017 ステップアップ? (4)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
ディンドルを採取して木を下りると、トーヤが猪を仕留めていた。
調理しながらディンドルを試食すると、想像以上に美味い。
トーヤのバックパックも一杯にするべく、ナオが再び採取に向かう。
ディンドルの木から下りてくると、狼が1匹、お預けされてヨダレを垂らしていた。
言うまでも無く、トーヤである。
「お帰り! いただきます!」
俺が地面に足を付けたと同時にこれである。
「ん~~~~、うんまい!」
肉に齧りつくと同時に、嬉しげに目を細め、唸る。
「忙しないわね。ナオ、お疲れ様。ありがとね」
「いや、大丈夫だ。それじゃ俺も頂こうかな」
バックパックを置いて、ハルカの隣に腰を下ろし、差し出された串焼きを手に取る。
見ると熾火の上には大きめの石が置かれ、その上でパンが温められている。
「いただきます」
早速俺も齧りつくと、カリッと言う音と共に肉の脂があふれ出す。
この前食べたとき同様に美味いが、今回は更に美味いような……ほんのりとフルーティーな薫りがする?
「ハルカ、これってディンドルの実、使ってる?」
「いいえ。でも……確かにほんのりと……。落ちている実を食べているって事かしら?」
天然の高級飼料か!?
高級和牛は肉を美味しくさせるためにビールを飲ますとか聞いたことあるが、それ以上に高級な餌だな。
パンを手に取り、軽く切れ目を入れて肉を挟み、そのまま齧りつく。
サクッとしたパンの表面とふんわりとした中身、そこに染み込む香り高い肉の脂。
絶品である。
味付けが塩だけなのに、それでも美味い。
「これ、売るのは勿体なくないか? 少なくとも同じ値段じゃ安すぎる!」
「同感。だけど、保存できないからねぇ」
「そうなんだよなぁ……」
日進月歩のハルカでも、現状できるのは氷を生み出して冷やすことまで。
直接の冷却は、飲み物を冷たくする程度で、冷凍保存などは望むべくもない。
そもそも冷凍したところで、冷凍庫がないのだからほとんど意味が無いのだが。
「そこはナオに頑張ってもらうしかないわね」
そう、確かに俺の担当分野なのだ。
時空魔法で作るマジックバッグ、基本は容量増加なのだが、練達するにしたがって、重量の軽減、時間の停滞も付随するようになる。そこまで行けば大量の荷物はもちろん、消費期限のある食料もため込めるようになるのだ。
逆に言えば、初歩のマジックバッグでは多くの荷物が入るようになっても、その分バッグが重くなってしまうと言うことなのだが。
「くっ! 来年までにはマスターして、この時期の猪を狩りに来ような!」
「ええ。それならディンドルの実も貯め込めるし……って、トーヤは――」
肉の話なら一番に乗ってきそうなトーヤが妙に静かだと思って視線をやると、いつの間にやら3つあった串はすでに消え、勝手に切り取ってきた肉を自分で焼き始めていた。
「ん? こんな美味い肉、食えるだけ食わなきゃ損だろ?」
俺とハルカの視線に気付いたトーヤだったが、悪びれるでもなく肉を焼き続ける。
「食いだめかよ。まぁ、良いけどさ」
狩ったのはトーヤだし、最初ほど金銭的に困窮もしていない。
だが、エルフの俺たちはトーヤほど食えないんだよ、残念ながら。
「トーヤ、別に食べるなとは言わないから、一声掛けなさいよ。そのままじゃ美味しくないでしょ?」
ハルカも呆れたように言い、トーヤから肉を取り上げて、切れ目を入れたり塩を振ったりしてから返す。
