170 食糧不足?
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
使える生地の関係で、女性陣が着ていたのは少し野暮ったいスク水っぽい物。
水を掛け合ったりして遊ぶが、エキサイトして魔法を使い始める。
さすがに危険なので、魔法は禁止。仕切り直してのんびりと遊び、町へと帰還。
なんやかんやで1週間。
再びガンツさんのお店を訪れると、残りの防具も完成していた。
身につけて最終的な調整を行うと、高級素材を使っているだけあって、これまでよりも動きやすい。
鎖帷子の上から身に着けるため、しなやかさと衝撃吸収性を重視しながらも、下手な刃物では切れないし、突き刺し耐性も十分に高い。
手甲や脛当て、膝当てなどは硬さ重視。
同じ革ながら、加工の仕方や補助素材などで随分と性質が変わるようで、こちらはハンマーなどで殴られても、全然痛くないほどに防御力が高い。
そんな中で地味に一番使い勝手が良くなったのは、グローブ。
各人の手にピッタリと合うように作られたグローブは、これまでであれば脱がなければできなかったような細かい作業にも対応し、その耐刃性は普通のナイフ程度なら掴んでも何ら問題が無い。
他の防具が保険的な物で、普段はあまり役に立たないことを考えると、一番活躍するのはこのグローブだろう。
その分摩耗するとは思うが、ダールズ・ベアーの革はまだ確保してあるので、また作ってもらえば良い。
前回受け取ったブーツも合わせ、かなり満足のいく出来だったのだが、難点を言うならそのコストか。
全員分のコストを合わせると、それは家が建ちかねないほどの金額。ダールズ・ベアーの革は持ち込みにもかかわらず、これである。
相変わらず、武器・防具は本当に高い。
とは言え、命には代えられないので、そこは諦めるしか無いのだが。
◇ ◇ ◇
「う~ん、ちょっと食料の値段が上昇気味、だね」
ガンツさんの店から帰る途中、俺たちは次の探索に備えて、市へと食料を買いに来ていた。
普段よりも数が少ないように感じられる露店を覗きつつ、少し困ったように言ったのはユキだった。
「そうなのか?」
普段、食料品の買い出しは任せっきりなので、俺にはあまり相場という物が判らない。
たまに荷物持ちをすることもあるのだが、ある程度の量ならマジックバッグに入れても不自然ではないし、ハルカたちも十分に力があるので、あまり付いて行く意味も無かったりする。
「季節による変動もあるとは思うけど……多分普段よりは高いと思うな」
「そうね、ちょっと話を訊いてみたけど、輸入が滞っている分、少し値上がりしているみたいよ」
俺たちから少し離れて別の店に寄っていたハルカも、戻ってきてそんな風に言う。
ハルカが訊いてきた話によると、代官が備蓄の放出や、俺たちが情報提供した肥料を使った農作物の生産量増加などで対策を行っているが、それでも追いついていないらしい。
更に商人による買い占めも、強権をちらつかせて抑制しているようで、それが無ければもっと一気に上昇していただろう、という話だ。
自由経済と考えれば良くはないのだろうが、統治者がまともであれば、緊急時には有効に機能するのがこういう政治体制なのだろう。
日本であれば「法的根拠が云々」と言われるだけだろうし。
尤も、マスコミさえ協力すれば、『法的根拠』なんて無視して『自主的に』事が進められたりする異常さもあるのだが。
「しかし、困ったな……。オレたちもこの機会に、ある程度買い込んでおくか?」
そして「ダンジョンに入るための食料が必要だし」と付け加えたトーヤの言葉を、ハルカたちは首を振って否定した。
「ダメよ、こんな時に買い占めなんて」
「そうですね。必要以上に買い込んだら、混乱が広がるだけです。一人一人が自制することが大切ですよ?」
「だよねー。震災時に首都圏で発生した品不足なんて、大半はそれだからねぇ」
大地震が発生した際、被災地以外でスーパーに押し寄せて普段以上に買い込む人たち。
そんな光景は俺も見たことがある。
流通の発達している日本であっても、それで品不足が発生するのだ。
物資の移動に比較にならないほど時間がかかるこの世界では、深刻な食糧不足が発生しかねない。
ある程度は自分たちで調達が可能な俺たちは、遠慮すべき場面だろう。
