198 歓迎会
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
ラファンに戻り、メアリたちとの生活を始める。
彼女たちが慣れるまで仕事には出かけず、家で訓練や雑用などを熟す。
冒険者の仕事を再開する前に、ハルカがメアリたちの歓迎会を提案する。
「「歓迎会……?」」
ハルカの言葉に首を捻ったのはメアリとミーティア。
俺たちは一応、チラリと話は聞いていたので、戸惑いは無い。
「あの、私たちがここに来て、もう1週間ほど経ちますけど……あ、いえ、決して不満があるわけじゃないですけど」
「もしも、メアリたちが馴染めなかったら、と思ってね。その場合は、この町の孤児院に預けることも視野に入れてたから。歓迎会とかしてたらお互いに気まずいじゃない?」
そう。もしメアリたちが俺たちの家で暮らすことに苦痛を感じるようであれば、イシュカさんに預けることもまた考慮のうちだったのだ。
ラファンに帰ってきた翌日には「歓迎会でも」という話は出ていたのだが、その時点であまり盛大にパーティーとかすると、俺たちに不満があっても言い出しにくくならないか、と自重したのだ。
「馴染めないなんてこと、決して、そんな……!」
「ご飯、おいしいの!」
慌てて首を振るメアリと、ご飯の感想を言うミーティア。
つまり、ご飯が美味しければ問題ないという事だろうか?
「あぁ、別に追い出したりするつもりは無いから、心配しないで。あなたたちがこの家に居辛くなったら、と思っただけだから」
「そうそう。あー、もし孤児院で暮らす方が気が楽とかあれば、言ってね? ここの孤児院はケルグに比べて結構良い感じだと思うし、責任者とも知り合いで寄付もしてるから、なんとかなると思うからね」
「不満なんてありません! むしろ、仕事が少ないぐらいで……」
「毎日ご飯食べられて、安心して寝られるの!」
ミーティアはやっぱりご飯なのか。
いやまぁ、衣食住は重要なので、ある意味、ミーティアの言葉は至言なのかもしれない。
「ま、私たちもしばらく一緒に暮らして問題無さそうなのが解ったからね。後は、メアリとミーティアの快癒祝いも兼ねてね」
「はい。無事に治療が終わりましたからね」
そう。メアリとミーティアにあった火傷痕、ハルカとナツキが毎日『再生』をかけ続けることで、昨日無事にすべて消えたのだ。
『再生』を使うと2人ともしばらく動けなくなることもあり、1日に1回、夜寝る前に使うようにしていたため、少々時間は掛かったが、2人も慣れるに従い、1回の魔法で完全に治せる範囲も把握できるようになって若干効率も上がった。
それでも1度に治せるのは俺の手のひらより少し大きい程度なので、欠損部位を再生できるようになるのは遠そうである。
「あ! 改めて、本当にありがとうございました。生きているだけでも奇跡だと思うんですが……」
「ありがとうございます、なの」
「女の子ですから。治せて良かったです」
改めてお礼を言う2人に、ハルカと一緒に尽力したナツキもまた、微笑んで嬉しそうに頷く。
「もう何度もお礼を言われたから、もう気にしないで。ま、これからもよろしくね?」
「「よろしくお願いします(なの)!」」
「「「よろしく(です)」」」
ハルカの言葉に姉妹は揃って頭を下げ、俺たちもまたそれに応えたのだった。
◇ ◇ ◇
「さて、歓迎会と言えばご馳走だけど、何が良いかしら?」
ハルカの言葉に考え込む俺たち。
改めてご馳走と言われると……。
「ご馳走ねぇ? 俺の貧困なイメージだと高級和牛のステーキとか、大トロの寿司とか……」
ステーキと寿司。
貧乏人っぽいとか言われようとも、俺的にはそんな感じである。
「あとは、ズワイガニとかもあんま食べられないよな? 他はすき焼きとか……。あ、フグ。てっちりとかも食べたことない」
トーヤの言葉に、ユキが困ったように首を振る。
「すき焼きの肉だけはピッカウでなんとかなるけど、他の食材が手に入らないじゃん。鍋ならスッポン鍋もご馳走だと思うけど――」
「冬の間に食べてしまったので、在庫はありませんね。そもそも今は暑いですし、鍋の季節では……」
実際、高い料理という事なら、懐石料理やフランス料理のコースとか、単なる天ぷらでも良い店で食べれば、それなりの料金を取られることになるわけだが、それがご馳走か、と言われるとちょっと首を捻るところはある。
『ご馳走は高い』が、『高いとご馳走』ではないと思うのは俺だけだろうか?
