015 ステップアップ? (2)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
1週間ほど薬草採取と狩猟を続け、ある程度の資金や装備を調える
少しステップアップするために、もう少し森の奥へ入ろうという話になる
トーヤの剣と盾は、資金が許す範囲でかなり奮発した。
俺とハルカの壁になってくれるのだ。万が一抜かれれば、恐らく俺では支えられないのだから、ここでケチる理由はないだろう。
その装備の習熟訓練に1日を使い、その翌日、俺たちはこれまで足を踏み入れなかった森の奥へと踏み込んだ。
目標となるディンドルの木の場所は、ディオラさんから聞き出しているため、探す必要はない。報酬としてディンドルの実、3つを約束することになったが、慣れない森の中を探し回るよりはよっぽど良い。
森の外縁部に比べ、森の奥は人が入らないせいか、かなり歩きづらい。
トーヤを先頭に、下生えを踏みつけ、枝を切り払い、道を作りながら奥へと進む。
「しかし、せっかく買った剣をこんなことに使うのは、ちょっと微妙な気分だぜ」
「そこは諦めて。鉈もそれなりの値段するし、荷物にもなるからね。それに、そのブロードソード、大した刃が付いてないんだから問題ないでしょ?」
基本、この世界の一般的な剣は切るよりも鈍器としての意味合いが強い。
もちろん、きちんと鍛えられているし、鋭角になっている分、ただの鉄の棒とは全く違うが、振り抜いてスパンと切れるのは超高級な魔剣とかそう言うレベルの逸品のみである。
この世界でも短剣や解体に使うナイフはしっかりとした刃が付いているが、継戦能力が重要な冒険者にとってはこういったブロードソードの方が都合が良いのだ。敵を切る度に洗って研ぎ直すことなんてできないのだから。
「ハルカ、道中の敵はどうする? 狩って持ち帰るか?」
「可能な限り避けて。猪は、帰りに余裕があれば狩るような感じで」
「了解」
スキルに慣れてきたおかげか、最近は【索敵】で認識した対象の区別が、少しはつくようになってきた。
【索敵】の範囲も、集中していれば結構広い感じなので、猪程度なら遭遇を避けることもできるようになっている。
「ただし、対象が魔物っぽければ、戦ってみましょ。それも目的の1つだしね」
今回、ハルカがステップアップとして提示した目的の1つ。
それが魔物の討伐である。
正確に言うなら、人型の魔物の討伐。
盗賊など、人間の敵に対応するための第一歩である。
この地域は少ないが、場所によってはかなりの頻度で盗賊が出現するらしく、魔物よりも人に襲われる危険性の方が高いくらいである。
「盗賊かぁ。そんなのがいるんだよな、この世界」
そう言ってトーヤがため息をつくが、実際は俺たちの周りが平和だっただけで、元の世界にだって強盗はありふれている。
「元の世界でも居るだろ? ひったくりだって一種の盗賊だし」
『殺してでも奪い取る』じゃないだけである。
世界のある地域では『赤信号でも車を止めるな。止めると襲われる』というのが常識で、警察に行っても『止まったのが悪い』と言われるとか何とか。
「まぁ、自力救済が認められている点は元の世界と違うがな」
日本だと、たとえ相手が強盗でも殺せば罪に問われてしまう。
正当防衛の要件は結構厳しいのだ。
「しかし、人型かぁ……やれるかな?」
「そうね、例えばゴリラ襲ってきたら斃せる?」
「ゴリラってめちゃめちゃ握力あるんだよな……ウンコ投げてくるし。でも、まあ、大丈夫なはず。熊も斃せたし」
ウンコ投げてくるのは動物園のゴリラである。
いや、自然界のゴリラに出会ったことはないが。
「なら、ゴブリンも大丈夫よ。ゴブリンよりゴリラの方が人間に近いわけだし」
「そう言われると、そうなのか?」
確かにそう例えられると、俺も大丈夫そうな気がするから不思議である。
「そもそもさ。人間って言うけど、ああ言うのって人間の括りで良いの? 獣扱いで十分じゃない? ちょっと人間っぽい鳴き声なだけで」
「をう……ハルカ、言うね」
