018 ステップアップ? (5)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
肉が美味かったので、売らずに保存したいが通常の方法では不可能。
試しに干し肉を作ってみることにする。
結局その日は街に帰り着くまで、ゴブリンはおろか、猪などの獣にも出会う事は無かった。
トーヤとしてはもう1匹ぐらい猪を狩って、干し肉の量を増やしたかったみたいだが、残っている肉もかなりの量なのだ。
ハルカに「調理する私の苦労も考えて」と言われ、狩りに行くのは渋々ながら諦めていた。
そもそも、もう1匹狩ってしまうと持ち運べる量を超えるのだから、土台無理な話なのだが。
それもあって、帰りに採取したのは、道中に生えていた薬草と干し肉に使えそうなハーブ類が少量だけだった。
◇ ◇ ◇
夕方前のこの時間、冒険者ギルドは比較的空いている。
最も混むのは、日雇いの肉体労働者がやってくる夜明け直後と、日没直前。
はっきり言って、その時間帯はむさ苦しい。
基本的には、俺たちと被ることがないのが救いか。
この時間帯にやってくるのは、俺たちのように街の外へ依頼で出向いた冒険者たちだが、その絶対数は余り多くない。
比較的平和なこの周辺では冒険者としての仕事も少なめで、必然的にある程度成長した冒険者はより多くの稼ぎを求めて他の街に移動するのだ。
おかげで俺たちがのんびりと仕事ができているわけで、転移してくる場所としては悪くなかったのだろう。
邪神さん、ぐっじょぶ!
「ただいま、ディオラさん」
「お帰りなさい、ハルカさん。それにナオさんとトーヤさんも」
「ただいま」
「戻りました」
この時間帯、ディオラさんは大抵カウンターに座っている。
仕事上がりに声を掛けてくれる人がいるのはやっぱり嬉しいね。
この世界、休日という概念がほとんど無いので、特に理由が無い限り、毎日出勤しているらしい。それぐらいは頑張って稼がないと、なかなかに生活が苦しいのが現実なのだ。
ちなみに、これは勤め人の場合で、日雇いの肉体労働者ではない冒険者の場合は、腕利きに成れば成るだけ休みが増える。
1回の依頼あたりの収入が大きいという理由もあるが、結構厳しい仕事も多いので、身体を休めないと辛いという現実もある。
例えば護衛依頼。
移動中は野宿で夜の見張りも必要になる。仮眠は取るにしても、数日も続けばかなり消耗することは想像に難くない。
であれば、街に着いた後は少なくとも1日、2日はゆっくり休まなければパフォーマンスに影響するのは当たり前だろう。
金銭的に厳しいからと休まなければミスを誘発し、場合によっては死ぬことになる。
無理が利かなくなった中年以降の冒険者の引退理由――死ぬ理由の多くはこれらしい。
「ディオラさん、これ、情報料ね」
「ありがとうございます。この時期の楽しみなんですよ~」
ディンドルの実に鼻を近づけて息を吸い込み、笑みを浮かべた。
「う~ん、良い香りです。今日の夕食後の楽しみができました」
ディオラさんは渡したディンドルを、側に置いてあった袋の中に大事そうに入れる。
「しかし、ハルカさんたちは森での採取や狩猟、上手いですね。やはりエルフだからでしょうか? マジックバッグがあればもっと稼げるんでしょうね」
その視線はしっかりと膨らんだ俺たちのバックパックに向いている。
「この辺では見かけたこと無いんだけど、高いの?」
「高いし希少ですね。作るには錬金術師の他に、時空魔法の使い手が必要ですから。ほとんど適性がある人がいませんからねぇ」
「そうなんだ。じゃあ、作るのも難しいんでしょうね」
「いえ、時空魔法の使い手が少ないだけで、作るのはそんなに難しくないみたいですよ。錬金術事典にも載ってるらしいですし」
おや? 高いし希少なことは知っていたが、作るの、難しくないのか?
