144 家庭菜園 (1)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
釣行から帰還して、ガンツさんから武器を受け取る。
その際、防具などの話になり、そちらの新調に関しても話し合う。
結果として、すぐに素材の手に入る鎖帷子に関しては、注文することになった。
ただし、鎖帷子はとにかく労働集約型――簡単に言えば、ひたすらに面倒くさいので、納期はそれなりにかかるようだ。
トーヤの盾も属性鋼で作ってもらうことにして、こちらも注文。これは比較的すぐにできるようだ。
その他の部分に関しては、良い素材となる革が必要なため、簡単にはいかない。
以前斃したオークリーダーの革があれば今の革鎧よりも良い物ができたようだが、すでに売却済みで手元には無い。
簡単に入手できる物でも無いので、どうするかの検討はガンツさんに任せた。
鎧下に関しては、どちらかと言えば裁縫と錬金術の範疇なので、これはハルカたちが考えてみるらしい。要望を聞かれたので、『できれば暑くない物』と伝えておいたが……錬金術に期待したい。
「さて、今回のことで結構出費がかさむことだし、ラストスパート、頑張りましょうか」
「そうですね。今期、銘木を伐採できるのも、あと少しでしょうし」
素材はこちらが用意するとはいえ、数千枚の金貨が飛んで行くことは確実。
冬の間に頑張って伐採したおかげでそのぐらいの余裕は十分にあるのだが、一気に所持金が減ると不安になるのは貧乏性故だろうか?
「武器も新調したんだ。スケルトンでもゴーストでもおいでませ、だな」
「……まぁ、少しだけ出てきて欲しい気もするな」
新しい物を手に入れたら、使ってみたくなるのは仕方ないよな?
特にシャドウ・ゴースト。
他の魔物でも効果は実感できるかも知れないが、どうせなら一切攻撃が効かなかった敵を倒せる、というのを体験したい。
ついでに【索敵】の訓練成果も試したい。
ナツキの【隠形】と俺の【索敵】で互いに訓練を重ね、レベルも上がったのだ。もしかすると今なら、シャドウ・ゴーストも感知できるかも知れない。
――などという俺の思惑を他所に、伐採を終えるまでのおよそ1週間。スケルトンは1度現れたものの、シャドウ・ゴーストに関しては姿を現すことは無かったのだった。
◇ ◇ ◇
俺が最近、地味に楽しんでいるのが、庭の植物の成長観察である。
早朝の訓練を終えて庭を歩くと、トウモロコシと菜の花がすくすくと育っているのが解ってなんだか嬉しい。
庭木の青葉も増えているし、ハーブ類も芽を出しているのだが、トウモロコシと菜の花は伸びた量がはっきりと解るのが良い。
だが、ユキたちはそんな成長の様子に少々疑問があるらしい。
「ねぇ、トウモロコシなんだけど、なんだか成長が早くない?」
「あ、ユキもそう思いましたか? 菜の花もそんな気がするんですよね」
1週間あまり前に植えたトウモロコシと菜種。
すぐに芽を出してすくすくと成長し、今では15センチほどになっている。
結構早く育つものだなぁ、と思っていたのだが、ユキたちの感覚からすれば、成長が早すぎるようだ。
「水をやったのも植え付けの時だけだし……かなり丈夫だよね?」
「はい。品種の違いでしょうか?」
ある程度間隔を空けて植えたトウモロコシはともかく、菜の花の方はかなり密集して生えていて、本来は間引きを行う物らしいのだが、花を見るのが主目的なため、特に手入れもせずに放置状態。
やっている手入れと言えば、雑草を多少抜く程度。それでもしっかりと育っている。
「普通はもっと成長が遅いのか?」
「私の感覚からすれば、この半分……いや、3分の1ぐらいかな?」
「変に品種改良されていないから、という可能性はありますが……」
「原種かぁ。園芸種をまいても、目的の花は芽を出さないのに、雑草だけはにょきにょき育つ事ってあるから、あり得る、のかな?」
ナツキの言葉に、ユキが首を捻りつつ、納得いかないような曖昧な表情で頷く。
確かに耕作放棄地とか、セイタカアワダチソウやススキが一面に生えていたりすることを考えると、条件さえ整えば、あり得ないことでは無いのかもしれない。
「これがこの世界の普通なら、食料生産は楽そうだよね?」
「成長は早くても、収量が少ないという可能性はありますよ?」
「あ、それはあるね。品種改良してないなら」
「ちなみに、トウモロコシって、1本からいくつ採れるんだ?」
「1本」
4、5本かな? とか思って聞いた俺に、ユキが返した言葉は無情だった。
「……え? あの俺の身長ぐらいは伸びるトウモロコシから、実は1本だけ?」
「うん。あたしの育てたことのある――というか、日本で一般的なスイートコーンはそうだよ。実自体は何個も付くけど、間引かないとお店で見かけるようなサイズにはならないんだよ。ちなみに、その間引いたトウモロコシが、八宝菜なんかに入っているヤングコーン」
「マジか!?」
結構でっかく育つイメージがあるトウモロコシから1本しか採れないのも驚きだが、ヤングコーンが本当にトウモロコシだったのも驚きである。
名前だけヤングコーンで、別物かと思っていた。
「トウモロコシって、場所を取るわりに、収穫量が少ないんだよね。庭で作ると1回で収穫が終わっちゃうから……新鮮だから美味しいんだけど」
育てるのにかかる時間と専有する面積に対し、収穫できる量が少なく、食べるのも一瞬で終わってしまうのがちょっと残念、らしい。