と、思ったのだが、ハルカは軽く肩をすくめて笑う。
「ま、心配しなくても、普段から買い込んでるから大丈夫よ」
「そうなのか?」
「ええ。どんな農作物でも、旬の時期が一番安いじゃない? マジックバッグがある私たちにとって、その時期に大量購入しない理由、無いと思わない?」
訊いてみると、小麦やライ麦、野菜類は1年分ぐらいストックしてあるらしい。
貯蔵設備が発達していないこの世界に於いて、最も品質が良いのは収穫直後。時間が経てば経つだけ品質は落ちるし値段も上がる。
資金さえ用意できて、安全に保存できるのであれば、確かに買っておかない理由が無い。
「肉や魚に関しては言うまでもありませんから、私たちに関して言えば、夏野菜が無い事ぐらいですね」
「ストックを始めたのは晩秋の頃からだからねぇ」
資金的にも余裕ができ、家が手に入ることが判った頃から、その時の旬の物を買い込み始めたらしい。
「幸いなのは、夏野菜はあまり値上がりしていないことですね」
あまり保存の利かない夏野菜の生産地は、この町周辺がメインのため、本来であれば影響が無いか、むしろ肥料の効果で値下がりすら期待できるところ。
それでも多少値上がりしているのは、他の食料の値上がりに影響されてのことらしい。
「それじゃ、ま、あんまり高くないのだけ買って帰るか」
「ですね。うちには家庭菜園もありますし」
「植えてあるのは、イモと瓜だけどな」
ダンジョンに潜っている間放置してしまう関係上、今うちの庭で栽培しているのは、サツマイモっぽいイモと、カボチャやシロウリのようなウリ科の植物。
例の肥料を使ったおかげで、葉っぱがとんでもなく茂っているが、他の夏野菜に比べると、放置していてもあまり問題無さそうなのが楽で良い。
もちろん、綺麗な物を作るつもりなら別なのだろうが、形や大きさに拘らなければ、それなりに食べられそうな物が実っている。
受粉作業も不要なのは、現代に比べて蜜蜂の数が多いということだろうか。
「そういえば、瓜はそろそろ収穫時期ですね。次に戻ってくるときには時期を逃してしまうでしょうし、今日帰ったら収穫してしまいましょう」
「漬物にするんだっけ?」
「はい。一部ですけど」
シロウリっぽい野菜は、このあたりではスープに入れて食べるようだが、ナツキはその一部を漬物にするらしい。
『酒粕もぬかも無い』と不満を漏らしていたが、元高校生の趣味(?)として漬物はどうなのだろう?
保存に心配の無い俺たちからすれば、あえて漬物にする必要性も無さそうだが、ナツキからすれば保存性よりも食感と味の方を重視しているようだ。
俺もご飯があれば少しは漬物も食べるが、パンがメインだと……ピクルスを買っていることを考えれば、似たような物か?
「あ、そういえば。ギルドで食肉買い取り強化キャンペーンとかやってたわよ」
「ん? ハルカ、何時ギルドに行ったんだ?」
「今朝、ちょっと寄ったのよ。バックパックのライセンス料を受け取りに」
「……そういえば、そんなのがあったな」
毎朝のランニング、その途中で寄って受け取ってきたらしい。
バックパックはそこそこ売れていて、ハルカの分け前も一般庶民からすればそれなりの額らしいが、今の俺たちの収入から考えれば、その割合はごく僅か。
たまに思い出したように貰えるお小遣いと言った感じか。
「それで『食肉買い取り強化キャンペーン』だっけ? それって?」
「そのままよ。食糧不足解消の一手として、普段よりも少し割り増しで食肉になる動物・魔物を買い取ってる様子よ。一応、ディオラさんには協力を要請されたけど……」
「どうするか、難しいですね。ダンジョンに入ってしまうと、食肉は……」
「あの下は判らねぇけど、今のところ、小さい物ばかりだよなぁ」
トーヤの言うとおり、今のところダンジョンで出てきた魔物は、肉を集めるという用途には向いていない魔物ばかり。
オークやキラーゲーター、バインド・バイパーなど、食肉が多く取れる魔物を斃すのであれば、森の中を探索することになるのだろうが……。
「暑いのが難点だよねー」
「だよな。そのためにダンジョン入ろうと思ってるわけだし」
ケルグの件もちょっとタイミングが悪い。
秋頃なら狩りの量を増やすという選択肢もあったのだが……いや、まだマシなのか?
