168 川遊び (1)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
ダールズ・ベアーの革製ブーツを受け取る。
休息日にナオは神殿へ。そこで神官長のイシュカから孤児院へと誘われる。
遠回しながら寄付を求められたナオは、金貨5枚を寄付して帰宅する。
金貨5枚の代わりに徳(?)を手に入れた俺に対し、本屋に赴いたハルカたちの方は、あまり成果が無かった様だ。
魔物に関する本は多少あったものの、俺たちが必要とする物ではなく、ダンジョンに関する本は、ちょうど数日前に売れてしまっていたんだとか。
『なんてタイミングが悪い』と思ったのだが、訊いてみると、実はダンジョン関連の本は売れ筋で、入荷すると案外すぐに売れてしまうらしい。
なぜならこの町の冒険者は、ある程度腕を磨いた後は、ケルグへと本拠地を移すか、やや遠出してダンジョンのある町へ移動する事になるため。
その時、多少余裕がある冒険者は、ダンジョンの情報を仕入れるために本を買うのだ。
高いので誰もが買えるわけではないのだが、ケルグを飛び越えてダンジョンのある町へ向かうほどの冒険者であれば、その程度の稼ぎはあって当然。
無ければダンジョンに入るのは無謀、ってなものである。
幸いと言うべきか、今回ラファンを離れた冒険者は慎重な冒険者だったようだ。
尤も、それが今回、俺たちを阻んだわけだが。
ただ、完全に何も収穫が無かったわけではないようで、3人とも趣味と実益を兼ねた本を数冊買い込んできていた。
自分の小遣いで本が買えるようになるとか、俺たちも成長したものである。
◇ ◇ ◇
翌日、サールスタットまで駆け抜けた俺たちは、そのまま本屋へと直行した。
前回の経験から、ここではとても食事をする気にはなれないため、昼までに用事を済ませて川上へと向かい、適当にバーベキューでもして昼食にする予定なのだ。
「こんにちは。魔物に関する本と、ダンジョンに関する本を探してるんだけど……」
「ちょっと待ちな」
ハルカに声をかけられた店員のおじさんは、すぐに立ち上がり、背後の本棚から本をピックアップし始める。
前回も思ったが、いくら小さい店とはいえ、ほぼ迷う様子が無いのは凄い。
……いや、もしかすると、覚えられるぐらいに在庫が動いていない可能性もあるか。
取りあえずそちらの交渉はハルカに任せ、俺とユキはワゴンセールを物色する。
二匹目の泥鰌は居なくとも、美味しく食べられる雑魚ぐらいは居るかも知れない。
比較的、装丁の傷んでいない物を選んで中を見ていくが……微妙だなぁ。
名前も知らない貴族の自分史とか、どうでも良い。
自慢のために作ったんだろうが……意味あるのか?
他の本も、ワゴンセール行きになるのも宜なるかな、と言う物ばかり。そうそう上手くは行かないよなぁ。
「ユキ、なんか良い物はあるか?」
「そうだねぇ、まともな本にはロクなのが無いね。ただ、ボロボロなのには多少価値がある……かも?」
そう言いながらユキから手渡された本――いや、紙束を見てみると……これは、錬金術に関する文書、か?
