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164 廃坑 (5)

前回のあらすじ ------------------------------------------------------

代官に肥料の作製方法を開示し、コンポストの作製依頼を受ける。

今回のような交渉のため、パーティー名を付ける方が良いかもという話になる。

 パーティー名の決定はなかなかに紛糾した。


 いや、『紛糾』と言うより、『停滞』と言うべきか?

 家に戻った後も話し合いを続けたのだが、なかなかに良い案が出ない。


 もう何歳か若ければ、いろんな意味で吹っ切れた名前を付けられたのかも知れないが、この年齢になってしまうと『黒歴史』的な物をすでに知っている。


 そう、決して繰り返してはいけないあの歴史……。


 もう少し歳を重ねたときに、少なくとも赤面せずに名乗れるようなパーティー名を付けておかないとマズい。


 ……まぁ、ディオラさんにいくつか現役のパーティーの名前を聞いてみたところ、俺たち的にはちょっと――いや、かなり恥ずかしい名前も多かったので、対外的にはそこまで気にする必要は無いのだろうが、これは俺たちの心情的な問題である。


 結局、ディオラさんから聞いた『成功するタイプの冒険者』を念頭に、『座右の銘的な物にしたら』という俺の提案から決まったのは『明鏡止水』。


 『謙虚さ』とか、『慎重さ』とか、そのへんを含んだ言葉も検討したのだが、他の冒険者から『舐められるような名前もまた困る』という事で、採用されたのがこれ。


 まだまだ明鏡止水の心境には遠いが、そこに至れるよう頑張りたいところである。



 パーティー名が決まった後、ハルカとユキはコンポストの作製に取りかかった。


 うちで利用している物よりも少し大きめの物を10個。


 2人で取りかかってもそれなりに時間が掛かるため、その間、俺を含めた他3人が何をしていたかと言えば、魔物狩りである。


 代官から、『多少値上げしても良いから、肥料の供給を増やしてくれ』と頼まれたのだ。


 俺たちに関して言えば、現状の価格でも十分に利益が出ているのだが、代官からの依頼は実質的な値上げの要請である。


 つまり、俺たちが供給するだけでは量が少ないため、マジックバッグを持たない冒険者でも、多少は利益が上げられるレベルまで肥料価格を上昇させたい、と言うことらしい。


 代官の方でもある程度の支援は考えているようだが、それでも俺たちが販売している肥料の価格ではちょっと厳しいようだ。


 まぁ、お上に逆らっても良いことはない。


 俺たちは素直に値上げすることにして、自販機に張り紙を設置。


 事実をそのまま『当局からの要請で、値上げすることになりました』と記載しておいた。


 俺たちに文句を言われても困るし。


 尤も、値上げ後でも特に売り上げが落ちる様子も無かったので、肥料の費用対効果は十分に高いのだろう。


 おかげでかなり頑張って魔物討伐をするハメになったのだが、ハルカとユキが抜けた状態でも、前衛が2人と魔法使い兼中衛の俺、更に治癒も可能な人員が居る時点で特に問題が起こることも無く、10日ほどでコンポストの納品と、短期集中魔物討伐期間を終えたのだった。


    ◇    ◇    ◇


「それじゃ、今日から再び、廃坑の探索だね!」


「ここまで長い間、家に籠もりっきりだったのは、こちらに来て初めてだったから、ちょっと鈍ったかしら?」


 魔物の討伐を行っていた俺たちに対し、ユキとハルカは多少の訓練時間を除き、コンポスト作りに掛かり切りになっていた。


 そのため、2人が実戦を行うのはかなり久しぶりになる。


「そういえば、コンポスト、10個も納品したけど、どこに設置するのかしら? 普通に考えれば、冒険者ギルドに数個もあれば十分な気がするんだけど……」


「ギルドには5つ設置されたみたいだぞ? あと、馬車に載せて、南の森に持って行ってるみたいだな」


 俺たちは北の森に入っていたので話に聞いただけなのだが、南の森の伐採を行っている近くに配置され、その場所で魔物の死体を買い取っているらしい。


 これであれば町まで死体を持ち帰る必要が無いため、冒険者たちの協力も得やすいだろう。


「なるほどね。それなら複数必要か。あのコンポストでも一瞬で処理が終わるわけじゃ無いし」


 結構たくさんの死体を短期間で処理できるコンポストだが、それでも大勢の冒険者が持ち込む死体を放り込めば、毎日、場合によっては半日程度で交換しないと一杯になってしまうだろう。