「それで多少はマシになると思うけど、大っきいから時間はかかるわよ? そうね、ナオ、私たちはスペアリブでも食べてみる? ちょうど良い感じに焼けた石もあるし」
「ああ――」
「オレも! オレも食いたい!」
俺の返事を遮るように、トーヤがビシッと手を挙げて自己主張する。
ハルカとしてはそんなことは織り込み済みだったのか、軽く肩をすくめて肉を切り出すと、下味を付けてから石の上で焼き始めた。
「まー、正直、味付けが塩だけだと、バラ肉の方が美味しいとは思うんだけどね~」
そう言いながら、熾火に薪を追加し、石の上の肉を箸でひっくり返して焼いていく。
当たり前だが、この箸は自作である。
簡単に作れて多目的に使える箸、偉大だよな。
各種カトラリーの役目を1種類でこなせるのだから。
学習コストがやや高いのが難点なのと、専門分野ではカトラリーに敵わないという部分はあるが。
「そろそろ焼けたけど……どうしよっか?」
よく考えたら、皿はもちろん、各自の箸もないのだった。
ハルカは少し考えた後、そのへんの大きめの葉っぱをちぎってきて、スペアリブにそれを巻いて俺たちに差し出した。
「一応、食器代わりに屋台で使われたりする葉っぱだから、大丈夫」
そのへんの葉っぱかと思ったら、きちんと選んでいたらしい。
卒が無い。
さて、スペアリブの方は……うん、美味い。
美味いは美味いのだが、ちょっと物足りなさが。
「やっぱり、塩で焼くならバラを串で焼く方が美味しいわね。あっさりというほどには脂も少なくないし、ちょっと中途半端かな?」
「いや、でもこの歯ごたえが良い感じじゃね?」
……トーヤ、それは肉じゃなくて骨だからな?
それが美味く感じるのなら、それはきっと獣人だからだろう。
少なくとも俺は囓ろうとは思わない。
「……トーヤには大腿骨の骨でもあげた方が良いのかしら?」
「犬扱い!?」
トーヤが驚愕した表情を浮かべるが、原因を作ったのはお前だからな?
「実際問題、骨って食べて美味い物なのか? ステロタイプとして、犬が骨を咥えたイラストとかあるが」
「いや、なんだろ。囓る感じが心地よい? 味の方は、ほんのりとした旨味? めっちゃ美味いわけじゃないが、何となく囓っていたくなるような……」
ガムみたいな感じか? でも、あっちはちゃんと味があるしな……。
本能的な物? ハムスターとか、食べるわけでもないのに硬い物を咬んだりするし。
「うん、よく解らん。人目に付かない範囲で、楽しんでくれ」
コストはかからんが、俺の知り合いがでっかい骨を囓りながら街を歩くとか、外聞が悪すぎる。
「いや、普段はやらねぇよ!? 骨付き肉があったら、何となく骨も囓りたいって程度だから!」
外聞の心配は不要なようだ。
だが、そう言いながらアバラ骨を噛み砕いているのは、俺としては結構衝撃の映像なんだが。
長時間煮込んでいるわけでもなし。ただ焼いただけの骨だから、かなり硬いぞ? 人間やエルフだと顎がやられそうなくらいには。
「ま、骨は良いんだよ。それよりも余った肉。これって、干し肉にするとかできねぇの?」
「干し肉か!」
現代を基準に冷蔵・冷凍保存を考えていたが、昔は違ったんだよな!
原始的(?)方法なら、今でも――
「よく考えたら、どうやって作るんだ? トーヤ、知ってるか?」
「しらねぇ。……スライスして天日干し?」
それは何か違う気がする。
腐りそうだし、上手く干せても猪も豚の一種と考えれば、そのままじゃ食えないような?