なるほど。当たり前だが、本としての形を為していて価値があるなら、ここに置いてあるわけがないか。
相手は本のプロなのだ。
前回みたいな掘り出し物は、『一部の人には価値があると判っていても、ここでは売れない』と判断したため、ここに置いてあっただけで、価値判断ができなかったわけでは無いのだから。
ユキに倣って俺もボロい本をチェックしていくと、確かにちょっと意味のありそうな本もある。
ただ、注意しておかないと、重要な部分はごっそり抜けていたりするので、最初だけ読んで判断すると危ないのだが。
これって多分、必要な部分だけ抜き取って、残りを売り払ってるよな? ちょっと悪質(?)である。
「そっちは何かあった?」
「うーん、多少は、と言ったところだねぇ」
ハルカたちの方はチェックし終わったのか、カウンターの上に本が2冊と8冊で分けて置かれている。
2冊の方が一応買っても良いかな、と思えるダンジョンと魔物に関する本で、8冊の方は少なくとも今の俺たちには価値がない、とハルカたちが判断した物らしい。
対して、俺たちがピックアップしたのは7冊。
『冊』と表現するのも微妙な代物なのだが、一応、何らかの価値はありそうと俺たちが判断した本である。
1冊1,800レアで合計12,600レア。
普通ならこれに12,600レア、日本円にして12万円以上も出すなんて考えられないのだが、そこは物価の違いと考えるしかないだろう。
……無価値だったら、かなり痛い出費になってしまうが、キラーゲーター1匹の魔石でほぼ賄えると考え方を変えれば、飲み込める範囲、か?
「お、そんなに引き取ってくれるのかい? そんじゃ、サービスしないといけねぇな。……この2冊とそれ合わせて、金貨33枚でどうだい?」
それは安いのだろうか? ハルカたちの選んだ本の値段が判らないので、俺たちは特に何も言わず、メインで交渉していたハルカに視線を送る。
「そうね……うん。良いわ。それで」
「毎度!」
少し考えたハルカが頷き、金を払って本を受け取る。
そして店を出た俺たちは、そのまま街も出て川上へと向かった。
目的地は前回と同じ釣り場なのだが、その途中、少し広い河原で足を止めた俺たちは、バーベキューの準備を始める。
基本的な準備は自宅を出る前に終わらせてくれているので、適当に石を集めて竈を作り、薪を放り込んで熾火になるのを待つだけである。
「で、どれくらい値引きしてくれたんだ?」
「えーっと、3,600レアね。こっちの『ダンジョンとは』という本が、13,000レア。こっちの『魔物考察』が11,000レアだったから」
まだまだ炎を上げている薪を、何となく棒で突きながら、俺たちはお茶を片手に、先ほどのことを話していた。
ユキは早速紙片を読んでいるので、何か興味を惹く物があったのかもしれない。
「今持っている魔物事典とかに比べると、少し安いな?」
確かトーヤは、金貨20枚とか言っていたはず。
あれに比べると『魔物考察』は薄いが、値段も半分ほどである。
「これらは学術論文みたいな感じでしたから。実用性という点では、少し……」
「売れにくいから値引きしたという所か」
「ですね。知識は得られると思うのですが、魔物事典みたいには使い勝手が良くないですね」
「ま、それでも、【鑑定】には意味があるかと思ってな」
自分の知識が反映される【鑑定】スキルなら、確かに論文を読んで知識を深めることは有効そうである。
「『ダンジョンとは』の方は?」
「こちらは、ダンジョンの一般的知識と言うより、ダンジョンに関する考察ね。なぜ存在するのかとか、そんな事が書いてあるみたい。多分、『事実』ではなくて、『予測・推測』の類いだろうけど」
ダンジョンに関しては、あまり研究が進んでおらず、今のところ百家争鳴状態。
一般的に知られているダンジョンに関する知識とは、経験的に『恐らく正しい』と思われているだけに過ぎない。
今回買った本も、そんな自説の1つと思われるのだが、一応、本という形で販売されている以上、それなりに資金を持っているはずであり、資金を持っていれば調査内容もある程度は信用できる可能性が高い。
暇な金持ち貴族が、妄想を書き綴っただけという可能性も当然あるが、そこは出版社が無い故、リスクとして許容するしかないだろう。