逆にピーマンなんかは1つの苗で大量に――上手くすれば100個近く採れるらしいが、収穫による喜び的には、少し微妙なようだ。ピーマンだけに。
気持ちは解る。
さすがに『ピーマン嫌い!』と言うような子供ではないが、ウマウマという感じの野菜じゃないからなぁ。
「それよりユキ、これが普通の成長速度なら別に良いのですが、そうで無いとするなら原因は――」
「そりゃ、堆肥でしょ。植えただけだもん。灌水が少ないから逆に早く育つ、なんてあり得ないと思うし」
「ですよね。早く育つだけなら問題ないと言えば無いのですが……」
あっさりと言うユキにナツキも同意する。
それ以外のことを何もしていないのだから、原因はほぼ特定されたようなものである。
「ひとまず、対照実験をしてみましょうか。堆肥を混ぜた土と、普通の土。違いが出るのか」
「あ、それなら植木鉢を作るよ。条件は揃えた方が良いし。あとは堆肥の量によって違うかもチェックしてみようか。ナオ、ちょっと手伝って」
「了解」
俺はユキに協力して土魔法で植木鉢を作り、そこにナツキが庭の土を入れ、割合を変えて堆肥を混ぜ込んでいく。
そこにユキが、菜種を10粒ずつ植える。
「10粒も植えるのか?」
「発芽率とか、種による成長の違いがあるからね。似たような大きさの種を選んだけど、ある程度の数が無いと平均も取れないからね」
「そっか」
1粒だけだと、発芽しないこともあるんだよな、よく考えると。
トウモロコシではなく菜種を使うのも、そちらの方が多く植えられるから、らしい。
「さてさて、結果が楽しみだね!」
水をやった植木鉢を日当たりの良い家の壁際に並べ、ユキはにんまりと笑った。
さてさて、結果は出るのはしばらく先だが、どうなることやら。
◇ ◇ ◇
1週間後。
最初に植えたトウモロコシは、すでに俺の腰の高さを超えていた。
「異常ですね」
「うん」
「あぁ、やっぱそうなのか」
いくら俺でも、種を植えてから僅か半月でこの成長は早すぎるのは理解できる。
「でも取りあえず、追肥はしておきましょう」
ナツキはそう言いながら、トウモロコシの株の脇に穴を掘り、肥料を埋めていく。
普通はこんな間隔で追肥を行ったりしないようだが、時間経過ではなく、成長度合いを考えれば、追肥が必要な大きさらしい。
「これは原種に近いでしょうし、追肥無しでも育つことは育つと思いますが、今回は昔育てた物と同じようにしてみましょう」
ナツキが行った家庭菜園では、収穫までに3~4回程度追肥を行ったらしい。
「結構頻繁にやる必要があるんだな?」
「はい。トウモロコシは肥料食いですから。実を大きく、甘くするためには追肥が必要なんです。この成長ペースだと、週1ぐらいで追肥した方が良いかもしれません」
「そういうものか」
「おそらくは? 失敗する可能性もありますが……」
「ま、あたしたち、別に農家じゃないからそれでも良いんじゃない?」
仮に全滅したところで、食うに困るわけじゃない。
さすがに庭木が枯れるとダメージがでかいが、一年草ならまた植えれば良いだけ。大した問題でも無い。
「植木鉢に植えた方も……明らかに差が出てるな」
「うん。明らかに肥料の効果が出てるね」
「はい、正直、異常なほどに」
先週植木鉢に植えた菜の花。
肥料無しの物が芽をちょこっと出しただけに対し、肥料ありの物は草丈20センチを超えている。
肥料の濃度は成長にあまり影響がないようで、実験した範囲の濃度であれば差が出ていない。
「肥料の量による差は無いんだな?」
「いえ、一番多い植木鉢はさすがに多すぎたみたいですね」
「そうだね。2番目のもちょっと影響が出てるかな?」
「ん? そうなのか? 元気そうだが」
「ほら、この葉っぱ。ちょっと巻いたようになってるでしょ? 多分肥料過多の影響」
言われてみれば?
でも俺のような素人からすれば、本当に言われてみれば、である。
指摘されなければ気付かないだろう。
「ですが、思った以上に許容量が大きいですね」
「だよね。使った量を考えると、半分ぐらいは枯れるかと思ったんだけど」
「やっぱり肥料が多いと枯れるのか?」
「そうだよ? 化成肥料とか特にその影響が大きいね」
「この堆肥は、使用量は化成肥料ぐらいで十分、それでいて多く使っても影響が少ない。緩効性なんでしょうか?」
「緩効性と言うには、速効性ありすぎだけどね」
「……つまり、どういうことだ?」
「一言でまとめるなら、『凄く便利な肥料』」
良く理解できない俺に、ユキが端的に表現してくれた。
うん、便利なら問題ないよな?
「簡単すぎですが、確かにその通りですね。緩効性なら追肥の回数も減らせますし、実験してみても良いかもしれません」
「でも、ここまで効果が高いと消費量が少ないよね。このままだと貯まる一方」
「作らなければ良い話ではあるんですが……」
「せっかく魔道具を作ったのに勿体ないよなぁ、それも。――ん? こっちのは?」
肥料を与えていない植木鉢の隣。こちらにもちょっとしか芽を出していない植木鉢が置かれていた。これだけ2つ作ったっけ?
「あ、それはこの街で手に入る肥料を使った物。後から追加したから、1日違いだけど」
「あまり差が無いって事は、うちの肥料だけ効果が高い――?」
「そうなんだよねぇ。不思議なことに」
「不思議というか、『原料』の違いですよね、絶対」
「ま、それ以外考えられないよね」
町で売っている肥料との違いは、ただの残飯を使うか、魔物の死体を使うか。
正直この結果を見ると、この肥料で作った作物を食っても大丈夫なのか気になるところである。









