185 姉妹の事情 (2)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
拾った獣人の子供が目を覚ます。名前は姉がメアリで妹がミーティア。
ひとまず食事を振る舞い、事情を聞く。
このあたりでは珍しい獣人であるメアリとミーティア。
そんな2人ではあるが、どこからか移住してきたわけではなく、生まれも育ちもこのケルグの町であるらしい。
但し、メアリが物心ついたときにはすでに母親は亡く、妹と2人、父親一人の手によって育てられたようだ。
メアリたちを見て判るように、父親もまた獣人で、その体力を生かして土方で日銭を稼いでいた。
その稼ぎは普通の人間よりは少し多めではあったが、子供2人を育てるに十分とは言えず、けれど決定的に足りないと言うほどではない。
そんな環境でメアリは、母親代わりに家のことを担当しつつ、それなりに平穏な生活を送っていた。
だが、そんな平和な日々の歯車が狂ったのは、この町にサトミー聖女教団が流行り始めてしばらく経っての事だった。
メアリたちの借りていた家の大家は、可も無く不可も無く、ごく普通の人物で、きちんと家賃さえ払っていれば何も言ってこない人であった。
その大家がサトミー聖女教団に嵌まった。
『聖水』を大量に購入、次第にお金に困るようになる。
そこで大家の取ったのは、不動産の売却という短絡的な手段。
そうやって売り払われた不動産の中には、不幸なことにメアリの家も含まれていた。
日本とは異なり、過剰なほどの借り手保護という法律が無いこの世界、買い取った人物は、日本の常識からすれば少々問題のある人物だった。
いきなり行われた大幅な家賃の値上げ。
払えないなら出て行けという通告。
噂によれば、メアリの家も含めてあたりの建物をすべて壊し、別の建物を建てたいという話だったが、メアリたちからすれば、突然出て行けと言われても、すぐに出て行けるはずもない。
メアリの父親は蓄えを切り崩し、家賃を払っている間に別の物件を探していたのだが、そんな時に起こったのがケルグの騒乱である。
◇ ◇ ◇
その日、家に居た2人は、不穏な空気を感じて、家の扉を閉ざして静かにしていた。
外から響く騒乱の音。
父親は仕事に出ていて、家に居ない。
不安に震えるメアリが、それに気付くのが遅れたのは仕方の無い事だろう。
そして異常に気付いたときには、手遅れだった。
窓を開けてみれば、すぐ目の前に迫っている炎。
妹を連れて慌てて家の奥へと逃げ込むが、周りに建っている他の家も炎に包まれていて、すでに逃げられるような状況ではなかった。
更に、しっかりと戸締まりをしていた事が災いし、崩れた何かがつっかえ棒にでもなっているのか、メアリの力では家の扉を開ける事すらできなくなっていた。
そうこうしているうちに、メアリの住む家にも炎が燃え移り、崩れ始める壁。
それから妹を庇ったメアリだったが、2人して崩れた壁に挟まれたまま動けなくなってしまう。
そこへ飛び込んできたのが、彼女たちの父親であった。
その時点ですでに多数の怪我を負っていた彼だったが、強引に燃えさかる瓦礫に手を突っ込み2人を引きずり出すと、家の外へと放り出した。
「その後は……正直、あまり記憶がありません。ただ、父が出てくる前に家が崩れ落ちた事だけは、はっきり目に焼き付いています。あとは、妹を何とか、とそれだけを考えていた事は覚えていますが……」
その時の事を思い出したのか、メアリは俯き、ぽたり、ぽたりと涙をこぼす。
ミーティアの方は、怪我の痛みが無くなり、お腹も一杯になった事で少し余裕が出てきたのか、話の途中で「おとうしゃん……」と泣き出してしまった。
今まではそんな余裕すら無かった事を考えればまだマシなのかもしれないが、今は泣き疲れ、ナツキに抱かれて静かに眠っている。
「取りあえず、状況は解ったわ。頑張ったわね」
「すみません。うっうぅ~~」
ハルカがハンカチを差し出し、メアリを抱き締めると、声を殺して泣き始めた。
なかなかにヘビーなお話に残った俺、トーヤ、ユキは顔を見合わせて、言葉を失う。
こ、困った。こういう時に良い事を言えるほどの人生経験が無い……。
「ちょ、ちょっとお茶でも貰ってくるね!」
そんな空気に耐えかねたのか、冷めてしまったお茶を入れ替えるとの名目で、ユキが立ち上がり、部屋を出て行く。
「あ~……、なんか良いお茶請けでも無かったかなぁ……」
トーヤはわざとらしい独り言を言いつつ、こちらに背を向け、部屋の隅に置いてあるマジックバッグに手を突っ込み始めた。
「え~~と……」
俺は所在なさげに、ナツキとハルカに視線を向けるが、ナツキは苦笑するのみ。
ハルカの方も静かに座ってなさい、とばかりの視線を向けてくる。
だよね、座ってれば良いよね。
隣を見れば、ちょっとへんにょりとした獣耳が。
触っちゃダメかな? ……だめだよな。うん、その程度の空気は読めるぞ?