「ユキたちの方はどうだったの? 見た目は小汚い紙の束だったけど」
「俺たちの方は何かの参考になれば、と言う程度だな。薬学、錬金術、色々あるから、暇なときにでも目を通してみてくれ」
「なるほどね、了解」
それぞれ適当に本を読みながら待つこと暫し、薪が熾火になった段階で読書は中断し、金網をセット。焼き肉に舌鼓を打つ。
塩胡椒以外に、改良された焼き肉のタレ――ユキがインスピール・ソースを元に作ったヤツ――もあるため、普通に美味い。
返す返すもご飯が無いのが残念である。
昼食後は一気に釣り場まで移動、食糧確保のために釣りを始める。
これはまぁ、さして特筆するべき事は無い。
すでに何度も来ているが、このあたりの魚がスレていないのは変わらないようで、簡単に釣り上げることができる。俺たちからすればとてもありがたいことに。
ここに来るのは魚の確保が目的で、スポーツフィッシングでは無いので、これからもずっと純朴(?)でいて欲しいところである。
そんな風に魚やエビなどの確保を始めて4日。
その日は朝から気温が上がり、昼頃には釣り糸を垂らしているのもなかなかにキツい天気となっていた。
全員麦わら帽子を被っているのだが、その程度では焼け石に水……とまでは言わないものの、ちょっとしんどいぐらいの日差し。
本格的に夏が近づいているということなのだろう。
「なぁ、ハルカ、この天気なら良いんじゃないか?」
すでに十分な量を確保したこともあり、俺が空を見上げながらそう言うと、ハルカもまた空を見上げて釣り竿を置いた。
「そう、ね。それじゃ、今日は終わりにして、遊びましょうか!」
「待ってました!」
そう嬉しそうに声を上げたのはトーヤ。
ここだと釣るのが難しくない分、ある意味では作業になっていたため、さすがに飽きていたのだろう。
難しければ魚との駆け引きの分、面白いのかも知れないが……魚を食いたい俺たちからすれば、それはそれで面倒だよな。
「それじゃ、私たちは着替えてくるから」
「ふたりとも~、覗いちゃダメだぞ☆」
「覗くかっ!」
テントの中に入りながら、振り返ってアホなことを言うユキに、シッシと手を振って、中へ追いやる。
「それじゃ、失礼しますね」
やや狭いながら、何とか3人は入れるテントに女性陣が移動し、和気藹々と話しながら水着へ着替え始める。
そこからやや離れた位置で、俺とトーヤも水着へ着替え。
誰も見ている人はいないし、俺たちは男なので、特に気にせずズバッと。
本来、こんな場所で水遊びとか、一般人には危険なのだろうが、俺たちの【索敵】スキルや出てくる敵の強さを考慮すれば、問題は無い。
ここ4日ほど魔物には出会っていないし、万が一出てきても、3人も魔法使いがいれば、武器を使うこと無く殲滅も可能だからなぁ。
防具無しでもゴブリン程度の攻撃なら、大して問題にもならないし。
最初の頃は、ゴブリンでもそれなりに脅威に感じていたのだが……これも努力の成果と言うべきか。
「しかし、エルフに麦わら帽子……似合わねぇ」
「そうか? 自分じゃわからんが」
今の俺の格好は、麦わら帽子にトランクスタイプの水着のみ。
自分で言うのも何だが、確かに美形のエルフの格好としては、ちょっとアンバランスかも知れない。
ちなみにトーヤも同じ格好だが、彼の方はなかなかに似合っている。
「お前の方は何というか……良い感じだな?」
鍛えられた逆三角形の身体と麦わら帽子。
戦士よりも、真夏のビーチか畑仕事が似合いそうである。
「ふふふ、だろう? 見よ、この肉体美!」
そんな事を言いながら、「ふんっ!」とポージングをするトーヤ。
コイツ、別に筋肉フェチではなかったと思うのだが……。
1年近く頑張って訓練して、しかもその成果が出ているから誇りたい、と言ったところか?
その点、種族の違い故か、俺はそこまで筋肉が付いていない。
全体的に引き締まってはいるし、腹筋もほんのりとシックスパック風味なのだが、トーヤのようなマッスルではないわけで。
まぁ、バランスは取れているので、俺的には問題無いのだが。
「お待たせしました」
その時、俺たちの背後から声が掛かった。
 









