148 新たな魔物 (3)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
再びオーガーを探し、数日後、今度はトーヤ単独で討伐を成し遂げる。
更に森の奥へと探索を進めると、アンデッドとの遭遇回数が増える。
そんな時、初めての反応が2種類。片方がゾンビと予測を立てて、そちらへ向かう。
仮定ゾンビ集団へと向かって移動し始めてしばらく。
半分程度来たところでトーヤが顔をしかめて、口を開いた。
「嫌な臭いが漂ってくる。これ、ほぼ確定じゃね?」
「もう臭うの? 私は全然解らないけど。みんなは?」
「あたしも全然」
「はい。さすが獣人、でしょうか」
当然俺も同じ。
索敵の反応と見比べると、確かに風向き的には風下なのだが……。
「それって腐臭なのか?」
「ああ。魔物の死骸が腐ってる可能性もあるが……」
ごく希にではあるが、森の中で魔物や獣の死骸を見かけることもある。なのでトーヤが腐臭を間違える可能性は低いのだが、腐臭=ゾンビとは限らないのだ。
ちなみに結構臭いので、普段はトーヤが感づいた時点で、そこは避けて通るようにしている。全く迷惑な話である。
――まぁ、その原因の一端を担っていたのは俺たちなのだが。
最近はすべて持ち帰って肥料に変えているけどな。
「ま、それでも進むしか無いわけだけど。トーヤは我慢して」
「解ってるって。洗濯ばさみでも良いから、本気で欲しくなるわ」
トーヤの漏らす愚痴を聞き流しつつ、更にしばらく進むと、俺の鼻にも腐臭が感じられるようになってきた。ハルカやユキの方を見ると顔をしかめているので、彼女たちもまた感じ取れているのだろう。
そして見えてきた敵の姿。
「……やっぱそうだよなぁ」
「これでゾンビじゃなかったら、逆に驚く。ただまぁ、見た感じは古典的ゾンビっぽいな。ずりずりって感じで歩いてるから」
そこにあったのは、吐き気を催すような光景だった。
詳しい描写は避けるが、それは身体全体が腐り、何か液体のような物を滴らせながら両腕をだらりと両脇に垂らし、足を引きずるように歩く死体。
それが7体。臭いもキツいが、見た目もキツい。
唯一の救いは、魔物故か、虫が集っていない事だろうか。
これで蛆とか集っていたら、絶対近くには近寄らず、多少魔力が無駄でも遠距離から燃やし尽くしていたことだろう。
「無理。あたし、あれとの接近戦は無理。命でもかかってないと」
「同感ね。トーヤ、戦える?」
「できれば勘弁してくれ。いくら後から綺麗にしてもらえるっても、腐った汁なんて浴びたくねぇ」
「絶対飛び散るよな、あんなのをトーヤの剣で叩いたら」
俺の槍やナツキの薙刀なら多少は距離があるが、トーヤの場合は叩きつぶす武器なのだから、もろである。
俺たちの武器にしても、簡単に斃れてくれれば良いが、頭や足を切り飛ばしてもズリズリと這い寄ってこられる可能性を考えれば、できれば接近戦は避けたいところである。
スケルトンとの戦闘を考えれば、光の属性鋼を使った武器であれば、比較的簡単に斃せそうな気もするんだが……あんまり試したくは無いなぁ。
「ただ、索敵……というか、感知に関してはかなり貧弱みたいよね」
「あぁ。この距離で気付いていないわけだから」
目や耳などの感覚器官も腐っているためか感知能力には乏しいようで、数十メートルの距離まで近づいている俺たちに気付いた様子も無く、明後日の方向に移動し続けている。
オーガーやオークは言うまでも無く、ゴブリンにも劣るだろう。
「一応、物理耐性も見てみたいけど……」
ハルカはそう言いながら言葉を濁す。
さすがにあれに対して、「ちょっと攻撃してきて」とは言いづらいようだ。
近づきたくないのは、全員同じだろうから。
ハルカの弓であれば近づく必要は無いのだが、効果の面ではちょっと微妙そうである。
腐ってるから、そのままブシュッて、突き抜けてしまいそうだし。
「そうですね……石、投げてみますか? あんまり活用してませんけど【投擲】スキル、ありますし」
「そういえば、そんなスキル、取ってたわね」
ナツキに指摘され、ハルカは思い出したように頷き、辺りを見回す。
【投擲】はその名の通り、物を投げるためのスキルなのだが、これを活用した事って……あったっけ?
投げナイフすら買っていないことを考えれば、これまでどんな扱いだったか判ろう物である。
ちなみに、俺とトーヤ以外の3人が取得しているのだが、普段の訓練で投擲の練習をしているのは見たこと無い。
「対人戦――街中での戦闘や盗賊の討伐なら役に立つ気もするけど……」
「私たち、そんな機会って無いからねぇ」
1度だけ盗賊の討伐は行ったが、あれは向こうから襲ってきたし、アジトの襲撃に関しても、カラッポだったので戦闘すら発生していない。
とは言え、手数が増えるのはメリットがあるし、俺も練習してみても良いかもしれない。ナイフをシュパッと投げるの、なんか格好いいし?