伸ばしかけた手がハルカの視線に跳ね返される。
そのままメアリが落ち着くまで待つ事しばらく。
ユキが手に入れてきた温かいお茶と、トーヤが探し出してきたナツキお手製のナッツ入り蜂蜜クッキーがテーブルに並び、それを頬張りつつ、話し合いの再開。
眠っていたミーティアも、クッキーがテーブルに並んだ時点で鼻をひくつかせて起き出し、今は嬉しそうにクッキーを食べている。
さっきまで泣いていたのに、と思わなくもないが、死が身近なこの世界、この程度のタフさがないと生き残れない部分もあるのだろう。
きっとそれは、死を悼んでいないとか、そういう話ではなく、別次元の問題なのだ。
ここでは蓄えが無ければ、悲しみに暮れて何日も時間を無為に過ごす事すら不可能。
日銭を稼いで生きている大半の庶民は、そんな事をしていれば自分が飢えて死ぬ。
きっとメアリたちも、そう言う人たちを見て生きてきたのだろう。
時代によって常識が異なるのと同様、世界が違えばまた言うまでもない。
「ミーティア、美味しい?」
「美味しいの!」
素直な言葉と、にぱっと笑った笑顔に、ほっこりとする俺たち。
とは言え、ほっこりしていても話は進まない。
ハルカが軌道修正して、メアリに訊ねる。
「それで確認なんだけど、メアリたちは特に頼れる人もいないのよね?」
頼れる人がいるならあんな所で倒れているはずはないと思うが、ハルカが一応確認すると、案の定、メアリは頷く。
「はい。父から親族の話は聞いたことありませんし、近所の人とは普通にお付き合いがありましたけど……」
メアリは『助けてはくれなかった』とは断言せず、言葉を濁す。
尤も、一般庶民であれば、他人の子供を引き取れるほどの余裕はなかなか無いし、親族でもない『ご近所付き合い』のレベルで、自分の生活を切り詰めてまでそれをするのは、難しいだろう。
その上、先ほどの話からすれば、ご近所の人たちも家を焼かれている可能性が高く、メアリたちのことを気にかける余裕すら無かったのではないだろうか?
