178 孤児院 (1)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
ディオラからケルグの問題が解決したと聞き、聖女サトミーの手配書を見る。
ネーナス子爵の家宝の確認がまだだったので、輸送依頼を請ける。
アエラの店に肉の納品とダンジョンの魔物をプレゼントし、昼食を摂る。
アエラさんのお店で昼食と、その後のティータイムを終えて向かったのは、神殿。
ダンジョンに閉じ込められたため、かなりの期間訪れる事ができなかったし、斃した敵は基本的に雑魚ばかりだったが、数はそれなりに多い。
ちょっとだけレベルアップを期待しての訪問である。
いつも通り人気の少ない神殿の中へ入ると、そこではイシュカさんが床の掃除をしていた。
「お久しぶりです。ナオさん」
「こんにちは、イシュカさん」
扉を開けて入ってきた俺たちにすぐに気がついた彼女は、嬉しそうに微笑みながらこちらへと近づいてくる。
俺も笑みを浮かべて挨拶を返したのだが、そんな俺に仲間から向けられたのは少々胡乱な視線。
「こちらは?」
そう訊ねるハルカの声がちょっと固い。
別に下心は無いですよ?
美人なお姉さんと知り合いになれて、ちょっと嬉しいだけで。
これまで俺の知り合いは、オヤジ比率が高かったんだから、少しぐらい女性の方に天秤を傾けても良いよね?
「こちらはこの神殿の神官長でイシュカさん。ここの神殿と裏の孤児院の責任者、という事になるんですかね?」
「はい。この町のアドヴァストリス様の神殿をまとめておりますイシュカと申します。神官長と申しても、他には4人しかいないんですけどね」
イシュカさんはそう言って、ちょっと困ったように微笑む。
「そういえば、他の神官さんを見かけた事が無いですが……」
「子供の世話にはどうしても手が掛かりますから、普段は孤児院の方に。こちらの神殿の仕事の多くは、私が行っておりますから」
「孤児院の……。確かに子供の世話は大変ですよね」
それはそれは、と言わんばかりに頷くナツキ。
自分の子供数人でも子育ては大変と聞くし、その何倍も居れば苦労も多いだろう。
ある程度年長の子供も居るだろうが、この世界の成人年齢は低いし、役に立つ頃には孤児院を出る事になるんだと思う。
確か現在の子供の数は――。
「子供が23人居るんですよね?」
「詳しいね、ナオ?」
再び訝しげな視線を向けてきたのはユキ。
だが、そんなユキに俺が言い訳をする前に、イシュカさんが理由を口にした。
「ナオさんには以前、孤児院の方へご案内して、ご寄付を頂きましたので」
「へぇ、ナオがそんな慈善活動を?」
「はい。きっとナオさんには、アドヴァストリス様からのご加護がある事と存じます」
慈愛に満ちた笑みを浮かべ、手を合わせるイシュカさん。
それだけ聞くと神官っぽいのだが、『寄付金=加護』というのはなんとも……。
とはいえ、本人……いや、本神から『お布施を払え』的な事は言われているので、間違ってはいないのだろうが。
「なるほどね……。取りあえず、お祈り、しておきましょうか」
「ですね、礼拝に来たわけですから」
「あぁ、すみません、お邪魔してしまいましたね。どうぞ」
イシュカさんがぺこりとお辞儀をして下がり、俺たちは祭壇の前へ。
いつものように大銀貨1枚を放り込み、目を閉じて祈る。
『ナオは現在レベル19です。次のレベルアップには31,920の経験値が必要です』
よしっ、1上がったか。
告げられる必要経験値の量は増えているが、これって、魔物ごとの固定ではないので目安程度にしかならないんだよなぁ。
基本的には強い魔物の方が多くの経験値が貰えるのだが、同じ魔物と何度も戦うにつれて、得られる経験値は減少している。
パターンが読めてルーチン化するからだろうか。
逆に案外安定して経験値が得られるのが、日々行っている訓練。
互いに技術が向上し、ルーチン化しないためか、トーヤたちと行う模擬戦が地味に効果があったりする。
そして、そのような成果が数値として目に見えるのも、神様のおかげ。
うん、多少のお布施程度、払っても問題ないと思えるな。
ふむふむと頷いて俺が目を開けると、それを待っていたかのように、すすすっと近寄ってきたイシュカさんがニッコリと笑い、口を開く。
「ナオさん、よろしければまた孤児院に顔を出してみませんか?」
「えっ?」
この流れ、再びお布施をせびられる流れ?
別に多少の寄付ぐらいは構わないのだが、神殿に来る度に寄付していたら、さすがに俺のお財布的にも厳しい。
当たり障りの無い理由でも付けて断ろうとした俺だったが、俺が口を開く前に、興味を示す人がいた。
「孤児院、ですか?」
「はい。神殿の裏にあるんです。よろしければ皆さんも訪問されませんか?」
訊ねたナツキの言葉に乗っかるように、俺以外も誘うイシュカさん。
ナツキ以外も興味はある様で、誘われるままイシュカさんの後について歩き出した。
こうなっては俺も後ろをついて行くしかない。
まぁ、ハルカたちの目の前で、前回のように腕を抱き込まれたりしなかっただけ、良かったと考えるか。
……ちょっと残念、とか、そんな事は思ってないぞ?