しかも、何か気になるワードが……。
「錬金術事典ってなんですか?」
「あれ? 知りません? 錬金術師だったら誰でも持ってるみたいですよ。何でも、錬金術師協会に入ると買わされるとか……?」
「へぇ、じゃあ、普通には手に入らない物なんだ?」
ちょっと残念そうにハルカが訊くと、ディオラさんはあっさりと首を振った。
「いえ。まったく」
「あれ?」
「これを買うのが協会への入会金みたいなものらしくて、必要なくても買わされちゃうんですよ。でも、こんな本なんて、錬金術師以外必要ないですよね? じゃあ、錬金術師が亡くなったりしたら?」
「不要になる?」
「そう。普通の本と違って一般人が読むような物じゃ無いですし、仮に家族に錬金術師がいても、協会に入れば新たに買うことになりますからねぇ。だから、古本屋とかに行くと時々、安く売ってますよ」
「へぇ、そうなんだ。売れるの?」
「アイテムを買うときの参考に調べるとかの用途がありますから、少しは売れるみたいです。ここにもありますよ、一応。冒険者の相談に乗るために」
例えば、特殊な攻撃をしてくる魔物が出たときに、それに対処するアイテムがあるかどうか調べたりするのに使うらしい。
「しかし今年はハルカさんたちが居て助かりました。採りに行ってくれる人がいないと、採取場所の情報なんて意味ないですから」
ディンドルの実を採りに行くルーキーに場所の情報を売り、代わりに実を譲ってもらうのがディオラさんの密かな楽しみなんだとか。
ただ、毎年都合良くそのレベルの冒険者、それもディンドルの木に登れる冒険者がいるとは限らないため、たまにしか味わえない役得らしい。
「ディオラさん、それって職権乱用?」
「えー、この程度正当な取引ですよぉ。ハルカさんも探さずにすんで助かったでしょ?」
ハルカにそう指摘されてもディオラさんは軽く笑って、パタパタと手を振って否定する。
まぁ、確かに森を捜し回る必要は無くなったけど。
他の人から情報を集めたとしても、謝礼は必要だろうし。
「職権乱用というのはアレですよ。実に傷があるとかケチを付けて、自分で安く買い取るとか――」
「えっ?」
それを聞いて、売るためにディンドルを取り出そうとしていたハルカの手が止まる。
「あっ! う、うちはしませんよ? 真っ当ですよ? 適正価格で買いますよ? ホントです!」
しまった、と言うような表情を浮かべ、慌てて否定するディオラさんだが、はっきり言って怪しい。
むしろ、怪しさしかない。
「本当ですか? これ、きちんと買ってくれますか?」
「もちろんです! けど、えーっと、そうですねぇ……。いくつかはやっぱり――」
ディンドルの標準買い取り価格は100~300レア。
取りだしたディンドルの大半は300レアと値付けされたが、何個かは200レアになるらしい。
安値が付いたのは、割合としては5%までは行かないか?
それを自分でも見てみると、少し傷がある程度で食べるのには問題なさそうだが……。
「実はその傷が問題でして……」
やや言いにくそうにディオラさんが教えてくれたところによると、きちんと見て正当な価格で買い取っているのは本当だが、傷が付いていると価値が下がるのもまた本当で、それらの実を身内価格で分けてもらっているらしい。
すぐに食べるのであればそれらも全く問題ないのだが、乾燥させる場合には傷の部分から傷みやすくなるため、その分は安くなってしまうのだとか。
「ですから、決してケチを付けて買い叩いているわけじゃないんですよ? ただ、そのことを理解してくれる方ばかりじゃないので……」
「あぁ、なるほど」
一種のクレーマーだな。
安く買い叩かれた(冒険者視点では、だが)ディンドルを、職員が自分用に買い取っているのを知ると、邪推して面倒なことになるわけか。
「……だが、よく考えると、身内価格って横流しじゃ?」
「いえ、帳簿に記載される前に買ってるので問題ありません!」
用意周到である。
――いやいや、違う。それグレーでしょ。
そんな俺たちの視線を感じたのか、ディオラさんはプルプルと首を振る。
「いえいえ、ホントに! さすがに転売したらダメですけど、自分や家族が消費する程度なら認められているんですよ! ――暗黙的に」
従業員価格みたいなものなのか?