うん、困ったときのハルカ頼み。
2人して視線を向けると、ハルカは苦笑して言った。
「この世界のレベルなら、まずは塩漬け。適当なハーブがあれば一緒に漬けても良いかもね。塩が浸透したら、洗ってから干す。そのくらいでしょうね」
「細菌とか、寄生虫は大丈夫なのか?」
「そこは豚の生ハムと一緒よ。強い塩でなんとかなるわ」
余裕があれば、漬け込み液を工夫したり、燻製にしたりで美味しい物が作れるかも知れないが、現状だとただ塩辛くて大して美味くない干し肉になる可能性が高いらしい。
「それで良ければ作ってみるけど?」
通常なら一番時間がかかる干しの工程は、ディンドルの実を乾燥させるために試行錯誤した【乾燥】の魔法を使えばなんとかなるので、作ること自体は可能なのだ。
「なら、頼めるか? 干し肉とか、ファンタジーっぽくてちょい憧れ」
「同感! 黒パンとか、エールとか、かなりがっかりファンタジーだったしな!」
「がっかりファンタジーって――干し肉だって同じ結果になりそうだけどね」
ハルカは、そのへんで買うのよりはマシだと思うけど、と付け加え、それでも作ること自体は了承してくれた。
「しかしこの世界、魔法以外にファンタジー感が少ないよな」
あえて言うなら、ステータス確認やヘルプの機能は不思議だが。
「十分ファンタジーじゃない。町並みにしても、生活にしても。そもそも私たちの種族は何よ?」
はい、エルフです。
更にトーヤの頭には獣耳が付いている。
めっちゃファンタジーですね。
ただし、街並みや生活に関しては、ファンタジーと言うよりも、未発達で不便という印象が先に立つ。ファンタジー世界に実際に入ったらこんなもんなんだろうけどさ。
「いや、まぁ、そうなんだが、これぞ! ってのを見てないし……」
「ああ、それはオレも同感。地球ではあり得ない! ってのが無いよな」
「私は魔法で十分だと思うんだけど。例えば何?」
「ミスリルとかの不思議金属や、なぜかめちゃめちゃ斬れる剣、とか?」
鍛冶師の端くれであるトーヤが挙げたのは、そっち系の物だった。
確かにあの辺り、物理法則にケンカ売ってる。
ぶっとい木を剣で切り倒す描写とかあるけど、それ、挟まりますから!
鋸で木を切れば解るが、鋸刃はアサリという歯が左右に傾いた構造になっている。それによって鋸刃よりも広く木を削り取る事ができ、その隙間を鋸刃が通り抜けられる構造になっている。
めちゃめちゃ切れる剣の場合はどうだろうか?
断面が菱形になった剣の刃先、仮にそこが何でも切れるとしても、その切り幅は先端部分の幅だけである。当然、峰の方がぶ厚いので通り抜けられるはずがない。
斬れるとするなら、刀身がめちゃめちゃ薄い板のような剣か、刃の部分以外でも切れてしまうビームサーベルのような剣、もしくは物理法則を超越して、刀身部分は対象をすり抜ける不可思議な剣でしかあり得ないはずである。
いや、むしろファンタジーだからこそ、そんな剣を見てみたいような気もする。
「俺としてはドラゴンとか、ダンジョン?」
ファンタジーと言えばこの2つは避けられないだろ。
トーヤに目を向けると、こっちも力強く頷いているので、比較的一般的なイメージなんだと思う。
「ナオ、あなたねぇ……出会ってないことを幸運に思いなさいよ。もし会ってたら、生きてないわよ?」
すっごく呆れた目で見られて、大きくため息もつかれてしまった。
良いじゃん、夢を語っても。
「ドラゴンは、まぁ伝説ね。伝説だから実際はどうか判らないけど、出会えば殺されると思われてるわね。ダンジョンの方は一応あるわよ」
「え、あるのか? ダンジョン?」
「マジで!? オレ、行きたい!」
うん、俺もちょっと同意。
「どうしてあるのか、どうやってできたのかすら判ってないけどね。ちなみに、スタート地点がダンジョンだったら、普通に死んでたから」
そりゃそうだよな。
ダンジョンアタックの初期装備が布の服と大銀貨10枚とか、結構シビアな初期のウィ○ードリィでも、もうちょっとマシな気がする。
それに、ゲームならなんとかなっても、リアルなら普通に死ぬ。
「で、トーヤ、ダメとは言わないけど、ダンジョン行きは当分先。死にたくないでしょ?」
「それは……うん。任せる」
方針は基本、ハルカに任せれば間違いない。
これがこの1週間あまりで俺たちが学んだことである。