159 探索準備 (2)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
廃坑についてディオラさんに訊き、貴族関係の問題があった場所と知る。
そこに落ちている可能性が高い、子爵家の家宝の剣の回収を依頼される。
俺たちは翌日から、廃坑に挑むための道具類を集め始めた。
ナツキは食べやすい食事を大量に作ってマジックバッグにストックし、ユキとハルカは錬金術でガス検知器と方位計を作製する。
ガス検知器は人体に有害なガスを検知してアラームで知らせるだけの、日本でも手に入りそうな物だが、方位計は方位磁針とは異なり、磁石を使って方位を知らせる物では無いらしい。
そのため、鉱山のような周りに磁性体が多く存在するような環境に於いても、問題なく正確な方位を知ることができる。
ロープや毛布、炭、長い棒、大きい布とか、とにかく役に立ちそうな雑貨類を買い集めるのは俺の担当。
使うのかどうか判らない物もマジックバッグに放り込んでおけば邪魔にならないし、その程度の普通の雑貨を買った程度で揺らぐほど、現在の俺たちの財務状態は悪くない。
残ったトーヤはと言えば、デッキチェアもどきの折りたたみ式簡易寝台の作製を担当していた。
いくらシートや毛布を敷くとは言っても、冷たく湿った洞窟の地面に直接寝るのは疲労回復の面でも決して良いとは言えない。
そのため、適当な折りたたみ式の寝台でも買おうかと探してみたのだが、これが売っていないのだ。
あったら便利そうなのに。
ガンツさんに訊いてみると、「持ち運べねぇから売れねぇよ」と言われてしまった。
マジックバッグは希少な上、馬車を持つ冒険者であれば、馬車で寝れば済むということらしい。
俺としては、馬車で寝るよりも楽だと思うし、折りたたみ機構が上手く作れれば、馬車の隙間に入れて持ち運べるので、十分に売れそうな気がするのだが……無い物は仕方ない。
斯くして、俺とイメージを共有できるトーヤが、製作に乗り出すことになったのだ。
正直、これが上手く作れるかどうかで、宿泊可能日数が大きく変化する気がするので、トーヤには是非頑張ってもらいたい。
そうこうしている間に、以前頼んでいたダールズ・ベアーの皮の鞣しが終了したと連絡があった。
防具の充実は急務なので、俺たちは各種作業を一時中断し、それを使った防具の注文に赴くことになった。
注文するのは、例の如くガンツさんのお店である。
鍛冶師に革鎧を頼むのはおかしな気もするが、ガンツさんの店は武器・防具屋である。
ガンツさん自身もある程度は革の加工ができるし、難しい部分は専門の職人と協力して作り上げるらしい。
とは言え、ダールズ・ベアーの革はなかなか難物な様で――。
「こいつぁ、またとんでもない物を持ち込みやがったな! ダールズ・ベアーの革なんぞ、実物を見るのは初めてだぜ」
「無理ですか?」
「無理とは言わねぇ。言わねぇが……俺だけで済む仕事じゃねぇから、多少時間はかかるぜ?」
腕を組み、口をへの字に曲げて言うガンツさんだったが、その程度は織り込み済みだ。
むしろ、ガンツさんの普段の仕事が早すぎるぐらいである。
「えっと、全部揃うのに、どのくらいかかりますか?」
「あー、お前たち全員のブーツ、グローブ、後は部分鎧か。そうだな、はっきりとは言えねぇが……1ヶ月以上はかかるな」
「えっ?」
「すまんな、このレベルの素材となると、扱える職人が限られんだよ」
「いえ、むしろ早くて驚いたぐらいですよ。ねぇ?」
「あぁ。もっと掛かるかと思っていた」
革製品は基本的にすべて手縫いなのだ。
ダールズ・ベアーの革の丈夫さを考えれば、それを縫う苦労はいかばかりか。
専門の職人が行うとなれば時間が掛かるのは当然のことだろう。
「そうか。なら、採寸をするぞ。細かい注文がありゃ、そん時に言え」
さすがオーダーメイドと言うべきか。
ブーツやグローブの採寸はかなり細かく、完全に俺たちのサイズに合わせて作るようだ。
今履いているブーツも簡単に採寸して作った物なので、オーダーメイドといえばオーダーメイドなのだが、その時に比べてかなり時間が掛かった事を考えると、かなり細かく採寸しているのだろう。