「ま、それも帰ってからの話か。――それじゃ、よろしく」
俺はちょうど目に付いた手頃な石を拾い上げ、まだ石を見つけていなかったユキに手渡す。
「あ、ありがと」
「それじゃ、同時に投げますよ。3、2、1、っ――!」
ナツキのカウントダウンで同時に飛んで行く石。
手のひらサイズのそれは3体のゾンビへとぶつかり、1体の頭を粉砕、1体の胴体に穴を開け、1体の足を取り去った。
「うわ、なかなかの威力」
ビチャって感じに飛び散る腐肉に、賞賛しつつも嫌そうな声を上げるトーヤ。
「ナイスコントロール――?」
頭は狙って、だよな。胴体と足の方は……?
「ごめん。あたしも胴体を狙ってた」
そう口にしたのはユキ。
誰がどこに当てたのかは解らなかったが、恐らく足に当たったのがユキの石だろう。
「いや、検証的には問題ない」
むしろ頭に的確にヒットさせたナツキかハルカの方が異常である。
ゾンビとの距離は野球のピッチャーマウンドよりも遠く、その距離で形の整っていない石を高威力で、的確に頭にヒットさせるとか……スキルの恩恵があっても凄い。
もしピッチャーになれば、ストレートに関しては完璧な投球ができることだろう。
「攻撃されれば、さすがに反応するみたいね」
「そうだね」
明後日の方向に移動していたゾンビたちが俺たちの方へと進路を変え、ズリズリとこちらに近づいてくるが、その歩みはかなり遅い。
投石で攻撃を受けたゾンビに関しては、頭を綺麗に粉砕されたゾンビは斃れたまま動かず、胴体に穴が空いたゾンビは普通に行動、足が片方無くなったゾンビは斃れたまま這うようにして近づいてきている。
「頭……スケルトンと同じか」
「魔石があの位置なんでしょうね。胴体は意味なし、か。背骨でも砕けば別なんでしょうけど」
「動きの阻害という意味では、足が有効みたいだな」
こうやってのんびりと検証できる程度の速度。
斃すだけなら、適当な石さえ確保しておけば、全部の頭を砕くことも可能っぽい。
索敵反応だけならスケルトン以上なのに、逆に弱くなってないか?
「……取りあえず、浄化しましょうか。物理でも斃せそうだけど、魔石の回収を考えたら……」
「ですね。あの腐肉の中から拾い上げるのはちょっと……。それでは『浄化』」
ゾンビ全体を影響範囲に入れて、ナツキの魔法が発動する。
すぐに頭が無くなっていたゾンビの死体(?)が塵となり、胴体に穴が空いたゾンビと足が無くなっていたゾンビもその後を追う。
だが、攻撃を受けていなかったゾンビ4体に関しては身体が崩れ落ちながらもまだ蠢いていた。
それを見て眉をひそめるナツキ。
「『浄化』」
だがその腐肉の塊も、ダメ押しに唱えられたハルカの魔法ですぐに消え去る。
後に残ったのは魔石のみ。あたりに漂っていた腐臭まで消えたように感じるのは、鼻が慣れたせいか、それとも魔法の効果か。
「確かにある意味では、スケルトンより強いみたいですね。同じぐらいの威力ではあの結果でした」
「浄化すべき部分が多いから、かしら? 骨+腐肉なわけだし」
「かもなぁ。取りあえず感想としては……」
「感想としては?」
「今後ともよろしく!」
ニカッと笑ってハルカとナツキの肩を叩くトーヤ。
戦う気は無いらしい。
まぁ、気持ちは解る。
『浄化』で斃すのが難しいならともかく、ああもあっさり斃せるのであれば、無理して接近戦を挑むのは馬鹿らしい。
「ま、良いけどね。実際、接近戦で斃したとしても、浄化は必要になると思うし。戦った人と残った腐肉の両方に」
「はい。それなら最初から浄化する方が良いですよね」
「魔石も拾わないといけないしね。はい、全部で7つ。拾ってきたよ。いくらになるのかな?」
ユキが拾ってきた魔石の大きさはほぼスケルトンと同じ。
ただ、微妙に索敵の反応はスケルトンよりも強かったし、ナツキ曰く、浄化も少し難しかったようなので、価値は高いはずである。
「【鑑定】。――そういえば最近、【鑑定】スキルで、魔石の買い取り価格が出るようになったんだよ。これも神殿に行って祈った恩恵だったりする? ちなみにこの魔石は、1つ1,900レアな」
「どうだろうなぁ? 【鑑定】はレベルがあるスキルだしな……」
スキルが変異(?)する可能性はあるが、レベルアップによる恩恵と考えるのが自然だろうか。
「便利だからありがたいんだけどな。トータルで金貨13枚ちょっとか。戦闘時間に対する利益は良いよな、アンデッド。戦いに歯ごたえは無いが」
「『浄化』があれば、だけどね」
苦笑しつつ、そう言葉を付け加えるハルカ。
一瞬で片が付いて、汚い思いもせずに済むのだから、『浄化』、偉大である。
「無かったら悪夢だな。だが喜べトーヤ。もう一カ所はきっと歯ごたえがあるぞ?」
索敵の反応的にな。
「んー。ま、多少は強い敵とも戦わないと、レベルアップにならないよな。よし、任せろ」
トーヤはそう言って、ドンと胸を叩いた。
そこに何が待ち受けるかも知りもせず……。
――いや、そこまで深刻では無いのだけども。