◇ ◇ ◇
2度目に訪れた孤児院では、前回とは異なり子供たちの声が響いていた。
孤児院の前にある広い庭。そこではたくさんの子供たちが元気に走り回ったり、隅の方で砂遊びをしていたり。
そして、その子供たちを見守るように立つ大人が4人。
男性2人に女性が2人。いずれも年若く、俺たちとあまり変わらないぐらいだろうか。
この4人が恐らくイシュカさんの言っていた神官なのだろう。
前回はあまり気にしていなかったが、子供たちの年齢層は幅広く、上は中学生ぐらいから、下は女性の神官に抱かれた赤ん坊までいる。
「これが孤児院……」
「ここでは子供が成人する15歳まで面倒を見ています。ですが、あまり余裕が無いので、早ければ12歳ぐらいで出て行ってしまう子もいます」
制度上は成人まで孤児院で生活できる事になっているらしいのだが、孤児の数によって補助金が増えるわけではなく、孤児が多ければ多いほど、孤児院の運営は厳しくなる。
ここで育った子供たちはそれが解っているため、できるだけ早く自立できるように努力し、その結果が成人前に出て行くという行為に繋がっている。
もちろん、成人まで残る子供もいるのだが、その子供も何らかの仕事に就いていて、その給料を孤児院に入れるなどの貢献をしているらしい。
「なかなか大変なんですね」
「はい。ですが、この町は良い方です。少なくとも、路上に孤児が溢れていたりはしませんから。町によっては……」
そう言葉を濁し、イシュカさんは少し暗い顔になる。
俺たちはこの町の他には、サールスタットとケルグしか見ていないが、これらはいずれもネーナス子爵の領地にあたる。
そのため、町の状況にそこまで大きな差は無いだろうが、統治者が変われば状況も変わる事ぐらいは俺たちでも想像が付く。
ディオラさんの話しぶりを考えるに、ネーナス子爵はまともな貴族なようだが、まともじゃない貴族もいるだろうし、イシュカさんはそんな貴族に統治された町を見た事があるのかもしれない。
良い町の近くに落としてくれた神様に感謝、である。
「あっ、あのときのおにぃちゃん! こんにちは!」
孤児院に近づく俺たちに気づき、最初に声をかけてきたのは、前回も会った小さな女の子。
地面に何か絵を描いたりしていたようだが、持っていた木の枝をポイとして、わざわざ立ち上がると、こちらに向けてぺこりとお辞儀をした。
「君は確か……レミーちゃんだっけ? 元気かな?」
「うん! ちょっとごはん、しゅくなかったの。でも、もとにもどった!」
嬉しそうに、なんだか悲しい事を言うレミーちゃん。
イシュカさんに視線を向けると、少し困ったような表情を浮かべている。
「食料価格の値上がりが影響していまして……。ナオさんからご寄付を頂いたおかげで、何とか乗り切れましたが……」
「あぁ……」
ケルグ騒乱の影響はこんな所にも出ていたようだ。
俺たちがダンジョンに入る前から少しずつ上がっていた食料価格は、最終的には1.5倍ぐらいまで上がっていたらしい。
一家族程度なら何とか耐えられる範囲でも、人数が多い孤児院ではその影響も少なくなく、結果的に食事の量に反映されていたようだ。
「あ、今は大丈夫ですよ? 幸い、昨日ぐらいから食料の値が元に戻りましたので、なんとか……。質はちょっと落ちてますが……」
ケルグの騒乱が収まったのが1週間ほど前。
ケルグからラファンまでが数日だから、荷が届くようになって数日ほどで値段が落ち着いた、という事か。
かなり早い気はするが、領主が何らかの手を打ったのかもしれない。
ただ、孤児院としては、値上がりしていたときに予備費を切り崩した関係で、完全に元通りとはいかなかったらしい。
「おにぃちゃん、またごはん、くれりゅの?」
「えっ?」
レミーちゃんから予想外の言葉が出て、俺はイシュカさんの方を振り向く。
が、彼女は全力で目を逸らしていた。
「イシュカさん……?」
「い、いえ、私は、ナオさんのおかげでご飯が食べられると説明しただけで……おほほほ」
俺が向けるジト目に、イシュカさんは目を逸らしたまま、わざとらしい笑い声を上げる。
俺は膝を落としてレミーちゃんに視線を合わせると、問いかける。
「レミーちゃん、神官長さんに何か言われた?」
「うーんと、かんしゃしなさいって! いろんなひとの、えっと、えっと、なんかでごはんがたべられりゅって」
レミーちゃんは舌っ足らずな口調で、頭を左右に傾けながら、精一杯答える。
『なんか』の部分は恐らく、『寄付』とか『支援』とかそのへんの言葉だろうか。
少なくともさっきの言葉は、別にイシュカさんは言わせたわけではなさそうである。
「そっかー。うん、そうだね。少しだけだけど、ごはん、あげるね」
「わー! やったぁ! ――あ、いちゅもありがとうごじゃいます」
お布施とか言ってもよく解らないだろうし、俺が頭を撫でながらそんな事を言うと、レミーちゃんは嬉しそうにバンザイしてぴょんぴょん跳ねていたが、途中で思い出したようにお礼の言葉を口にして、ぺこりと頭を下げた。
――これ、この前も言われたよね? 教え込んでるの?
再びイシュカさんの方を見るが、やっぱり彼女とは視線が合わない。
「イシュカさん……?」
「いえいえいえ、きちんとお礼を言うように躾けているだけですよ? えぇ」
イシュカさんは手をパタパタと振りながら否定するが、なんだか怪しい。
でも、よく解らない様子でこちらを見上げる、レミーちゃんのくりくりとした瞳に免じて追及するのはやめておいてあげよう。