今のグローブに関しては簡単なオーダーメイドですらなく、既製品から選んで買った物なので、今度の物の使い勝手がどうなるか、少し楽しみである。
「――よし、終わりだ。完成したら連絡をやる。気長に待っていろ」
採寸だけで数時間ほど。
更に個別に希望を伝えたりすることにも時間を取られたので、昼過ぎに訪れたにも拘らず、現在はすでに陽が落ちかかっていた。
それだけ丁寧に仕事をしてくれたわけで、文句を言うつもりは全くないのだが、少々疲れたのは確か。
俺たちはガンツさんに礼を言い、その日は真っ直ぐ家に戻ったのだった。
◇ ◇ ◇
ガンツさんの店に採寸に訪れてから3日後。
ついに廃坑へ潜る準備が整い、俺たちはラファンの町を出発していた。
ちなみに、一番時間が掛かったのはトーヤの簡易寝台作り。
折りたたみ機構や使い勝手を良くするための試行錯誤を繰り返した事と、人数分用意する必要があった事が原因なため、これは仕方が無いところだろう。
ただ、廃坑までの道中は比較的スムーズだった。
前回、大量のアンデッドを倒した影響か、廃坑に辿り着くまでに遭遇したアンデッドはスケルトンが5体のみ。
他の魔物にも多少は遭遇したが、殆ど時間を取られることもなく到着することができたのだ。
廃坑前にもアンデッドがたむろしている様子も無いし、もしかすると、すでに内部にも存在せず、品切れの可能性すらありそうだ。
「さて、廃坑に入るわけだが……前回同様、ナツキが先頭なのか? 廃坑と解った以上、罠の心配などは必要なさそうだが」
前回はまだ盗賊のアジトという可能性があったので、ナツキに先頭を進んでもらったのだが、それが無いのであれば一番硬いトーヤが先頭に居る方が合理的。
だが、そんな俺の提案はナツキ自身によって否定された。
「いえ、私には【暗視】もありますし、【罠知識】があれば、崩れそうな場所なども判るかもしれません」
「そうね。ナツキが先頭、トーヤはそのすぐ近く、斜め後方で良いんじゃない?」
「だな。それなら危ないときにはオレが前に出られるし。尤も、不意打ちされる可能性は低そうだが――ナオ、洞窟内での【索敵】は問題ないのか?」
「正直に言えば、判らん。前回入ったときには感知しなかったが、敵が居なかったのか、探知範囲が狭くなったのか……」
「むっ……なら、しばらくは特に注意が必要だな」
「頼む。多分、不意打ちが可能な範囲で探知できないとは思えないが……」
第六感というか、第七感というか、よく解らない原理での探知能力なので、断言できないのがなんとも。
トーヤが嗅覚を制限されると【索敵】範囲が狭くなったことを考えると、色々な感覚の総合的能力なのだとは思うのだが。
「それじゃ、マッピングはあたしかハルカが担当かな? どっちがやる?」
「ユキ、お願いしても良い? 私は弓だから……」
「手が空いているあたしの方が良いか。了解」
ハルカは基本的に左手に弓を持って行動しているのだが、最近のユキのメインウェポンは小太刀で、こちらは腰に差しているので、ハルカに比べると自由に手が使えるのだ。
ユキは方位計が固定された画板のような物をマジックバッグから取りだし、そこにお手製の方眼紙をセットした。
これで方位とマス目当たりの歩数を固定して、マッピングを行うらしい。
「一応頑張るけど、あんまり期待しないでね?」
「極論、道さえ解ればオッケー」
「そうそう。高低差とかあったら、かなり難しいと思うしな」
昔の3DダンジョンタイプのRPGみたいに、1フロアがすべて同じ高さ、上下のフロア移動は階段、曲がり角は直角、みたいな判りやすい物ならともかく、緩やかな曲がり角や坂による上下移動がある様なところでマップを書くのはかなり難しいだろう。
GPSロガーみたいな物でもあれば、便利なのだろうが……。
「ちなみに、錬金術の魔道具で、オートマッピングするような物は無いよな?」
「さすがにそんな便利な物は無いわね。作るのも無理――基準点を別に設置すれば可能かしら?」
ハルカは無理と言いかけた言葉を途切れさせ、考え込む。
本当にそんな物ができれば、廃坑の探索は勿論のこと、普通に森を歩くときにも便利である。
「う~ん、2つの基地局を事前に設置して、そこからの距離を測れる魔道具を作れば……」
「問題はその計測距離から紙面上にプロットする方法よね。移動しながら手作業でやるのは厳しいし……」