「メアリとミーティアはどう?」
「毎日ご馳走なの!」
「私も……はい。ここで食べた物以上の物は食べたこと無いので……」
知らなければ、何が食べたいとか言われても、困るか。
「アエラさんのお店に行っても良いんだけど……」
アエラさんなら、俺たちの知らない料理も出してくれそうではあるが――。
「好調で予約が詰まってるみたいだぞ?」
時々肉を届けに顔を出して、世間話をしているのだが、なかなか予約が取れない程度には順調らしい。
のんびりと時間を過ごすタイプの店なので、客の回転は少なく、忙しすぎて大変、ということは無いようだが、営業時間中にはほぼ空席が無いとか。
お友達のルーチェさんと共に頑張っているようだ。
「やっぱり? 改めて美味しい物を作るのは難しいから……インパクトで勝負しましょうか」
「インパクト?」
「うーん、タスク・ボアーの丸焼き、とかどう?」
「ふぉぉぉ! 丸焼き!? 食べ放題!?」
ハルカが挙げた例に、ミーティアが昂ぶっていらっしゃる。
両手をブンブンと振り、キラキラとした瞳でハルカを見上げている。
そんな瞳で見つめられたハルカは、苦笑しつつ首肯する。
「そうね、好きなだけ食べて良いわよ」
「すごいの! 夢が広がるの!」
わーい、とバンザイをして、ぴょんぴょんと跳びはねるミーティア。
「確かに丸焼きなんて前世も含め、経験したこと無いね。マンガ肉並みにあり得ないもん」
「反対する理由は無い……というか、あのミーティアを見て反対はできないな」
そして、ミーティアほどあからさまでは無いが、メアリの方もヨダレを垂らさんばかりの表情である。
やはり虎系の獣人ということが影響しているのだろうか?
トーヤも以前に比べて、肉が好きになったと言っていたし。
「なんだったら、他の物の丸焼きでも良いけど……タスク・ボアーあたりが無難でしょ」
「インパクト重視なら…………いや、無理があるな」
トーヤが何か言いかけて、しばらく沈黙。首を振る。
俺たちが狩る獲物の中で美味い物と言えばオークがあるが、数百キロもあるアレを丸焼きにしようなんて、非現実的すぎる。
串に刺してグリグリと回そうにも、それこそ以前テレビで見たような、『クレーンを使って芋煮を作る』並みの下準備が必要になるだろう。
ついでに言えば、いくらハルカたちの【調理】スキルがあっても、とてもじゃないが上手く焼けるとは思えない。
他にほぼ全身が食べられる魔物としては、バインド・バイパーとキラーゲーターがいて、そのインパクトも十分なのだが、これらは逆にインパクトが強すぎて食欲減退である。
カットしてあれば普通に食えるんだが、蛇とワニだもんなぁ、見た目。
ピッカウは丸焼きにしても結構美味そうだが、サイズが小さいのでインパクトに欠けるし、どうせピッカウの肉を使うのであれば、それこそすき焼きとか別のご馳走を作る方が良い。
そう考えれば、タスク・ボアーは妥当な選択なのだろう。
「つっても、今はタスク・ボアーの在庫、無かったよな?」
「無いな。単純な味ならオークの方が良いし」
最近はタスク・ボアーを狙って狩るようなことはしていなかったので、得られる数も少なかったのだが、たまに狩ったときも自分たちでは食べずに売りに出していた。
「そいじゃ、オレたちで狩ってくるか」
「私たちは……久しぶりにお菓子でも作りましょうか」
ハルカの言葉に、ミーティアがピコピコと耳を動かし、目を輝かせる。
「お菓子! 砂糖? 砂糖を使うの?」
「そうね、何を作るか決めてないけど、使うでしょうね」
「感激、なの! 歓迎会、ステキなの!」
「甘いお菓子……」
両手と一緒に尻尾まで振って嬉しそうなミーティアと、両手こそ振っていないが、嬉しそうに尻尾が動いているメアリ。
やはり甘い物は正義、なのかもしれない。
上白糖でこそないが、砂糖自体はこの町でも普通に手に入る。