「でも、上手く運用できているなら、安心だね。あたしたちが頑張る必要が無くなるし」


「肥料になる魔物は、あんまり儲からないからなぁ」


 死体を肥料にできる魔物とは、すなわち売れる場所が少ない魔物である。


 オークなどは肉が売れるので、大半は食肉になり、コンポストに放り込むのは骨や食べられない部位だけ。


 それに対し、大量の肥料が作れるのはゴブリンやスカルプ・エイプなど、魔石以外に使い道が無い魔物である。


 これらの魔物は狩ったところであまり旨味が無い。


 多少肥料を値上げしたところで、俺たちからすれば誤差の範囲でしかないのだから。


 それでも捨てるしか無かった魔物が金になるのだから、駆け出しの冒険者であれば生活費の足しになることだろう。


 俺たちも駆け出しの頃は随分苦労…………してないな? そこまでは。


 ――うん、頑張ってくれ、駆け出し諸君。


    ◇    ◇    ◇


「しかし、この廃坑は案外広いよなぁ」

「そうね……総延長、どのくらいあるのかしら?」


 前回探索を中止した場所に向かいながら、ハルカはユキの持つ地図を覗き込み、首を捻る。


 マッピングと魔物の対処をしながら進むため、1日に探索を進められる距離はそこまで長くはないのだが、それでも7日間潜っても探索が終わらないほどの広さである。


 所々に埋められた坑道があることを考えても、かなり大規模に掘っていたんじゃないかと思うんだが、よくバレなかったものである。


 最終的には当主が行方不明になったことでバレたわけだが、それまで秘密にできたのは、やはり情報伝達の遅さ故だろう。


「さて、ここからは初めて入る場所だから、注意してね」

「了解」


 廃坑に入って半日あまり。


 途中で魔物に会うこともなく、地図もしっかりと作製済みだったこともあり、前回の場所までスムーズに戻ってきた俺たち。


 そこから再び探索を始めたのだが……。


「気のせいか、このあたりから道が広がってねぇか?」


「そうですね、周りの壁面にもツルハシの跡などが見受けられませんし……腕の良い土魔法使いでも参加したのでしょうか?」


「オレとしては、戦いやすくなって良いけどな」


「それは同感ですね」


 基本的には突く動作が多い俺の槍に比べ、トーヤとナツキは振り下ろす動作が多い。


 特にナツキの薙刀はやや窮屈そうだったので、通路が広くなるのはありがたいのだろう。


 だが、良いことばかりではなかった。


 これまではゾンビとスケルトン、たまにゴーストという分布だったのだが、だんだんと異なる魔物が出現するようになってきたのだ。



 頭上から襲いかかってくるジャイアント・バット。


 殆ど音がせず、やや【索敵】にも引っかかりにくいので、危ないと言えば危ないのだが、シャドウ・ゴーストに比べればまだ解りやすい。


 更にトーヤの耳にはコウモリの発する超音波が聞こえるらしく、奇襲されることは無かった。



 コッソリと這い寄ってくるナイト・スネーク。


 長さ1メートルほどの、見た目は普通の蛇なのだが、体色が周囲に溶け込むような色をしている上に、その場で動かずに待ち受けているため、非常に見つけにくい。


 索敵でおおよその場所が掴めるにもかかわらず、発見が困難なほどである。


 【看破】で【咬毒こうどく】というスキルを持つことが判っていたため、それなりに警戒して対処していた。


 まぁ、おおよそでも場所が判っていれば、動いた瞬間に処理できるから大した問題では無いのだが。


 ちなみに、後で調べて解ったのだが、この蛇の持つ毒はかなり強力で、即効性な上にラファンでは解毒薬が手に入らないため、噛まれるとかなり危ない敵だったようだ。


 しかも、普通のブーツ程度なら咬み付いて貫くというのだから……。


 尤も、俺たちには『毒治癒キュア・ポイズン』があるし、さすがにダールズ・ベアーの革で作ったブーツに履き替えれば歯が立たないようなので、あまり問題にはならないのだが。



