏んで水分を出すという行為を繰り返し、乾燥させて長期間保存するらしい。
さすがにディンドルを踏むと潰れそうだが、この方法であれば腐らせることなく乾燥させることも可能な気がする。
「そもそも、それじゃお湯が必要ないわよね?」
「それは……単に賄いでも作っていた? もしくはお茶とか?」
ちょっと考えて、そんな身も蓋もないことを言うトーヤ。
ディオラさんから得た手がかり、台無しである。
「――いや、まぁ、その可能性もあるわよね。叙述トリックじゃないけど、別にディオラさんもお湯が必要な道具だとは言ってないわけだし」
確かにそうなんだけど!
お湯の使い方に頭を捻った俺がバカみたいである。
「で、ハルカはどう思う?」
「私? 私は干し柿みたいに使うのかなぁ、と」
干し柿の作り方は、基本的には渋柿の皮を剥いて紐でまとめ、吊して干すだけだが、その時に軽く熱湯に浸ける場合もあるらしい。
それと同じ事をディンドルでもやっているのでは、というのがハルカの考えである。
「それって多分、殺菌のためだよな? 表面を殺菌するだけでできるか?」
手で触ったままよりも、殺菌はした方がカビは生えにくくなると思うが、その程度でなんとかなるんだろうか?
「干し柿ができるんだから、ディンドルも不可能じゃないと思うんだよね」
「それは冬の気温と風通し、それに皮を剥いているからじゃないか? ここは気温も高いし、ディンドルは皮を付けたまま。有利な点は湿度が低いところか?」
食べ物の腐敗は温度と湿度が大きな要因となっている。
特に湿度は重要で、腐りやすい魚を干物にできるのも、それが関係している。
干し柿の場合は腐敗する前に乾燥するから問題ないだけで、皮付きのまま、あのサイズの果実を乾燥させられるのかと言えば……。
「そのあたりはやはりノウハウなんじゃない? 簡単にできたら、秘密になんかしないわけで」
「ノウハウを台無しにするのが、ハルカの魔法ってワケか」
「台無しって人聞きが悪いわね。私だって努力して覚えたのよ?」
「それは解ってるって」
現に俺は、未だに独自の魔法は使えないわけだからな!
全く自慢にならないが。
「なあなあ、そもそも俺たち、乾燥ディンドルを見たこと無いよな? 実は鰹節みたいに、カビを利用している可能性もあるんじゃないか?」
「――さすがトーヤ、いきなり根底を打ち壊すわね」
「俺の知る限りカビを使うドライフルーツは知らないが、可能性はゼロじゃないか」
「そうなったらもう片手間でどうにかできる話じゃないし、諦めましょ……っと。よしっ! これで終わり!」
話ながらも手は動かし続けていたので、肉の処理は進んでいた。
後から参戦しながらも最も多く肉をカットしたハルカの作業が最初に終わり、程なく俺たちも切り終わった。
後は樽に移して塩を混ぜ込めば肉の塩漬けは完了である。
取り除いた脂と骨は皮袋に放り込んでおいて、明日の仕事の時にでも森に捨てれば良いだろう。
「2人とも、手とナイフを出して」
ハルカがベタベタになった手や脂、まな板もまとめて『浄化』をかけて綺麗にしてくれる。
ホント、すっごい便利な魔法である。
台所用洗剤なしにこの脂を綺麗にするとか、ちょっと考えたくない。
「後はどうするんだ?」
「肉に塩が染み込むまで……最低でも一両日、できれば1週間ほどかな? 待ってから、軽く水洗いして、乾燥だね」
「結構かかるな? 樽、追加で買ってこないといけないか?」
「……トーヤ、あなたいったいどれだけの干し肉を作るつもりよ?」
「え? 猪が狩れただけ?」
当然といった様子で言うトーヤに、俺とハルカは顔を見合わせてため息をつく。
「トーヤ、さすがに食べきれないだろ?」
「え、そうか? 仮に1トン作っても、3人で1年間なら、1日1キロに満たない……少し多いか?」
「少しじゃないわよ! 単なる肉ならまだしも、塩漬け肉をそんなに食べたら塩分過多で死ぬわよ!」
塩抜きをするにしても、さすがにヤバい気がする。
【頑強】スキルは生活習慣病にも効果はあるのだろうか?