「うん。私、チンピラとか社会の害悪だと思ってるから。カツアゲ、万引き、自転車盗難。『非行』とか半端なこと言ってんじゃないわよ!」
「あぁ、自転車や傘に関しては俺も同感だな! マジで殺してやりたくなる!」
ハルカの言葉にトーヤが大きく頷いているが、それについては俺も同感である。
その被害金額以上に、直後に不便を被るため、余計に憎しみが積もるんだよな。
傘なら犯人の代わりに自分が濡れるし、自転車なら長い距離を歩くなり、バスや電車を使うなりしなければいけない。
俺も傘を盗られて濡れて帰ったとき、その途中の川を見て『犯人がいたらこの濁流の中に叩き込んでやるのに!』と思った物である。
「そうそう! 全部犯罪なんだから、サクッと処分しちゃえば良いのよ!!」
――憤懣やるかたないとばかりに、更に辛辣なことを言い出した。
まぁ、ハルカに関しては仕方ない部分もある。
幼馴染みの贔屓目無しに見ても、ハルカやその友人たちは、かなり可愛い部類に入るだけに、色々と面倒ごとに巻き込まれることも多いのだ。
俺とトーヤが一緒に出かけるときは問題ないのだが、女の子だけで遊びに行くとナンパに絡まれること多数。ちょっとした警察沙汰になったこともある。
更にハルカは、姉御肌っぽいところがあるので、後輩を助けるために首を突っ込まざるをえないこともあったと聞く。
「特に、強姦したヤツなんか、即去勢してやれば良いのよ。そんなヤツの遺伝子、残す価値ないわ!」
嫌なことを思い出したのか、顔を歪めてますますヒートアップするハルカ。
確かに、その程度の自制心も持てない人間は正直害悪だと思う。
だが、だからといってそれを子供にまで背負わせる必要はない。
心ならずもそんな子供を産む被害者だっているのだから。
「――あ~、ハルカ。概ね同意ではあるが、子供は遺伝子を選べないだろ?」
俺が落ち着かせるようにハルカの肩に手を置くと、ハルカも自分が少し冷静さを欠いていたことを自覚したのか、ちょっと気まずげにコホンと咳払いして目を逸らした。
「そう、そうね。遺伝子まで言いすぎだったわね。でも、被害者心理と性犯罪の再犯率の高さを考えれば、物理的制裁は必要だと思うのよね。自分を襲った犯人が、たかだか数年で出てきて、近くに居るかも知れないって、正直かなりの恐怖じゃない?」
落ち着いてもやはりちょっと過激である。
気持ちは解るが。
「(なぁ、ナオ。ハルカ、どうしたんだ?)」
「(あぁ、トーヤは知らないか。以前、後輩の女の子が被害に遭ってるんだよ。幸い、直前で助けられたんだが……後輩の女の子は……)」
「(そりゃ、確実にトラウマ物だな)」
あの時はしばらくの間、ハルカがピリピリしていて、かなり大変だった。
俺は何にも悪くないのに、かなり気を使って、機嫌を取るハメになったことを覚えている。
「そもそもさ、犯人の『やり直す機会』とか言う前に、取り返しのつかない傷を負った被害者の『やり直せない人生』の方が重要でしょ?」
まぁ、犯罪者の『やり直す機会』で自分の友人・家族が被害に遭えば、絶対に『去勢してくれていれば』とか『牢屋に入ったままだったなら』と考えるだろうな。
『犯罪者に与えた機会』で、彼女の人生は壊されたのか、と。
「ま、こっちではそんなの無いから、確実にアレしてね? 負けたらあなたたちは殺されるし、私は犯された上で殺されるの。それを常に頭に置いておけば多分大丈夫よ」
「あー、うん。そう思ったら、何かこっちを殺しに来ている盗賊なんて殺れそうな気がしてきた」
「そうだな。ある意味、人道や人権なんて強者の傲りでもあるよな。極端なことを言うならば」
死にそうな状況で、犯罪者に配慮なんてできるわけがない。
しかし、突然その状況になった場合に決断できるかはまた別である。
それを考えると、今回、事前に話し合って心構えをしたことは無駄では無かったんじゃないかな。
◇ ◇ ◇
まぁ、そんな会話をしたわけだが――。
実際の所、幸か不幸か、今日は目的地に着くまでにゴブリンに出会うことはなかった。
猪らしき反応はあったが、事前に気付けたのでいずれも回避している。
ここまでにかかった所要時間は森に入ってから1時間ほど。