 ゴブリンと同じぐらいの体格のケヴァン・コボルト。


 伝承によっては可愛いタイプのコボルトもいるが、この世界のコボルトは残念ながら醜かった。……いや、幸いなことに、と言うべきか。可愛かったら、斃しにくいし。


 何というか……ゴブリンにイタチをミックスしたような、そんな外見。


 案外器用なようで、石器を使った槍を持っているのだが、残念ながら技量と強度が足りない。


 それで攻撃を受けようとしても、俺たちの武器と打ち合えば簡単にへし折れてしまうので、その武器が逆に足を引っ張っているような感じである。



「魔物が変わって臭くないのはありがたいけど、収益面では微妙ね……」

「あぁ。外の敵の方が強いしなぁ……」


 トーヤの【鑑定】によると、魔石の買い取り価格は、ジャイアント・バットが1,100レア、ナイト・スネークが400レア、ケヴァン・コボルトで800レア。


 この中で一番なんとも言えないのがナイト・スネークだろう。


 見つけることさえできれば一般人でも斃せそうだから、仕方ない部分はあるのだろうが、魔石は安いし、得られる素材も無い。


 一応、肉を食えないことは無いし、毒腺を回収すれば解毒薬の材料になるようなのだが、あえて小さい蛇の肉を食べようとは思わないし、毒腺の回収も、頭を潰さないように斃さないといけないので面倒くさい。


 ケヴァン・コボルトはゴブリンとほぼ同様。

 魔石以外は肥料の材料である。


 ジャイアント・バットは胴体の肉が食える上、羽の皮膜部分が珍味らしいので、多少は稼ぎになるのだが、普通にオークやキラーゲーターを斃す方が何倍も儲かるんだよなぁ。


「洞窟内だけに、夏でも暑くなさそうなのが利点だけど、メインの仕事場にするにはちょっと微妙ね」


「だねぇ。稼ぎが減るのを許容するか、暑いのを我慢するか……」


「まだこのへんでの夏を経験してねぇからなぁ」


 とはいえ、今の装備では、この時期でも森の中はやや暑いのだ。

 真夏になったときのことなんて考えたくない。


「ちなみに、『冷房クールズ』の魔法の開発状況どうなんだ?」

「一応、それっぽいのはできたぞ? なぁ?」

「うん。注意点や欠点は『暖房ワームス』と同じだけどね」


 トーヤの問いに、俺とユキは顔を見合わせて頷く。


 俺たち、文明社会で育った軟弱者ゆえ、エアコン無しの夏場は経験したくないので、結構頑張ったのだ。


 結果、『暖房ワームス』よりは少しだけ難易度が高く消費も大きいものの、それなりに使えそうな『冷房クールズ』の魔法の開発に成功していた。


 だが、断熱性能が乏しい今の家では、1度使っただけではすぐに部屋が暑くなりそうだし、継続して使い続けられるのは俺とユキのみ。


 ハルカも練習すれば可能だろうが、トーヤとナツキは魔法自体使えない。

 効率を考えるなら、全員が同じ部屋で過ごすことになり、ちょっと不便である。


 ちなみに冬場の場合、そこまで寒さも厳しくなかったし、厚着すればなんとかなるので、あまり問題は無かった。


 風通しの良い場所で意味が無いのは『暖房ワームス』と同じなので、冒険中はかなり使い道が限られるのも同じである。


「もっと深い場所まで入れば別の魔物が出てくる可能性はあるけど……どこまであるのかな? この廃坑って」


「コッソリ掘っていたわりには深いわよね。アンデッドが減ってきたことを考えると、そろそろ終わりが見えそうな気もするけど……」


「なら、夏場に涼しいところでガッポリ、というのは無理か。ちょっと残念」


 そう言ってユキが肩をすくめるが、実際、暑さが辛いなら休業でも良いと思うけどな。


 せっかくの異世界、日本人の社会人ではなかなか取れない、長期夏期休暇、あっても良いと思います。


    ◇    ◇    ◇


 ハルカの予測とは裏腹に、3日経っても廃坑の探索は続いていた。


 アンデッドとの遭遇数は更に減り、紋章入りの剣も2本回収していたが、目的の剣に関しては未だ見つかっていない。


 敵はやはり弱いままで、それに比例して稼ぎも悪い。

 家宝の剣が見つからなければ、大損である。


 そして、全員がややダレてきた4日目。

 俺たちの前にそれは現れた。


「……ねぇ、あれって、『あれ』よね」


「あぁ。なんでこんな所に……。まさか廃坑になる前に置かれていた、って事は無いよな?」


「それにしては綺麗すぎです。普通なら金具とか、錆びていると思いますよ?」


「じゃあ、盗賊のアジトとか……って、無いよね。深すぎるもん」


「それより開けようぜ! 何か良い物が入っているかもしれねぇじゃん!」


 それはゲームではよく見かけても、実際に洞窟内で見ることは無いと思っていた代物。



 ――宝箱だった。

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― 新着の感想 ―
ダンジョン化してるんか…… 生身の魔物出てきた時点でそんな気はしたけど
普通に日本語のパーティー名だけど、この世界の言葉で同じ様な言葉があったのかな
[一言] 宝箱の中には「ミミックに上半身が喰われたエルフ」が棲んでいたっみたいな
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