だが、お値段は日本の上白糖と比較しても10倍以上するので、なかなか気軽に買える物ではない。
俺たちは普通に買っているが、使用量はやはり節約気味。
ある意味、健康のためには良いのかもしれないが、1キロで大銀貨3枚ほどとなると、なかなか気軽には使えない。
多少高くても、紅茶に入れるティースプーン1杯程度なら、大した値段じゃないとは解っているのだが、気分的に、である。
そもそも黒糖に近い物なので、紅茶に入れると味が変わってしまうという難点もあり、お茶に入れたりはしないのだが。
尤も、俺たちが『1キロで大銀貨3枚』と聞いて感じる値段のイメージと、普通の庶民が感じるイメージは随分と違うようで、メアリたちぐらいの生活レベルだと、『とても買えない』とか、『年に1度、ちょっとだけ買う』とか、そんな感じらしい。
仮に日本で砂糖の値段がキロ3千円になったとしても、スプーン1杯10円、20円程度なのだから、普通の家庭であれば『まぁ、買えなくもない?』という程度だろう。
このあたりの違いは、こちらの世界では『賃金が安い』事と、『最低限生活するだけなら、あまりお金が掛からない』事に由来するのだと思う。
逆に贅沢品が相対的に高いので、ミーティアたちの喜び方も、そう大げさとは言えないのだ。
「それでは、各自、準備に掛かりましょう。トーヤくんとナオくん、よろしくお願いしますね?」
「「了解」」
◇ ◇ ◇
俺たちが良い感じのタスク・ボアーを狩ってくるのにかかった時間は、僅か数時間ほどではあったが、肉の熟成や調味料を染み込ませる時間が必要なため、実際にタスク・ボアーの丸焼きパーティー……もとい、メアリとミーティアの歓迎会が開催されたのはその翌日であった。
土魔法で作ったブロックで庭に丸焼き台を作製し、そこに串をぶっさしたタスク・ボアーを置く。
今回俺たちが狩ってきたタスク・ボアーは、丸焼きにする関係上、1.5メートルあまりで少し小さめの個体だが、それでも焼く前の状態での重量は100キロ近い。
骨などを除いた可食部位だけでも、とても7人で食べられる量ではないのだが、そこはまぁ、腐らせずに保存できるマジックバッグなどがあるので問題は無いし、ゲストも呼んでいるので、もしかすると消費しきれるかも……いや、多分無理だな。
「それじゃ、焼いていこうかな~」
設置したのは俺とトーヤだが、実際に焼くのはユキである。
焼き台の下に置いた炭を熾し、串をグルグルと回しながら、強火の遠火でじっくりと焼いていく。
ちなみに、焼き台のブロックなどは俺が作ったが、串などの金属製のギミックはトーヤ作で、いずれも昨日、タスク・ボアーを狩ってきた後に作った物である。
「丸焼き、だな」
「あぁ。丸焼きだな」
それ以外に言う事はない。
ハルカとナツキは家の中で他の料理などを作っているが、俺とトーヤは特にすることが無いので、タープで作った日陰の下で、椅子に座ってユキの調理をのんびりと眺めている。
メアリとミーティアはと言えば、2人揃って焼き台の前に陣取り、少しずつ焼けていくタスク・ボアーをじっと見つめている。
そんな2人の尻尾が揃って揺れているのが、なんだか可愛い。
「2人とも、そんなにじっと見てても、焼けるのにはかなり時間が掛かるよ?」
「匂いだけでもシアワセなの!」
苦笑するユキに、ニコニコの笑顔でミーティアが応える。
確かにミーティアの言うとおり、俺たちの所まで良い匂いが漂ってくる。
脂が炭に垂れる度に、ジュッという音と共に煙が上がり、なんとも食欲をそそる。
だが――。
「なぁ、これって火が通るのか?」
タスク・ボアーは腹を掻っ捌いて、やや広げるような形で串に固定してあるが、それでもかなりぶ厚い。
焼き鳥とかを焼くのにかかる時間を考えると、何倍もの厚みがあるこの肉は……?