「そもそもこの作業を毎日やるのか? 俺は正直遠慮したいが」
骨を取ってスライスするだけなら大したことないが、脂を取り除くのがなかなかに面倒だった。
その作業量を思い出したのか、トーヤが残念そうに唸る。
「脂付けたままでも美味ければなぁ……もしくはハルカの魔法で良い感じに取り除くとか」
「トーヤ、あなたどんだけ私の魔法に頼るつもりなのよ……多分できるけど」
「できるのかよっ!?」
流石のハルカさんである。
「うーん、ラードの融点を考えて、それを搾り出すようにすれば……? 問題は魔力だけどね」
残念ながらステータスにMP表示はないが、魔法を使えば何かが消費されるのは体感的に解るのだ。
最初に比べれば俺も多く魔法が使えるようになった気がするが、目に見えないので本当に魔力が増えているのか、それとも効率的に使えるようになったのか、はたまた限界まで絞り出すようになっただけなのか、解らないのが難点である。
数値で解れば魔法に関する実験も捗るのだが。
「魔力回復薬は高くて割に合わないし、自前だと作れそうなのはハルカだけなんだよなぁ」
ゲームなら問題なかったかもしれないが、現実となると、俺たち、明らかにスキル選択をミスった感じである。
戦闘時は良いのだが、普段の生活では俺とトーヤがあまり役に立たないのだ。
スキルが無ければ俺たちの能力は元の世界の一般人、雑用くらいしかできない。
「私は乾燥もしないといけないし……トーヤが大まかにでも脂身を取り除くなら多少は魔力消費も減ると思うけど」
「なにっ! やるやる! 俺の【解体】スキルが火を噴くぜぃ!」
「トーヤ、お前どんだけ肉が好きなんだよ……」
そもそもまだ【解体】スキル、持ってないだろ。
「まぁ、食費の節約にもなるし、トーヤが頑張るって言うなら私も協力するけど……ナオ、『時間加速』はどの程度使えるの?」
「えーっと、現状では3倍程度、持続時間は……振り絞っても10時間に満たないと思う」
「つまり……この樽にかけて一両日置いておけば、丸2日分って感じかな? さすがに明日の朝もう一度かけ直すのはマズいだろうし」
「そうだな。仕事を休むならともかく、森に行くのに戦闘で魔法が使えないのは困る」
最近はあまり戦闘で使ってないとはいえ、保険としては必要だろう。
まだゴブリンにも出会ってないわけだし。
「3日漬け込むと考えれば、樽があと1つは必要か。案外高いのよね、樽って」
元の世界で樽なんて買ったこと無いため比較もできないが、ドラム缶サイズより2回りほど小さくておおよそ3,000レア。
一緒に購入した鍋よりも少し高い。
「なぁ、樽って別に新品じゃなくてもよくね? ここの親父さんに譲ってもらえないか聞いてみようぜ。これだけ繁盛してれば樽で仕入れる食品もあるんじゃないか?」
「あ、そうか! トーヤ、偉い! そうよね、塩漬けに使うんだから中古でも問題ないわよね! 臭いを気にする物じゃないし」
後ほど、親父さんが暇そうな時間に事情を話して相談したところ、作った干し肉を少しお裾分けすることを条件に、樽をタダで分けてくれることになった。
酒が入っていたというその樽は、俺たちが買ってきた物よりも幾分小ぶりだったが、いくつか分けてくれたおかげで樽の心配は無くなったのだった。
ちなみに、後日調べてみたところ、中古の樽は普通に売っていたし、程度の良い物(外観があまり傷んでおらず、嫌な臭いの付いていない物)は新品の半値程度だったので、それをほぼタダで分けてくれた親父さんには感謝の気持ちも込めて、ディンドルも少しお裾分けしたのだった。