「上下移動を記録するなら、基地局が3つ無いと……」
「2人とも、それは帰ってから考えてください。今はこっち、でしょう?」
頭を寄せて考察を始めたハルカとユキにナツキが割って入り、廃坑を指さした。
「あっと、そうね。えっと……じゃあ、これ、ガス検知器。これは、トーヤ、肩の辺りに着けてくれる?」
ナツキに注意されて顔を上げたハルカは、マジックバッグの中から小学生が持っている防犯ベルぐらいの小さな魔道具を2つ取りだし、その1つをトーヤに手渡す。
「そっちは?」
「これは私の足首に着けるわ。有毒ガスは、下か上に溜まっていることがあるからね。トーヤ、一番背が高いから」
一番良いのは、ヘッドライト的に頭に巻き付けておくことなのだが、見た目的な問題や邪魔になることも考慮して自重したらしい。
「……なぁ、肩の辺りまで有毒ガスが来たら、その時って、すでにオレ、吸い込んでないか?」
トーヤの鼻と口は、肩よりも上にある。
当然の帰結として、トーヤが言うように、上方に貯まる軽いガスであれば、検知したときにはすでに吸い込んだ後になるだろう。
「大丈夫よ。それなりに感度が良い――はずだから、人体に影響が出るような濃度になる前に検知してくれるわよ」
「気体は重さによってきっちり分かれるわけじゃ無いからね。じゃないと、空気が混合気体になるわけないでしょ?」
「そう言われれば、そうか」
ユキの説明に、トーヤが納得したように頷く。
固体はもちろん、液体に比べても気体は流動性が高いわけで、仮に完全密閉して風の影響などを受けない状態にしても、空気が完全に窒素、酸素、二酸化炭素の層に分離するようなことは無いだろう。
有毒ガスに関してもそれは同じで、洞窟という環境下で、しかも俺たちが動き回っている状況で、綺麗な層に分かれているとは考えにくい。
「ま、もし、僅かに吸い込んでもダメなガスがあったとしたら……」
「……したら?」
「その時は諦めて」
「オイッ!!」
肩をすくめてあっさりと言ったハルカに、トーヤが力強くツッコむ。
「だって、どうしようも無いでしょ? 大丈夫、息があればきちんと引きずって逃げてあげるから――余裕があれば」
「余裕が無ければ見捨てられるのかよっ! ――いや、まぁ、ホントに余裕が無ければ仕方ないけどよぉ……」
情けない表情になりつつも、ある意味冷静な判断を口にするトーヤの肩を、ユキがポンポン、と叩く。
「しゃーない。ま、合理的に考えて、ハルカとナツキ優先だから」
「まぁな。2人が無事なら、多少の毒程度、治してもらえる事を考えれば、最初に倒れるべきは俺かトーヤになるよな」
「いや、そこまで心配しなくても、普通の有毒ガスなら検知できるからね? ユキも知ってるでしょ、一緒に作ったんだから」
「はっはっは、冗談だよ、冗談。その検知器でダメなら、多分全員一緒に死ぬから、寂しくは無いよ?」
ウィンクしてサムズアップするユキ。
事実なのかも知れないが、それもどうよ?
「嫌な予想だなぁ、オイ。……死ぬのはまぁ諦めるとしても、アンデッドにはなりたくねぇな」
「同感。万が一の時には、後から死体を回収してもらうか、綺麗に焼いておいて欲しいところだな」
ゾンビの一部、丸出しだったんだよな。倫理規定があるわけでも無し、そこだけ都合良く服が破けていないとか、モザイクが掛かるとかなかったから。
どことは言わないし、俺たちの中でそのことに触れるヤツは誰もいなかったんだが……トーヤと2人だけなら、絶対話題になってたな。
いっそスケルトンまでになってしまえば、俺と判らないからまだマシな気もするが、ゾンビ経由でスケルトンになるなら、かなり嫌である。
「皆さん、あまり不吉なことを言うのは止めましょう。噂をすれば影がさす、とも言いますし」
「そうよね。ま、元々鉱山だったんだから、そうそう問題は起きないわよ」
いや、その言葉がすでにフラグな気もするんだが……それを口にするとホントにそうなりそうだから俺は口を噤む。
「準備は良い? それじゃ、入りましょ」
ハルカのその言葉に、俺たちはナツキを先頭にして廃坑への侵入を開始した。
わ~い、なんだか急にポイントが増えてます。
評価してくださった方、ありがとうございます。励みになります。