収穫期ごろなら、逆に麦の貯蔵量が減っていた可能性もあるわけで。そのあたりを輸入に頼っているこの町では、厳しかったかもしれない。
尤も、それまでにケルグの件が片付かなければ同じ事なのだが。
「どうする? 最近あまりギルドに貢献してないし、ここで多少恩を売っておいても良いかな、とは思うんだけど」
そう言いつつも、内心はあまり気が進まないのか、その表情は微妙。
ハルカだって暑い中、森の中で汗びっしょりになりながら働きたくはないのだろう。
「まあなぁ……。銘木の売買ではギルドを中抜きして儲けてるからなぁ」
「ギルドに卸せば、かなりの儲けが見込める物ですからね」
家具職人と直接取引しているだけで、それ自体は何ら問題の無い行為なのだが、印象としてはあまり良くないだろう。
受けられる依頼が無い――正確には割の合う物が無い関係から、依頼もほぼ受けていないわけで、この町ではランクが高い冒険者のわりに、ギルドへの貢献ポイント的な物はかなり低いのが俺たち。
「あー、でも、ダールズ・ベアーの肉は大量に売っただろ? トン単位で」
「だよね。肉の売却では貢献してるよね、あたしたち」
確かに、俺たちが直接肉屋に肉を売りに行ったのは最初の頃だけで、それ以降は常にギルドを通している。
例外はアエラさんの店が使う物のみなので、それなりに儲けさせていると言えなくもないか。
実際の所は、大量の肉をいろんな肉屋に売りに行くのが面倒だから、という要素が大きいのだが、それがギルドの役目でもある。
さすがにダールズ・ベアーの肉に関してはあまりに大量すぎて鼻白んでいたが、それでも文句も言わずに引き取ったのは、ちょうどケルグの事があったからか。
「そうね……じゃあ、ディオラさんにもう少し詳しく話を訊いて、恩を売れそうなら受ける、でどう?」
ハルカの提案に、すぐに頷いたのはナツキ。
ダンジョンに潜る前に、家庭菜園の収穫を終わらせておきたいらしい。
成長が早いだけに、ダンジョンから戻った後では採り時を逃しかねないとか。
俺たちも特に反対する理由は無く、結論はハルカとディオラさんの交渉に委ねられた。
◇ ◇ ◇
結局のところ、俺たちは食肉買い取り強化キャンペーンに協力することになった。
その理由は2つ。
1つめはディオラさんに、「高ランクなんですからご協力、お願いします」と頼まれたこと。
別に義務では無いので協力する必要はないのだが、ランクを上げようと思うのであれば、こういう時の協力はしておくべきだろう。
強くなるだけであればギルドとは関係なく、戦って訓練を積めば良いのだが、冒険者ギルドという『組織』の力は侮れないし、『ランク』という信用度の高さは色々なところで役に立つ。
いや、この世界に係累の居ない俺たちにしてみれば、ある意味で最後の命綱。
高ランクになれば下手な貴族よりも立場が強固になると言うから、可能な範囲で上げておくべきだ。今後、理不尽な貴族が出てこないとも限らないのだから。
もう1つの理由は、引き受けるのと引き換えに、魔物に関する図鑑の取り寄せをしてもらえることになったため。
その図鑑は冒険者ギルドが利用している物で、本屋などでは簡単には買えない上に、3冊セットで金貨80枚というかなりの高額商品なのだが、現在知られている魔物の大半は網羅しているという、俺たちからすれば垂涎の品。
取り寄せにはかなりの時間が必要とのことだが、俺たちが本屋を探して回るよりは確実だろう。
何より、内容が保証されているのがありがたい。
そんなわけで俺たちは10日ほどの約束で、食肉狩りに精を出すことになる。
但し、暑さだけはどうしようも無いため、生活時間の大幅な変更が行われることになった。
まず、起きるのは夜中過ぎ。いわゆる丑三つ時頃で朝と言うには早すぎる時間帯。
これまでは起きてから朝食までに訓練を行っていたのだが、それはせずにまだ暗い中、森へと向かう。
僅かに空が白み始める頃から、森の中で狩りを開始。
普通であれば、獲物を見つけるのに苦労するところだが、俺たちには【索敵】があるし、俺やハルカ、トーヤに関してはその種族故かそれなりに夜目が利く。
ナツキも【暗視】を持ち、最も夜目が利かないユキにしても、明け方であれば戦闘に苦労しない程度には十分見えるため、ほとんど問題が無いのだ。
10時頃まで狩りを続けた後は町へと戻り、肉を冒険者ギルドに売却。
軽く農作業を行って昼食を摂り、しばらく昼寝。
少し涼しくなる夕方頃に起き出して、朝できなかった訓練を熟し、風呂で汗を流した後は夕食を摂り、早めに就寝して、翌日に備える。
時間をずらした目的は暑さを避けるためであったが、薄暗い中での戦いはそれなりに得るものも多く、魔物が弱いからといっても、決して無駄になるような内容ではなかった。
ちなみに、この間の『軽い農作業』のメインとなったのは俺とトーヤである。
最初こそ楽しんで収穫していた女性陣だったが、広い庭と俺たちの提供する一般人以上の労働力、そして効果的な肥料を活用した家庭菜園は、家庭菜園の枠から少し外れ、ちょっとばかし量が多かった。
『収穫する喜び』が一巡し、単純作業へと変わった頃には女性陣は収穫作業から外れ、俺とトーヤが収穫、ナツキたちは漬物や料理などへの加工と、作業分担することになった。
正直、慣れない農作業は少々身体に負担が掛かったが、それも鍛錬と思えば耐えられるレベルだし、俺たちが料理できない以上は仕方ない。
ハルカたちの作る料理は俺たちの口にも入る物だし、でっかいイモとか出てくると、それはそれで楽しく、俺としてはそんなに不満は無かったのだ。……ちょっと暑かったけど。
そして10日後。
ディオラさんに「十分なご協力を頂きました」と言われた俺たちは、食肉買い取り強化キャンペーンから離脱し、満を持してダンジョンの攻略を再開したのだった。
「ハルカが強い!」的な感想が意外に多くて、ちょっと予想外。
戦闘では一番役に立ってない、頭脳労働者なんですが……日常描写の方が多いからかも知れませんね。