「もしあなたたちが望むなら、私たちが助けてあげられるけど?」
「助けて欲しいの!」
「こ、こら! す、すみません!」
ハルカの提案に、ミーティアがクッキーを頬張ったまま、間髪入れずにシュパッと手を上げて応える。
そんなミーティアをメアリが叱り、俺たちに頭を下げてミーティアを部屋の隅に引っ張っていく。
そして始まる内緒話。
「(ミー、お父さんが言ってたでしょ! 『ウマい話には裏がある』って!)」
「(ハルカお姉ちゃんは、きっといい人なの!)」
小声で話してはいるが、同じ部屋の中。
俺の高性能なエルフイヤーにはしっかりと聞こえている。
ほんのりと苦笑を浮かべているハルカや俺たちよりも耳の良いトーヤは言うに及ばず、レベルアップで色々高性能になっているナツキや、微妙に口元をニヨニヨと動かしているユキにも聞こえている様子。
面白いので指摘はしないが。
「(ミーの直感は信じてるけど、それでも注意しないとダメ!)」
「(でも、できること無いの。このままじゃきっと、ミーたち死んじゃうの)」
「(うっ……)」
「(ミー、ひもじいのも、痛いのも嫌なの)」
「(うぅ……)」
「(そして、クッキー、美味しいの!)」
「(と、とにかく、お姉ちゃんがちゃんとお話を聞くから、ミーは静かにしててね?)」
「(……わかったの)」
ミーティアはちょっと不満そうながらも頷く。
「(ホントにお願いね?)」
再度念押ししたメアリは、ミーティアを連れて戻ってくると、彼女を椅子に座らせ、自分も改めて椅子に座り直した。
「お待たせしました。えっと……助けるって、なぜ私たちを?」
「なぜ……」
そう問われて、俺たちは顔を見合わせ、改めて考える。
なぜメアリたちを助けようと思ったか、か。
後付けの理由は付けられるが、極論すれば――。
「目に付いたから?」
俺がポツリと言った言葉に、メアリが訝しげな視線を向けてくる。
だが実際そうなのだ。
あの時、たまたま俺たちの帰り道に倒れていなければ、出会うことも無かったし、助けようと思うことも無かっただろう。
恐らくケルグには、他にも大変な目に遭っている人はいるのだろうが、そんな人たちを探してまで助けようと思うほど、俺たちは聖人ではない。
「ついでに言えば、その耳ね。ほら、トーヤと同じ獣人で、珍しいでしょ?」
ハルカが指を差しながら付け加えた言葉に、メアリの視線がますます不審そうになる。
でも、これも本当なんだよなぁ。
獣耳が付いていなければ、トーヤの目に留まらなかった可能性があるわけだし。
「怪しいです。そんな理由で子供を引き取る人なんていません。子供を育てるのが大変なことぐらい、私でも解ります。……お父さん、苦労してました」
視線だけじゃなく、はっきりと言われた。
しかし、妹の方はそんな姉の様子も気にせず、静かにしていろと言われたからか、姉の前に置かれたクッキーにまで手を伸ばし、黙々と口に運んでいる。
だがメアリの方も喜んで食べていたので、残っていたのは1枚のみ。
それを食べてしまったミーティアの目は、未だ残っている俺たちのクッキーに向けられている。
それに気付いたハルカは、微笑みながらさりげなくお皿をミーティアの前に移動させ、メアリの問いに答える。
「メアリの言い分はもっともだけど、私たちからすればちょっと違うのよね。はっきり言って、メアリとミーティア、2人が成人するまで食べさせる程度、私たちからすれば、大した額じゃないの」
もし日本で子供を引き取れ、と言われたら躊躇することになるだろうが、こちらの場合、日本であれば大きな割合を占める教育費や医療費がほぼ不要。
普通の怪我や病気なら魔法で癒やせるし、ナツキの薬草も存在する。
更にゲームやスマホみたいな、一般庶民の子供が入手できるような贅沢品が一切存在しないので、そのあたりにも金が掛からない。
宿暮らしではないので、ラファンへ戻れば住居費も不要。
服もハルカたちが作ることができるし、獣人故に人間よりは少し多くなりそうな食費に関しても、肉類を自前で手に入れられる俺たちからすれば、大きな負担にはなりそうも無い。
俺たち自身の生活コストから考えても、普通に生活させるだけであれば、あまり金が掛からないのだ。
「もちろん贅沢をさせるつもりはないから……金額的には、それこそトーヤのお小遣いで十分賄える程度よね」
「トーヤお兄ちゃん、スゴイの!」
「おう。スゴイだろ?」
ミーティアから尊敬の視線を向けられ、得意げな表情を浮かべるトーヤ。
だが、続けられた言葉にその表情が凍る。
「うん、スゴイの! ミーのこと、『やしなって』欲しいの!」