大まかにしか場所を訊いていなかったのに迷わずたどり着けたのは、ディンドルの木が周りの木に比べてかなり高かったからだ。
「……へぇーー、これは……、聞いてはいたけど、随分高いね?」
「どのくらいあるんだ? マンションなんかよりも高いよな?」
「50メートル以上あるか? よく解らないが」
3人して見上げるその木は、周りの木に比べ2倍以上の高さがあった。
【鷹の目】を凝らして先端部分を見ると、赤い実がいくつも確認できるので、これがディンドルの木で間違いは無いのだろう。
幹はかなり太く、イメージとしては杉などの様に細くて高い木ではなく、楠木などの様に太くてどっしりしている感じだろうか。
それでいて高さもあるだけに、存在感がものすごい。
以前、日本有数の大楠を見たことがあるが、高さ的にも大きさ的にも2倍以上はあるんじゃないだろうか?
「すげーなぁ。2人とも、これに上るのか? オレは無理だなぁ」
うん。俺もエルフになっていなければ登ろうとは思わなかっただろうな。
確かに高いことは高いのだが、ここ1週間、森の中で何度も木に登った経験から言えば、なんとかなりそうと思えてしまうのが不思議だ。
「しかし、あんなにたくさん実が生っているのに、取りに来る人は居ないのか? あれなら、それなりに稼げるだろ?」
「ディンドルの木自体は何本もあるし、そもそもここに来るまでにかかった時間、考慮した?」
「あ、なるほど」
森に入って1時間ほど。街から森までの時間も考えれば、ここでの活動時間は精々2、3時間だろう。
2回目以降は下生えを払う手間や、道を確認する必要がなくなるとはいえ、それでも遠い。
かといって、泊まりがけにしたところで、運搬できる量は限られている。
「それに、この木に登れる人は限られるし」
前提としてそれもあったか。
報酬的にはルーキーレベルだが、その誰もが受けられる仕事ではないのが難点だな。
エルフ族は種族特性として木の上でのバランス感覚が優れているらしく、比較的容易なのだが、それ以外の種族だと、よほど木登りが得意な人でなければ難しい。
「更に、あそこで取った実を降ろしてくるのも大変でしょ?」
ハルカはそう言って、木のてっぺんを指さす。
ある意味、ここが一番のネックらしい。
あまりに高いので、上から投げ落とすことは不可能。
木の枝が邪魔になるし、そもそもマンションの屋上から落とされるリンゴを100個以上受け止めるとか、無理がある。
袋に紐を付けて降ろそうにも、これも枝があるので、一度に降ろすことはできず、何度も中継が必要になる。
そうなれば採取に時間がかかり、結果として実入りが少なくなる。
「その点、俺たちならバックパックがあるって事か」
バックパックの利点は両手が使えて、身体に密着するのでバランスが崩れにくいことだろう。
軍隊で利用されているのは伊達ではない。
「それで、オレは下で待っていれば良いのか?」
「いえ、さすがに1人は危ないでしょうから、一番下の枝にでも登っていた方が良いかも」
そういえば、俺たちが上に登ると、トーヤは1人になるんだよな。
猪程度なら1人で斃せるようになったトーヤだが、さすがに初見のゴブリンが出るかも知れない場所で1人は危ない気がする。
「一番下の枝……あれか」
そう言ってトーヤが見上げた枝は、根元から5メートルほど――2階建て民家の屋根ぐらいの高さだろうか。
「結構高いな」
「てか、俺たち、どうやってあそこまで登るんだ? いくら何でも手は届かないぞ?」
いくら身体能力が上がったとはいえ、さすがに5メートルの枝に飛び上がれるほどではない。
根元近くは比較的真っ直ぐに伸びていて、凸凹も少なく手を掛けて登るのは難しい。
一番下の枝まで辿り着ければ、そこからは枝が多いので登って行けそうだが、そこまでが難関である。
「それはもちろん考えてるわよ。情報収集、当たり前でしょ?」
俺を見上げ、小首をかしげるハルカ。
……すみません。場所だけ訊いて安心してました。
「道具、準備してきたわよ」
そう言ってハルカが取りだしたのは、長いロープ。
――それだけ?