厳しいこの世界にも福利厚生という考え方があるのか、それとも単に規則が緩いだけか。
最後に、ぼそっと気になる事を付け加えていたので、後者の可能性が高いか。
まぁ、必ずしもそう言うのがダメと杓子定規に言うつもりも無いが。
地球にも客からもらえるチップも勘案しての給与体系の国とか、賄いや住み込みの代わりに給与が低いとかもあったわけだし。
「まぁ、ディオラさんがクビになったりしないのなら、構いませんけど……。せっかく仲良くなったのに、居なくなられたら寂しいですから」
「不吉なこと言わないでくださいよ~~。数少ない役得なんですから」
ディンドルが好きなディオラさんだが、その市場価格は受付嬢の給料ではなかなか買えないほどに高い。
少なくとも、嗜好品として気軽に出せる金額は優に超えているため、市価の半値以下で買えるギルドの納入品、かつ傷物のディンドルは、ある意味、ご褒美なのだろう。
「このギルド、女性の職員が少ないから、競争相手が少ないのも嬉しいところですね!」
そう言われ、俺とトーヤが顔を見合わせて苦笑する。
個人的には、若くて美人の受付嬢、欲しいです。
ディオラさんは30ぐらいで可愛い感じだが、若いとは――おっと、何やら寒気が。うん、ディオラさんで全く問題ないですよ、ええ。
「そんなわけで、全部売ってくれると助かるんですが……」
ハルカが取りだしたのは、彼女のバックパックに詰まっていたディンドルの実。
ディオラさんの視線は、未だ膨らんだままの俺とトーヤのバックパックに向いている。
ちなみに、トーヤの方は殆ど肉しか詰まっていないので、ディオラさんの視線はちょっと的外れ。
俺が後から採ってきたディンドルは、俺とハルカのバックパックに分けて持ち帰っている。
「いえ、別に意地悪で売る数を減らしているわけじゃないですよ? ちょっと考えがありまして……ディオラさん、ディンドルをドライフルーツにする方法、知りませんか?」
「え、まさかご自分で? 多分無理だと思いますけど……作り方は秘伝ですし」
そんな風に無駄にするなら、是非売ってくれ、と言いたげな視線を向けられるが、こちらとしてもできれば加工した上で高く売りたいし、保存期間が延びれば自分たち用に確保しておきたい。
「上手く行かなかったら売りますので、少しで良いので何か判りませんか? 上手く行けばお裾分けしますよ?」
「え、お裾分け? しょーがないですねぇ」
しょうがないと言いながら、にまにまと頬が緩んでいるので、その心情は解りやすい。
「と言っても、私も大したことは知らないですけど。基本的には綺麗に洗って、ヘタを取ってから干すだけみたいですよ? その時の天気や気温、日の当て方にコツがあるみたいですけど、そこは秘密みたいですね」
「う~ん、やっぱその程度かぁ」
「あ、でも……」
少し残念そうに言ったハルカに、ディオラさんは何か言いかけて、口を噤む。
「ん? なにか気になる事があれば教えて?」
「そうです。少しのヒントでもあれば」
試行錯誤という手もあるが、あまり日持ちがしないフルーツを使う以上、いくら魔法を使うとしても、何度も試すことはできない。僅かな手がかりでもないよりは助かるのだ。
俺とハルカに促され、ディオラさんはやや躊躇いがちに口を開いた。
「一度、干す作業を見かけたことがあるんですけど、何かお湯を沸かしていたような……関係あるかは解りませんけど」
お湯か……実は茹でてから干すのか?
添加物的な物を溶かして染み込ませるとか?
それともなにか防腐剤的な薬草を煎じて塗るとか?
現代でも柑橘を長持ちさせるために、何かの汁を塗るって方法があった気がするし。
「――なるほどね。ありがと。少し参考になったわ」
「それなら良かったです。でも、さっきのこと、あまり言いふらさないでくださいね? 知っている人は知ってますけど、結構面倒くさい人もいるので……」
「わかってるって。受付も大変よね、変な人でも相手しないといけないんだし」
「ええ! 解ってくれ――っと、そ、そんなことないですよ、えぇ」
力強く頷きかけたディオラさんは、慌てて取り繕ったような笑顔を浮かべて首を振った。
飲み屋での愚痴ならともかく、さすがにこの場所で同意するのはマズいよな。
近くに他の冒険者はもちろん、上司もいるわけだから。
「ディオラさんには、いつも丁寧な対応してくれますから、俺たちも助かってます。な?」
「おう。初心者の俺たちが無事に稼げてるのも、そのおかげだな」
ディオラさんに向けられる、カウンター内の職員の視線が微妙に厳しくなった気がしたので、一応フォロー。
ハルカの軽口が原因だし。
「いえいえ、そんな~~。お仕事ですからぁ」
……ほっ。
少し照れたように手を振るディオラさんと、そんな彼女からちょっと呆れたように視線を外す上司(仮定)。
視線の厳しさが無くなったので、これで怒られずに済むか?
もし怒られたらごめんなさい。
取りあえずハルカが余計なことを言う前にお暇することにしよう。
忙しくない時間帯とはいえ、仕事中にあんまり雑談しているのもマズいだろうし。
「それでは、そろそろ帰りますね。また明日、よろしくお願いします」
「はい、お待ちしております」
ディオラさんに会釈で送り出され、俺たちは冒険者ギルドを後にした。