「炭火だから遠赤効果はあるけど、簡単にはいかないよー。実際、美味しく食べるなら、カットして焼いた方が良いと思うしね?」
「身も蓋もない……」
そりゃそうなんだが、それをやってしまうと今回のコンセプト、全否定である。
「そういえば、まともに丸焼きをしようとしたら、一晩以上焼くとか聞いたことがあるな?」
「「一晩(なの)!?」」
トーヤの言葉に、メアリたちが揃って絶望したような声を上げた。
まぁ、いくら炭火でも、熱が逃げるから当然と言えば当然か。
ワイルドさには欠けるが、美味しく丸焼きを作るつもりなら、大型の石窯でも作って焼く方が良いのだろう。
「さすがにそんなに時間はかけられないからね。ま、焼けた表面を削り取りながら食べるのが現実的かな? 無理して全体に火を通そうとしたら、脂が落ちちゃって、逆に美味しくなくなると思うし」
「ケバブみたいなイメージか。それはそれで美味そうだな?」
「ちゃんと下味を付けてるからね。メアリ、ミーティア、味見してみる?」
「良いのです?」
「うん。ちょっと待ってね」
ユキが良い感じに焼き色が付いた場所にナイフを入れ、削り取った肉をお皿に入れて、2人に渡す。
味見と言うには随分とごっそりと削り取った感じだが、それでも大して減っていないのは、さすが丸焼きである。
「――っ! おいしいの!」
「んーーー!」
フォークで肉を突き刺し、口いっぱいに肉を詰め込んだ2人が、尻尾をパタパタさせて頬を緩める。
そんな2人を見ていると、俺も食べたくなる。
「ユキ、オレにも一切れ」
「あ、ついでに俺も」
俺に先駆けて皿を突き出したトーヤに、俺も便乗。
「しょうがないなぁ」とか言いつつ、素直に切り分けてくれた肉を、俺も頬張る。
「ほう、これはなかなか……」
「塩だけじゃねぇんだな? これなら飽きずに食えそうだ」
決して濃い味付けではないのだが、ハーブ類も使っているようで、これだけで十分に美味い。
肉汁が滴り落ちるほどにジューシーで、大量の肉をがっつり食べられそうな感じ。
タレも準備してあるのだが、俺が食べる程度の量なら、飽きる前に腹一杯になりそうである。
「あら? もう始めてるの?」
後ろからかけられた声に振り返ると、そこにいたのは料理の乗ったお盆を持つハルカとナツキだった。
「味見だよ。と言っても、見ての通り、丸焼きは焼きながら食べることになるだろうけどね。ハルカたちも食べる?」
「まずはこれを置いてからね。ナオ、手伝って」
「はいはい」
俺たちも手伝い、タープの下に用意したテーブルの上に、ハルカたちが運んできた料理を並べる。
「肉が大量にありますから、他の物は少なめにしました。不足するようなら、また作りますから」
「いや、十分すぎるだろ」
ハルカとナツキが持ってきたのは、飲み物にスープ、野菜類とパン、それに大量のお菓子。
新鮮な牛乳が手に入らないためか、生菓子は用意されていないが、クッキーやパイ、木の実を使ったお菓子など、普段はあまり食べることの無い物が並べられている。
トーヤに加え、メアリとミーティアも、その身体からは考えられないぐらいの量を食べるが、それでもこれだけあって足りないなんて事は無いはずである。
むしろ、肉は確実に残る。
その3人を除いた全員を合わせても、肉の2キロも消費できないだろう。
つまりトーヤたちには、1人10キロ以上の肉があるわけで……胃袋がマジックバッグにでもなっていなければ、物理的に無理がある。
「よし、オッケーだね!」
「はい」
「それじゃ一応、開始の挨拶を。えーっと、ナオにしましょうか」
「俺?」
突然の指名。
事前に一言あっても良くない?
いくら身内だけとはいえ、少しぐらい考える時間が欲しい。
「まぁ、いいけど。それじゃあ、簡単に。そうだな……縁あって俺たちは家族として暮らすことになった。
一緒に生活する以上、喧嘩することもあるだろう。
意見が対立することもあるだろう。
相手に対して不満に思うこともあるだろう。
そういうときは素直に思いを口に出してくれ。『察する』なんて期待するな。
心配する必要はない。家族である以上、俺たちはお前たちを守る。
俺たちは家族を無責任に放り出すようなことはしない。
――ようこそ、我が家へ」
そうやって始まった歓迎会は、途中からゲストのディオラさんやアエラさん、それにトミーも参加して、夜遅くまで続いたのだった。