それなら俺も持ってきているぞ? ハルカに言われたから。
「で、これを投げる!」
あ、ロープの先に重りが付いてるんだな。
ハルカの投げたロープは対象の枝の上を越えて地面に落ちた。
「ロープの両端を持って、これをこうして、こうやってから引っ張ると……」
シュルシュルと引きつけられたロープがキュッと締まり、枝の根元に結びつけられる。
「後はこれを支えにして登っていくだけね」
ハルカは言うが早いか、木の幹の僅かな凹凸を足場にしてロープと併用して上に登ってしまう。
「簡単に登るなぁ、おい。ナオ、できるか?」
「ん~~、多分?」
元の世界ならまず無理だったが、今なら何となく行けそうな気がする。
「よっと、ほっ!」
お、行けた。一息でハルカの隣まで到達。
この程度なら問題ないみたいだな。
「オレにそれは真似できねぇぞ。ま、縄があるならなんとかなるか」
トーヤは縄を持って数度引っ張ると、それをぐっと握り、ひょい、ひょいと登ってくる。
これはアレだな。ロープ懸垂登攀ってやつ。
木の幹を足場にした俺たちと違い、腕の力だけで自分の体重と荷物を持ち上げているんだから、かなりの筋力である。
「……っと、こっからどうすべ?」
スムーズにロープの天辺まで到達したトーヤが、そこでちょっと困ったように俺たちを見上げた。
細い枝なら掴んで上に登れるだろうが、今俺たちが立っているのは50センチ以上の太さがある。
その枝の下側にロープが垂れているため、上側に移動するのが厳しいのだ。
俺たちは幹の凹凸を使って上に移動したのだが……。
トーヤが登る前にもう一つ上の枝に結び直せば良かったな。
「しょうがない。ほら、掴まれ」
「すまん」
トーヤに手を差し伸べ、引っ張り上げる。
俺の膂力は大したことないが、人一人程度は支えられるし、それに獣人の運動能力が加わればこの程度は問題ない。
「大丈夫? じゃ、私たちは上に行くけど……」
トーヤはここでお留守番である。
これから数時間、この枝の上で待っているのは暇でしんどいだろうが、上まで登って収穫、また下りてくる俺たちに比べれば楽だろうから、我慢してくれ。
「あ、ハルカ、弓を貸してくれるか? あと、ナオの槍も」
「いいけど、トーヤ、使えないわよね?」
「まぁ、そうなんだが、こっからなら安全に斃せるだろ?」
「矢も安くないし、あんまり無駄にして欲しくないんだけど……ちょっと構えてみて」
言われるままトーヤが引こうとするが、なんだか不格好で上手く引けていない。
ハルカ用の弓なのでさほど強くないはずだが……?
「腕の力で引くんじゃなくて、こうやって引いて」
ハルカに言われるまま、トーヤが直していくと、数回ほどで形にはなった。
上手く矢が射られるかどうかは解らないが。
「できればあまり矢を無駄遣いしないでね?」
「もちろん、無駄にするつもりはないぞ?」
「あと、暇だからといって無茶しちゃダメよ?」
「りょーかい、りょーかい」
軽く答えるトーヤだが、微妙に信用できない気が。
ハルカもそれは同様なのだろう。眉を寄せるが諦めたのか、息をついてこちらに向き直った。
「何か心配だけど……まぁ良いわ。ナオ、行きましょ」
「おう」
「2人も気をつけてな! オレより、お前たち2人の方が心配だぞ?」
確かに。
落ちたら普通に死ぬ。
そのわりに恐怖感は少ないのだが。
俺はトーヤに軽く手を振って上り始めた。